【第六章】 光が追いつく前に ①
2026年3月20日に完結します。
おそらく、個人的な理由で、この小説の公開は2026年4月1日から一時的に非公開にします。
ジュラシックアース編、楽しく書きました。
読者の方にも、その楽しさが伝わってるといいなっと思います。
次の章は、惑星間のワープ移住です。楽しんで読んでってください。
☆手を振る距離
◆ジュラシックアース側/出口ワープゲート前
巨大な城門のようなワープゲートの前。金属のような骨組みで地面に固定されている。
シロッコとグリムが左右に展開し、最終確認を終えたところだった。
シロッコ「ワープゲート設置完了」
グリム「ゲート周辺、異常なし。いつでも開けられます」
その報告を受け、アストラ本体が返答した。
『了解。各員、持ち場を維持。歴史的瞬間です』
その言い方がやけに堅い。
ガスト「おお、急に真面目モード。レアだぞ、今の」
アンデル
「歴史的瞬間だァァ!!」
結依
「声で歴史壊さないで!」
アンデル
「話には聞いてたけど、ワープ空間って、やっぱヤバいんだろ?実際どうなるんだ?」
アストラ
『初期テストでは、ゲートを通過した物体が2つに分裂したり、大きさが変化したり、爆発した記録があります』
シロッコ
「……ば、爆発?」
ガスト
「2つって…人間だったらどうなるんだよ。2人に増えるのか?それとも半分か?」
アストラ
『記録上、人間での実験は行っていません』
ガスト
「そこをさらっと流すな!」
アストラ
『その後、空間安定率は大幅に向上しました。現在は保護膜を展開することで、危険性は“かなり低い”と判断されています』
アンデル
「“かなり”って言葉が一番信用できねぇんだけどな」
アストラ『統計上の表現です』
アンデル「そうじゃねぇ」
アストラ
『同一惑星内での動物によるワープテストは成功しています。ただし――別惑星間でのテストは未実施です』
ガスト「……未実施?」
アストラ
『はい。今回が初の試みになります』
ガスト
「じゃあ俺、留守番でいい?」
アストラ
『任務参加率:必須です』
ガスト
「ちくしょう、アンドロイドに拒否権奪われた」
ルビィはゲートを見上げ、静かに息を整える。
「大丈夫。成功するよ」
一拍おいて、柔らかく続けた。
「本当に、繋がるんだね。惑星アークスとここが」
クラウド
「理論上は完璧ぃ〜。理論上はねぇ〜」
結依
「そこ強調しなくていいから!」
アンとゼンが同時に頷く。
ゼン「計算はばっちりっす」
アン「たぶん……だすな」
結依「そこも濁さないで!」
アストラが手首の端末に目を落とす。
『惑星アークス側、準備完了の信号待ち』その言葉と同時に、空気が少し張り詰めた。
◆惑星アークス側/ヴェルデ自治共和国・ワープゲート入口前
同じく城門型の巨大ゲート。
入口の前には、淡く光る霧が漂っている。
甲虫由来の液体から精製された、ワープ通路専用・保護膜霧。
人の輪郭に沿ってまとわりつき、10秒ほどで不可視の層を作る。
フェザーは腕を組み、いつもの調子で言った。
「はいはい、霧は安定。分子結合率も問題なし。途中で2人に分裂する確率?限りなくゼロに近い」
「“近い”って言葉を使う時点で不安しかない……」
ダイヤは動揺しつつも目はゲートから離れない。
レオが端末を確認し、淡々と告げた。
「物質でのテストはすべて成功している。質量変化、サイズ誤差、同期ズレ――すべて許容範囲内」
「でも、過去には――」
ダイヤが言いかけて、言葉を飲み込む。
「色が変わったり?」
サイモンが気楽に続ける。
「大きさ変わったり?」
フェザーが楽しそうに笑う。
ダイヤはその霧を見つめたまま言う。
「……イジるね〜。2人して」
「よし、理論上は問題はないよね」
フェザー「問題ないどころか、完璧よ。失敗例?あれは“面白い副産物”」
ダイヤ「もし私が2つに分かれたら?」
サイモンがニコニコしながら肩を叩く。
「大丈夫大丈夫。もし何かあっても、フェザーが責任取るってさ」
フェザー「取らないわよ?」
