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Motor Racing World  作者: ジャミー
22/23

日本グランプリ

2017年F1日本グランプリ。

ここ数年は観客数が伸び悩んでいたが、今年は金曜日から多数の来場者がスタンドを埋めていた。

この理由は、やはり日本人ドライバーの活躍。

スペインGPでデビューウィンを成し遂げた佐伯和貴。

歴史的快挙なのですぐにシートが得られるのが普通だが、レッドブルのシートは埋まっていた。

なので他チームから数多くのオファーが殺到したが、レッドブルは全てを断り、和貴をガードした。

当然シートを与えないレッドブルに批判が殺到した。

その圧力に屈した訳ではないが、ベルギーGPでフェルスタッペンの代役でスポット参戦。

レッドブルのシャーシ特性には合っていないサーキットでも和貴は光る走りを見せ、2位表彰台を獲得。

その活躍があったので、レッドブルは日本グランプリに和貴を乗せるという声明を発表した。

チャンピオンシップで下位に沈んでいるフェルスタッペンの代役で参戦。

これが観客大入りの理由。

木曜のプレスカンファレンスでも和貴は出席して、取材を受けた。

ここにはタイトル争いを繰り広げているメルセデスのハミルトン、フェラーリのベッテルも同席した。

ここでも和貴が中心になった。

このレースから、和貴のカーナンバーが変更された。

現在のカーナンバーは、ドライバーが個別のカーナンバーを選択するようになっている。

和貴は16を選択していたが、デビューの際に別のカーナンバーを希望していた。

だがそのナンバーはレギュレーションで認められていない。

それでも和貴は常に希望を続け、レッドブルの後押しや根回しもあり、他全チームの賛同を取り付け、そのナンバーの使用が認められ、今回から変更になった。

まずはその事から質問を受けた。

「カズタカ、なぜこのナンバーを選んだのですか?思い入れがあるのですか?」

「F1では基本的にこのナンバーは使われていません。ですが歴史を振り返ると、デーモン・ヒルという偉大なチャンピオンがこのナンバーを2シーズン使用しています。僕は彼へのリスペクトがあるので、このナンバーを希望しました」

「君はカーナンバーに対して思い入れが強いと感じます。自覚はありますか?」

「そうですね。あくまで個人的意見ですが、ナンバー1はチャンピオンの権利でもありますが、義務にしてもいいかなとは思っています」

「それは面白い意見ですね。なぜそう思うのですか?」

「ナンバー1はチャンピオンの象徴であり、誇りでもあると思います。僕はナンバー1を付けた経験はありませんが、経験者から聞くと誇らしくもあるけど重いとも聞きました。チャンピオンの証はそれなりに若干のプレッシャーにもなるようです。それはちょっとしたものであり、大したことないかもしれませんが、チャンピオンならそのちょっとした重みを受け止めて走って欲しいとは思います」

ここでハミルトンが笑顔で割って入った。

「なんか僕が少し批判されているみたいだね」

とジョークを放つ。

「F1でナンバー1を付けなかったチャンピオンはルイスただひとりですがモータースポーツ全体では珍しくないです。特にモトGPでは付けないほうが多いですよ」

和貴がそう返すと、今度はベッテルが割って入る」

「僕はナンバー1を付けて走ったよ。確かにカズタカが言うように少しの重みはあるよね。僕はルイスと違ってそれでもタイトル防衛したよ」

「セブ、それはレギュレーションで決まられていたからだろ。もし君が今年タイトル獲ったら、来シーズンは1を付けるのかい?」

ハミルトンがベッテルの発言にこう返すと、

「うーん迷うね。僕も自分のカーナンバー5には思い入れがあるから」

そんな話から、次は母国グランプリに向けた和貴の意気込みになった。

「具体的な目標はありません。実はリナが考えた新たなエアロパッケージで週末を戦います。ダニエルとは全く異なる車なのでセッティングがスムーズに進まないかもしれませんが、なんとか頑張っていいレースをしたいです」

「リナの考えた空力パーツで、車検通るでしょうか?」

「たぶん大丈夫だとは思います。これまでとは違ってグレーゾーンを突いたパーツは無いはずです。でも今頃チャーリーと揉めてるかもしれませんね」

和貴が笑顔でジョークを放つと、会場がドッと沸いた。

F1の車検は木曜日に各チームのガレージで行われる。

この時、ほぼ毎戦でレッドブルの車検で大小なりの揉め事が発生して話題になっている。

理奈の力が認められ、試験的に理奈デザインの空力パーツが持ち込まれているが、これがグレーゾーンを突いたもので、レギュレーションの解釈でFIAの車検員と揉める。

最近はチャーリー・ホワイティング自ら出向き、理奈と口論になっている。

どちらも真剣だが、大の大人が18歳の少女とケンカしている光景は傍目にはコミカルにも見え、他チームのクルーがその様子を動画サイトにアップロードしたらアクセス数が一気に増え、密かな人気になっている。

