特訓
飛竜を倒す。
それは単純なようでいて決定的に難しい問題があった。
「まず前提として、あいつらは地上に降りてこない」
荒野に転がる岩に腰掛けながら、アルベルトが言う。
「降りてきたとしても一瞬だ。基本は上空を旋回しながら、炎か突進で攻撃してくる」
エルナは腕を組み、険しい顔で空を見上げた。遠くで飛竜がゆったりと旋回している。
「つまり、近接戦はほぼ無理…」
「ああ。届かないからな」
単純明快な問題だった。届かない相手には、どれだけ剣が上達しても意味がない。
「じゃあ遠距離攻撃、弓とか?」
「威力不足だ。鱗が硬い。並の矢じゃ弾かれる」
「魔法なら?」
「悪くないが、問題は速度と精度だ。あいつらは見た目以上に速い」
エルナは小さく唸る。
確かに、これまで戦ってきた魔物とは次元が違う。空中を自在に動き回る相手に、普通の魔法を当てるのは至難の業だ。
「アルベルトさんはどうやって倒したんですか?」
「投擲だ」
「とうてき?」
「岩でも木でも、辺りにあるもんをそのままな」
あまりにも雑な答えに、エルナは思わず顔をしかめた。
「いやいやいや、そんな簡単に言いますけど……」
「そんな難しいことじゃない。届く速度と威力で当てればいい」
確かに理屈はそうだが、それができるなら苦労はしない。
「私には無理です、それ……」
「だろうな」
即答だった。だがアルベルトは続ける。
「だから別の方法を考える」
エルナは少しだけ安堵しつつも、真剣な表情になる。
「魔法で飛ばす、とか?」
「そう」
アルベルトは足元の岩を軽く蹴る。
「確か、物体浮遊が得意と言ってたな?」
「はい……まあ、初歩魔法ですが」
「初歩で十分だ。要は使い方だ」
エルナは目を瞬かせる。
「どういうことです?」
「浮かせるだけじゃなく、飛ばす」
その一言で、イメージが繋がる。
「……あ」
「俺が砕く。お前が飛ばす。簡単だろ」
エルナは思わず笑った。
「それ、完全に投擲と同じですね」
「そうだ。俺がやってることを、お前のやり方に置き換えるだけだ」
シンプルだが理にかなっている。
「でも、当てられるかな……」
「やるしかないな」
アルベルトは立ち上がり、大きめの岩の前に立った。
「まずは基礎だ。砕いた破片を狙った場所に飛ばす練習からだな」
「了解です」
エルナも立ち上がり、集中する。
アルベルトが拳を振るうと、鈍い音とともに岩が粉々に砕け散った。大小さまざまな破片が地面に散らばる。
「やってみろ」
エルナはすぐに魔力を練り上げた。
『レビテーション』
破片の一つがふわりと宙に浮かぶ。
「そのまま前に押し出せ」
言われた通り、意識を前方へ集中させる。
だが、破片は力なくその場に落ちた。
「うーん……」
「力の方向が甘いな。ただ浮かせるだけになっている」
「難しい……」
エルナは額の汗を拭い、再び魔力を込める。
今度は、浮かせるだけでなく『押す』イメージ。
破片が浮き上がり、ヒュッと前に飛んだ。
だが狙いから大きく外れ、地面に転がる。
「惜しいな」
「ほんとですか!?」
「ああ。今の感じでいい」
エルナは何度も繰り返す。
浮かせる。押す。飛ばす。
最初はバラバラだった動作が、徐々に一つにまとまっていく。
ヒュンッと鋭い音を立てて飛ぶ破片。
数を重ねるごとに、速度も精度も上がっていった。
「いいな。その調子だ」
アルベルトは腕を組みながら頷く。
「次は複数同時だ」
「え、そんな、いきなり…」
「実戦では一発じゃ足りん。数で当てる」
確かにその通りだった。高速で飛ぶ飛竜に一発ずつでは、当たる前に日が暮れてしまう。
エルナは深呼吸し、周囲の破片に意識を広げる。
三つ、四つ――同時に浮かび上がる石片。
「……いきます!」
それらを一斉に押し出すが、バラバラに飛び、ほとんどが明後日の方向へ。
「難しい……」
「だから練習するんだ」
アルベルトは再び岩を砕く。
次々と生まれる弾。それをエルナが飛ばす。
単調だが、確実に積み上がる訓練だった。
やがて、エルナの放つ石は一直線に飛び、狙った岩へと当たるようになった。
コンッと乾いた音が、二人の耳にも届く。
「……当たった」
「遅いが、まあ上出来だ」
「褒めてます?」
「一応な」
エルナは小さく笑い、再び空を見上げる。
飛竜は変わらずそこにいる。だが、先ほどとは違って見えた。
「……これなら、いけるかも」
「まだ足りん」
アルベルトは冷静に言う。
「威力、速度、数。全部もっと上げる必要がある」
「ですね」
届かなかった相手に届く手段ができた。
それだけでも大きな一歩だった。
「やります。もっと」
「そうこなくてはな」
再び岩が砕け、さきほどの倍以上の数の破片が宙を舞う。
「お、多いぃ…」
「なにか言ったか?」
エルナの魔法がそれを捉え、空へと撃ち出す。
いつか、あの高みへ届くその日まで。
地上からの作戦は始まった。