ダイヤ「でしょうね……」
ダイヤは小さく息を吐き、前を向く。
アストラの右手首がホログラムで文字を流した。
《両惑星間、同期率99.98%。
理論上、問題は発生しない》
フェザーが胸を張る。
「ほら、アンドロイドのお墨付きよ」
ダイヤは深く息を吸った。
「……理論は信じてる。私たちの計算も、装置も」
「……開けましょう」
レオとサイモンが同時に、扉制御に手を伸ばした。
そして、ゲートが開放された。
重厚な音とともに、アークス側の扉が開く。
◆ジュラシックアース側
アストラ『出口ゲート、開放します。アンデルさん、ガストさん』
アンデル「了解だァァ!!」
ガスト「はいはい、壊さないようにね〜」
2人が扉制御レバーを引く。
――ギギ……という低音。
ゲートの内側は、完全な闇。
誰もが息を止めた、その瞬間。
闇の奥、およそ100メートル先に、1本の光が灯る。
ルビィ「……!」
光は次第に広がり、その向こうに、惑星アークスのゲートと、人影が見えた。
声は聞こえない。
だが、姿ははっきりと見える。
結依「見えてる。ほんとに…」
クラウド「成功だよぉ〜。空間で完全に繋がったぁ〜」
ゲートの向こうで、ダイヤが一瞬、戸惑ったように立ち止まり。
そして、ゆっくりと手を振った。
それに気づいたルビィが手を振り返す。
(……おばあちゃん)
その光景に、周囲が静まり返る。
ガスト「……なんかさ」
アンデル「うおおお、感動!」
結依「黙って!今いいとこ!」
◆惑星アークス側
ゲート入口手前では、霧膜がダイヤの足元から立ち上る。
ひんやりしているのに、不思議と不快感はない。
「よし」ダイヤは不安気な顔。
「移住を持ちかけたのは、私だから。“私が最初に行く”」
アストラの右手首がまたホログラムを出す。
《ダイヤ脈拍数増加》
「見なくていいわ!」ダイヤ
サイモンがダイヤに声をかけた。
「成功したら、乾杯だな」
フェザーがニヤニヤしながら。
「生きてたら、ね?」
レオが心配そうな顔をしながらも喝を入れる。
「行ってこい!ダイヤ!」
レオの声を聞き、ダイヤは吹っ切れたような笑みを浮かべ、ゲートの正面に立った。
霧膜はすでに安定し、彼女の輪郭を柔らかく縁取っている。
向こう側には、
ルビィがいる、
ルミナールクルーがいる、
仲間がいる。
ダイヤは、ほんの一瞬だけ目を閉じて言った。
「行ってくるわ」
ダイヤは、ゲートの闇とその向こうの光を見つめ――
そう言って、保護膜をまとったダイヤが一歩を踏み出す。
☆理論より、覚悟
霧の膜が、ダイヤの足元から静かに立ち上る。
(理論は完璧、何度も確認した)
ダイヤは一歩、踏み出した。
城門のようなワープゲートの内側は、音のない闇だった。
足音も、風も、重力の感覚さえ薄れていく。
(大丈夫かな…)
(大丈夫、大丈夫だよね……)
自分に言い聞かせるように、ダイヤは拳を軽く握り、一歩一歩進んだ。
(霧膜は安定してる)
(……私は、間違ってない)
闇の奥――
あと約40メートル先に、淡い光が見えている。
(……もう少し)
光は次第に輪郭を持ち、城門型の出口と、その向こうに広がる景色が浮かび上がる。
緑、空、巨大な地形。
ルビィは思わず一歩前に出た。
ほのかに暗い闇の向こうに、ダイヤの姿が見えた瞬間だった。
「おばあちゃん!」
叫ぶより先に、ルビィの体が動いていた。
ルビィはワープゲートの縁へ身を乗り出し、右手を強く伸ばす。
ゲートの中から、ダイヤが一歩踏み出す。
ルビィの手が、空中で止まる。
「こっち!」
ダイヤは一瞬だけ驚いた顔をした。
そして次の瞬間――
その手を、しっかりと掴んだ。
パシッ、と乾いた音が小さく響く。
ルビィの手に伝わる温かさ。
確かな重み。
そして、強く引き寄せる。
そして――
ジュラシックアース側に、
ダイヤは立っていた。
確かに、ジュラシックアースの大地の上に。
「……成功」
ダイヤが小さく息を吐くと――
次の瞬間――
「成功だァァァァ!!」
アンデルの大声が空気を破った。