理奈もチャーリーもエキサイトして汚い言葉が出る事も珍しくない。

『クリスチャン、エイドリアン、この小娘をきっちり教育しろ!』

とチャーリーが本気で怒ったのは話題になった。

この時は理奈の解釈に無理があったのだが、立派で地位のある大人が少女に対して本気で汚い言葉を放ったので少し批判が出た。

それ以来、レッドブルの車検の光景はさらに注目を集めることになり、木曜日の名物になっている。

プレスカンファレンスが終わり、ピットに戻る途中でちょうど車検を終えたチャーリーとすれ違った。

「やあカズタカ、車検は無事クリアしたよ。だが君は本当にあの車でホームグランプリを戦うのか?」

「はい、ダニエルとは完全に違う車です。彼はチャンピオンシップを争っているので発展系のアップグレードですが、僕の車は完全ギャンブルです。まあ理奈ちゃん頼りですよ」

「君がいい走りをすればこのレースは盛り上がる。頑張ってくれ。あと結婚おめでとう。君の今後の活躍を祈るよ」

「ありがとうございます」

スペインGPの優勝後、和貴はレッドブルの正式なテストドライバーになった。

主にシミュレーターでの開発を担っている。

元々ゲーマー上がりでシミュレーターとの相性も良く、理奈の力も加わってシミュレーター開発の重みが一気に上がった。

その契約で和貴にはまとまった契約金が入り、それがきっかけでレーシングドライバーとして生きていく覚悟を決めた。

その証としてグランプリのために日本に帰国した際、18歳になった和貴は優奈と入籍した。

結婚式の予定はまだ未定だが、これからレッドブルのガレージでささやかなパーティーが始まる。

ピットに戻ると、チームクルー達から歓声と拍手で出迎えられた。

首脳陣はもちろん、他チームのクルーやドライバーまで集まっている。

パーティーの準備が既に整っていた。

やや恥ずかしそうな笑みを浮かべる優奈が側に寄ると、満面の笑みを見せる理奈から祝福の言葉が送られた。

「佐伯くん、明日からのレースも大事だけど、今は一旦置いてお祝いだよ。いろいろ問題ある妹だけど今後とも末長くお願いね!」

「ああ。理奈ちゃん、みんな、本当にありがとう」

パーティーは終始和やかな雰囲気で進行した。

最後の記念撮影で全員が集まり、和貴が今週末を戦う『カーナンバー0』の車と一緒に最高の写真が残った。

金曜日。

朝のフリー走行が始まる。

観客席は金曜日とは思えないほど入っている。

そしてこの週末、FIAが日本のファンに向けたささやかなサービスがあった。

「カズ、まずはインスタレーションラップ。少しでも問題あったら報告して」

「了解」

理奈との無線が公開されたが、この会話は日本語。

無線は原則英語のみだが、母国グランプリという事もあり今回のみの特例。

これもドライバーとエンジニアが共に日本人だから出来た偶然。

今回持ち込まれたタイヤはスーパーソフト、ソフト、ミディアムの3種類。

まずはミディアムタイヤで周回を重ねる。

最近のF1のセッティングは大半が持ち込みのセッティングで決まり、基本的には微調整の詰めのみになる。

この詰めがとても重要で、2台の車のデータを全て共有して詰めて行く。

だが今回レッドブルが持ち込んだ車は、和貴とリカルドではまるで別物。

前後ウィングにバージボード、エンジンカウルまで異なる。

当然ながらアンダートレイも別物。

データ共有が上手くいかない可能性が高い。

日本の中継メンバーもその心配をする。

『レッドブルはなんでここまで違う車にしたんですかねえ?』

『ぱっと見でもリカルドの車とは異なります。リカルドは今までのレッドブルと同じ方向性ですが、佐伯は全然違いますね』

『ピットでも佐伯くんの車は話題になってます。基本の空力コンセプトからガラッと異なるので、みんな首を傾げています。これで速いとは思えないんですよねえ』

という不安とは裏腹に、好タイムを記録して行く。

セッション途中でソフトタイヤに履き替えてさらに更新。

トップ4はチャンピオン争いが激しいメルセデスとフェラーリの2台ずつ。

和貴はトップからコンマ8秒遅れの6位。

「カズ、S字からダンロップまでの動きどう?」

「悪くないよ。癖も無いし走りやすい」

「おかしいなあ?セクター1でダニエルとほとんど同じタイム出てるの。絶対ここで遅いはずなんだけど」

「ダウンフォース多いんじゃないの?」

「なら絶対に最高速落ちるんだけど、ここでもダニエルと2キロ以下の差しかない。なんでこんなタイムが出るのか分からない」

