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こんな異世界のすみっこで ちっちゃな使役魔獣とすごす、ほのぼの魔法使いライフ  作者: いちい千冬
彼女と、彼ら。

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こんな帰還とただいまの言葉6




「ニアナ様ですか? すごく頼りになって優しくて、素敵な方なんですよ」


 ティタニアナ・アガッティについて、ミアゼ・オーカはそう言っていた。

 理不尽な上司のもと、なにかと苦労していたらしい彼女がべた褒めだったので、どこかで気を抜いてしまっていた気がする。

 彼女が嘘をついたわけではなかったと思う。ただ、ミアゼ・オーカには優しい上司でもユーグアルトたちにとっては優しくなかったというだけの話だ。


 ティタニアナは、黙って座っていれば年齢よりも若々しく可愛らしい印象の女性である。しかし国の高官を務める女性が、もちろんただ可愛らしいだけであるはずはなかった。

 小柄なのに、妙に大きく見えるというか、圧を感じる。

 気を抜けば頭から丸呑みされそうだ。


「まさか寝返ったわけではないのよね?」


 剣呑なティタニアナの言葉に、ラディアル・ガイルが肩をすくめる。


「そんな風に見えるか?」

「……」


 注意深くこちらをにらみつけていた彼女は、やがてふっと息を吐き出した。


「それが、見えないのよ。あなたがサヴィア王国の者を引き連れている理由が分からなくて、言ってみただけなの」

「あのなあ」

「だって必要ないでしょう。あなたならその気になれば誰かの手を借りるまでもなく王位に就くことが出来るでしょうし、それだけの支持者たちがいるし、王だって喜んで玉座を明け渡すはずだもの」


 苦い顔のラディアルが何か言いたげに口を開く。

 が、その前にティタニアナが言葉を続けた。


「そもそも。あなたにそんな野心があれば、全部を拒絶するようにして辺境などに引っ込まないでしょう。王都にだって年に数回、渋々顔を出すだけじゃない」

「国王になんかなりたくないからな」

「偉そうに言うことではないわ」


 無駄に堂々と胸を張る男に、ティタニアナが冷ややかに返す。

 大柄なラディアル相手に、小柄なティタニアナはまるで怯んだ様子を見せなかった。


「ね。うちの奥さん、格好良いでしょう」


 驚くユーグアルトたちに、ルツヴィーロが小声で話しかける。

 ティタニアナは学術局の長。ラディアルはその学術局が管理する魔法研究所の所長。役職としてはティタニアナのほうが位は高いのだが、魔法実力主義を掲げるこの国では、格上の“魔法使い”を相手に彼女のような態度を取ることができる者は多くないのだ。彼女は公正な人物なのだろう。

 なるほど。ルツヴィーロが自慢したくなるのも分からないではない。

 ラディアル相手に真っ向から文句を言い、言いながらも油断なくこちらをも窺ってくる彼女をうっとり惚れ惚れと眺めていられる気持ちは、まったく分からなかったが。


 このままでは分が悪いと思ったのか、ルツヴィーロの生温かい視線に居心地が悪くなったのか。

 ラディアル・ガイルはため息とともに目をそらした。


「あー、ところで。おれたちの同行者がサヴィアの人間だってよく気付いたな」


 彼の言葉に、ティタニアナの視線があらためてユーグアルトたちに向けられる。

 山吹色の瞳をひたりと向けられれば、自然に背筋が伸びてしまう。


「そうね。変装はヴィーロが手伝ってあげたのかしら? 注意深く見ていなければ気付かなかったと思うわ」


 彼女がカルゼ・ヘイズルを指さした。正確には、彼の耳を。


「それ。あなたが付けている耳飾り、魔法道具でしょう。水晶が使われているようだから、魔法効果か魔法力そのものを増幅させるものかしら」

「……っ。ええ、その通りです」


カルゼは耳飾りを手のひらで押さえた。


「そういう品は、わが国ではほとんど見かけないものだもの。かといって、装飾品の価値と身に着けている者の雰囲気からして、そのへんの“階級外”の者とも違うし」


 意外なことに、魔法大国フローライドではこの手の魔法道具があまり出回っていない。

 ない訳ではないしある程度は需要もあるのだが、とくに正規の“魔法使い”が大っぴらにそれを使うことには、あまりいい顔はされない。

 道具に頼らざるを得ないほど弱い、とみなされるからだ。

 フローライドの“魔法使い”たるもの、そんなものに頼るな。己の実力で勝負しろ、というわけである。

 変なところにプライドがあるというか、融通がきかない。

 見た目明らかに筋肉が足りない贅肉過多かもやし体型が多いのに、脳みそだけ筋肉とはこれいかに―――と首を傾げながら呟いていたのはいつかの木乃香だ。


 ちなみに。勝つためには手段を選ばず、己が生き残るためなら道具でも何でも有効に使えというのがサヴィアの考え方である。

 そのあたりの違いをもとから知っているサヴィアの魔導部隊隊長は、目立たない魔法道具だけを身に着け、さらに外套や髪などで隠しなるべく見つからないように配慮はしていたのだが。


