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没落令嬢の雇われ悪女な日々 〜訳有りな公爵令息に「俺をダメ男にしてくれ!」と花束を差し出されました〜  作者: 藍野ナナカ


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1 没落令嬢は誤解される


 スラヴィオル王国の王都にある王立学園高等部の一学期は、春の訪れとともに始まる。

 入学式は雪桜が満開になる時期にあり、今年も、真っ白な花びらがひらひらと舞い上がる中で執り行われている。


 風に流れていく白い花びらを見ていると、一年前の入学式を思い出す。

 ――あの日、吹雪のように舞う白い花びらを見上げた私は、期待と不安と緊張で足が震えそうになっていた。


 あの美しい日から一年。

 二度目の雪桜の季節を迎え、私は二年生になった。

 すっかり学園に馴染んだ……と言いたいところだけれど、私に友達らしい友達はいない。ぽつんと一人でベンチに座っていて、周囲にいる同級生たちは遠巻きにしている。

 庶民風に表現すれば「ぼっち」と言うらしい。


 別に、寂しくはない。

 ……本当を言うと、たまに寂しいなと思うけれど、ずっとそんなことを考えている余裕はない。

 私は勤労学生。こうしてベンチに座っているのも、ぼっち時間を紛らわそうと読書をしているのではなく、お仕事の最終確認のためなのだ。


「……よし。問題はなさそうね」


 リブワール語の原文と翻訳した文と見比べ終え、私は静かに論文の冊子を閉じる。

 片付けようと顔を上げた途端、あからさまな視線が慌てて逸れていった。気が付かないうちに視線を集めていたらしい。

 こういう視線には慣れている。私はとても目立つから。

 自惚れではなく、悲しいほどの事実だ。


 赤い髪はバラの花に喩えられる派手な色で、目はスミレのような青紫色。顔立ちは絶世の美女と名高った母にそっくりで、背の高さも体型も似てきたと思う。

 そして母の評判が悪いせいで、顔が似ている私は有る事無い事言われてしまう。


「あの悪女、今は大学の教授に取り入っているそうよ」

「寮の特別室を用意されているのに、外泊続きなんですって!」

「学園の外に出て、毎日男漁りをしているというのも本当かしら」

「歴史ある王立学園の学生なのに、その名を汚す振る舞いは控えていただきたいわ」

「やっぱり罪人の子は倫理観がおかしいのね!」


 ヒソヒソと囁き合う声がよく聞こえるのは、私が耳がいいと言うより聞こえるように喋っているからだ。その辺りの塩梅は絶妙で、さすが貴族の子女たちと感心してしまう。


 こういう陰口を叩かれるのが、私の日常だ。

 でも陰口が聞こえたからといって、いちいち傷付くことはない。私が一方的に「悪女」と言われるのは、今に始まったことではないから。


「……悪女なのは、私じゃなくてお母様なんだけどな」


 ささやかなつぶやきは、いつも通りにため息の中に隠す。

 いつものことだから、わざわざ反応しなくてもいいようなものだけれど、私もまだ達観しきってはいないらしい。





 私の名前はヴィオラ・エルバンス。

 古き名門貴族エルバンス伯爵の第一子として生まれた。

 今年の夏に十七歳になる。


 ただし、今の戸籍上の名前は「ヴィオラ・ロレーダン」だ。

 母の家名であるロレーダンを名乗っているのは、いつの間にか戸籍を移されていたからだ。

 「極悪非道な悪人である父親を裏切って母親と行動を共にした」なんて噂は、根拠のない憶測でしかない。


 エルバンス伯爵だった父が、宰相様暗殺未遂事件に関わったとして爵位を剥奪されてしまったのは事実だけれど、当時から私は父が無実であると信じていたし、今も信じている。

 他の人たちが何と言おうと、父は悪人ではない。人が良すぎたために巻き込まれただけだ。それは捜査でわかったはずで、父は謹慎処分で済んだ。

 ……体が弱かったから、そのまま亡くなってしまったけれど。


 とにかく、そういう背景があるから、今の私が「貴族」かと言えば微妙だ。エルバンス伯爵の長女として生まれた元貴族で、現状は「庶民」に近い。それが正しいと思う。

 でも私は、人生が終わったと思うほど悲観はしていない。


 我が国には、建国時代から続く教育制度がある。

 家督を継ぐ貴族は、王立学園高等部で学ぶことが必須とされている。逆に言えば、王立学園高等部を卒業していれば、庶民でも貴族に準じると認められる。

 貴族に戻りたいとまでは思わない。父の名誉だけは回復したい。

 そのために、私は特待生として王立学園高等部に入学した。堂々と上位で卒業することが目標で、そのために日々努力をしている。


 王立学園には致命的な欠点がある。

 もともとが貴族の子弟のための教育機関だから学費が安くない。はっきり言えば、とても高い! 学費全額免除の特待生でなければ、一年も通えなかっただろう。


 学費が免除されていても、学園生活にはいろいろお金がかかるし、弟妹たちの生活費だって必要だ。

 だからアルバイトとして、外国語の翻訳を仕事にしている。

 幼い頃からいろいろな集まりに連れて行かれていた私は、いつの間にか外国語が得意になっていた。今日の仕事のリブワール語もその一つだ。


 外国語論文の翻訳は、大学に通う貧乏学生の貴重な収入源だ。私はまだ高等部の学生だけれど、不人気外国語が得意なおかげで貴重な収入源になっている。

 要するに「教授に取り入っている」という噂の真相がこれ。どこをどう誤解すればあんな噂になるのか、さっぱりわからない。


 ……なんだか落ち込みそうになってきた。

 昨夜は翻訳作業のために夜更かししてしまった。自分で思っているより疲れているのかもしれない。


「————しっかりするのよ、ヴィオラ!」


 小さくつぶやいて、パチンと両手で頬を叩いた。ついでにゴシゴシと擦っておく。夜更かしした後の私は血色が悪くなる。お化粧をしないから真っ白になっているのが特に目立つのだ。


(べ、別に「幽霊みたい」と陰で言われたことを気にしている訳じゃないから!)


 心の中で言い訳しながら窓ガラスに映る自分の姿を確認し、気持ちを切り替えて大学棟へと入っていった。

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