「うるさい!」結依が即座に突っ込みつつ、でも笑っている。
ルビィは、ダイヤに抱きついた。
「……おばあちゃん」
「あぁ」
「ちゃんと来た!ちゃんと来たね!!」
「あぁ、ちゃんと来た」
ダイヤは微笑み、ルビィの頭に手を置いた。
「心配してたんだからね!」
「ふふ、ごめんね」
そこへ、結依が近づく。
「もう、心配かけすぎ。ダイヤさんの顔、ちょっと強張ってたよ?」
「……バレてた?」
「バレバレ」
アストラが言った。
『歴史的瞬間です。固定式惑星間ワープ、初の有人成功例』
アンデル
「人類!いや銀河の勝利だぁ!!」
結依
「いや本当にすごい、準備段階から見てきたけど、霧膜の発想がさ――」
エアロ
「ダイヤさん、すごいです……!ちゃんと、ちゃんと来ましたね」
バルン
「理論が、現実に追いついたな」
その横で、シロッコは感動して泣いている。
クラウドが大げさに両手を広げる。
「これはもう宴だねぇ〜!」
「化学屋として言わせてもらうけどさぁ〜、“爆発しなかった”ってだけでぇ〜100点満点だよぉ〜」
「正直さぁ〜、途中で変な音したらどうしようかと思ってたんだよねぇ〜」
ガスト「ドキドキしてたよ、2人に増えたらどうしようって…」
そのとき。
ガストが、じっとダイヤとルビィを見比べた。
「……あれ?」
全員の視線が集まる。
ガストは顎に手を当て、首を傾げる。「おかしいな……」
「なにが?」結依が警戒する。
「いやさ」 ガストは真顔のまま言った。
「ワープで“2人に増えた”かと思った」
一瞬の沈黙。
「誰がだ!!」
結依のツッコミが炸裂。
ルビィがきょとんとしてダイヤを見る。
「似てるかな?」
ダイヤは一拍置いて、ふっと笑った。
「そうだね。否定はしない」
ガストが畳みかける。
「ほら、雰囲気とか、立ち方とか」
「考えてる顔とかそっくりだな」グリムが淡々と追撃。
エアロが小さく笑う。
「目も似てますよ」
「待って待ってぇ〜」
クラウドが割り込む。
「つまりさぁ〜、天才がワープしたら天才が増えたってことぉ〜?」
「やめろ!」カイト
シロッコが苦笑しながら。
「血縁、恐るべしだな」
ダイヤは、ルビィの横で笑顔で言った。
「私は、次の世代にちゃんと引き継いだだけだよ」
ルビィは少し照れて、でも胸を張る。
「ルビィ、ノーコメントなの?それが一番怖いわ」結依。
笑いが、自然と広がる。
緊張がほどけ、成功が“実感”に変わっていく。
ダイヤは、皆を見回したあと、空を仰いだ。
(成功した)
(怖かった)
(でも……)
ダイヤは、もう1度だけゲートの方を振り返り、静かに呟いた。
「ちゃんと、来れた」
◆惑星アークス側
こちらでも、レオとサイモンの声が遅れて響いていた。
「……見た感じ、成功か?」 「あれは成功だろ」
アストラの右手首に展開したホログラムが、文字点灯する。
《生体反応:確認》
《対象:ダイヤ・デズモンド》
《位置:ジュラシックアース》
《状態:良好》
次の瞬間。
「「「うおおおおお!!!」」」
こちらも歓声が一斉に上がった。
フェザーは、口元だけで微笑んだ。…してやったり、という顔で。
☆威厳より、呼びやすさ
ダイヤ・デズモンドが、人類で初めて固定式惑星間ワープゲートを通過してから、歴史は静かに動き出した。
惑星アークスとジュラシックアースを繋ぐ固定式ワープゲートは、ただひとつ。
それは、2つの惑星を結ぶ“大動脈”として厳重に管理されていた。
一方で、そのゲートを起点に、量産型のワープドアが次々と運用に向けた準備が始められていた。
―ジュラシックアース・量産型ワープドアの前
クラウド
「これが量産型ワープドアだよぉ〜。見た目はシンプルだけどぉ〜、性能は折り紙付きさぁ〜」
ルビィ「8パーツで組立式、簡単だし便利ね」
結依は組み立てながら呟いた。「バラバラって……オリオン博士みたいね」
組立式のドアが完成。
軽い金属製の、ごく普通すぎるほどの“ドア”だった。
結依はそれを見て、少し首をかしげた。
結依「なんか、思ったより普通ね」
