3 「悪女」の家族
王立学園は王都の中央部にある。
だから校門を出るとそこは王都の大通りで、学園の制服を着ている私は一瞬で視線を集めてしまう。
でもこれは、私だけではないはずだ。
王立学園の学生はほとんどが貴族出身で、そうでない人間も裕福な商人の家ばかり。まれに特待生として私のような勤労学生も交じっているけれど、それはそれで将来有望と見なされるらしい。
男子学生は女性に囲まれがちだし、女子学生は一人で歩くことは控えるようにと通達を受けている。
それでも女子学生たちへの迷惑なナンパが頻発して、親切な人たちによる学園への通報の結果、学園周辺は学園の警備員が循環するようになっていた。
ちなみに、昨年の通報は半分近くが私に関するものだったらしい。
そこは申し訳ないし、周囲から「またあの女は」と見られてしまうのも仕方がないと思う。
それでも私は学園の外を一人で歩く。
ぼっち学生だから、一人以外ありえないというのはあるけれど、私には歩かなければいけない理由があるのだ。
「お姉さん、そこの食堂で開店サービス中だよ! ……というつもりだったけど、それよりもっと雰囲気のいい店に飲みに行きませんか!」
「そこのお嬢さん、前世からの運命を感じたから、私たちの未来についてお話をしましょう!」
今日も明るい客引きから真顔のナンパに急変するお兄さんや、一方的に知り合いを自称するおじさんが行手を阻もうとする。
それを学園に通っているうちに身につけた足運びで流れるように避け、私は大通りから一つ外れた道に入る。
そこは貴族の邸宅が並ぶ区画。
大通りほど人はいないけれど、夕刻でも私が一人で歩いても危険を感じることはない。
立派な邸宅は、どこも窓から光がたっぷりとあふれていて華やかだ。
(私もあんな明るい家にいたのよね。今となってはまぶしすぎると思うんだけれど)
そんなことを考えながら煌びやかな区画を通り抜け、通りを一つ渡る。
こちら側は邸宅より小さい家々が並んでいて、商人のような裕福な庶民たちが住んでいる。雑然とした空気は身を隠すには都合がいいから、かなり高位の貴族の隠れ家もあるらしい。
「……この家も、貴族の隠れ家の一つだったんだろうな」
何となくつぶやいて、ひっそりと存在する門から敷地内に入る。
家の前には大雑把な手入れしかしていない木が、少し伸び過ぎなくらいに茂っている。そのおかげで、外からはどんな家があるのかは分かりにくい。
私のような「訳あり」な人間がいても目立たないのはいいことだと思うけれど、本当だったら、こんな立地のいい家には住めなかった。
なのに、母はこの家を所有していた。
……どうやって手に入れたのか、深く考えてはいけない。
私は小さくため息をついた。でもすぐに顔を上げ、古くて頑丈な扉を開けた。
「ただいま」
玄関の扉から入ると、小さいながらホールがある。貴族の邸宅を小さくしたような間取りだ。
すぐに居間の扉が開いて、ふわふわとした赤い髪の少女が飛び出してきた。
「お帰りなさい、お姉様!」
私の髪より少し明るい色合いの赤髪に、水色の大きな目。小さな体で精一杯私に抱きついてくる。
かわいいかわいい妹のリリアナだ。
ぎゅっと抱き締め返すと、嬉しそうに笑ってくれた。
……ああ、癒される。
この子のためと思えば、ぼっちな学生生活も、言われなき悪女扱いも、どうでもよくなってくる。
王立学園をいい成績で卒業して、貴族の端くれに戻って、このかわいい妹をしっかりした家柄の優しい青年に嫁がせるのだ!
うっとりと浸っていると、冷め切ったため息が聞こえた。
「いつまで玄関にいるの? 早く食事にしようよ」
その声が聞こえた途端、リリアナは振り返って扉口に立っている銀髪の少年をキッと睨んだ。
「テレンスお兄様は、ヴィーお姉様に冷たすぎると思う!」
「リリアナだってお腹が空いているだろう? 僕はスープが冷める前に食べたいんだよ」
銀髪の少年――弟のテレンスはそれだけ言って、一人で食堂へと行ってしまった。
確かに、食事が冷めるのは好ましくない。
私は急いでリリアナと共用の部屋に行って、通学用カバンを置く。一緒に来たリリアナはまだ頬を膨らませていたけれど、私が脱いだ制服の上着をハンガーにかけてくれた。
「ありがとう。リリアナ。お腹が空いたわね。いきましょうか」
「うん!」
やっと笑顔になったリリアナと手を繋いで「食堂」へ向かう。
食堂と言っても台所の一画で、テーブルは作業台も兼ねる大きくて頑丈なものだ。裕福な貴族なら、使用人のようだと顔をしかめるだろう。
でも台所で食べる料理が全て温かいから、私は嫌いじゃない。
「春といっても夜はまだ冷えますからね。温かいスープをどうぞ!」
メイドのデラは、のんびりとした口調からは想像できないほどの手際の良さで食事の支度をしてくれる。
ほんわかと湯気をあげる料理は、質素な庶民風のもの。盛り付けている食器は簡素で、地味な壁や床の我が家の食堂に馴染んでいる。
食堂にある全てのものを合わせても、かつて使っていた食器一枚の価値にも及ばないだろう。
現在の私たちの日常だ。
爵位と領地を失い、わずかに残った財産と私の単発の仕事で得た報酬をやりくりしながら日々を過ごしている。
でも料理はどれも温かくて、弟と妹は美味しそうに食べている。これ以上の幸せはないと思う瞬間だ。
そしてこれが「男漁りのために一人で出歩く」とか、「寮の特別室を用意されているのに外泊続き」といった噂の真相なのだ。
二歳年下の弟テレンスと、十歳年下の妹リリアナ。
この二人は私の大切な家族だ。
私とリリアナが母似の赤い髪、テレンスは父似の銀髪という違いはあるけれど、私たち三人の顔はとてもよく似ている。
三人全員が、とんでもなく美しくて何でも自分の思うようにしてしまう母にそっくりだった。
母ロザリアのことを一言で表現するなら、悪女だ。
私のように、外見が悪女っぽいとか、周囲が勝手に誤解するとか、そう言うものではない。
自分の美しさを熟知し、どんな目で相手を見れば魅了できるかを理解している。優しく微笑みながら軽く触れるだけで、男たちの理性を奪う。
高価な宝石を貢ごうとした貴族は山のようにいたし、母のためにこっそり便宜を図る高官もいた。
そんな母に、私は外見だけはそっくりだ。
だから、周囲が私を「悪女」と思い込むのも仕方がないと思う。
学園の教師にわからないことを聞きにいっただけなのに「色仕掛けで成績を買ったに違いない」と言われたり、道を聞かれただけの人から「お礼に宝石を買ってあげよう」なんて過剰なことを言われるのも、ありふれた日常でしかない。
「……理不尽すぎる」
ついため息を漏らしてしまった私を、隣に座っているリリアナが心配そうに見上げた。
「お姉様、疲れているの?」
「え? えっと、疲れてはいるけど、ちょっとだけよ。私は元気だから大丈夫!」
かわいい妹を心配させるくらいなら「悪女」と言われる方がいい。
しっかりするのよ、ヴィオラ!
安心させようと、おどけてグッと握り拳を作ってみせる。
リリアナはほっとしたように笑ってくれたけれど、向かいのテレンスは、母そっくりの美貌に呆れをにじませていた。