「感覚に優れておいでですね」

「……魔法の気配を見つけるのは得意なの」


 ティタニアナは少しばかり肩をすくめた。

 うちの奥さんすごいよね頼もしいよね! というルツヴィーロの嫁バカ発言には「もう、恥ずかしいこと言わないの!」と夫の背中をぺちんと叩く。

 非常に仲の良い夫婦ということは分かる。

 しかし、見た目には夫婦がいちゃついているだけなのに一瞬も気が抜けなさそうなこの雰囲気には、いまだに慣れない。


「―――それで、あなた方は?」


 こほんと咳払いをして、少しだけ赤くなった顔をユーグアルトたちに向けてくる。

 ユーグアルトは胸に手を当てて軽く頭を下げた。カルゼもそれに倣う。


「お初にお目にかかる。サヴィア王国第四軍軍団長ユーグアルト・ウェガ・サヴィアという。彼は部下のカルゼ・ヘイズル」


「え……」


 彼らの名乗りに、今度はティタニアナのほうが目を丸くした。


「っヴィーロ! なんて人を連れてくるのよ」

「ふふふ。びっくりしたかいニアナ」


 ぽかぽかと叩かれても、ルツヴィーロは幸せそうに笑っている。

 あやすように頭を撫でてくる夫の手は、苛立ち半分にはたき落とした。


 身なりといい雰囲気といい、そして夫がわざわざ自分のもとへ連れてきたことといい、サヴィアの中でもそれなりの人物だとは彼女も予想をつけていた。

 しかしユーグアルト・ウェガとは。よりによって北の大国オーソクレーズを平定したという王弟、先王の第五王子の名前ではないか。

 普通に考えて、偽物だ。夫が連れてきたのでなければ、そう疑わなかっただろう。

 少なくともいま現在、王都フロルの中心街で見られる顔ではないからと。


「この国の警備体制は、関所の取り締まりは、いったいどうなっているの……いえ」


 呟いて、ティタニアナはすぐに首を横に振る。

 彼らはヴィーロニーナ商会の連れだ。国の仕事も請け負う大商会の長に加えてラディアル・ガイルまでが横にいれば、関所の一般兵士が止められるはずもない。

 むしろ、サヴィアの者が軍勢を率いてくるでもなく穏便に通ってきたことに安堵するべきなのだろうか。


「……ヴィーロがわたくしのところに連れてきたということは、サヴィアはこれ以上の侵攻を考えていないということ?」

「わたしの奥さんはほんとうに察しが良いよねえ」

「そういうのはいいから!」


 ティタニアナに睨まれても、ルツヴィーロは笑っている。


「個人的には、ニアナを正当に評価できないこんな国はあっても仕方がないと思うけれど」

「ヴィーロ」


 あのいかにも酷薄で何を考えているのかわからないくせ者はどこに行ったと突っ込みたくなるくらいにルツヴィーロの顔面は緩んでいるというのに。

 彼らの会話の内容はなかなかに重く、そして心臓に悪い。

 冗談めかした口調なのに、ぜんぜん冗談に聞こえないのがまた怖い。


 この夫婦は、いつもこんな感じなのだろうか。ユーグアルトがなんとなくラディアル・ガイルのほうを見れば、彼は黙って首を横に振った。


 周囲の困惑を知ってか知らずか、夫婦の会話は続く。


「それで、休戦の交渉を? 今さら、なぜ?」

「それだけどね。こっちの申し出も、あちらからの申し出も、前線の指揮官が握りつぶしていたらしいんだよねえ」

「指揮官って、軍務副長官のベニード・グラナイドだったわね。あれにそんな権限はないはずよ。長官に話は来ていたのかしら」

「彼はサヴィアがきっちり潰して拘束しているから、あとでどれだけでも事情を問いただせばいいと思うよ。大層な理由はなさそうだったけど」

「……ラディアル・ガイルがここにいる事にも関係しているのかしら」


 軍務局。フローライドの治安維持と国防を担うその部署は、ことさら魔法自慢の力自慢が集まる部署でもある。

 なので、分かりやすく強いラディアル・ガイルに心酔する者も多かった。ベニード・グラナイドなどがそうだったはず。

 漆黒の外套の持ち主は、煩わしそうに顔をしかめる。


「おれはおれのムスメが心配で見に行っただけだ」

「ムスメ……養女(むすめ)ねえ」


 ティタニアナがわざとらしくため息をついた。


「あなた、それをもっと宣伝しなさいよ。そうしたらオーカさんがシルベル領に行かされることもなかったかもしれないのに」

「しょうがないだろう。オーカが目立ちたくないって言うんだから」

「いろいろと、やりようはあったでしょう」

