そんな王国を統べる者・2
ご無沙汰しております。
ご無沙汰過ぎるので、簡単に前回までのあらすじを…。
シルベル領側の希望(?)もあり、サヴィア王国軍がシルベル領を占領したその後。
サヴィアの本軍はシルベル領に残り、木乃香たちとナナリィゼはマゼンタの魔法研究所に。ラディアルとユーグアルトたち別働隊は王都フロルに向かいました。
ナナリィゼが落ち着くのを待って、木乃香は王都に戻ってきました。
「だーめーだー!」
時間は少し遡り、シルベル領にて。
ラディアル・ガイルは、これでもかと眉間にしわを寄せて木乃香に言ったものだった。
漆黒のマントから伸びる長い腕でびしびしと大きなバツを作る。
顔つきだけなら見る者全てを怯えさせる、どこぞの魔王様のようである。
が、木乃香に向かってバツを突き出すその様子は、なんというか、ものすごく大人げない。
木乃香はむっと口を尖らせた。
「どうしてですか?」
「どうもこうも、ダメに決まっているだろ! 王都だぞ⁉」
「だから、王都行きの何がダメなんですか?」
「何もかもがダメだ!」
ひたすらダメダメと怒るお師匠様。
木乃香としては、ダメと言われたこともダメしか言わないことも、びしっとくり出されたバツ印も気に食わない。
木乃香に寄り添う使役魔獣たちも、それぞれ不思議そうに、あるいは他の兄弟たちに合わせたように首を傾げている。
彼女は最初、マゼンタに寄り道するつもりはなかった。
さっさと王都フロルへ戻るつもりだったのだ。
同時期に、ユーグアルトらサヴィアの十数名とラディアル・ガイルも王都へ行くというし、ヴィーロニーナ商会の商隊が彼らに同行するらしい。
それなら自分も一緒に連れて行ってもらえないかな、と商会長のルツヴィーロ・コルーク氏にお願いしていたところだった。
しかしそこにバツ印を出したのが、お師匠様ラディアル・ガイル様である。
「……代わり映えしないわね、この親子」
「だね」
いつかどこかで聞いたようなやりとりに、横で聞いていたシェーナ・メイズが呆れたようにため息をつき、クセナ・リアンも肩をすくめた。
代わり映えしないが、本人たちは大真面目である。
「王都に行くのは危ないんだよ。おまえらはマゼンタに帰るかここで待ってろ」
「危険なのは分かってますよ。だからお師匠様たちと一緒に行ったほうがいいかと思ったのに」
「……っ。だ、ダメに決まってるだろう!」
お師匠様がいれば大丈夫。そんな信頼感を不意打ちでさらっとにじませた木乃香に、にやけそうになったラディアルだがなんとか持ちこたえる。
あ、惜しい、とシェーナが呟いた。もうちょっとで落ちたのに。
「どうしてわたしだけダメなんですか!」
「メイもクセナも、みんなダメなんだよ!」
「……」
「ダメだからな!」
威圧感ばりばりに、腕を組んで凄むラディアル。
対する木乃香は、ふううー、と細く長いため息を吐き出した。
「……あーもう」
「ああ?」
「ダメダメばっかりこのダメ師匠!」
「な……っ! おまえも、なんでそう変なところ頑固なんだ⁉」
「……ダメダメなケンカよね」
先が見えないわ、とシェーナが首をふる。
木乃香の使役魔獣たちと、それからユーグアルトらサヴィア勢までが、なんとなく呆れたようにふたりのケンカを眺めていた。
ちなみに。
ラディアル・ガイルは王都という場所が危険だと思っているのに対して、木乃香は王都までの道中が危険だと思っている。
微妙に食い違っている事に気付かないまま言い合いを続けているので、なおさら決着がつかないのだ。
加えて、王都の情報に疎い者たちばかりである。誰もその事に気がつかないのだった。
どちらも折れることなく、終わりの見えない師弟(親子)ゲンカが始まって数日。
ここで変化があった。
ナナリィゼ・シャル王女が、マゼンタ領の魔法研究所に行くことに決まったのだ。
彼女もまた、兄ユーグアルトと「国へ戻れ」「戻りません」「戻れ」「戻りませんてば」「危ないだろう」「今さらではないですか」などと平行線の話し合いを続けていたのだが、こちらは意外にあっさりと決着がついた。
ラディアル・ガイルがナナリィゼに、マゼンタの王立魔法研究所に滞在してはどうかと提案したのだ。
研究所には“魔法使い”がそれなりにいる。王都ほどではないが、魔法に関する蔵書も多い。じっさいに魔法力の暴走を経験した者も居るし、対処方法もわかっている。