「ちょっと安定し過ぎのような気がする。もう少しシャープに動いて欲しい」

「だからってダウンフォース削ると絶対悪くなるのよね。ダニエルのデータと比べて決めるね」

『ええ?全然違う車でデータ共有するの?』

中継メンバーが驚いた。

午後のセッションになり、序盤はスーパーソフトタイヤで予選シミュレーション。

「ダウンフォース削ったから注意して」

「了解。でもいい動きだよ」

ここでレッドブルがジャンプアップ。

トップはハミルトン。

2位にリカルド。

3位ベッテルを挟み、和貴は4位。

予想外の好位置にレッドブルのピットが活気付く。

観客席も盛り上がった。

「カズ、限界域どっち?」

「アンダーだね。ダウンフォースは足りてる感じ」

「これでも相当削ったんだよ。現に最高速はダニエルより8キロ速いから」

「今更だけど前後バランス見直す?」

「そうだね。それでロングランやるから」

決勝を見据えたソフトタイヤでのロングランに移行。

リカルドはスーパーソフト担当でデータを取る。

和貴はソフトタイヤを使い、このロングランで極めて安定したペースを刻んだ。

タイヤのデグラデーションが極めて少なく、しかも長いラップ数を重ねた。

日曜日に決勝に向けてポジティブなデータを得た。

土曜日。

昨日の結果もあり、観客席はさらに埋まった。

まずは朝のフリー走行。

昨日のデータを踏まえた最後の調整と、予選に向けての詰め。

ここでメルセデスとフェラーリが実力を見せた。

その後方にリカルドと和貴。

トップ4とは少し差が開いている。

それでも無線は前向きだった。

「カズ、グッジョブ」

「やっぱり予選はちょっと苦しそうだね」

「あくまで決勝狙いだから別にいいよ。理想は11位だから」

「予選で上を狙うより新品タイヤスタートの方が有利、だよね?」

「そう、そういう車だから。だから予選はタイヤセーブするから」

「了解」

『ええ?Q2落ち狙い!?』

『それは何と言うか、ファンには残念な目標ですね』

そんな意味深な無線を残し、予選を迎える。

まずはQ1。

和貴は中盤にピットアウト。

ソフトタイヤとのタイム差が大きいので、スーパーソフトでアタック。

1発で決め、1分27秒734を記録。

暫定2位でスタンドが一気に沸いた。

だがそれとは裏腹に、無線の内容は厳しい。

「ちょっとブレーキに違和感ある」

「トラブル?」

「そこまでじゃない。なんかハズレ引いた感じ」

「でもそのレベルだと交換出来ないよ。データでトラブルの痕跡が無いと交換せずに決勝だよ」

「それって予選でブレーキの偏磨耗が出れば交換出来たよね?」

「それならもちろん出来るけど、どうするの?」

「ちょっと考えがある」

Q1は6位で通過した。

そしてQ2。

セッション中盤にコースインしてアタック開始。

異変はセクター1で起きた。

コーナーごとに真っ黒なブレーキダストが湧き上がる。

「カズ、トラブル?」

「大丈夫、問題ない!」

『おおっ、佐伯セクター1全体ベスト!』

『ウソだろ?ここでコンマ3は失ってたのに?』

和貴の全開アタックは続く。

ブレーキを激しく酷使してタイムを削る。

『佐伯はセクター2が速い!ここで、コンマ4マイナス!』

『よし!これならトップ狙える!』

最終セクターもミス無く刻む。

『佐伯が帰って来た!どんなタイムが・・・1分26秒809!トップだ!!』

『うはあ、FP3からコンマ6以上削ったよ。凄い!』

スタンドが盛大に沸いた。

「リナゴメン、でもブレーキ使うにはこうするしかなかったんだ」

「ノープロブレム。こんなタイム出るなら問題ないよ。Q3で2ラン、同じ走り出来る?」

「2ラン出来るならもう少し詰められる」

「了解。なら上のグリッド狙おう」

1発アタックを決め、ピットに戻る。

スタンドのボルテージが一気に上がった。

「カズ、ダニエルとのタイム差大きいからさっきのアタックデータを彼に見せたんだけど、クレイジーだって」

「コツさえ掴めば難しくないよ。むしろ安定するからリスクは少ないんだけどね」

「まあ出来たとしてもレースでは絶対に使えないからね」

Q2をなんとトップで通過。

サーキットのボルテージがさらに上がる。

「カズ、ポール狙いに行く。車から降りてヘルメットとHANS交換して」

理奈の指示で車を降り、指示通り交換。

『これは、なぜ交換するんですか?』

『実は彼、ヘルメットとヘッドレストを2種類車検に出してOK貰っています。コックピット周辺の整流変更です』

『ヘルメットだけでなく、HANSも違うんですか?』