ルビィ「え? 普通って……ドアはドアでしょ?」
結依「うーん……私の祖母が、地球暦の娯楽が好きでさ」「私が小さい頃に読んだ…漫画? だったかな」
ルビィ「漫画?」
結依「丸っこいアンドロイドがいてね」「こんな感じのドアを使って、好きな場所に行けるの」
ルビィ「……丸っこい?」
ダイヤ「アンドロイドが、ドアで?」
結依
「名前はもう忘れちゃったけど」
「確か……ドアの名前が――」
少し考えて。
結依「……あっちこっちドア、だったかな?」
一拍。
ダイヤ「…なるほど、“あっち”と“こっち”を繋ぐドアなら…これは――」
ダイヤ、即決。
「あちこちドアですね。以後、そう命名します」
結依「え、そこ確定なの?」
ルビィ「…急に軽くなったね」
クラウド「名前は大事だよぉ〜。覚えやすいしねぇ~」
一瞬の間、
アストラ『名称登録:完了』
『正式名称:量産型惑星間転移ドア――通称 “あちこちドア” 』
クラウド「え、公式ぃ〜!?」
アストラ『補足。今後、作戦書類・マニュアル・音声案内は全て、この名称で統一されます』
結依「ちょっと待って!? 私のうろ覚えの話で――」
アストラ『異議申請:未検出』
ルビィ「もう決まったみたいね」
ダイヤ「合理的です」
結依「いや、合理性で決めるとこじゃないから!」
その後、量産型ワープドアの正式名称は、
【あちこちドア】
として登録・承認された。
それはジュラシックアースだけでなく、アストラの右手首に投影されるホログラム通信を通じて、惑星アークス全域へと即座に共有された。
正式な技術名称や管理番号は、もちろん別に存在する。
だが、人々が口にし、記憶し、未来へ引き継ぐ名前として選ばれたのは――
あまりにも単純で、無邪気で、
それでいて本質を外していない、その呼び名だった。
◆惑星アークス・ヴェルデ自治共和国研究室
「で、結局……こんな名前にしたのか」レオが、少し呆れたように言う。
「別にいいじゃない」
フェザーは平然と返した。
「“あっちとこっちを繋ぐドア”だ。誤解の余地がない」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」レオは額に手を当てる。「もう少し、こう威厳とか、歴史に残る感じとか…」
フェザーは一瞬だけ考えてから、話しはじめた。
「人類はいつもそう言って、結局“覚えやすい方”を選ぶ」
「否定できないな」レオ
レオは、ふと想像してしまった。
――ダイヤが、誇らしげに胸を張っている。
「だって、あっちとこっちで、あちこちでしょ?」
レオは頭を抱えた。
フェザーは、レオを一瞥して小さく笑った。
「ネーミングとは、そういうものだ」
レオはため息をつきながらも、どこか納得したように、ゆっくりと頷いた。
☆空が、広い
◆惑星アークス・ヴェルデ自治共和国・研究エリア
あちこちドアの前には、
床に円状のラインが光る霧膜ゾーンが設けられていた。
淡く立ち上る白い霧が、規則正しく静かに流れている。
あちこちドアによる、惑星間移動の初運用である。
レオ、サイモン、フェザーがあちこちドアの前にいる。
その後ろに、3人の大統領が並ぶ。
ゼファー大統領は低く息を吐いた。
「人類初の惑星間ドアか……歴史の1ページだな」
アーク大統領が皮肉混じりに笑う。
「見た目が普通すぎて、ありがたみがないが」
ノヴァ大統領は腕を組み、真顔で言う。
「“普通”のドア……これで惑星間移動とは、たいした科学力だよ、異銀河人は」
その時、アストラの右手首のホログラムが起動する。
《あちこちドア、起動状態:正常》
《霧膜制御:通路進入前に自動付着/ドア通過後自動解除》
《警告:走り込み、飛び込みは禁止》
サイモンが即座に反応した。
「走るなって言われると、走りたくなるよな」
「なるな」レオの即ツッコミ。
足元で、モコルが「もきゅ?」と鳴いた。
フェザー
「走っても多分問題はない計算だが、霧膜が乱れる可能性は否めない」
「霧膜が乱れれば、生命体はワープ空間での生存は保証できない」