ナナリィゼとサヴィアの魔法使いたちにとって、良い勉強になるだろう、と。
魔法研究所はフローライドの公的な機関だが、ラディアルの縄張りでもある。
王都から遠く離れた辺境にあることもあり、詮索を入れられるものはほとんどいない。そんな暇もないだろう。
サヴィアの者が数名いてもまず気付かれないだろうし、見かけても周辺では「また魔法使いが魔法使いを訪ねてきたんだな」くらいの感覚だ。
フローライドの王都には行かず、サヴィアにも帰らない。折衷案である。
サヴィア側にしても、渡りに船ではあった。
ラディアル・ガイル直々のお誘いである。ナナリィゼは王都に着いてくるよりはよほど安全だろうし、魔法大国で魔法を学べる機会があるのは願ってもないことだ。
ナナリィゼはすぐに興味を示した。
それでもユーグアルトは渋っていたのだが、魔導部隊の魔法使いたちは決まる前から熾烈な同行者争いを繰り広げるほどにものすごく乗り気だった。
彼らの熱に押されるようにして、ユーグアルトも了承したというわけだ。
そしてそれがきっかけになって、木乃香もいったんは魔法研究所に行くことにしたのだった。
直接誰かに頼まれたわけではない。
師の思惑なども、たぶん無かったと思う。
しかし、ちょっと心細そうなナナリィゼと、縋るようにこちらを見てくるサヴィアの魔法使いたち。それから心配そうに王女に寄り添う使役魔獣たちを見て。
ついでに古巣である辺境の魔法研究所と、そこに生息するバカが付くほど研究熱心な“魔法使い”たちの前科を思い出し、考えてしまったのだ。
これは、いったんは王女たちについて行ったほうが良いかも知れない、と。
木乃香が研究所まで一緒に行くと決めたとき。ナナリィゼは安心したように笑ってくれたし、サヴィアの魔法使いたちは半泣きでお礼を言ってきたし、ラディアル・ガイルは「はーっ」と長く大きく息をついてやれやれと肩を落とした。
王都の統括局の先輩たちでさえ、ちょっと寄り道してから帰りますと連絡を入れたら「いつでもいいぞ。うまく誤魔化しておくから任せとけ」と快く承諾してくれた。
―――ちょっと複雑ではあるが、仕方ない。
そうして、マゼンタに寄り道して一月ほど後。
王女たちが研究所に慣れて馴染んできたところで、木乃香は王都に戻ってきた。
のだが。
☆ ☆ ☆
フローライド王国王都フロル、王城内、統括局。
自分が働いていた、自分の所属部署であるはずのそこで、木乃香は首を傾げた。
なんだか、出迎えてくれた人の顔ぶれがおかしくないだろうかと。
「あの、ただいま、戻りました……?」
「よく戻ったな、お帰り……と、おれが言うのもおかしいんだが」
眉間にしわを寄せて、同じような角度で首をかしげるのはユーグアルト・ウェガ。
自信がなさそうな呟きに、木乃香もあいまいに頷く。
確かに、かなりおかしい。
繰り返すが、ここはフローライド王国王城内の、統括局である。
そこで彼女は彼に出迎えられたのだ。
サヴィア王国の王弟にして、王国軍第四軍を束ねる軍団長ユーグアルト・ウェガ・サヴィアに。
彼をはじめとしたサヴィアの十数名が、予定通りヴィーロニーナ商会の商隊と一緒に密かに王都へ向かったのは知っていた。
王都に着いたあたりでユーグアルトがナナリィゼ王女宛てに手紙を送ってきていたので、王女と一緒にいた木乃香はその手紙を見せてもらってもいた。
詳しい行動までは書いていなかったが、ラディアル・ガイルも一緒にいるのだ。まあ大丈夫なのだろうとは思っていた。
ちょっと疲れているような気がしないでもないが、元気そうだ。そこは良かった。
なのだが、ユーグアルト・ウェガ・サヴィアが当たり前のようにここで木乃香を出迎えている理由は皆目わからない。
しかも、彼の装いがまたおかしい。
木乃香の纏うものよりも少し色が暗い、大きな灰色の外套。その裾には、同じような色で蔦模様が刺繍されている。外套を留めているのは銀色の留め具である。
どこをどう見ても中央官。フローライドの王城勤めの“魔法使い”であった。
わずか二ヶ月ほどの間に、いったい何があったというのか。
木乃香は、現実から逃避するように目をそらし、統括局をぐるりと見渡す。
どの部署もまあまあ似たような造りをしているのだが、間違いなく統括局である。自分の机もある。その上にすでに少なくない量の書類が置いてあるのは、ちょっとどうかと思うのだが。