『見せてもらいましたが、レギュレーションの範囲内で、ホント微妙に違います。僅かな変更ですが、ヘルメットとヘッドレスト合わせると結構変わるそうです。若干ドラッグ増えますが、インダクションポッドに入る空気の量が増え、リアウィングの効果が若干変わります』

Q3とのインターバルで、和貴のアタック車載映像とテレメトリー画面が表示された。

『うわあ、S字アクセル全開踏みっぱなしだ』

『アクセル戻さずブレーキで強引に曲げています。これがあのブレーキダストの原因ですか』

『リカルド正しい。確かにクレイジー。これは真似出来ないよ』

『ですがそのクレイジーな走りで、佐伯のポールが現実味を帯びてきました』

Q3開始。

まずは最初のアタック。

メルセデス、フェラーリの次に出た。

「カズ、前との車間に注意して。あとフロントタイヤとブレーキにしっかり熱を入れて。ブレーキ潰していいから」

「ブレーキ交換出来るよね?」

「クリスチャンがチャーリーに確認してOK出てる。マテリアル変えなければペナルティー無しで交換OKだよ」

「了解」

タイムアタックに入る。

先にポールを争うハミルトンとベッテルがアタックに入っている。

『現在ハミルトンがセクターベスト。佐伯は、コンマ02プラス』

『いいんじゃないですか?彼はセクター2が速い』

ダウンフォースを削ったので高速のセクター2と最終セクターにはアドバンテージがある。

『さあセクター2で、ハミルトンよりコンマ1マイナス!』

『これなら行ける!』

『さあシケイン抜けて最終コーナー。ハミルトンは26秒653。それに対し佐伯は、26秒565!トップだ!』

一気にスタンドが沸き上がった。

歓声でエンジン音がかき消されるほどの盛り上がり。

『うわ、スタンド凄い。日本人もここまで盛り上がるんだなあ』

『さあこれで佐伯暫定ポールです。母国グランプリでポール獲ればファンに最高のプレゼントです』

『でもルイスとセブとは僅差です。ラストアタックで決まります』

「ルイス、サエキがカミカゼアタックでP1。君はコンマ09プラスだ」

「ああ、少し厳しいがそのギャップなら捕らえられる」

「カズ、グッジョブ。暫定ポールだよ」

「ああ、でも正直これで目一杯だ。これ以上削るのは難しい」

ハミルトンは余裕があるように見受けられたが、和貴は限界に近かった。

ピットに戻り、ガレージインしてスーパーソフトタイヤの新品に交換。

その間にテレメトリーのデータをチェックして、タイムを詰めるポイントを探る。

残り3分。

ハミルトンとベッテルに続いてコースイン。

ポールを決めるラストアタックに向かう。

サーキットの緊張感が高まる。

『さあ泣いても笑ってもこのアタックで決まります。ルイス・ハミルトンとセバスチャン・ベッテルという偉大なチャンピオンとポール争いをする佐伯和貴、頑張れ!』

ラストアタック。

和貴はセクター1を限界まで攻める。

『セクター1ハミルトン全体ベスト、ベッテル僅かに遅れる、佐伯は、コンマ18プラス!』

『とてもタイトな戦いになりそうです!』

『セクター2ハミルトン全体ベスト!ベッテルもほぼ同タイム!佐伯は、コンマ08マイナスだ!』

『うわあ、ホントにタイトですよ!』

『さあチェッカーが振られる!ハミルトン26秒503!ベッテルは、26秒507!届かない!そして佐伯は、ああ届かない!26秒509!ポールならず!』

サーキット全体の雰囲気がやや沈んだが、すぐにスタンドから歓声が沸き上がった。

『素晴らしいポール争い。トップから3位までが1000分の6秒差。これは凄い』

『佐伯和貴、素晴らしい健闘です。素晴らしい夢を見せて頂けました』

『いやふたりのワールドチャンピオンとほぼ同タイムですよ。しかもここはレッドブル向けのサーキットではないですから。素晴らしいですよ。ホント凄い』

「カズ、3位だよ。ポールまでコンマ006届かなかった」

「ゴメン。でもこれが目一杯だった。これで無理なら諦めるしかない」

ピットレーンに戻りマシンから降り、トップ3のインタビューが行われるホームストレートに向かう。

大きな歓声が3人を出迎えた。

ハミルトンもベッテルも、笑顔で和貴を褒め称えた。

英語のインタビューが始まる。

『ルイス、ポールおめでとう。素晴らしいアタックでした』

『とても厳しい争いだったよ。ちょっとだけ僕がラッキーだった程度かな。佐伯を応援するスタンドのみんなにはちょっと申し訳ないかなとは思うけど、僕も負けられない。だから全力で走ったよ』

