一話 這いよる陰①
人には、得手不得手というものが存在する。
世の中には、万事に対し、そつなくこなす者もいるが、しかしそういった人間は殊更何かに秀でていることがない。そして、逆に何かに秀でている者程、決定的に何かが欠けていることが多い。
それは、ゲオルも例外ではない。というか、彼ほど欠陥だらけの人間はいないだろう。
確かに、人より長く生きてきた彼は、戦闘や魔術においては一日の長だ。そんじょそこらのゴロツキや傭兵、魔術師になど引けを取らない。
しかし、一方で人付き合いについては、壊滅的である。ぶっきらぼうという領域を軽く超えており、初対面な相手にも偉そうに上から目線で物事を言う。人間、第一印象で全てが決まるといっても過言ではなく、それでいうのなら、ゲオルは最悪の部類だろう。しかも、本人がそれを気にせず、直そうとしないのが、またタチが悪い。
加えて、彼はいつもどこか、抜けているのだ。ジグルやエレナのこともそうだが、彼は詰めが甘い。だからヘマをやらかし、余計な事に巻き込まれる。勇者の件や帝都の件にしてもそうだ。そして、これまたタチが悪いことに、彼は面倒事に巻き込まれても、己の力でなんとかしてしまうため、反省など皆無だ。
話を戻そう。
結局、何が言いたいのかと言えば、どれだけ優れた人間にも欠点と言う名の弱点が存在する。
だが、逆に言えばだ。
欠点を持った人間故に、何事かにおいて、優れているということもある、というわけだ。
「十八……いえ、二十です」
少女―――エレナの言葉と同時、逆さにあったコップが除き、中身が見える。そこには、四つのサイコロがあり、その目が示す、合計の数字はエレナが示した二十だった。
その驚愕の結果に、周りの男達は目を丸くさせていた。
「ま、まじかよ……」
「嘘だろおい……」
「またドンピシャだぜ、あの嬢ちゃん」
「さっきの男の代理だよな?」
「ああ。ボロカスに負けてた奴の代理が、あんな小さな娘だから最初は笑ってたが……」
各々好き放題な事を口にする外野。一方で、テーブルに座っている他の三人は、悔しそうな顔をしつつも、己が賭けた代金をそのままエレナの前へと出す。
その光景が一切見えないエレナはというと、半ば不安そうな顔で、ゲオルに問う。
「えっと……私の勝ち、でいいんですよね、ゲオルさん」
「……ああ」
後ろにいたゲオルは口をへの字にしながら答え、その隣にいたヘルは口元を押さえ、笑っていた。
ヘルが笑うのも無理はない。
そもそも、こうなった経緯を話さなければならないだろう。
最初は、ただの気まぐれだった。
紅のフェニカスがいる場所へ向かう途中、立ち寄った街で宿を取り、休むことになったゲオル達。宿は問題なく、すんなりと取れた。そう、ここまでは何も無かったのだ。
事が起きたのはそれから。ゲオルが夜の街に出かけ、ひとり酒を飲もうとしていたら、そこでやっていた賭け事に誘われたのだ。普段の彼ならば、そんなもの一蹴にして相手にもしないのだが、酒も飲んでいたことや色々と煽られた結果、参加してしまったというわけだ。
内容は至って簡単。四つのサイコロを振り、出た目の合計数に一番近い数を予想した者が勝ち、というもの。その内容に、ゲオルは簡単だと思い込み、余裕をもって挑んだ。
そして、結果は惨敗。彼の間抜けな面が、ここにきて最大限発揮されてしまった、というわけだ。
負けに負けが重なったゲオルは、途中でやめるという選択肢を既に捨てていた。ある種のやけっぱちと言う奴だ。
そんな彼に希望の……というか、まさかの助けがやってきた。
帰りが遅い彼を心配して酒場へとやってきたエレナとヘル。最初は、ゲオルに対し、もう帰ろうと言っていたが、勝負をしているところを見た……というか、聞いていたエレナは、「自分もやってみていいですか?」と言い出したのだ。
無論、最初は断固として断っていたゲオルだったが、彼女が結果が分かる前にサイコロの目を何度も当てていくと、まさかと思いながらも少し交代させてみた。
そして、結果がこの現状である。
「……まさか、あの小娘にこんな才能があったとはな」
「そうですわね。全くの予想外です。しかし、ゲオルさんにとっては嬉しい誤算では? それとも、悔しい誤算と言った方がよろしいですか?」
「黙れ。そして笑うな」
