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九話 愚かな選択③

 突然の敵の登場。

 それに対し、ゲオルは何故、どうして、という疑問を口にはしなかった……いいや、できなかった、というのが事実だった。

 ルカードが現れた瞬間、ゲオルは何やら嫌な予感がして、エレナの腕を取ろうとする。

 が、しかし、その直感は最悪なことに的中してしまう。

 ゲオルが手を出した際、エレナはそれに応じるかのように、自分の腕を出す。彼女も、異変を察したのだろう。そうして、二人の手が重なる直前、池から発生した水飛沫が二人を襲った。


「っ!?」


 考えて見て欲しい。唐突に横から大量の水が襲ってくれば、どうするか。答えは簡単。瞬時に身を守ろうとするのが、自然な流れというものだ。それが未知の相手の攻撃なら、尚更である。

 故に、ゲオルが伸ばした手を引き戻し、思わず、身を守ったのはある意味においては間違っていない。しかし、正しくないと理解した時には既に遅し。

 水しぶきを払うと同時、彼は気づく。

 自分の目の前にエレナがいなくなっているということ、そして、先程池から現れたルカードの姿がなくなっているということを。


「こちらですよ」


 ふと、後方から声がしたため、ゲオルは振り向いた。

 そこには、木の枝の上にルカードが立っており、懐には、気絶したエレナがいた。


「貴様……」

「そんなに怒らないでください。それにしても、随分と隙だらけでしたね。その気配、そして昨日の活躍ぶりから、相当の手練だと思っていたので、もう少し手間がかかると思っていたのですが……もしや、別のことで頭が一杯だったのでしょうか」

「黙れ」


 刹那。

 ゲオルは跳躍し、瞬時にルカードの目前に迫る。そうして、右手を前に出し、ルカードの頭を鷲掴みにし、そして潰す。

 ……しかし、頭が潰れた瞬間、ルカードの身体はコウモリの群れとなり、散り散りになっていく。無論、エレナの身体も同様だ。


「……これはまた、恐ろしい。今の一瞬で距離をつめ、そして頭を潰すとは……やはり、常人ではありませんね、貴方は」


 再び後ろから声がする。見ると、先程ゲオルがいた場所に、ルカードは平然とした面持ちでたっており、顎に手を当てていた。

 言葉とは裏腹に、ルカードの態度は余裕綽々といったものであり、ゲオルの怒りをより一層強くさせる。


「今の一擊をこの目にして、確信しました。貴方は強者だ。しかも、貴方からは強力な魔力を感じる。恐らく魔術師なのでしょう。だというのに、魔術を使った気配がない。ただの素手でこの実力とは、本当に恐れ入ります。そして、そんな貴方が私が近づくのを察知できなかったとは。やはり、先程の彼女との会話は、それだけ貴方に動揺を与えるものだったのでしょう」


 ルカードの話が終わると同時、ゲオルは木の枝を踏み台とし、突撃する。その反動によって、枝は折れ、木々の葉が吹き飛んでいくが、全て無視しながら、特攻をしかけ、拳を放つ。

 ……しかし、ゲオルの拳は地面に叩きつけられるだけであり、そこにルカードの姿はなかった。


「それにしても、妙ですね。自分に不意を突かれたのは、彼女との会話が原因だと見て間違いはないでしょう。しかし、魔術を使わないのは、何故ですか? いいえ、そもそも貴方から感じる魔力は何かおかしい。魔力があるというのは分かるが、詳細なものを感じ取れない。色でいうのなら、白……いえ、透明ですね。しかも、魔力も何やら抑えているようにも見える。まるで、何かから隠すかのように。だから、昨日の時点では貴方が魔術師だと認識できなかったのですが……そこのところ、どうなのでしょうか」


 答えは言葉ではなく、拳によってゲオルは返す。

 その一擊は、しかしやはりルカードには当たらず、彼は再びゲオルから少し離れた場所で後ろを取り、木にもたれかけながら、言葉を続ける。


「どうやら、何か事情がある様子。そこのところを個人的には、詳しく聞きたいのですが、如何せん。仕事と私事は分ける性格でして。今日のところは、彼女を連れて行くことに専念しま……」


