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Motor Racing World  作者: ジャミー
13/23

第2戦

そしてレース当日。

エントリーは159台。

もてぎが8層に分けられる。

週末は雨の心配はない。

まずは午前2時間のフリー走行。

優奈からコースイン。

タイヤはハード、燃料は満タン。

「相変わらずグリップ低いなあ」

「とにかく無理しないで。データが欲しいから」

連続15周走り、ピットイン。

ベストタイムは1分48秒611。

この時点で3位。

鈴鹿からは大幅な進歩になる。

「バランスどう?」

「まだグリップ低いからなんとも言えないけど、悪い感じはしない」

「じゃあ次は佐伯くんお願い」

和貴に交代し、同じくハードで15周。

この頃から路面グリップが上がり始め、タイムも1分46秒901まで短縮。

暫定トップ。

「バランスどう?」

「そろそろサスセット硬めてもいい頃かな」

「じゃあサス硬くしてロングランやろう。優奈、お願い」

中古タイヤで連続15周。

それでもさらにタイムを詰め、1分46秒073を記録。

暫定トップは変わらず。

ここで残り時間が少なくなった。

「予選シミュレーションどうする?」

「やらない。もうデータは揃った。それで予選の対応は出来るから」

他のチームが予選シミュレーションを行ったので、フリー走行は5位で終了した。

和貴たちは決勝で使う予定のハードタイヤしか使っていない。

充分な余裕があった。

午後の予選から実況が始まる。

『今月のMRW-GTクラス3はもてぎが舞台です。実況は私大野、解説はいつもの通り、モータージャーナリストの細田重則さんです。細田さんよろしくお願いします』

『よろしくお願いします』

『熾烈な戦いのクラス3、今回も160台ほどのエントリーです。これからの予選で上位40台が決勝進出です。細田さんはどのようにご覧になられますか?』

『ここはストップ&ゴーのレイアウトです。ですからコーナーリングとトラクションに優れた車が有利です。一番人気のアストンマーチンには若干不利、逆にポルシェ911やフェラーリ458が有利ですね』

『確かにフリー走行の結果からも、その様子が現れています』

『トップは前回鈴鹿優勝のナガタレーシング911、2位もチームシュタインの911です。あと気になるのが、5位のナカネ458ですね』

『前回の鈴鹿を盛り上げたチームナカネ、今回から固定ゼッケンの51になりました。どの辺りが気になりますか?』

『このチームは決勝に向けてのロングランしかやっていません。それでこのタイムです』

『ではまだ実力を隠しているのですか?』

『そうですね。真の速さを見せていません。まだ隠し持っています。監督の理奈ちゃんがいい車に仕上げて来ました』

『監督の中根理奈ちゃんは、チューナーでもあります』

『前回の鈴鹿仕様からパワーを落とし、その分軽量化。そして空力に重点を置き、コーナーでの速さと安定感は抜群です』

『今回は理奈ちゃんが手掛けた車が上位に来ています』

『トップのナガタレーシングも理奈ちゃんチューンです。ここはストレートが抜群に速いです』

『注目の予選、間もなくスタートです』

1時間の予選が始まった。

『さあ、CからFグループが積極的にコースインです』

『この辺りのチームは予選一発のセッティングが出て無いんですよね。だから走り込んだほうがタイムが出る傾向にあります』

『予選通過のボーダーはどの辺りが予想されますか?』

『ポールが1分45秒前半だと思います。そこから2秒半落ちの47秒台後半くらいでしょう』

『そしてこの辺りには海外チームが集まっています。その中で初参加のチームがあります』

『フリー走行47位、チームKWヒュンダイですね』

『このチームはヒュンダイワークスなんでしょうか?』

『いえ違います。韓国でヒュンダイ主催のMRWレースで優勝して、ヒュンダイの名前が与えられたそうです。車は魔改造のジェネシスクーペ。この車を造ったのも理奈ちゃんです』