空気が、張りつめる。
その沈黙を、レオが断ち切った。
「最初は、俺が行く」
サイモンが即座に驚いた顔でレオを見る。
「責任者として——」レオ
その肩を、フェザーが掴んだ。
「ダメよ」
全員が振り向く。
フェザーはニヤリと笑いながら、珍しく真面目な声を出す。
「今後、ドアを量産する。調整も改良も山ほど出る」
指で2人を指す。
「レオとサイモン。君たちは“残る側”だ」
レオは一瞬、言葉に詰まる。
「……しかし」
「まだドアの量産も終わってない。ここからの量産が全人類の移動の鍵だからな」フェザー
サイモンがうんうん頷く。
アストラの右手首ホログラムが淡々と補足する。
《両名は製造・改修工程において不可欠》
《初運用被験者からは除外推奨》
沈黙。
その時、ゼファー大統領が一歩前に出た。「では——我々だな」
アーク大統領が眉を上げる。
「正気か? 大統領自ら?」
ノヴァ大統領は腕を組み、低く笑った。
「民間人に“安全だ”と言う以上、誰かが先に行くべきだ」
ゼファー大統領はドアを見つめ、静かに言う。
「なら、代表が行くのが筋だろう」
「ダイヤさんもゲート初運用の時に、身をもって示した」
サイモンは感心したように言う。
「かっけぇ」
そして、急にドアを見て首を傾げる。「ノックいる?」
「いらない」
レオとフェザー、同時。
サイモンは懲りずにドアの横を探す。
「チャイムとかないの?」
《存在しません》
アストラのホログラムが即答した。
ゼファー大統領は霧膜ゾーンに立つ。霧がゆっくりと身体を包み、淡く光る。
《霧膜付着中》
《残り:7秒》
「……思ったより、普通だな」
《5秒》
「これで別の惑星とは」
《3秒》
サイモンが小声で言う。
「大統領、走らないでくださいよ?」
《1秒》
霧が消える。
アストラのホログラムが淡々と追撃する。
《被験者:大統領ゼファー》
《精神状態:平常》
《成功率:99.87%》
サイモン「その0.13%が気になるな」
ゼファー大統領はドアノブに手をかけ、振り返った。
「では——行ってくる」
カチャリ。
ドアの向こうから、乾いた温かい空気を感じる。
一歩、踏み出す。そして歩みを進めた。
右手首がホログラムを出した。
《ジュラシック側のドアも開きました》
◆ジュラシックアース側
――初運用のあちこちドアの出口。
ただの“一般的なドア”だったはずのそれが、今は妙に特別な存在に見えていた。
アストラ
『ドアを開けてください』
『惑星アークス側から、被験者が来ます』
クラウドが静かにドアを開きながら言った。
「あちこちドアでの初の通過者だねぇ〜。歴史に名が残るよぉ〜」
出口ドアから見えるワープ空間から、人影が見えた。
「来ます」ルビィが、弾む声で言った。
中から現れたのは――
地下都市ルナストンの大統領、ゼファーだった。
1歩、2歩目で、しっかりと地面を踏みしめるゼファー。
「……」
ゼファーは、周囲を見渡し、短く息を吐いた。
「……成功、だな」
「成功です!」
ルビィが思わず声を上げる。
ダイヤは目を輝かせて、半歩前に出た。
「わあ…本当に、ドアから出てきた!」
結依は静かに頷いた。
「国家元首が最初に通る判断。覚悟がないと出来ませんね」
ゼファーは少しほっとした顔で話した。
「覚悟というより、責任だ。行けると示す必要があった」
そのとき、ゼファーは少し離れた位置にいたカイトと視線が交わる。
「……お久しぶりです」
カイトの声は短く、だがはっきりとしていた。
ゼファーは、懐かしむように微笑んだ。
「相変わらずだな、カイト。お前のここでの活躍は聞いている、たいしたものだよ」
「守るべき場所が、変わっただけです」カイト
ほんの一瞬の沈黙。
ゼファーは、ゆっくりと頷いた。
「いい顔をしている」
その空気を、アストラの無機質な声が切った。
『ワープ通過時間、平均値内。身体異常、検出されません』
クラウドが鼻を鳴らす。
「ふふ…これで“理論”が“現実”になったよぉ〜」
ゼファーは、もう一度ドアを振り返った。
