☆月影の救難信号(後編)
◆ルミナール号船内
ハッチが開く。結依が戻ってきた。
「ただいま――って、何この空気」
張り詰めていた緊張が、そこでようやく緩む。
細身の男が、大きく息を吐いた。
「……助かった。ありがとう」
ルビィは短く頷く。
「間に合ってよかった」
一拍の静寂。
その中で――
若い女性がぽつりと呟いた。
「ねえ、あのモンスター……捕まえられない?」
空気が止まる。
大柄な男が苦笑する。
「いやいや、でかすぎるだろ」
『補足します』
アストラの声。
『対象生命体は当艦格納容量を大きく上回ります。収容は不可能です』
沈黙。
そして、わずかに空気が緩む。
ルビィは、三人を見つめていた。
(……ダイヤ・デズモンド)
目の前にいる少女。
自分とほとんど変わらない年齢。
だが、その瞳。
その立ち姿。
間違いない。
五〇年前に消えた、祖母本人。
指先が、わずかに震える。
(……嘘でしょ)
沈黙を破ったのは、アストラだった。
『相対性理論に基づけば――』
次の瞬間。
――ゴンッ。
「いらん!!」
ルビィの手が一閃する。
アストラの頭部が、あっさりと外され――
そのまま宙を舞った。
「「「ちょーーーっ!?」」」
驚き、警戒するルミナス号の三人。
床を転がり、結依の足元で止まる。結依がしゃがみ込み、拾い上げる。
「……五〇年経ってるとか言うなよ」
アストラが一瞬だけ無言になる。
『……了解しました』
※相対性理論⋯光に近い速さで動いたり、強い重力の中にいると、時間の流れが遅くなること。
結依は何事もなかったように顔を戻し、何もなかった顔で立ち上がる。
「えーっと…話、続けよっか」
空気を戻すように言った。
細身の男が話し始める。
「俺は副長のレオ。四ヶ月前に、ここの銀河探索を開始した」
ルビィも結依も、何も言わない。
“知らないふり”。
レオは続ける。
「一ヶ月前、この衛星で生命反応を確認して接近した」
表情が曇る。
「その直後、あのモンスターに襲撃された。船は墜落した」
若い女性が続ける。
「私は船長のダイヤ」
そして、静かに言った。
「ねえ、ここ……重力、おかしいよ、自然じゃない」
結依が眉をひそめる。
「……は?」
ルビィは、何も言わない。
その横で、大柄な男が、笑顔で言葉を少しかぶせた。
「まさかさ、俺たちが出航した後に、こんなに早く次の探索船が来るなんてな」
軽く息を吐いて、続ける。
「いやぁ、ラッキーだろ? 助かったんだしさ」
少しだけ間を置いて――
「俺の名前はサイモンだ。よろしくな」
空気を和ませるその言葉に、わずかに緊張が解けた。
サイモンが腕を組み、ルビィをじっと見た。
「……なあ」
不意に口を開く。
「何ですか?」
ルビィが首をかしげる。
サイモンは少しだけ考えるように間を置いて呟く。
「いや……なんでもねぇ」
一度言葉を切ってから、ぽつりと続ける。
「なんか、似てる気がしてな」
「え?」
「雰囲気、っていうか……立ち方とか、目線とか」
視線が、ダイヤへと一瞬だけ向く。
「そいつに」
ダイヤが軽く眉を上げる。
「私に?」
ルビィは一瞬だけ言葉に詰まり、 すぐに視線を逸らした。
「……気のせいです」
サイモンは苦笑した。
「かもな」
言葉が途切れる …
レオが再び真剣な声になる。
「奇妙なのは、墜落後だ」
「一ヶ月間、あのモンスターは襲ってこなかった」
「……避けてた?」
結依が呟く。
レオは首を横に振る。
「違う。行動範囲が決まってる」
ダイヤが補足する。
「ねぐらの近くに、地下への入口があるの」
一拍。
「そこから、人型の存在が出入りしてる」
船内の空気が変わる。
「地下都市……」
ルビィが低く呟く。
『知的文明の存在確率、高』
アストラが即答する。
サイモンが、少し申し訳なさそうに言う。
「助けてもらったばかりで悪いんだが……」
一拍。
「一緒に調査してくれないか?」
ルビィは答えない。
だが。
その視線は、すでに決まっていた。
この衛星。
地下都市。
そして――五〇年前から続く謎。
ルビィは強く拳を握りしめた。
(……行く)
――物語は、さらに深く潜っていく。