『理奈ちゃん大活躍ですね。さて現在、アン・ヒョンウがアタック中。最終コーナーを立ち上がり、タイムは、1分47秒692。これは悪くないのでは?』

『ちょうど予選通過のボーダー辺りですね。でもこのタイムで通るかなあ?』

『海外チームが初参戦で予選通過したことはありません』

『タイ、マレーシア、シンガポール辺りはレベルが上がって来ましたが、韓国はワンランク落ちます。日本チームがこのまま通過を許すとは思えないですね』

「ソヨンさんのところ、頑張ってるみたいだな」

「うん、でもまだポテンシャル出し切れていない。あの車なら46秒台中盤を狙えるから』

予選開始から12分、Aグループに動きがあった。

『フリー走行トップのナガタレーシングがコースインです。ドライバーは武田雄一』

『佐伯くんの後任ですね。どんな走りを見せてくれるんでしょうか?』

タイムアタックに注目が集まる。

『ダウンヒルストレート、最高速は251.5キロ!』

『250キロ超えて来ましたか。これは速い』

『さあ武田、最終コーナーを立ち上がり、タイムは、1分45秒614。もちろん暫定トップです』

『ナガタレーシングの仕上がりは良さそうですね』

タイムアタックを見届けた理奈が、指示を下した。

「佐伯くん、出て」

「了解」

『今度はチームナカネがコースイン。ドライバーは、えっ、佐伯和貴?』

『ここでエース投入ですか?これは意外です』

アウトラップでミディアムタイヤを完全に温め、タイムアタック。

複合の1、2コーナーは3速で進入。

ストレートを挟み、複合の3、4コーナーを抜ける。

またストレートを駆け抜け、ストレートエンドにセクター1の計測ラインがある。

『やはり佐伯くんは速い。セクター1で武田からコンマ2秒マイナス』

5コーナーは2速。

ファーストアンダーブリッジを抜け、中速の6コーナーを抜ける。

その先のS字コーナーで安定した挙動を見せる。

『この車はコーナーが速いですね。とても安定しています』

その先のV字コーナーは2速。

またストレートがあり、そこにセクター2の計測ライン。

『この車はセクター2が速い。ここでコンマ6秒マイナス』

ヘアピンを立ち上がり、ダウンヒルストレート。

『最高速は、240.7キロ』

『ちょっと遅いですね。これは最終セクター苦しいかな?』

7速から一気に2速まで落とし、90度コーナーを抜ける。

セカンドアンダーブリッジを抜け、最終セクションをシフトダウンしながら駆け抜ける。

最終コーナーを2速で立ち上がる。

『さあ佐伯が来ました。タイムは、1分45秒096!もちろん暫定トップ』

『予想以上に速いですね。もうポール予測タイムを超えて来ました』

『これがチームナカネの全力アタックでしょうか?』

『いえ、この時間でラストアタックはあり得ません』

『ではまだポテンシャルを秘めていると』

『その可能性はあります。そうなるとかなりの速さになりますね』

『そしてAグループの有力チームが続々とコースインです』

入れ替わりで和貴がピットイン。

「佐伯くん、お疲れ様」

「思ってたよりタイム出たな」

「そうだね、45秒2くらいだと思ってた。バランスどうだった?」

「優奈好みの気持ちオーバー。それでタイム出たってことは、俺も走らせ方が分かって来たのかな?」

「さすがトップドライバー。適応力高いね」

「まあ俺の仕事は終わりだ。あとは優奈次第だな」

和貴と理奈は余裕の笑みを見せる。

ただひとり優奈の笑みが若干引きつり始めていた。

コース上では、有力チームが走り込みを繰り返していた。

普段の予選では見られない光景。

『細田さん、これは?』

『佐伯くんのタイムが想定以上だったのでしょう。有力チームは予選一発セットを決め込んでいますが、それでは彼のタイムに届かないんです。ですからまた走り込んで、セッティングをさらに詰めるのだと思います』