『余裕はなかったですか?』

『そんなものあるわけない。最初のアタックもほぼパーフェクトだった。それでも佐伯に負けたからポールは無理かとも思った。でも諦めずにリスクを冒して走った。いい争いが出来た。楽しかったよ』

ハミルトンとベッテルのインタビューが終わり、和貴にマイクが向けられる。

全世界に中継されているので、ここは英語。

『カズタカ、非常に惜しかった。ホームグランプリでのポールを逃しました』

『いえ、僕のアタックはパーフェクトでした。あれで届かないなら仕方ないです』

『とてもアグレッシブな走りでした。セクター1のドライビングは皆が衝撃を受けました』

『鈴鹿のセクター1はあれが速いし、あと安定するから攻めやすいんです。でもブレーキ辛いし燃費も悪いからレースでは絶対に使えません。まあ苦し紛れです』

『スタンドに詰め掛けた大勢のファン、あとテレビを見ている日本のファンに母国語でメッセージをどうぞ』

『熱烈な応援ありがとうございます。走ってても声援聞こえました。正直予選のこの結果は出来過ぎの臨時ボーナスみたいなものです。本番の明日のレース、全力で頑張ります!明日も応援よろしくお願いします!』

一気に大歓声が沸き上がった。

そして迎えたレース当日。

なんとチケット完売。

あちこちで観客が溢れている。

日本グランプリで日本人ドライバーの優勝。

その歴史的瞬間を目の当たりにする期待が高まる。

コースオープンになり、和貴はレコノサンスラップを重ねる。

「OK、ブレーキ全く問題なし」

レース前の最後の調整を詰め、3番グリッドに着く。

大きな歓声が沸き上がった。

中継メンバーも熱が入る。

『佐伯の優勝の可能性どのくらいでしょうか?』

『大いにあります。彼が使う理奈ちゃんデザインの空力パッケージですが、どうやら決勝レースに重点を置いたものだそうです。鈴鹿は抜きにくいサーキットですが、それでも抜ける車を狙っています。だから彼のストレートスピードは最速レベルです。ハミルトンやベッテルと互角に戦えると思います』

『戦略はどうなります?』

『ほとんどが2ストップになると思います。ミディアム使えば1ストップも考えられますが、速さはありません。クリーンエアで走れるなら3ストップもありでしょうがちょっとメリット少ないです。上位陣は皆2ストップだと思います』