「いやあーオーカちゃん。とその使役魔獣たちも、元気そうで良かったよ」
机の上の仕事に視線が固定されたあたりで木乃香の肩をぽんと叩いたのは、ジェイル・ルーカである。
彼とその仲間たちというごく当たり前の顔ぶれに、彼女もほんの少し息をつく。
「ご心配をおかけしましたルカ先輩」
「こっちこそ、いろいろと後手に回っちゃってごめんね。メタボ長官がさー、あんな手の込んだ嫌がらせに出るとは思わなくて」
仕事をしない長官とその取り巻きたちのおかげで、まともに仕事をしている者たちはたくさんの仕事を抱えていてたいへん忙しい。
そのうえ木乃香の出張命令は長官タボタ・サレクアンドレがその日の朝に思いついて昼前には実行していた、くらいの早業だったので、先輩方でも阻止するのは難しかっただろう。
長官室の書類も、それくらい素早く片付けてくれればいいのに。
「ヒマ人は、暇だけに何をやるかわからないからな……」
「ほんとですよね……」
先輩方のぼやきに、木乃香も大いに同意する。
シルベル領のお役所に彼女が顔を出したときの、人々の困惑したような、迷惑そうな、どこか怯えたようなあの眼差しが思い浮かぶ。
ただでさえ忙しくて頭が痛いときに余計な気を使わせて、ほんとうに申し訳なかった。
その後サヴィアに占領してもらったときには、忙しいは忙しいのだが、憑き物が落ちたようなスッキリした顔つきをしていたから、なおさらである。
「それで。いちおう聞きますけど。その長官サマは、この期に及んでまだ暇してますか」
「……あー」
嫌味まじりの質問に、ジェイル・ルーカは笑うでも一緒に嫌味を言うでも軽口を叩くでもなく、ただ苦笑いになりきらなかったような苦い表情をした。
「しばらく顔を見てない」
ジェイルが肩をすくめる。
「それも、登城すらしていないらしいんだよね」
「……ええ?」
らしい、とは言っているが、風の魔法でさらっと位置確認ができるジェイル・ルーカが言うのだから、ほぼ間違いないのだろう。
タボタ・サレクアンドレもその取り巻き連中も統括局に居ない。それくらいはまあ、日常的な風景だ。
しかしそれは国王のところに侍っていることが多いからで、城にも来ていないというのは珍しい。
「よろいも、いない」
木乃香の外套の裾を引いて、一郎が言う。
使役魔獣である“ヨロイ”さんが近くに居ないなら、その召喚主である長官も居ない可能性がますます高い。
「聞きたくないんですけど、いつから……」
「えーと、二……三ヶ月前くらいかな。オーカちゃんがシルベル領から手紙くれた直後くらいだね」
つまり、サヴィア王国がシルベル領全体を掌握した、その時にはもう居なかったということになる。
仮にも。統括局の長官が。
腐ってもフローライド王国の高官である。そして、必要以上に敵が多く、不特定多数の人から恨みを買っている男でもある。
「生きてますかね……?」
「あー、たぶん、おそらく」
「あれはしぶといぞ。そんな簡単には死なないだろう」
ひとりが口にした言葉に、ユーグアルトを除いた全員が深く頷いた。
「よろい、とおくにいる」
一郎の言葉で、決まりだった。
誰かに何かをされた可能性もないわけではないが、たぶんおそらく。
「逃げただろ。これはもう」
誰かが言った。そして、誰も否定しなかった。
そう。こういう、ろくでもない事ばかり行動が早いのだ、あの長官サマは。
「無責任にもほどがある……」
うつろな表情になった木乃香に同意するように、先輩たちも天を仰ぐ。
ついでに、黙って聞いていたユーグアルトもこめかみを指でぐりぐり押さえていた。
「仮にも上級魔法使いだろう。自称・最上級魔法使いにもっとも近いとかなんとかいう」
どうやら短期間でいろいろと情報収集したらしい―――というより、先輩方からさんざん愚痴を聞かされたのだろう―――ユーグアルトが呟けば。
ほかの者たちも頷く。
「まあ、思ったより早くはあるな」
「いまこそサヴィアに魔法大国のチカラをみせつけるときだー、ってうるさく喚くくらいはやってそうだったんだけどね」
「喚くだけ、だろうけどなー」
じっさい国王の前で力強く喚いてはいたのだが。
そしてその日を境に見かけなくなったのだが、彼らは知らない。
まあ、知ったところで上司に対する彼らの好感度が上がるわけでもないのだが。