『確かに有力チームが続々とタイムアタックをしていますが、佐伯のタイムに届いていません』

『まだ新品タイヤを残しているでしょうが、それでもコンマ4秒ほどの開きがありますね。これは詰まらないですよ』

『そして、そのタイムを記録したチームナカネは余裕です。ピットで静かに状況を見守っています』

その実況を聞いた和貴は、思わず苦笑いを浮かべた。

「理奈ちゃんのポール予測タイムはどのくらい?」

「ウチ以外は44秒8くらいだね。ナガタレーシングもそのくらいのタイムが出るだろうし。優奈はミスが無ければ44秒6を切れる」

「じゃあ優奈が普通にアタックすれば、ポール確実ってわけだ」

和貴と理奈は、含みのある笑みを優奈に向ける。

「ちょっと、ふたり揃ってプレッシャーかけないでよ」

ぎこちない笑みを見せる優奈。

「優奈、一発アタックよ。集中して」

「いつも通り、普通にアタックすればいい。無理しなくてもポールは獲れる」

そして予選も残り3分。

和貴のタイムが更新されない状態で、理奈の指示が下った。

「優奈、出て」

『さあチームナカネ、万を辞してラストアタックに向かいます。ドライバーはなんと中根優奈』

『優奈ちゃんがアタッカーですか。これは意外です』

『そしてその前にナガタレーシングの黒岩、チームラックスの山口、有力チームのエースがコースインです』

各チームが予選終了間際のラストアタックに向かう。

優奈はタイムアタックのために前の車との車間を保つ。

それでアウトラップのペースが若干遅くなった。

残り時間10秒でコントロールラインを通過。

『さあ、ラストアタックが始まりました。泣いても笑ってもこれが最後!』

ここで優奈がミス。

1コーナー進入で激しくタイヤスモークを上げる。

『ああっ、優奈ちゃんミス!』

『クリッピング取れませんでしたね。これは痛い』

「優奈、諦めるな!残りで取り返せ!」

和貴が檄を飛ばす。

『セクター1、黒岩が佐伯のタイムからコンマ1秒マイナス!』

『山口くんも更新しています』

『ミスがあった優奈ちゃんはコンマ2秒プラスです』

「セクター2が勝負だ。ここで取り返せる」

優奈は真剣な表情でアタック。

「さあセクター2、黒岩はコンマ1秒マイナス、山口もほぼ同タイム、優奈ちゃんは、コンマ2秒マイナスだ!』

『優奈ちゃん取り返しましたね。でも最終セクター苦しいはずです』

黒岩はポルシェ911。

山口はアストンマーチン。

このふたりと比べると、ストレートが遅い優奈は最終セクターが苦しい。

そして、

『さあ黒岩は上手くまとめて来た。最終コーナーを立ち上がり、タイムは、1分44秒914!トップだ!』

『山口くんは、届きません』

『山口は44秒928。そして優奈ちゃんは、44秒931!佐伯のタイムは更新しましたが、3位です』

『僅差のポール争いでした』

これで予選は終了。

「もう、自分に腹が立つ!1コーナーでミスするなんて」

「もう終わったことを悔やんでも仕方ない。アウトラップ遅かったから、タイヤが温まり切らなかったんだろう」

「佐伯くん、他チームからプロテスト来たよ」

「やっぱり来たか」

「プロテスト?あたしってなんかやらかしたっけ?」

優奈は状況が分からない。

「すぐに分かる」

和貴は準備を始めた。

予選トップ3のインタビューが始まり、チームナカネの順番になった。

『さあ、惜しくも予選3位、チームナカネに繋ぎます』

和貴たちが映し出される。

『理奈ちゃん、まさか優奈ちゃんがアタッカーだとは思いませんでした』

「事前の練習では、優奈のほうが一発タイムが出ていました。だからアタッカーにしたんですが、まだ経験不足ですね」

『そして、その優奈ちゃんに対して、プロテストが出ています』

「はい、準備出来てます」

和貴が、借りてきた板を見せた。

『ほう、さすがですね。プロテスト理由は、優奈ちゃんの体重です』

「えっ?」

「いくら女の子でも、お前の体重は軽すぎる。プロテストが来るのは当たり前だろ」

「ちょっと待ってよ、じゃあなによ、この衆人環視の中で、あたしは自分の体重を晒すの?」