定刻になり、フォーメーションラップスタート。

「カズ、スタートは無理せず無難に行こう。でも1周目から仕掛けるからフロントタイヤをしっかり温めて」

理奈からの指示が飛ぶ。

ゆっくり3番グリッドに着いた。

サーキットの緊張が高まる。

『さあ佐伯和貴、母国グランプリ優勝なるか?それともタイトル争いのふたりのワールドチャンピオンが意地を見せるか?日本グランプリ決勝、今ブラックアウト!』

『佐伯くんいいですよ!綺麗なスタート!』

『ハミルトンベッテル佐伯ともに素晴らしいスタート!1コーナーはグリッド通り!佐伯3番手です。ボッタスリカルドライコネンアロンソと続く・・・ああボッタスミス!』

『S字で挙動乱しました。彼らしくないですね』

『これで4位にリカルド浮上、佐伯とは若干の差があります』

「バルテリがミスして順位落とした。これで後ろは開いたから前のセブ攻略に集中して」

オープニングラップから和貴はアグレッシブに攻める。

高速のセクター2で間隔を詰め、バックストレートでベッテルのスリップストリームに入る。

『佐伯がベッテル捕らえました!勝負仕掛けるか?』

『ちょっと近付き過ぎじゃない?130R危ないって』

中継メンバーはそんな心配をするが、和貴はベッテルのすぐ背後で超高速130Rを駆け抜ける。

『佐伯仕掛けるか?シケイン進入で並んだ!ブレーキングで、抜いた!2位浮上!』

サーキット全体が一気に沸いた。

「カズ、グッジョブ。このままルイス狙うよ」

「了解」

『凄い、佐伯2位で帰って来ました。ベッテルを従えて1コーナー進入・・・ああベッテルミス!大きくコースアウト!』

『危なかったなあ。でもベッテルにしてはこんなミス珍しいです』

『ベッテルはリカルドとボッタスの後ろ5位に後退。レッドブル2位3位です。しかも佐伯とリカルドは既に3秒の差があります』

「カズ、セブもミスしたから後ろはダニエル。でも3秒開いてるから大丈夫。ルイス攻略に集中して」

その裏でベッテルの無線。

「突然グリップ失った。車に問題あるのか?」

「OKセブ、車は大丈夫だ、君と同じようにボッタスもサエキの後ろでミスをしている。サエキには不用意に近付くな」

さらにその裏でリカルドの無線。

「ダニエル、このポジションをキープしてカズタカに付いて行け。だがペースコントロールしてギャップを保て。ダーティエアの影響が相当大きいから近付くな」

『これって佐伯くんのエアロパッケージは後方乱気流が大きいのかもしれませんね。ボッタスとベッテルが佐伯くんの背後で同じようなミスをしています。そしてリカルドには佐伯くんに近付くなと指示が出ています』