「そんな器用な真似がおれにできると思うか」

「だから、偉そうに言うことではないのよそれは」

「ニアナは彼の弟子で養女(オーカさん)の話は知っていたんだね」


 満足そうにうなずいたルツヴィーロに、彼女は肩をすくめた。


「シルベル領に行ってしまった後ですけれどね」


 ティタニアナは、目をかけた後輩の素性、とくにどこの誰に弟子入りしていたのかがちょっと気になったから、軽い気持ちで経歴などを調べ直しただけだった。

 予想外にラディアル・ガイルの名前が出てきたときはものすごく驚いて、頭を抱えたくなったのだが。


 ミアゼ・オーカの“魔法使い”認定に関わった者を問い詰めたところ、ラディアル本人から口止めされていたことが判明した。

 しかし、それだけだ。別に厳重に隠してあった情報ではない。当事者たちがあえて話さなかった、ただそれだけである。

 それで不自然なほどに周囲に知られていないのは、師弟関係でも養子縁組でも、それが国内指折りの“魔法使い”のことであれば本人たちが黙っているわけがないだろう、という思い込みがひとつ。

 それから最上位の“魔法使い”の弟子に最下位に近い“魔法使い”がいて、まして目をかけるなんてことはまずあり得ないという、凝り固まった先入観がひとつである。


 周知されていなくても、養子縁組みまでするくらいに可愛がっている弟子である。

 彼女がからんでいるからこそ、ラディアルは隣国とやりあっている国境付近にも、あれほど嫌がっていた王都にも顔を出したのだ。

 ティタニアナは、単純にミアゼ・オーカが気に入ったから、シルベル領行きにもできる限り気を配ったつもりだった。

 しかし、気に入ってはいても別部署の人間である。出来ることには限りがある。たとえば彼女の所属が学術局であれば、ティタニアナはそもそも前線に送るなどという無茶なことはしないし、させなかった。


 もし、ミアゼ・オーカに何かあったとしたら、今ごろは。


 そう考えると、なんて危なっかしい弟子(もの)を野放しにしているのだとその師にも文句を言いたくなるというものだ。


「……ともかく。サヴィアとの交渉なら、わたくしの役職では難しいわ。国王か、せめて統括局の長にテーブルについて貰わないと」

「それは、どっちもどっちだね」


 ルツヴィーロが、先ほどの妻とよく似た仕草で肩をすくめた。


「国王はともかく、タボタ・サレクアンドレはなんとか煽って脅して引っ張って来れないのかい?」

「さいきんは登城さえしてこないのよ、あの腹出し能なし考えなし」

「へえ。逃げたんじゃないの。あれは図太いくせに変なところで肝が小さいから」

「居なくなるなら、位を返上してからにして欲しいわ。いろいろと業務が滞るったら」


 ティタニアナは頭痛をこらえるように目頭を押さえた。

 使える人材が少ないのは、この国でも深刻な悩み事のようだ。


 何かあれば力づく(魔法)で解決してきた魔法大国は、魔法で解決出来ないことには弱いようだ。

 得意な魔法でさえ、怠惰と腐敗によってその技術は落ちてきている。挙げ句に出し惜しみすべきではない場面で出し惜しみをし、結果としてサヴィアにシルベル領を占領されるという失態まで犯していた。

 非常事態ではあるが、非常事態だからこそ、この国の悪い部分が余計に浮き上がって見えるようだ。

 おそらく、ティタニアナのような能吏が中央に残っていたからこそ、この国はまだ沈まずに済んでいるのだろう。


「あなたが国王になる気はないのだろうか、ティタニアナ・アガッティどの」


 ユーグアルトが言った。

 彼女ほどの度胸と責任感の強さがあれば、国王でも務まる気がするのだが。


「無理ね」


 ティタニアナが即答する。ただ淡々と事実を言っただけという口調だった。


「まあ、そうだろうな」


 ラディアルも頷く。


「なにか制約が?」


 カルゼ・ヘイズルの問いかけにも、彼はすぐに答える。


「いや。なれないわけじゃない。少ないが女王の前例もあるし、彼女は本物の上級“魔法使い”だしな」


 フローライドでは、階級一の最上級“魔法使い”は片手で足りるほどの数しかいないが、その下の階級二、三あたりの上級“魔法使い”は結構いる。

 ただし、彼ら全員がほんとうに階級に見合った実力を持っているかというと、微妙だ。昨今は“王族”の力関係や根回し、付け届けの有無など、魔法以外の“力”が重要視されるようになってしまっている。