優奈の顔色が変わる。

動揺と不満の色が見える。

「ドライバーなら体重測定は付き物だ。F1とかでもやってるだろ?」

「優奈、さっさと済ませて」

だが優奈は駄々をこねる。

「お姉ちゃんも和貴も酷い!こうなることを分かっててあたしにアタッカーやらせたの?」

「なに言ってんだよ。アタックやりたがってたのはお前だろうが」

「優奈、これはドライバーの義務よ。諦めなさい」

「もう、分かったわよ!」

優奈は渋々、体重計の板の前に立つ。

『さて、優奈ちゃんの体重は37キロで申請されています。実際はいくつでしょうか?』

「えっ、37?」

和貴の顔が引きつる。

ゆっくりと体重計の上に乗った。

『さて結果は、えっ、35.3キロ?』

『これは驚きです。申請より軽かったんですね』

実況、解説のふたりとも驚いている。

だが和貴は、

「お前、バカ!」

優奈の額を思い切りひっぱたいた。

「ちょっと、なによ?」

「自分の体重はきちんと申請しておけよ!体重はプラマイ5%が規定だ。お前ギリギリじゃないか。軽すぎてもアウトなんだぞ!」

「ひっどおい!みんな見ました?セクハラに加えパワハラですよ。和貴酷い!」

「逆ギレするな!」

和貴は怒りを隠さない。

『まあまあ佐伯くん、そんなに怒らなくても』

『こんな時は監督の理奈ちゃんに振ればいいんでしょうか?』

それを受けた理奈は、

「レースにもしはありませんが、優奈のミスがなければポール確実でした。レースペースは自信があるので、明日は取り返します」

上手に締めた。

『はい、明日も期待しています。ありがとうございました』

インタビューは無事終了。

「理奈ちゃん、グッジョブ」

「優奈の扱いなら任せて」

「ふたりとも酷いよ。なんか変な板があるなあと思ってたけど、体重計とは思わなかった」

優奈はまだグズっている。

「仕方ないよ。優奈は女の子の中でも特別軽いんだもん。あたしたちの体格でも、40キロ以下なんてそんなに居ないんだから」

「お姉ちゃん、それって和貴に自分の体重暴露してる発言だよ?」

「あたしは40キロジャスト。隠すことじゃないから」

「いや理奈ちゃん、それ以上は口にしないで」

知ってはいけないことを聞いた気がした。

「じゃあ、優奈は残念会の準備して」

「残念会?」

「うん。今日はポール確実だと思ってたからお祝いの準備してたけど、獲れなかったから残念会に変更。今日は優奈が料理当番だから」

「こんなんじゃ罪滅ぼしにもならないけど、気合い入れて作るよ」

優奈が立ち上がり、部屋から出て行こうとする。

「俺も手伝おうか?」

「ううん、佐伯くんは明日の準備。クラッチ調整お願い」

理奈が工具を差し出した。

「なるほど、了解」

明日の決勝はスタンティングスタート。

クラッチ調整が大きな鍵を握る。

MRWのクラッチレバーはストローク量が大きく、手で操作することもあって、微妙なクラッチミートがやりやすい。

ただ明日はその調整を限界ギリギリまで追い込むので、操作が難しくなる。

当然セッティングが中心で追い込むが、同時にレバー自体も調整すれば操作が容易になる。

ストロークの間に、僅かな引っかかりを付けることが出来、そこにミートポイントを合わせれば、スタートがやりやすい。

この最初のミートポイントをファーストバイトと呼ぶ。

和貴は理奈と一緒に、ファーストバイトのポイントに引っかかりを設定した。

ここで理奈が、明日使うスタートシステムの詳細を説明した。

それを聞いた和貴は、正直、驚いた。

「そんな領域まで追い込むの?」

「ここまでやれば、確実にアドバンテージあるから」

「でもスタート前に微妙に動く場合がある。最悪それでフライング取られるぞ」

「フライング判定はレッドシグナルが点灯してから。その前に繋ぐ」

「そうなるとファーストバイトの時間が長くなる。クラッチ大丈夫か?」

「大丈夫。クラッチは耐久性重視のものにしたから。スタート時のレスポンスが悪くなるけど、ここまでやれば関係ない。それにストールの心配もない。明日は確実にホールショット決めるから」

