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幕間 魔術師の後悔①

 かつての話をしよう。

 その時、『魔術師』は瀕死の状態だった。


「く、そ……」


 しくじった。

 完全にやらかしてしまった。

 自分に失態が多いことは理解していたが、しかし今回に限ってはまったくもって笑えなく、冗談では済まされない状況だ。

 魔術を使えば、『あの男』がやってくることは分かっていた。けれど、それでも対処はいかにようにもできる……その甘さが、身体中をズタボロにされるという結果を生み出した。

 確かに、以前ならばゲオルの魔術でいくらでも対応できた。しかし、この数十年で、『あの男』は魔術師殺しと言われるまで強くなり、今では一国を一人でつぶせる程の力を持っている。その事実を、『魔術師』は知っていた。それでも自分なら勝てる……そんな、どこから出てきたのかも分からない傲慢さが、今の彼を追い詰めていた。

 こちらの攻撃を一切合切、ねじ伏せ、そして切り裂く。もはや、剣術なんてものではない。あれはただの暴風だ。

 魔術が一切効かないわけではないが、しかし並大抵の攻撃では歯が立たないのは事実。もしも、拳が使えなければ、『魔術師』は確実に死んでいただろう。


「がっ……!?」


 血を吐きながら、『魔術師』はその場に倒れる。既に作っていた傷を癒す魔道具は全て使い果たし、魔力ももう残っていない。傷を治そうにも、ここに道具はなく、あったとしても自力でどうにかする気力は既になかった。

 身体中に刻まれた斬撃の傷。それらは『魔術師』に激痛を与え、体力を奪っていく。この状態で蘇生魔術など使えるわけもなく、そもそもそんな材料などどこにもない。

 今なら『あの男』も重症を追っている。戦うのは不可能。故に追ってくることはない。それが分かっていても、魔術が使えないというのが、なんとも歯痒い。


「はぁ……はぁ……」


 血の気が抜けていくのが、感覚で分かる。体温がどんどんと冷たくなるのを実感できる。それだけの出血をしたのだ。ならば治療するべき、けれどできない。

 しかし、だが、それでも、いいや……。

 思考が定まらない。先程結論したことを何度も繰り返してしまう。やるべきことはわかっているのに、身体思うように動かないため、それができないが故の苦悩。今も頭では残り滓の魔力で治癒魔術を行使しようとするも、一方の身体は指先が震えるだけで、動こうとしない。


「これは……本格的に、まずい、か……」


 今まで、何度も痛い目にあってきた『魔術師』ではあるが、今回は本気で死ぬかもしれないと考えてしまう。

 脅威的な魔物と戦っても、倒してきた。

 奇妙な魔術団体と事を構えても、なぎ払ってきた。

 時には国一つを丸ごと敵に回しても、何とか解決してきた。

 故に、だからこそ、ここまで死というものを実感したことはなかったのだ。

 今まで問題を起こしてきたが、しかし自分の力で何とかしてきた。できてしまった。そんな彼だからこそ、ここまで追い詰められてしまうのは、決まっていたことなのかもしれない。

 自惚れ、過信、思い込み。

 そういった諸々全てが重なった上での死。けれども、戦いの中での死とは大抵そういうものであり、何も特別なことではなかった。

 そして思う。


「ここが……ワレの、終わり、なのか……」


 人は死を悟ると自分の人生を思い返すという。

 ここが、自分の限界なのか。

 ここが、自分の結末なのか。

 己の身体を盗まれ、人の身体と魂を喰らい、乗っ取りながら生き長らえた魔術師……その果ての死に様が、こんなものなのか。

 身体を傷だらけにされた挙句、森の中、誰にも看取られず、ただ一人、苦しみながら孤独に死んでいく。


「か、はっ……ざまぁ、ないとは……このこと、なのだろうな」


 言いながら、自嘲の笑みを浮かべた。

 因果応報。本人に了承を得ているとはいえ、他人の身体を乗っ取るとは、本来あってはならない行為。それは、その人物の生を侮辱し、穢すことでもあるのだ。それを平然を行ってきた男の末路として、これは当然の様なのだろう。

 そもそも、彼は人でなしのロクデナシだ。魔術師として、魔術の研究ばかりしてきた。故に、他人にあわせることができず、関わることすら億劫だと感じてきた。他人とのやりとりを、当の昔に捨てた彼は、ひとり寂しく死ぬのがお似合いなのだろう。

 故に、ここで彼に手を差し伸べる者など、誰も……。


「……こりゃ、やばいのにでくわしちゃったかな……」


 ふと、若い声が前から聞こえてくる。

『魔術師』は、重い頭をゆっくりと上げながら、前方を確認した。

 そこにいたのは、一人の青年だった。年齢は二十歳を超えるか、超えないか程度であり、木々の葉と同じ、短い緑色の髪をなびかせながら、こちらを見ていた。


「今日はなにも獲れないと思って探してみれば、こんなのを見つけるなんて……ってか、傷だらけの人間がいれば、そりゃ森の連中もビビって隠れるのも当然か、うん……とはいえ、見つけちゃったことだし、放っておくわけにもいかないか。取り敢えず、包帯どこに入れてたっけ……」

「き、さまは……何者、だ」


 何やら唐突に現れた青年は、これまた唐突に治療を開始しようとする。それについては、ありがたいと思う反面、正体が分からないものだから、『魔術師』は警戒心を出してしまう。

 しかし、そんな睨みの効いた質問に、青年は軽く答える。


「俺? 俺はフーケ。この森の近くに住んでる、ただの狩人だよ」


 これが、彼……フーケとの出会いであった。

 この時、『魔術師』は知らなかった。

 後に彼が、自分の三番目の身体になる男であるということを。

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