 国を動かす上ではそれもある程度は必要な“力”なのかもしれない。

 が、そのために肝心の“魔法使い”の階級付けさえ形骸化してしまっているのも事実だ。


「権力は好きだけど頂点に立つのはイヤなんですよ、うちの奥さん」

「嫌ではなくて、向いていないだけよ」


 ルツヴィーロが言ったあとに、ティタニアナが眉をひそめて訂正する。


「国王になるより、その次くらいの地位が良いんですよ。国王を裏から操って思うように動かす、宰相とか参謀とか。この国だと、近いのは統括局長官あたりかな」


「学術局も捨てたものではないのよ」


 ティタニアナが言ったが、今度は夫の言葉への否定はひとつも入らなかった。

 黒い、とカルゼが呻いたが、幸いユーグアルトにしか聞こえていなかったようだ。


「ね。本当に格好良いでしょう、うちの奥さん」

「……あなたは、政治に関わる気はないのか?」


 これまでの発言のどこに甘い要素があったのか。でれでれと頬を緩めるルツヴィーロにもユーグアルトは聞いてみる。

 嫁バカの彼なら、自分も中央勤めになって四六時中ティタニアナの傍にはりついていそうな気がするのだが。


「官吏にならなかったんじゃなくて、()()()()()()んですよ」


 彼の笑顔は変わらない。


「わたしは、“魔法使い”でも下級ですから」


 自嘲が混ざるその言葉に、ユーグアルトは内心で首を傾げる。


「最近は中央でも下級の“魔法使い”の登用が増えてきているので、いまなら雇ってもらえるかもしれませんけどね。ほら、ミアゼ・オーカさんもそうだし。でも今さらですしねえ。わたしは今の商売が楽しいので、これを止める気はないですよ」


「詳しくは分かりませんが、あなたも本来の実力はもう少し上の階級だったのでは?」


「おや。魔導部隊隊長どのも感知能力に長けた方でしたか」


「……ええ。多少は」


 カルゼ・ヘイズルは控えめに答えた。

 他人の魔法力もそれなりに感じ取ることができる彼は、目の前の商人や下っ端官吏のミアゼ・オーカのほうが、たとえば国境の砦を守っていた中級“魔法使い”などよりも魔法力が多いことを知っている。

 魔法力が多いから魔法も強い、とも限らないのだが。


「当時はわたしも若かったので、まあいろいろとありまして」


「いろいろ」

「ええ。いろいろ」


 ルツヴィーロの笑顔は崩れない。


「ニアナは、わたしよりもわたしの処遇に憤っていましたよ。それで彼女がこの国の体質をどうにかしようと頑張っているのは単純に嬉しかったし誇らしかった。だからわたしもわたしなりに彼女を支えてきたつもりですよ」


「けっきょく、商いが性に合っていたのかもしれないわね」


 ティタニアナも苦笑いを浮かべる。


「しれっと商売を始めたと思ったら、数年で王都でも指折りの商会にのし上がったのよ。しかも軍務局の諜報部顔負けの情報網まで作り上げて、細かな物価の変動から中央の有力者の弱みまで掴んでくるのだもの。引き抜きなんて出来ないでしょう」


「むしろわたしが引き抜きたいくらいだよ。ニアナは可愛くてよく出来た商会長夫人って評判なんだから」


「……」


 役人にしろ商人にしろ。

 とりあえず、ふたり同時に相手をすることは止めよう。まして敵に回すなど絶対無理。

 ほんとうに、いろいろと無理だ。

 ユーグアルトだけではない。この夫婦以外の全員が、この夫婦に対してそう実感した。


 仮に。夫婦が揃って国の中枢にいたのだとしたら。

 困っていたのは、果たしてサヴィアなのかフローライドなのか。




「……噂はあてにならないわ。あなたの報告どおりの人物のようね」


 眉間にしわを寄せて考え込むユーグアルトの様子を見て、ティタニアナがこそりと夫に呟く。


「彼らとは話してみる価値はあると思う。少なくとも、話が通じない野蛮人ではないよ」

「ヴィーロ、言い方」


 行儀の悪い子供にそうするように愛妻から叱られていても、ルツヴィーロは楽しそうににこにこと笑っていた。








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国内の有力者よりも敵国の人間の方が話が通じるって言う悲しみ。
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