理奈は自信に満ちた笑みを見せた。

そして残念会

今回は優奈の和食中心。

和貴好みの味で、思わず笑みがこぼれる。

「あたしも優奈から和食教わらないとダメかな」

「なんで?理奈ちゃんの料理も美味しいよ」

「でも佐伯くん、先月より明らかにいい笑顔だよ」

「いや、それはたぶん俺がこの家に馴染んだからだろ。テスト期間は毎日通いっぱなしだったし」

ここで両親が感謝の言葉を口にした。

「佐伯くんには本当に助けられてるよ」

「ふたりにもいい影響が出てるのよ。理奈なんかお弁当作る日はホントに張り切ってるから」

「ちょっとお母さん、そんなこと言わない出よ」

真っ赤になる理奈。

「でも理奈はもう少し頑張らないとダメかしら」

「だから優奈から和食教わろうと思ってるの」

「お姉ちゃんに教えるのは全然OKだけど、ちゃんと出来るかなあ?お姉ちゃん自身が和食をあまり好きじゃないから」

「けど佐伯くんは和食が好きなんだよ?」

「それがお姉ちゃんらしくないんだよ。お姉ちゃんが和貴に合わせるんじゃなくて、お姉ちゃんの料理を好きになってもらう。そのほうがお姉ちゃんらしいよ」

反論の言葉に詰まる理奈。

「理奈ちゃん、俺は理奈ちゃんの弁当に不満はないから。完全な和食じゃなくても、和風テイストくらいで充分だよ」

「うん、でもあたし頑張るから」

理奈らしい笑顔を見せた。

残念会が終わると、和貴は早々に引き上げた。

明日は優奈がスタートドライバー。

これからスタート練習と調整を行うとのこと。

無理するなと言って、帰った。

そして決勝当日。

8時半に和貴が到着。

優奈は鈴鹿の時と比べると、かなりリラックスしている。

それに対し、理奈はまた疲れの色が見えた。

「理奈ちゃん、また無理したの?」

「ううん、ウチは問題ないよ。ただソヨンさんから相談受けてね」

「そういや予選通ってたな」

初参加の韓国チームは予選37位で通過していた。

「でも内容は悪くて、危険走行でベストタイム抹消。さらにピットのアンセーフリリースもあって10グリッド降格なの」

「ってことは最後尾スタートか」

「うん。それにセッティングも大幅に変えてて、とても決勝を走り切れる状態じゃなかった。だからセッティング変更してピットスタートにしないとダメって言ったんだけど、ソヨンさんはグリッドスタートで少しでも順位を上げたいって譲らなくて、その説得が夜遅くまで長引いちゃったの」

