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全てを諦めた元殺し屋と全てを失った小国の王女はともに空を目指す  作者: シマリス


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14/17

過去の自分

夢を見た。

久しく見ていなかったはずの夢を最近よく見るようになった。


思い出したくもない光景。血の匂い、焼けた肉の臭い、呻き声。

そして、痛み。


「……!」


うなされ目が覚めたアルベルトは、ゆっくりと上体を起こした。周囲は静かだ。

いつもの住処に、見慣れた光景。

だが、胸の奥だけがざわついている。


「またか」


ゴツゴツとした年季の入った手は、かつてのそれとは違う。


アビスガーデンに来た頃。アルベルトはまだ十代そこそこといった風貌であった。

何も知らず、何もできなかった。

ただ死んでいた。何度も何度も繰り返し。


最初に死んだのは毒だった。

水だと思って飲んだ液体は数秒で内臓を焼いた。

喉が裂けるように痛み、視界が白く飛んだ。

呼吸ができず、当然助けなどない。

そのまま終わった。


だが、次に目が覚めた時。

体は少しだけ慣れていた。


克服、とまではいかないが、前よりは耐えられた。

だからまた飲み、また死んだ。そして、生き返る。その繰り返しだった。


やがて毒は飲めるようになり、もう毒ではなくなった。熱もそうだ。寒さもそうだ。牙も、爪も、すべて。

焼かれ、裂かれ、砕かれた。

そのたびに死んで、そのたびに少しだけ強くなってゆく。

 

痛みは消えないし、慣れることもない。

だが、耐えることはできるようになった。

気づけば、だんだん死ななくなっていった。

そして、壊れなくなっていた。


「……くだらん」


アルベルトは立ち上がる。夢の残滓を振り払うように。何も持たず、ただ死なないことだけを考えていた弱かった自分。


あの頃の記憶は、決して消えない。

身体に刻まれた傷のように、ずっと残り続ける。


ふと、気配を感じた。


「起きてたんですね」


振り返ると、エルナが立っていた。


「……ああ」

「顔色、あまり良くないですけど……大丈夫ですか?」


心配そうに覗き込んでくる。

その瞳を見て、一瞬だけ夢の中の自分が重なる。

何も知らず、ただ前を向いていた頃の自分。


「……問題ない」


視線を逸らす。


「ちょっと昔の夢を見ただけだ」

「昔、ですか?」

「ああ。ここに来たばかりの頃のな」


エルナの表情が少しだけ引き締まる。


「……どんな感じだったんですか?」


その問いに、アルベルトは少しだけ考える。


「地獄だ」

迷いなく言った。


「死ねないのに、何回でも死ぬ場所だ。でもまあ…そのおかげで、少しは強くなれたが」


肩をすくめ、自分の腕を軽く叩く。

刃を通しにくい皮膚。毒にも熱にも強い身体。全ては、あの地獄の産物だ。


「……」


エルナは何も言わない。

ただ、じっとアルベルトを見つめていた。

その視線に気づき、アルベルトは鼻を鳴らす。


「そんな顔すんな」

「え?」

「同情などいらん」


ぶっきらぼうに言う。

だが、その声はどこか柔らかかった。


「俺は好きにやってきただけだ」


しばしの沈黙。

やがてエルナは、小さく頷いた。


「それでも、生き残ってくれてよかったです」


その言葉にアルベルトは一瞬だけ、言葉を失う。何も返さず、視線を逸らす。


「くだらねえこと言ってないで、準備しろ。今日は昨日の続きだ。俺の剣、ちゃんと身についてるか見てやる」


「はい!」


明るく返事をするエルナ。

その背中を見ながら、アルベルトは小さく息を吐いた。


(似てるわけじゃない)


あの頃の自分とは違う。

壊れながら強くなった自分とは。


(こいつは、ちゃんと守るために強くなる)


それが、少しだけ眩しく見えた。


エルナが落ちてきたあの日。アルベルトにはそれが人だとすぐに分かった。

視界の端で獲物を狙う飛竜が旋回する。

アルベルトは跳躍し、無意識にエルナを抱き抱えていた。


(俺にもまだそんな情が残っていたとわな。死なせるのはいかんか)


誰にも聞こえない声。

だがその言葉には、確かな意思が込められていた。

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