『そして佐伯の目の前にはトップのハミルトンのみ、その差はコンマ9秒です』

『そしてこの周からDRSが使えます』

『佐伯DRSを使ってハミルトンに迫る!1コーナーは、抜けません。ハミルトン死守!』

「カズ、ルイス捕らえられる?」

「ちょっと難しいな。着いては行けるけど抜くのは辛い気がする」

「OK、ならそのギャップを保ってポジションキープ。ルイスのトゥ利用して燃料とタイヤセーブ。DRS圏内から離れないで」

「了解」

その裏でハミルトンの無線。

「ルイス、サエキが君のトゥで燃料とタイヤを守っている。突き放せ」

「なんでこのギャップでタイヤセーブが出来るんだ?ディフェンスで手一杯だ」

「大丈夫だ。サエキは君を抜かないらしい。ペースを上げろ」

『佐伯くん凄いなあ、こんなに接近しててもタイヤセーブ出来るんだ』

『近年ではあまり見られない光景です』

『ここまで接近するとクリーンエアで走れないからタイヤはダメになるし、コーナーでも挙動乱れます。だから普通は2秒くらいのギャップ保ちます』

『佐伯はタイヤマネージメントが素晴らしいドライバーです。これはピット戦略でチャンスありそうですか?』

『このギャップで着いて行けるならそれが無難です』

レースは8周目に突入。

「ルイスのペースが上がってない」

「たぶんタイヤで苦労してる。こっちは予定通りプランAで行くけど、ダメ元でオーバーカットにトライしよう」

『オーバーカット?1回目は引っ張る気ですね』

『ピットストップのタイミングはどの辺りからでしょうか?』

『上位陣は13周目辺りからだと思います。けど佐伯くんなら17周くらいまで引っ張れるかもしれません』

12周目にレースが動く。

『トップのハミルトンがピットインです!』

『予定より早めです。タイヤ辛かったんですね』

『ハミルトンはスーパーソフトでピットアウト。7位で戻ります』

『アロンソとペレスの後ろですね。これトラフィックでロスします』

『それでこれにより佐伯和貴、日本グランプリでリードラップです』

『いや素晴らしい。お客さんも盛り上がっています』

「カズ、ルイスがトラフィックに捕まるからプッシュ。オーバーカット行くよ」

和貴ペースアップ。

『佐伯13周目にファステスト!一気にペース上げました!』

『これホントにオーバーカット行けるかもしれません!』

和貴はファステストラップ連発するも、タイヤが新しいハミルトンもそれを塗り替えて見えないバトルが続く。

『佐伯17周目に入ります。まだピットに入りません』

『ペース悪くないですからね。でも今ピット入るとハミルトンの後ろです』

『そしてベッテルがピットインですが、あ、ソフトタイヤです』

『ここでソフト挟むんですね』

その後、ベッテルの無線が流れた。

「このまま最後まで行く。タイヤマネージメントに気をつけろ」

『ええ?ベッテル1ストップ?ソフトで36周行けるの?』

『ベッテルギャンブルですか?でもベッテルが行くなら佐伯も1ストップかもしれません』

18周目。

和貴ピット入らず。

そして2位ハミルトンとのギャップが、

『あれ、先ほどは17秒差でしたが、22秒に開いています』

『あ、セクター1遅い。たぶんミスしましたね』

ここでリプレイ映像。

ハミルトンの車載カメラ。

『2コーナーでミスったんだ!タイヤロックさせてはみ出してる!』

『これ佐伯、トップで戻れるのでは?』

『いやチャンスですよ!ここで入れるべき』

「カズ、ボックス!ボックス!」

『理奈ちゃん動いた。これチャンスですよ!』

『佐伯ピットに向かいます!ここで逆転の可能性が出てきました!』

『19周目ですよね。タイヤどっちだ?』

新しいタイヤは、サイドウォールに黄色のロゴ。

『ソフトだ!1ストップだ!』

『佐伯ピットアウト!だがホームストレートにハミルトンが来る!これは際どい!』

『行けるか?行けるか?どうだ?ああダメだ!』

ギリギリの僅差でハミルトンが1コーナーにトップで進入した。

それでもスタンドの大観衆が一気に沸いた。

『佐伯2位で復帰。ですが1ストップの可能性が高いです!』

『ルイスに着いて行ければチャンスです。どうやら彼の車、ダーティエアでも普通に走れる空力パッケージのようです。これでルイスに引っ張って貰えばいい!』

中継メンバーも熱が入る。

「カズ、クリスチャンも1ストップで行こうとか言い出したよ。ちょっとサーキットのボルテージで冷静じゃなくなってる。予定通りプランAで変わりないからね」

「了解。でもルイスのペースが上がってない。着いて行けるよ」

「たぶんミスしてフラットスポット出来たと思う。けどここでピット入ったら負けだし、セブが1ストップみたいだから彼にも逆転される。またさっきと同じで引っ張って貰って燃料とタイヤセーブ」

