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龍祓録(りゅうばつろく)  作者: エビ


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過去史 ― 断片

人は、いつから力を渇望するようになったのだろう。

力という存在を意識した瞬間から、

人類は文明を進歩させ、生活の質を向上させながらも、

不安を抱え続けてきた。


この物語は、

最強の力を望んだ一人の王と、

天より落ちてきた存在、

そして、それを活用しようとした人々の記録である。


これは英雄譚ではない。

奇跡の物語でもない。


選択と、その結果が積み重なった末に、

世界がどのように歪んでいったのか。

その“始まり”を描いたにすぎない。

人類が文明を築き始めてから、すでに数千年が経っていた。

とある大陸では、複数の部族や都市が統合され、「国」と呼ばれる共同体が生まれていた。その頂点には王がいた。


石の城壁に囲まれた都市は、鉄製の防具で武装した兵団に守られていた。

王位は同じ家系から数百年にわたって継承されてきたが、ある代の王は、人の寿命があまりにも短いことを嫌悪していた。

そして彼は、終わりのない生を望んだ。


すでに世には数多の伝承があった。

雷をまとう馬の姿をした麒麟。

蛇のようにうねる龍。

不老不死をもたらすという「賢者の水」。


王はそれらに目をつけた。

自らの強大な軍事力と国力を背景に、各地から優れた学者を集め、世界中の生物を捕らえ、不老不死の実現を目指した。


混乱がなかったわけではない。

だが王は内政を疎かにしなかったため、国民の生活は表面上、安定していた。


その夜、王都の南で空が裂けた。


夜雲を縦に割る白光。

流れ星に見えたそれは、次第に大きくなり、やがて“落下”であると理解された。


光は地平を一瞬で真昼に変え、すぐに闇へと呑まれた。

続いて大地がうねった。

城壁は生き物のように震え、兵士たちの松明が大きく揺れた。


焦げた肉の臭いが、風に乗って流れてきた。


異常は即座に報告され、調査隊が編成された。

駆けつけた兵たちの視界に、巨大な影が横たわっていた。


古い壁画にしか描かれないはずの“天獣”。

だが絵とは違い、そこには確かな体温があり、質量があった。

焼け焦げた鱗が剥がれ、地面に散乱している。


片翼は根元から失われ、

残る片方も「掴まれたまま引き裂かれた」としか思えぬ損傷を負っていた。


この国には、これほど頑丈な鱗を持つ生物に、ここまでの傷を与えられる兵器は存在しない。

その事実を、兵士たちは誰よりも理解していた。


言葉を失う兵たちの中で、

老兵だけが乾いた声で呟いた。


「……天の裁きだ」


だが、この大陸のどこに、

これほどの力を持つ存在がいるというのか。


天獣――龍と呼ぶしかない生き物は、まだ息があった。

胸がわずかに上下し、体内で金属が軋むような音が鳴る。

どの医士も知らぬ、生き物の音だった。


やがて龍は目を開いた。

その瞳に怒りも憎しみもない。

ただ、今にも消え失せそうな光だけが、かすかに宿っていた。


最後の呼気は熱風となり、草を焼き伏せ、

そのまま龍は沈黙した。


それが、災いの始まりだった。


翌日、落下地点の土は光を反射して七色に輝き、

水を注げば蒸気を上げ、金属を近づければ震えた。


やがて、そこから見たことのない物質が採取される。

後の学者が「龍脈石」と名づける物質である。


だが当時の人々には、それが災厄なのか祝福なのか、判断できなかった。


王は龍の死骸を回収し、不老不死の研究を進める。

兵士たちは、

「これが正しいのか」という不安を胸に抱えたまま。


しかし、彼らはまだ知らなかった。


流れ星は、一つではなかったことを。

別の王国で。

人のいない荒野で。

北の地で。

西の森で。

南の荒野で。


同じ夜、同じように――

“それ”は、落ちていたことを。

人は、力を得たとき、

それを「制御している」と信じた。


だが力は、常に人の理解を超えていた。

望んだ瞬間から、

すでに選択は終わっていたのかもしれない。


王は力を求め、

人々はそれを利用し、

世界は静かに形を変えていった。


それが正しかったのか、

誤っていたのか。

答えは、まだ語られていない。


ただ一つ確かなのは、

この物語が「終わり」ではないということだ。


これは、

人が力を渇望した結果として始まった、

長い歪みの――序章にすぎない。

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