未だヴェールをしたままなヘルだが、その顔が笑みを浮かべているのをゲオルはなんとなく、理解していた。
しかし、ヘルが笑みを浮かべていた理由は、ゲオルが負けて、エレナが勝っているという関係性に、ではなかった。
「そんなにぴりぴりしなくても、大丈夫ですわよ。誰も彼女に対して、危害を加えようとなど、してませんわ。そもそも、この賭け事は、あくまで酒場でのもの。そこまでの大金がかかっているわけではございません。負けたから、腹いせに殺してやる……それほどの金額は動いておりませんわ。まぁ、もしもの時はわたくしもおりますし、安心してくださいまし」
「喧しい。意味不明な事ばかりを抜かすな」
ぴりぴりしている? 安心しろ? 何を言っているのだか。
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりな表情を浮かべながら、ゲオルは言い放つ。
「大体、一体いつ、ワレがあの小娘の心配をしていると言った? 確かに、ワレは契約であの小娘を守るようになっている。そして、あの小娘は人の話を聞かず、時にとんでもないことを言い出たりするため、目が離せないのは事実だ。だが、結局それは契約に基づいてのものであり……」
「ええ、ええ。分かってます。分かっておりますとも」
「……それは、全く分かっていない者が口にする台詞だと思うのだが?」
こちらの話を、しかしヘルはまるで流すかのような言葉で返した。その、まるでこちらのことなど全てお見通しだと言わんばかりな態度が、ゲオルが気に入らなかった。
「けれど、エレナさんは強いお方です。未だ一緒に旅に出て、間もないわたくしがいうのもなんですが、しっかりした性格をなさっています。わたくし達の中で真人間と言えるのは、彼女くらいのものでしょう。それは、ゲオルさんも理解しているはずですわ。わたくし達よりも、世間というものを理解し、そして対応できるのも彼女でしょう」
それについては、同意せざるを得ない。
ゲオルのヘルも、戦闘においては確かに強者の部類に入る。が、一般社会や日常生活において、他人との関わりを持つとなると、また別だ。二人共、何かと問題があれば、拳で解決しようとする節がある。一方で、エレナは人の話を聞くのが上手い。以前、ジグルの記憶で見たが、彼女が交渉事などを担っていたのも頷ける。
「……何が言いたい?」
「いえ、ただ彼女に対し、あまり過保護になりすぎるのはよろしくない、と思ったまでですわ。契約云々は、ええ、無論存じております。ゲオルさんが、エレナさんを信じていることも。ただ、思うのです。ゲオルさんのエレナさんに対する態度は、信用以外の何かを感じる、と。そう、あれはまるで……」
「女」
不意に。
ゲオルはヘルの顔を見ずに、彼女の名前を告げた。
けれども、ヘルには分かる。彼の冷たい何かが、こちらに向けられていることを。
「そこら辺にしておけ。流石のワレも、そこから先は無視できん」
「……ええ。申し訳ありません。少々口が軽くなってしまいましたわ」
言いながら、ヘルは反省する。今のは自分がでしゃばりすぎた。
彼女は少し、舞い上がっていたのかもしれない。誰かと旅をする、ということが今まで無かった。復讐にしか目標を定めていなかった彼女にできた、仲間。故に、気になったことをつい口にしてしまうのだ。
そう。例えば、ゲオルのエレナに対する態度。
何気ないやり取り。それは、まるで親子のような、兄妹のような、そんなものだ。
ただ、だ。彼が時折見せる態度に、ヘルは違和感のようなものを感じるのだ。
そう。それは、申し訳なさそうな、罪悪感を背負っているような、そんな態度。
まるで、何か大切な事を隠している子供のような、そんなものに。
けれど、それを指摘するのは、やはり無粋だろう。
自分は新参者。二人の間を、崩すようなことを言うのはお門違いというものだ。
もしも、本当にゲオルがエレナに対し、隠し事をしているのなら、それは彼自身が彼女に言うべきこと。それを強制するつもりは、ヘルにはないし、するつもりもない。
だから。
「では、お詫びにお酒でも持ってきましょう。エレナさんの活躍も、もうしばらく続きそうですし」
言いながら、ヘルは席を立ち、酒を取りに行く。
そしてその直後、また大きな歓声が聞こえてきたのだった。