「まあ、良くも悪くも我が強い人っぽかったからなあ」

「結局、納得してもらえてピットスタートになったけど、あの様子だとちょっと注意しないとダメかも」

「周回遅れと絡んでリタイアほど悔しいものはないからな。ま、後続のバトルで自爆してリタイアだろう」

「でもそうなるとセイフティカーが入るだろうから、結局振り回されるけどね」

「まあ俺たちは俺たちのレースをしよう」

決勝前の1時間のフリー走行が始まった。

「とにかく走り込んで。で、30分でピットストップのシミュレーションやるから」

優奈から積極的に走り込む。

そして30分でピットストップ。

給油中に和貴に交代。

優奈が降り、シートとペダルのポジション変更をしてから和貴が乗り込む。

変更はワンタッチで出来るが、それでもギリギリの時間だった。

タイヤ交換はせず、中古タイヤで走り込む。

それでも安定して速いラップを刻めた。

そして1時間が終了。

2位にコンマ7秒の大差をつけてトップになった。

「セッティングは問題ないね」

「うん、あとはスタート次第。それも昨夜決め込んだから」

理奈は自信に満ちた笑顔を見せた。

決勝はもちろん、実況中継される。

『細田さん、決勝の見所は?』

『予選3位のチームナカネに注目です。朝のフリー走行は2位に大差をつけてトップ。しかもここはタイヤ交換をしないでしょう』

『ただ今回はスタンティングスタートです』

『それも不気味なんです。ほとんどのチームがスタート練習をしていましたが、ここは一切やっていません。手の内が全く見えないです』

「理奈ちゃん、見抜かれてるよ」

「見抜かれても防げないから平気。とにかくスタートは決める」

午後2時。

フォーメーションラップが始まる。

理奈から細かい指示が優奈に飛ぶ。

「レブ7500で一気に繋いでスタート」

ホイールスピンして派手な白煙が上がる。

「OK。路面のミューは把握した」

ウェービングしながら熱を入れていく。

「タイヤもブレーキもまだ低い。もっと積極的に温めて」

遅いペースで加減速を繰り返す。

ホームストレートに帰って来た。

「バーンアウト3回。リアタイヤに熱を入れて」

派手な白煙が上がり、急減速して、またホイールスピン。

『優奈ちゃんの動きが積極的ですね』

『まるでF1みたいです。ひょっとしてスタートシステム使うのかな?』

『スタートシステムは制御がかなり難しいと聞きます』

『上位チームはまず使わないでしょう。でも理奈ちゃんなら、あるいは・・・』

3番グリッドに着いた。

理奈はテレメトリーの画面を凝視している。

それを和貴もチェックする。

「ちょっとリアタイヤの温度高くない?」

「ここからどんどん下がるから。たぶん適温まで落ちる」

実際に下がっていく。

最後尾の車がグリッドに着く。

「レブ5000」

ここからの理奈の判断で、スタートの結果が決まる。

グリーンフラッグが振られる。

「フルブレーキ、ファーストバイト」

レッドランプ点灯。

「レブ6500、モード3」

最後の指示が下った。

『さあレッドランプが、消えた!スタート・・・』

『優奈ちゃん来たあ!』

優奈が見事なロケットスタート。

一気にトップに立ち、1コーナーに進入。

ホールショットを決めた。

63周のレースが始まる。

『いや細田さん、優奈ちゃんのスタート凄かったですね』

『これはスタートシステム使ったでしょう。マニュアルスタートでこれはあり得ません』

『そしてグリッドには、8台が止まったままです』

『これがスタートシステムの難しさです。失敗するとエンストするんですよ。でもこれだけスタート失敗してるのに事故が起こらなかったのは奇跡ですね』

『ではここでスタートのリプレイです。まずは優奈ちゃんからです』

優奈の車載映像に切り替わる。

エンジン回転、スピードに加え、アクセル、ブレーキ、クラッチの操作状況も表示される。

『えっ、スタート前にクラッチ少し繋いでいます。フルブレーキで強引に止めていますね』

『うわ、理奈ちゃんここまでやったんだ』

『細田さん、これは?』

『オートマ車でブレーキ踏みながらアクセル踏むとわかります。そうするとリアが沈み込んでリアタイヤに荷重が掛かるんです。以前のF1でもやっていました』

『これがあのロケットスタートの要因ですか?』

『そこまで単純ではないですが・・・これは素晴らしい。トラクションコントロールに加え、ラウンチコントロールまで使っています。見事な制御です』

『そしてコース上では、優奈ちゃんが後続との差を広げています。今ホームストレートに帰って来ましたが、2位のナガタレーシング黒岩に2秒の差を付けました』

『やっぱりレースペースが速いです。これは逃げられちゃいますよ』

理奈の作戦通り、トップに立って逃げ切るパターン。

ラップタイムが2位以下と比べてコンマ7秒から1秒速いので、どんどん差が開いていく。

8周目には、11秒のリードを築いた。

側から見れば、余裕の展開。

だが、理奈の表情が厳しくなる。

「ブレーキバランスを2%フロントに振って」

「えっ、バランス悪くなるよ?」

ペース落ちてもいいからそうして」

この指示で、コンマ2秒ほど落ちた。

それでも差が開き、12周目で15秒のリード。

「やっぱりダメ。さらに2%フロントにプラス」

「お姉ちゃん無理だよ。今でもフロントがロックしそうなんだよ。それじゃまともに走れない」