「あちこちドア、か」
ダイヤが元気よく答える。
「はい! あっちとこっち、つなぐドアです!」
ルビィが笑う。
「名前、合ってますよね」
ゼファーは小さく笑いながら、前を向いた。
「なら、次は“みんな”の番だな」
そして、空を見上げ
「……なるほど。空が、広いな」
その一言に、場の空気が一気にほどけた。
ドアは、次の誰かを待つように、静かにそこに立っていた。
◆惑星アークス側
右手首のホログラムに文字が流れた。
《生体反応:確認》
《対象:ゼファー大統領》
《位置:ジュラシックアース》
《状態:良好》
次の瞬間、研究エリアで科学者たちの歓声が響く。
アーク大統領
「成功だな」
ノヴァ大統領
「歴史的だ」
サイモンはガッツポーズ。
「よっしゃ! 」
また右手首のホログラムが、無機質に締める。
《惑星間量産型あちこちドア》
《初運用:成功》
《霧膜機構:正常》
あちこちドアの初運用も、何事もなく成功した。
ジュラシックアースに無事に到着したゼファーの姿を合図に、人々の最後の躊躇は、胸の奥でほどけるように、静かに消えていく。
ゼファー大統領
「あちこちドアは安全だ!皆、私に続け!」
こうして――
固定式ワープゲートと、量産型あちこちドアを併用した惑星間移住計画が、本格的に動き始めた。
ワープゲートは大量の物資と人員を。
あちこちドアは、生活と日常を。
2つの技術は役割を分けながら、
惑星アークス7カ国からジュラシックアースへと、人類の流れを途切れることなく繋いでいく。
アーク大統領
「あちこちドアを7カ国全てに分配だ!」
ノヴァ大統領
「ルナストン市にも戦艦で、あちこちドアを輸送するよう指示しろ!」
それは、人類の避難ではなく、新しい世界へ移るという、選択だった。
あちこちドアの扉は小さく、扱いやすく、人の移動に適していた。
ドアの数を増やすことで、移動は「特別な作戦」から「現実的な手段」へと変わっていった。
その後、ジュラシックアース側のゲート出口にも入口と同様に、通過者の体表に保護霧膜を定着させる機構が追加された。
クラウド
「こっちにもぉ〜保護霧膜取付け完了だよぉ〜」
それにより、ジュラシックアースから惑星アークスへ――
安全に戻る道が、はじめて確保された。この仕組みによって、科学者たちは、アークスへ自由に行き来できるようになった。
目的はひとつ。
あちこちドアの製造と量産速度を、一気に引き上げるためだった。
ダイヤは力強い口調で言った。
「私と一緒に、ルビィ、結依、アストラ、クラウド、惑星アークスに戻ってドア製造に加わるよ」
そして、最初に優先されたジュラシックアースへの移動は、軍や戦闘要員ではなかった。
技術者、研究者、建築関係者、そして必要最低限の物資。
ジュラシックアース側では、戦うための拠点ではなく、人が“滞在できる場所”を作ることが、最優先で進められていった。
その裏では、ルミナス号、ルミナール号のクルーをはじめ、
有能な科学者たち、フェザー、クラウドらによる、あちこちドアの量産が惑星アークスで続いていた。
サイモン「あと何枚必要なんだ?」
レオ「知らん。21億人を3ヶ月でだぞ」
アストラ『現在ドアは1811組、3622枚です』
フェザー「当初の目標は4000組8000枚よ。作れば作るほど移住は早く終わるわ」
結依「こんなにドアあって、ワープ空間は混雑しないの?」
ダイヤ「それは大丈夫、全てのワープ空間は似てるけど別空間」
ルビィ「そう、ルミナール式のワープ空間は無数にあり、簡単に言うとチャンネルがたくさんあるのよ」
一見すると、無数のドアが同じ空間へ繋がっているように見える。
だが、実際にはそうではない。
量産型あちこちドアは、すべて2枚1組。
その扉には、小さく緑の数字が刻まれている。
それはただの番号ではなく――
ワープ空間の周波数を示す識別値だった。
ドアを通る者は、
見た目こそ同じ暗い通路を歩いているように感じるが、実際には、わずかに位相の異なるワープ空間を進んでいる。
