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十話 責任と覚悟①

 エレナが連れさられて、二日後。

 ヘルは、焚き火の傍で暖をとっていた。夜空に浮かぶ星を見上げながら、しかし考えていることは別であった。


「ほい、姉さん。コーヒーが入ったぜ」


 そんな彼女に対し、ロイドはスープが入った椀を渡す。

 どうも……と言いながらも、その表情は優れていない。それはエレナのことが大体なのだが、別の理由がないわけでもなかった。


「……すみません。もしかして、わたくしの呼び方、姉さんで決定なのでしょうか?」

「? 何か問題ありますかい? 腕っ節が良くて、格好よくで、けど女らしくて、凛々しい。姉さんって呼び方が一番しっくりくると思ったんですけど」

「いえ、嫌とかではなくて、その、あまり呼ばれなれてなくて……」

「なら、問題ない。これから慣れていけばいいだけの話だ」


 あまりの図々しい物言いに、けれどヘルはそれ以上反論することはなかった。先程自分で口にしたように、嫌とかではなく、ただ単純に呼ばれ慣れていないだけだ。ならば、それに慣れろ、というのはある種、当然の意見だろう。


「にしても、あの旦那はどこに行ったものやら。せっかくのスープが冷めちまう」

「あら。ゲオルさんは旦那呼びですか?」

「まぁな。見た目は俺より年下だってのは分かるが、何というか、雰囲気が年季入っているというか、爺臭いというか」


 それについては同意する。ゲオルの見た目は十八歳くらいのもの。およそ青年と呼ばれるくらいのものだ。それこそ、ロイドよりも年下なのだろう。が、彼が纏う空気、そして口にする言葉の数々が、見た目と実年齢が違うということを証明している。事情を聞き、ゲオルが何百年も生きていると知った時も、ヘルはそこまで驚くことはなかった。


「今はそっとして差し上げましょう。あの方、今回の件について、かなり責任を感じておりますから」

「だな……にしても、二日前の荒れようはやばかったな」


 結局のところ、ヘルとロイドが襲われているというのは、嘘だった。というか、逆に彼らの方が帰りが遅いゲオルとエレナを迎えにきたぐらいである。

 そして、彼らが見たのは、嵐の後のような光景だった。

 ゲオル達を探し出してから、轟音が鳴り響いていたので、何かあったのかは分かっていた。が、それがまさか、ゲオルの怒りのものだというところまでは、思いつかなかった。


「人の拳や蹴りで、大木が折られたり、地面が抉れたりなんてこと、俺初めて見たわ」

「ゲオルさんの腕力や脚力は、人間のそれを超えてますから……」


 けれど、そんな彼でさえ、今回エレナさんを守ることができなかった。いいや、それだけの実力があるからこそ、悔しいのかもしれない。

 実際、ヘルもエレナが連れ去られたということが、信じられなかった。しかも、ゲオルの目の前で、と言われれば、疑問にもなった。

 どうして、あれだけの実力を持っている彼の前から、エレナを連れ去ることができたのか。

 相手がそれだけ強かったから、と言ってしまえば簡単ではある。しかし、それだけではないということを、ヘルは何となく理解していた。

 二日前の朝。あの時、ゲオルはいつも以上に強張っていた。そして、その原因として考えられるのは、ロイドの姿を真似たルカードが放った主の名前。


「エリザベート・ベアトリー……恐らくですが、今回の敵は、ゲオルさんと関係がある人間なのでしょう」

「でも、その女はとっくの昔に死んだって旦那が言ってたんだよな? それに、『怪人』連中が出没し始めたのは、一年くらい前からだぞ」

「だから別人……というのは早計でしょう。無論、同姓同名の他人という可能性がないとは限りませんが、ゲオルさんがあれだ動揺するのは、あまりないことですから。何らかの関係性がある、と考えて動いた方がいいでしょう」


 少なくとも、今この状況でヘルは楽観視できない。

 疑いすぎるのはよくない、という言葉があるが、しかし何も考えないというのはまた別の話だ。様々な可能性を考えた上で行動しなければ、戦場では死んでしまう。

 そして、ヘル達が向かう場所は、戦場と同等、いいやそれ以上の地獄なのだ。


「……姉さん。本当に、このまま行くつもりかい?」


 ふと、ロイドは焚き火の炎を見ながら、そんな事を呟いた。


「連れ去られた嬢ちゃんのことを考えたら、そりゃあ心配なのは当然だ。助けに行きたいって思うのも普通だろう。けど、ここから先は、本当にヤバいんだ。俺は一度行ったから分かる。あそこは地獄そのものだ。入ってきた連中を一人残さず死に追いやる……そのためだけに作られた場所だ。命がいくつあっても足りやしない」

「けれど、あなたはそこから生きて戻ってきたのでしょう?」

「そりゃ運が良かったんだよ……いや、実のところ、俺自身何で死んでないのか、不思議で仕方ねぇんだよ。確かに俺も他の連中と同じ様に、串刺しにされて死んだはずなんだ……なのに、瀕死の状態で死んでなかった……這い蹲りながら迷宮の外に出て、治療できたのは、マジで謎なんだ……けど、そのおかげで俺は仲間の仇討ちができる」


 言いながら、ロイドは握り拳を作った。


「……俺の仲間は滅茶苦茶な奴らでな。家族の借金のために働くお嬢様とか、ギルドで名前を売って有名になりたい田舎坊主とか、自分の力を試したいって理由だけの元女騎士様とか。ほんと、個性あふれる困った奴らでな。特に、お嬢様と田舎坊主はいっつも喧嘩してな。大人の俺が仲裁に入ったら、逆に俺が責められて、助けを求めても女騎士様はただ笑ってるだけでよ……ほんと、馬鹿みたいに騒がしい毎日だったよ」


 それは懐かしの日々を語る姿であり。

 同時に、もう二度と手に入れることができない日々を語る姿でもあった。


「……無論、ギルドなんて危なっかしい仕事やってんだ。命の危険とか、そういうのは覚悟の上だ。だから、連中が殺されても、文句は言えない立場だってのは分かってる……けどな、それは俺が仇をうっちゃいけない理由にはならねぇんだよ」


 故に、ロイドはもう一度、あの地獄に行くのだという。


「けど、あんたは違う。ゲオルの旦那は契約云々があるからとか言ってたが、あんたはそうじゃないんだろ? 人助けは立派だが、自分の身を案じるのも当然のことだろう? それに、助けに来て死んだとなっちゃ、あの嬢ちゃんも喜びやしないだろうさ」


 ロイドの言葉は、結局のところ、ヘルを心配してのものだった。

 いくら彼女が強くても、という想いがあっでのことであり、そしてそう思われても仕方がない。

 そして、それを全部踏まえて、ヘルは答える。


「ご心配、痛いいりますわ……そして、それは無用だと言わせてもらいましょう。わたくしは、エレナさんやゲオルさんと一緒に旅を初めて、まだ日は浅い。けれど、だから見捨てていいと、自分だけ助かろうなどとは思えません。何せわたくし、旅の仲間なんてものは、彼女達が初めてのものですから」


 故に自分は絶対に見捨てないのだというヘルに、ロイドは目を丸くさせた後、はぁと諦めたかのような、大きなため息を吐いた。


「あんた、結構強情な性格だって言われないか?」

「あら? よくお分かりで」


 などと言いつつ、ヘルはヴェール越しで「ふふ」と笑ったのだった。

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