「日頃から軍務にケンカ売ってるんだから、自分こそがサヴィア討伐に向かうんだーくらいのハッタリは出てこないのかね」
「無理だろう。遠征どころか、王都の外に行くのも嫌いだし」
「そういうときだけは、口が重い。あと身体も重い」
「はははっ、上手いなー」
居残り統括局職員たちのヤケクソ気味のぼやきが止まらない。
ちなみに、統括局の彼の取り巻き連中の顔を見なくなったのも、同じような時期らしい。
「取り巻き連中は、メタボに付いていったか、面倒ごとが嫌で出てこないか、後ろ盾がいないから肩身が狭くて出てこられないかのどれかじゃないかな」
「なるほど」
取り巻きが統括局に顔を出さないのは良い。邪魔しに来る輩がいないぶん、仕事は捗るからだ。
ただ、タボタ・サレクアンドレは統括局の長官である。
長官が居ないとなると、彼のサインやハンコがついた書類を回すのは、難しい。
城のどこかで目撃されてさえいれば、まだ誤魔化しはきくのだ。日ごろからあれが長官の仕事を全うしているかどうか怪しいと、誰もが思っていたとしてもである。
それから、本人も書類が偽物だ何だと騒いだ例はない。気づいてもいないかもしれない。
それくらいの量と内容を、ジェイルら統括局を裏で支える者たちが見極めていたのだ。
長官不在が続くいま、あの長官室の扉の向こう側には、いったいどれだけのハンコ待ち書類が積みあがっているのだろう。
復帰早々、いつものように長官室へ押しかけて金庫を凍結し(破り)ハンコを無断使用する気満々だった木乃香は、頭を抱えたくなった。
「まあ、居ないものはしょうがないからね。ほかの部署も手伝ってくれて、なんとかやってるよ。似たり寄ったりの部署もあるけど」
ぽん、と肩を叩いたのはジェイル・ルーカである。
「とくに、学術局とかね。長官同士がいつもいがみ合ってたのに、ホントにあちらの長官には助けられてるよ。それから」
でもって次に彼がぽんと肩を叩いたのは、ユーグアルト・ウェガである。
「ほら! 彼はティタニアナ長官のツテで来てくれた新人。ユーグ君っていうんだ」
「……」
でしょうね、と思う。
フローライドの“魔法使い”の証である外套をまとって王城にいる以上、学術局が絡んでいないはずがない。
そしてユーグアルトらと一緒に王都へ向かったヴィーロニーナ商会の長は、学術局長官ティタニアナ・アガッティの旦那様である。
そういえば、基本的に人当たりが良くて面倒見も良いジェイルが、さっきから“新人職員”相手になんとなく余所余所しいというか、距離がある。
これは“ユーグ君”がただの新人ではないと、ちゃんと知っているに違いない。
「これからいろいろと教えてやってね。オーカちゃんの後輩になるんだからね。じゃ、あとは任せた!」
しらじらしい。
ものすごく白々しい笑顔だった。
おそらく、木乃香と“ユーグ君”が顔見知りであることも、知っているのだろう。
統括局の新人職員と二年目職員は、少し気まずい気分で向かい合った。
「……それで、どうしてここの職員になってるんですか」
「正直、おれもよくわからないんだが」
鏡に映したように困惑した顔で、ユーグアルトが呟く。
「人手不足だと言われたんだ」
「……はあ」
たしかに人手は足りていない。足りていないが。
「この国を見に来たのなら、現場に入るのがいちばんだと」
「……はあ」
「魔法大国であるこの国は、伝統的に魔法を学びに来た外国の者たちにも門戸を開けている。その上でこの国で“魔法使い”になった者は、この国の民も同然なのだと言われて」
「……」
そもそも木乃香だってこの国の出身ではない。ユーグアルトが言ったことは以前にもラディアルから聞いたことがあるし、なんというか、すごい大らかな理念だなと思ってもいる。
しかし、なんだろう。
いまは、下手な言い訳か屁理屈にしか聞こえない。
「と、そういうわけで。よろしく頼む、先輩」
「……」
うん。やっぱりよく分からない。
ニアナ様、もしかしてだいぶお疲れなんだろうか。
お優しいが厳しくもある小柄な学術局の長官様の姿を思い浮かべて、木乃香はぼんやりとそう思った。
うちの長官ならともかく、彼女がこんな強引な手を使うような人物には思えなかったのだが。
しれっと頭を下げてみせるユーグアルトに、やっぱりマゼンタに戻ろうかなと、ちらりとそう考えてしまった木乃香だった。
次話は明日投稿予定です。




