こんな帰還とただいまの言葉5
ブシロード様より「すみっこ」のコミック1巻発売しました~
「もう、あらためて驚くことでもないと思うんだが……」
遠い目をして呟くユーグアルト・ウェガ。
その後ろで、カルゼ・ヘイズルも同じような表情で同じようにため息をついていた。
彼らサヴィア軍の別働隊とラディアル・ガイルはシルベル領を出て、王都フロルへ向かうべく南下した。
そして今、なんの波乱も困難もなく、フロルの中にいる。
どの領地でもどの関所でも疑われることなく、いっさい止められることもなく、王都まで来てしまったのだ。
サヴィアの人間と分からないように衣服を変えて商人を装っているとはいえ、この危機感の無さはなんだろう。ここまで来ると、呆れを通り越してもうあっぱれである。
いちおう、関所ごとにフローライド兵はいたのだ。
通ろうとする者たちを止め、どこからどこへ向かうのかを聞き、持っている通行証や荷物の確認などを行っていた。
しかし、ユーグアルトたちにはそれがなかった。
「まあ、国の仕事を請け負っているうちの商会と、最上級“魔法使い”のラディアル・ガイルどのが揃っていて、その同行者を疑うような命知らずはいないと思いますよ」
のほほんと言ったのはルツヴィーロ・コルーク。ヴィーロニーナ商会の長である。名前を出されたラディアルも、何も言わずに肩をすくめただけだ。
この商会の商隊に、ラディアルとユーグアルトたちは同行させてもらっていた。
商会が持つ通行証はもちろん本物である。国の要請で最前線のフローライド軍に物資を運んで、そして帰ってきたのも事実。
ただし行きと帰りで人数がまったく違うのだが、疑問に思われることはほとんどなく。
指摘されても護衛を雇いましたという理由で納得されてしまった。むしろ「大変でしたね。よくぞご無事で」と同情される始末だ。
それから、マゼンタに引っ込んでいたはずのラディアル・ガイルがこんなところにいても、誰も何も言ってこなかった。
最上級の“魔法使い”様には言えない、あるいは言う必要がないと思っているようだ。何か理由があるに違いない。彼が何も言わないのであれば、それは自分たちが知ることではない。と。
ラディアルも自覚しているのだろう。最上位の“魔法使い”らしくいつも以上に堂々と振る舞い、そして何も聞けない雰囲気をびしばし出していた。
話には聞いていたが、この国の上位の“魔法使い”に対する敬い方は過剰で盲目的だ。
加えて、どういうわけか関所の検問は王都方面に向かう人々よりも王都から出てきた人々に対して厳しく行われているようだった。
止められているのは、人よりもむしろ品物だ。
「王都から物資が流出するのを止めているのか? シルベル領経由の交易路が機能していないのに南からの物流も止めてしまったら、王都から北の者たちは困るだろう」
ユーグアルトの疑問に、ルツヴィーロは口元を歪める。
「彼らは自分の事しか考えていないので。というか、そこまで気が回らないんだと思いますよ。うちの奥さんは学術局の長なので、残念ながら物流までは手が回らないし」
そう言った彼は“彼ら”と、それから妻である学術局長官ティタニアナ・アガッティの顔を思い浮べでいるようだった。
「ふふふ。今ごろ、ぴりぴりしてそうだなあ」
「……引き返したくなってきた」
なぜか嬉しそうに笑い出したルツヴィーロの言葉の後で、ラディアルが胃を押さえてぽつりと呟く。
このルツヴィーロ氏の妻というだけで、一筋縄ではいかないことは分かっているつもりだ。
その上王国の高官で、このラディアル・ガイルが胃を押さえるほどの女性とはいったい。
ちなみに、サヴィアでは女性官吏も女性兵士もそれなりにいるし、男性と同じように出世もしている。
男たちが国の外に出て戦に明け暮れていた時期が長かったので、むしろ内政面では女性のほうが発言力を持っているくらいだ。
だからユーグアルトたちに件の女性を侮る気持ちは欠片もない。
フローライドでは、女性官吏がここまで出世するのは珍しいのだという。
上級の“魔法使い”である彼女の待遇はそれほど悪いものではないようだったが、しかし本人にやる気と実力、それから野心がなければ長官にまで上り詰めることはできないだろう。
「……これから会いに行くんですよね、その奥方に」
カルゼが、敵陣に突撃する直前のような神妙な顔つきになる。
ユーグアルトも自分のこめかみをぐりぐりと押した。
「それが最善のようだからな」
☆ ☆ ☆
学術局長官ティタニアナ・アガッティ。
魔法大国フローライドにおいて“魔法使い”の認定権と古今東西の魔法の知識と技術を押さえている彼女は、国内ではかなりの力を持っている。統括局長官のタボタ・サレクアンドレでさえもその権力を無視できず、それが面白くなくて突っかかっていたくらいだ。
しかし、彼女の影響力は限定的である。
魔法以外の、例えば軍事や外交といった面には弱く、その方面の情報だって求めてもなかなか入ってこない。
彼女の部下たちも、優秀で仕事熱心なのだが交渉下手の学者肌、世情にもあまり関心がないという、いかにも学術局らしい人材であった。
情報収集に関しては商会の伝手と情報網で補っていたのだが、王都が封鎖状態のいま、商会も思うように動けないのが現状である。