周波数が違えば空間も異なる。何万、何億人が同時に使っても混雑は起きない。
1組につき1チャンネル。完全な並列構造だ。
空間を分割し、同時に使いこなす技術で順調に移住が進んでいった。
☆順調という名の前兆
――固定式ワープゲートと、量産型あちこちドア。2つの技術が本格稼働してから、およそ3ヶ月。
惑星アークスの市民たちは、想像以上の秩序を保ったまま、次々とワープドアを通り、ジュラシックアースへと移動していった。
あちこちドアは作られ、設置され、また次の場所へ。まるで雪だるまが転がるように、その数は指数関数的に増えていく。
結果として、あちこちドア数は
4700組(計9400枚)
約21億人規模の惑星間移住は、当初の想定を大きく上回る速度で進行した。
一方、ジュラシックアース側は混乱の真っただ中だった…
簡易住居、仮設都市、エネルギー供給網、医療区画――
すべてが「引っ越し」と並行して整えられていく。
バルン「フェザーさんに言われ、こっち残ったけど…」
アン「忙しすぎるだすな…」
ゼン「不眠不休っす、眠いっす」
完成を待ってから迎え入れるのではない。人が来る前提で作り、作りながら迎え入れる。
現場は常に人手不足で、叫び声と指示が飛び交い、それでも誰1人として足を止めなかった。
それは逃避ではなく、未来へ踏み出すための移動だったからだ。
アンデル「簡易住居の建築手伝うぞ」
グリム「エネルギー供給網でエラーだ、誰かバルンさんを呼んでこい」
シロッコ「これ、重いなっ」
カイト「私が超能力で動かします」
その横に、エアロが寄り添っていた。
ガスト「相変わらず、カイトは孫と仲いいな〜」
エアロ「私はバッテリーですから」と微笑む。
◆惑星アークス側
静かに忍び寄る異変を感知し、アストラは太陽観測データを解析し続けていた。
アストラ『報告します。恒星内部において、エネルギーが急速に中心部へ集束し始めています』
ダイヤたちに、静けさが落ちる。
アストラ『このまま集束が続いた場合、臨界点を超え――爆発に至る可能性があります』
一瞬、息を呑む音。
アストラ『現在、エネルギーが中心に集中している影響で、惑星への電力供給、電波障害は解消されています。通信、インフラは正常です』
ルビィは眉をひそめた。
「……それって、良いことに聞こえるけど」
アストラ『はい。しかし――これは爆発前の前兆と推測されます』
ルビィは小さく息を吐き、ぽつりと言った。
「……嵐の前の、静けさってやつだね」
アストラ
『地球由来のことわざですね。
意味:一時的な安定状態が、より大きな変化の直前に訪れる現象』
ルビィ「うん。今、まさにそれ」
アストラ『補足します。当初予測では、この恒星の異常進行は
最短でも5年とされていました』
アストラの視線が、次のデータへ移る。
『しかし、現在の進行速度は想定値を大きく上回っています』
沈黙。
その空気を破ったのは、フェザーだった。
「……つまり、“まだ先”って言葉が、もう使えないってこと?」
ダイヤは静かに頷く。
「うん。時間は、私たちの想定よりずっと前倒しで動いてる」
フェザー
「引っ越し、間に合う?」
ダイヤは一瞬だけ目を伏せ、
それから、前を見据えた。
「間に合わせる。間に合わせるしか、ないでしょ」
フェザーは小さく笑った。
「だよね。あんたが“無理かも”って言うわけない」
ダイヤ
「無理かどうかは、やってから決める」
ルビィは、空を見上げた。
眩い恒星が、何事もないように輝いている。
その“当たり前”が、どれほど脆いかを知っているからこそ――
「……お願い」
小さく、呟く。
(惑星移住が終わるまで。
どうか――爆発しないで)
静かで、忙しく、どこか不気味なほど順調な引っ越し。
誰もが感じていた。
この静けさは、
終わりではなく、何かの始まりの直前だと。
惑星間の移住。
頭の中では、21億人をワープで引っ越しさせて〜。くらいの構想だったので、いざ文字でおこすとなかなか難しかったですね、その分、楽しかったです。