「了解」

『えっ、プランAってことは、2ストップですか?』

『うーん、ソフトで34周は確かにギャンブルです。でも彼は金曜日に30周以上走れてるから、大丈夫だとは思うんですがね』

レースは中盤戦に突入。

トップはハミルトン。

和貴は1秒以内で喰らいつく。

『ハミルトンのペースが上がりません』

『たぶんさっきのロックアップで軽いフラットスポット作ったんでしょう。ソフトタイヤの佐伯くんを突き放せません』

「ルイス、車に問題があるのか?」

「小さなバイブレーションが出ている。限界までは攻められない」

「このタイヤでギリギリまで耐えるんだ。サエキも2ストップだから、まだチャンスはある。だが抜かれたら終わりだ」

「分かっている。少し黙っててくれ」

『ルイス集中したいんですね。余裕ありません』

『佐伯がそのハミルトンを射程距離に捕らえています。もしハミルトンがワンミスすれば逆転です』

『佐伯くんソフトタイヤですが、ルイスより元気ですね。余裕で付いて行けそうです』

「カズ、今はタイヤを労って。ルイスも新品プライム残してる。前が開いたら一気に行くから」

「了解」

『やっぱり佐伯くんは余裕ありますね。前が開いたらスパートだと思います』

『ハミルトンが何周目に入るかですね。それほど持たないとは思われます』

レースは予想より早く動いた。

25周目。

「ルイス、ボックス、ボックス」

『ハミルトンピットインです!』

『これは早すぎだなあ。ソフトで27周なら届きますがギリギリです。プッシュは出来ません』

26周目にハミルトンがピットイン。

これで再び和貴がトップ浮上。

「カズ、プッシュ。予定通りガンガン行って。タイヤ潰していいから」

「了解」

27周目に和貴ファステストラップ。

『うわ凄い、1秒以上上げた』

『ここが勝負どころです!』

28周目にはハミルトンがファステストラップ。

和貴とハミルトンでファステストを出し合いながらハイペースバトルが続く。

当初はハミルトン優勢だったが、チェッカーまでタイヤを持たせる必要があるので勢いが若干落ちた。

レース終盤の40周目には、ふたりの差は22秒前後で推移していた。

『佐伯くんあと2秒欲しい!それならトップで戻れる!』

『でもそれはハミルトンも分かってるでしょう。両者一歩も引かない戦いです』

45周目。

「カズ、ボックス、ボックス」

『佐伯くんここで入るんだ!』

『差は、22秒5!これまた際どい!』

46周目、和貴ピットイン。

『レッドブルが速いストップで済ませばトップで戻れる!』

『タイヤは、もちろんスーパーソフト!』

『彼は新品持ってます!』

『ここで速く送り出せば、ああ取れない!』

『左フロントが取れません!』

『早く、早く取れろ!まだ取れない!どうした?大きくタイムロス!』

『ガン換えます。これで、ようやく取れた!早く早く!』

『佐伯ようやくピットアウト!ですがハミルトンはホームストレートを通過しました』

『ピットストップ11秒4。これは痛いなあ。残念です』

中継メンバーも観客も落胆を隠せない。

それでもふたりは諦めていなかった。

「カズ、まだ8周あるから。モードG5でフルアタックすれば十分届く」

「燃料大丈夫?」

「相当セーブ出来たから余裕で持つ。むしろどんどん燃やして軽くすればタイム詰まる」「了解」

『佐伯諦めていません。セクター2、セクター3全体ベストで帰って来ました』

『差は11秒3。残り7周。届くのか?』

中継メンバーも観客も走りを見守る。

『うわ佐伯くん凄い。セクター1だけで1秒詰めた!』

『差は10秒切りました!佐伯諦めていません!』

残り6周。

『佐伯ファステスト更新。なんとハミルトンより3秒速い!』

『これで8秒差!これなら届く!』

「ルイス、サエキが迫っている。このままではあと3周で捕まる。プッシュだ」

「サエキとのギャップを教えろ」

「現在8秒。だがサエキは君より3秒速い」

「パワーモード変えてもいいか?」

「それは出来ない。今のままでプッシュするんだ」

「それでは無理だ。もうタイヤが辛い」

『ルイスが弱音を吐いた!追い付ける!』

サーキットのボルテージが一気に上がる。

和貴の走りとシンクロして、観客席が盛り上がる。

『残り5周!差は5秒3!2秒以上速い!』

『ルイスもペース上げたけど、佐伯くんのほうが圧倒的に速い!』

『あと2周くらいで追いつきそうです!』

『そしたら残り3周あります!戦える!』

和貴の猛烈なスパートで差を詰める。

残り4周で2秒7。

ひとつの画面で2台を捉える。

「カズ、落ち着いて行こう。こっちはタイヤ余裕あるからチャンスは十分あるから」

「了解。でも一気に行けそうだ」

『凄い勢いで佐伯が追い付いた!ハミルトンの背後に着いた!両者シケインに進入!』

『これホームストレート行ける!』

『残り3周!コンマ6秒差!佐伯DRSでハミルトンを捕らえた!』

『うわスタンド凄い!大声援!』

『佐伯がハミルトンを狙う!完全にスリップに入った!1コーナーで狙う!ハミルトンインを塞いでブロック!ここは凌いで・・・いや佐伯行く!行ったあ!!』

『クロスラインで2コーナー行った!!』

『佐伯鮮やかなオーバーテイク!これでトップ!!スタンド凄い盛り上がりです!』

この瞬間、サーキット全体が震える大歓声が湧き上がった。

エキゾーストノートが完全にかき消された。

「カズ、グッジョブ!」

「このまま突き放すよ」

「OK。でも無理しないで」

その裏でハミルトンの無線。

「ルイス、着いて行けるか?」

「無理だ。サエキの真後ろだと車が乱れる」

「後ろのリカルドとは18秒のギャップがある。今日はこのポジションキープだ」

「了解」

『佐伯凄い。ハミルトンを一気に突き放します!』

『お客さんも凄い!こんな盛り上がり初めてじゃない?』

大歓声が鳴り止まない。

和貴が通るたびに一気に湧き上がる。

熱い熱気は包まれる鈴鹿を和貴がトップ快走。

残り3周を一気に駆け抜けた。

『佐伯が最終コーナーを立ち上がる!大歓声の鈴鹿で2勝目のチェッカーを受けました!』

『いや佐伯くん凄かった。ピットのミスでダメだと思ったけど、見事に挽回しました』

「カズ、母国優勝おめでとう。いい仕事だったよ」

「ありがとう、理奈ちゃんのお陰だよ。けど観客凄いなあ。鈴鹿でここまで盛り上がるとは思わなかった」

「ウィニングラン、ゆっくり帰って来て。けどちゃんと仕事は忘れないで」

「了解」

途中でマーシャルから日本国旗を受け取り、凱旋ウィニングラン。

スタンドの大歓声がいつまでも続いた。

ウィニングランを終え、表彰台前に車を止める。

ゆっくり降りてスタンドに手を振ると、観客が大歓声で応えた。

ピットクルーと祝福を交わし、表彰台奥に向かう。

2位ハミルトン。

3位リカルド。

そして理奈も優勝チーム代表で呼ばれる。

英語で健闘を称え合う3人。

そこに理奈が釘を刺した。

「スペインみたいにあたしをシャンパンでびしょ濡れにしたら地元警察にセクハラで訴えるからね。あと日本ではあたしとカズは未成年でシャンパン飲めないから。それも忘れないで」

この一言でハミルトンとリカルドは大笑い。

表彰式も大歓声の中で行われた。

そして日本グランプリの表彰式で初めて流れる君が代。

日本のモータースポーツの歴史を塗り替える1日となった。

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