 語り終えようとするルカードの鼻先が、ゲオルの拳が当たる。

 刹那、ルカードがもたれかかっていた木が吹き飛んだ。折れるでもなく、倒れるでもなく、言葉通り、ゲオルの拳一つで吹き飛んだのだ。

 けれど、彼の顔から未だ憤怒は消え去っていなかった。


「……今のは、かなり焦りました。そして、この場から撤退しなければならないと理解しました。今の貴方に、何を言っても通じないのでしょう。それ故に厄介だ」


 冷や汗をかきながらも、ルカードは笑みを忘れず、ゲオルに言う。

 一方のゲオルの瞳は、獲物を狙う獣そのもの。今の彼はルカードしか見えておらず、そしてだからこそ、彼の動きを見逃さない。


「逃がすと思うか?」

「そう思うから言っているのです。少なくとも、この場で貴方と戦い無傷で倒すよりは、よっぽど確率が高いと思いますので」


 悠々と言い放つルカードの顔は自身に満ちていた。それだけの確信があるのだろうと理解した上で、それを潰し、そして殺すことだけに思考を集中させる。

 通常、視野というのは狭めてしまうのは利口なやり方ではない。むしろ、広げなければ場を見ることができず、そして何より使える手段が少なくなってしまう。

 が、今のゲオルはそんなことなどお構いなしだ。ルカードの行動を見るために、彼は他の情報を敢えて遮断している。そして、本来それらに使うはずだった思考を全てルカードのために集中して使っていた。敵が複数ならともかく、単体での戦いならば、ゲオルの実力があればそれで十分である。


「そういえば」


 しかし、だ。

 逆に言えば、集中しているからこそ、今のゲオルは、ルカードの言葉に耳を傾けやすくなっている。

 それが例え、どんな言葉であったとしても。


「彼らは大丈夫なのでしょうか? あの二人とも話がしたかったのですが……それは無理でしょうね。何せ、私の連れが相手にしているので、今頃はもう死んでいるかもしれませんね」


 ふと。

 新たな情報に、ゲオルは思う。

 それが嘘である可能性と本当である可能性。どちらの可能性が高いか。

 本当ならば、どうして別行動をしているのか? 

 しかし、嘘である確証はどこにある? 

 一瞬。本当に、刹那の間。ゲオルはルカードの言葉に耳を傾けてしまい、それが嘘が本当なのかを自分の中で判断しようとした。

 けれど、それはつまり、その間ルカードから意識がそれてしまうということであり、つまりは隙ができてしまうということ。

 そして、それを見逃す程、目の前の男は馬鹿ではなかった。

 刹那、ルカードは池に向かってエレナと一緒に飛び込んだ。

 しまった、と思ったところで、その事実を変えることはできず、ゲオルはただただルカードの言葉を聞くしかなかった。

 

「―――では失礼」


 言い終わると同時、水しぶきをあげながら、ルカードは池の中へと姿を消した。

 池の中を覗くものの、しかし既にそこにルカードの姿はなかった。

 代わりに聞こえてきたのは、残像のようなルカードの声である。 


『このような形の別れ方で、申し訳ありません。ああ、彼女を取り戻したければ、私たちの地下迷宮に来るといいでしょう。その時は、精一杯のおもてなしをしてさしあげますよ』


 それはある種の挑発であり、誘い。明らかな罠である。


「……が……」


 けれども、今のゲオルには、そんなことはどうでもよかった。


「……そが……」


 彼は思う。もしも、自分が朝にあんなことをいいださなければ、こんなことにはなっていなかったのではないかと。

 彼は思う。もしも、自分が素直な性格であり、朝の話の時にエレナにあんな言葉を言わなければ、こんなことにはなっていなかったのではないかと。

 彼は思う。もしも、自分がもっと早く、彼女に隠し事を打ち明け、しこりをなくしておけば、こんなことにはなっていなかったのではないかと。

 いいや、そもそもだ。

 ルカードが現れたあの瞬間、何が何でもエレナの手を掴んでおけば、こんなことには……。

 もしも、もしも、もしももしももしも……。

 そんな、仮の話を頭に浮かべながら、けれど目の前で起こった事実は変わらない。過去はなかったことにはならず。

 だからこそ……今の彼は、叫ぶしかなかった。


「クソがぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


『魔術師』の怒りの咆哮は、森中に響き渡ったのだった。


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