「ギャップは充分ある。差を詰められてもいいからペース落としてブレーキ労って」

「理奈ちゃん、どうしたの?」

「リアブレーキの温度が高いの。これじゃ最後まで持たない」

「ブレーキバランスフロントに振り過ぎると、今度はフロントが厳しくなるぞ」

「でも今はペース落とすしかない。今までこんなことなかったのに」

理奈は困惑の表情を見せる。

さらにペースが落ち、しかも周回遅れが出始めたので、2位との差が若干詰まった。

それでも2位以下が周回遅れに遭遇すると、また徐々に差が開き始めた。

25周経過時点で21秒差。

優奈が頑張りを見せた。

『さあレースは29周目。ここでトップ独走のチームナカネがピットインです』

『予想より引っ張りましたね』

『そしてここのピットには、やはりタイヤがありません』

『ただでさえ独走なのに、タイヤ無交換ですか。これ2位以降は勝負にならないですよ』

優奈はロスなく所定位置で停車。

給油中に素早くドライバー交代。

給油完了後、NPCのメカニックがリアタイヤ前で作業する。

それで5秒ほどロスした。

『チームナカネがピットアウト。ドライバーはエースの佐伯に交代。ストップは31秒』

『メカニックが作業してましたね。なにかトラブル抱えてたのでしょうか?』

『佐伯は3位で復帰です』

「佐伯くん、応急措置でリアブレーキのダクト広げたから、これで様子見て」

「了解」

3位で復帰した和貴だが、このまま走れば、前の車がピットインするので、自動的にトップに戻る。

それでも和貴はペース上げた。

ピットアウト時は5秒の差があった2位との差を一気に詰める。

『コース上では2位ラックスの山口と3位ナカネの佐伯が急接近です』

『でも佐伯くんは無理しなくても・・・ええっ?』

S字コーナーの2個目で、アウトからパス。

『佐伯、あっさりと山口を撃退です』

『佐伯くん、こんなところで行けるの?これは驚きです』

『しかもここはタイヤ交換していません』

『予想以上に余力がありますね』

「佐伯くん、ブレーキ温度は下がったから、バランス戻していいよ」

「了解」

34周目に前の車がピットインしたので、自動的に和貴がトップに戻った。

『佐伯がトップに戻りました。しかも2位ナガタレーシング武田との差は、なんと46秒です』

『タイヤ無交換の結果が差に出ましたね。普通ならここからペースが落ちて2位以下にもチャンスが出てくるのですが、現在のコース上では佐伯くんが最速です』

『これはチームナカネ、磐石の体制です』

「理奈ちゃん、2位以降のタイム教えて、後ろ見ながら走るから」

「了解」

理奈の声にも元気が戻った。

和貴はペースをコントロールして、2位との差を一定に保つ。

その分、車とタイヤを労わる。

「和貴、車の調子が戻ったなら、ペース上げてもいいんじゃないの?」

「優奈は甘い」

「なにが?」

「この状況でもしセイフティカーが入ったら、この大量リードはなくなる。そうなったらリスタートの時に、後続を突き放せる余裕が必要になるんだ」

「そっか、そこまでは考えてなかった」

だがそんな和貴の心配も杞憂だった。

セイフティカーが入る状況は起きなかった。

残り5周からペースを落とし、残り3周でクルージング。

周回遅れのほうが速くなり、どんどん道を譲る。

『さあ遂にファイナルラップ。佐伯はクルージングに入っていますが、それでも2位武田との差は35秒です』

誰もがチームナカネの初勝利を疑わなかった。

圧倒的なリードに加え、余裕の走り。

和貴の直後でピットアウトした周回遅れなど気に留めなかった。

『チームナカネ、初勝利は目の前です』

『ここまで来れば大丈夫でしょう。マシントラブルの兆候もありません。このままフィニッシュ・・・』

3コーナー進入。

突然、ステアリングに大きな衝撃が加わり、挙動が乱れる。

「なんだ?」

和貴は状況が理解出来ない。

『ええっ、追突?』

『信じられない』

実況席も言葉を失う。

和貴はそのままコースアウト。

そして、動けなかった。

「佐伯くんダメ。左リアタイヤが曲がってる」

『追突したのは、チームKWヒュンダイのキム・ソンクです。ここはコースに戻りました』

『このチーム、3回目のペナルティストップから出たばかりですよ。ちょっと危険過ぎます』

『そしてチームナカネは、2戦連続でファイナルラップでリタイアです』

『しかも2戦ともトップ走行中です。鈴鹿は接近戦でしたが、今回は独走状態。さらにリタイアに追い込んだのが、理奈ちゃんの手掛けた車とは・・・これは悔しいって一言では言い表せないですね』

和貴も諦めてシートから降りた。

俯く理奈に歩み寄る。

「理奈ちゃんゴメン。ペース落とし過ぎた俺のミスだ。マークしてた車にやられるなんて、ドライバー失格だな」

「佐伯くんは悪くないよ。なんで追突するのよ?ちゃんとライン開けてたのに、こんなのって、ないよ・・・」

理奈の声が震える。

少し迷ったが、和貴は理奈の小柄な体を抱き寄せた。

理奈は、和貴の胸の中で号泣した。

そんな中で、優奈は運営に接続拒否の旨を伝えた。

「監督が泣いています。今はそっとしておいて下さい」

というメッセージを添付した。

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