ティタニアナはやきもきしていた。
ここのところ、思い通りに行かないことが多すぎる。
さらに。こんな状況にあっても国王はまったく動こうとしない。
動かないどころか、最近は顔も見せなくなってしまったことが妙に気にかかる。
争いや混乱は、なによりも嫌う人でもあるというのに。
もとから政治に関心がない人ではあるが、知らないはずはないのに。
いったい国王はまた何を考えているのか。なぜ、彼女たち高官にも何も言わないのか。
「……なにも考えていないかもしれないわ」
そういうところもある国王だ。
じかに問い詰めたいところだが、彼が表に出てくる気配はない。奥に引きこもられてしまうと、高官たちでもなかなか引っ張り出せないのだ。
そんな、苛立ちと不安が渦を巻いて、どうしようもなくなっていた時だった。
「ああ良かった、ここで会えて」
ヴィーロニーナ商会の店先。腹が立つほどいつも通りに朗らかな夫が、そこにいた。
彼女は二度三度と瞬きをした。
「君の事だから、城に泊まり込んででも仕事に没頭していないかと心配していたんだよ」
「……あなたがいない間は、商会も守らなくちゃいけないもの。……おかえりなさい、ヴィーロ」
膝から崩れ落ちそうになるのを何とか堪え。
ティタニアナは夫に向けて、どうにか笑ってそれを言うことに成功した。
請け負った仕事をきちんとこなしていたのは知っている。
同行した従業員たちも含めて、無事であることも分かっている。
それでも、シルベル領へ行ったきり、なかなか帰って来ない夫のことは、何より心配で不安で気になってしょうがなかったのだ。
「……っただいま! ただいまニアナ!」
感極まったらしいルツヴィーロがぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
それをティタニアナは「店先だから」となだめすかし、その同行者ごと商会の中へと引っ張り込んだ。
「戻って来るときに驚いたよ。聞いてはいたけど、南からの商人たちを王都で止めているって。中央は北部を切り捨てるつもりなのかい?」
ルツヴィーロが言うと、ティタニアナの眉間にしわが寄った。
「中身クソガキ見た目腹ぼて自称腹黒男の下策よ」
「ああ、あれか」
大店の品の良い奥様といった見た目のティタニアナの口から、やたら長くて乱暴なあだ名が出てきた気がする。が、夫ルツヴィーロは納得したように頷いた。
横で聞いていたラディアルも“中身クソガキなんちゃら”が誰なのか、なんとなくわかっているようだった。
「あれは普段なんにもしないくせに、何かやりだすと失策ばかりだね」
「ええまったく。最初に物価が上がったときに、便乗して値段をつり上げ不当に利益を得ていた商人たちと繫がっているのは把握していたのよ。アレが黙認するものだから、いい気になって何でもかんでもどんどん値が上がって」
「よりによって地方局と会計局の長がアレのお仲間だしね。まっとうに商売している者たちのいい迷惑だ」
「もともと物価高で苦しんでいたところの追い打ちでしょう。これにはさすがに王都の民だけでなく“王族”や高官たちからも厳しい声が出て、対策として慌てて始めたのがあの規制よ」
「そこは不正をやらかした商人たちの処罰とため込んだ物資の放出じゃなくて?」
「自分の足元しか見えていないあのド近眼傲慢欲深男がそんな自分の身を削るようなことをするわけがないじゃない。北に物資が流れているから値が上がるんだって、言い訳がもうあまりに馬鹿馬鹿しくて、不覚にも何も言い返せなかったわ」
はははっとルツヴィーロが冷たく笑う。
「でっち上げるなら、もうちょっとましな嘘をつけば良いのにねえ。価格に影響が出るほど北に流れていないでしょう。危ないからってもともと商人の行き来は減っていたんだし」
「誰も信じていないわ。現に、規制をかけても状況は何も変わっていないもの」
「オーカさんのことといい、ほんとうにロクなことしないねえ彼は。やっぱりあんなのを野放しにしておいても良いことはないよ」
「それはわたくしも痛感しているところよ。あの腹だけ貫禄ありすぎ無能男がのさばっているおかげで、ヴィーロだって危ない目に遭わせてしまって」
「君を悲しませるつもりはなかったんだ。遅くなってごめんねニアナ!」
「……っ、ヴィーロ!」
「ニアナ!」
「ごほへごほ」
ひしっと抱き合った夫婦を前に、下手な咳払いをしたのはラディアル・ガイルだった。
「あー、あんまり時間もないんで。それは後で頼む」
今度はティタニアナがこほんと咳払いをした。
ぴったりと寄り添ってくる夫をそのままに、彼女は黒い外套をまとった男をじろりと見上げた。
「ラディアル・ガイル。あなた……戻って来るのが遅いのではないの?」
「……おれは、もう隠居同然だ」
言い返しながらも、ラディアルの目線は気まずそうに泳いでいる。
ティタニアナはふう、と大きなため息をついた。
「そうね、ごめんなさい。ここのところのストレスで、わたくしとしたことがちょっと八つ当たりをしてしまったわ。あなたを責めるつもりはないのよ。ただ、これだけは確認させてね」
彼女の目は、次に旅装の見慣れぬ男たちに向けられた。
「フローライド屈指の“魔法使い”がサヴィアの者まで引き連れて……まさか寝返ったわけではないのよね?」




