二十話 渇いた剣士①
状況を確認する。
背中を斬られ、血まみれになりながら倒れているゼオン。
そんな彼が口にした「逃げろ」という言葉。
そして、笑みを浮かべ、どう見ても人の血で剣を濡らしているスロット。
加えて、先程の少年の言葉。
それらから導き出される結論は、一つだけだろう。
しかし、それを理解できていないケリィは、あまりにも間抜けな言葉を口にする。
「スロット隊長……え、どういうこと、です……? どうして、剣に血がついているんですか、まさか、団長を襲った連中と戦って……」
「阿呆が。現実逃避をしている暇などないぞ。状況を理解しろ」
ケリィの言葉を、ゲオルは切って捨てる。
しかし、彼の言い分が分からないわけでもない。混乱するのも無理はないだろう。加えて、ケリィの言葉が事実である可能性も限りなく低いが、しかし絶対にないというわけではない。
つまり、スロットは今までゼオンを襲ってきた連中と戦っていた。刃の血は、その返り血である、と。
けれど、そんな彼の願いを、少年剣士は切って捨てた。
「全くですねー。こんな状況でも、頭がお花畑だと、そんな曲解をしてしまうんですから。えーっと……君、誰だったかな?」
「隊長……」
「ま、誰でもいいか。僕が覚えてないってことは、弱い奴ってことだし。そして、剣狼騎士団に弱い人間はいらない。誰であっても、ね」
「それは、自分達の団長であってでも、でしょうか」
ヘルの言葉にスロットは表情を一切変えず、肯定の言葉を述べる。
「ええ。そうですよ? だってしょうがないじゃないですか。騎士団を解散させる、だなんて知ったら、誰だって反対します。しかも、それを独断で実行しようとした。だから、僕らはそれを阻止するために動いた。これは、それだけの話です」
僕ら、とスロットは言った。周りを見てみると、そこには騎士団の者達が続々と集まってきている。しかし、その全員が自分達の団長の姿を見ても慌てることはなく、まるで知っていたかのような視線を向ける。加えて、その手には剣が握られており、スロットと同じく、血が滴っていた。
一方のケリィは、自分が知らなかった真実を前にして、目を丸くさせる他なかった。
「騎士団を、解散、させる……? そんな、団長が、そんなことを……」
「ひどい話だろう? 折角、僕らが汗水流して功績やら結果やらを残したことでできた組織を、この人は自分の一存で無くそうとしたんだ。そんなこと、許されるわけないのにねぇ」
スロットの言葉に、ヘルは吐き捨てるように、口を開いた。
「功績? 笑わせないでくださいまし。ただの暴力と隠蔽でしょうに」
「それでも結果は残した。それが全てだよ。それにさ、この世は弱肉強食なんだ。強い人が思いのまま、世の中を動かすようにできてる。で、僕らは強い。だから、どんなことをしても許されるんだよ。別に、僕たちが間違ってるなら、誰かが止めればいい。そして殺せばいい。そうすれば、その人たちが正しいってことになる……けど、そんな人たちは現れなかった。そして、僕らは上へと登っていった。だから、僕たちは何も間違っちゃいないのさ」
スロットの言葉は、ある種正しい。
権力、暴力、財力……そういったモノで、この世には縛られている人間は数多くいる。力が無ければ、誰にも振り向いてもらえず、ただの負け犬になるだけ。そういう現実というものを、ゲオルは何度も見たことがある。
「だから、ゼオンさんも僕たちを殺せば、それで良かったんだ。僕だけじゃない。リストンさんが組織として邪魔なら、それを切り捨てれば良かった。そして、自分の方が力があると見せつければ、それで事は収まってたはずなんだ。なのに、その人はそんな単純なやり方ではダメだの、別の方法でどうのと、実行しなかった。全く、他人に担ぎ上げられただけの人っていうのは、やっぱりダメだね」
「ぐっ……」
スロットの言葉に、ゼオンは苦悶の表情を浮かべるしかなかった。
「……それで? あなたはリストンさんなら、騎士団の長としてやっていけると、思っているのですか?」
「さぁ? そんなこと、僕は知らないさ。ただ、あの人はやることが明確だ。何事も力で押し通す。単純で分かり易い。ゼオンさんみたいに、ごちゃごちゃ考えなくていいからね」
「本気でそう仰っているので? それで、街の人達が納得するとでも?」
「だーかーらー、そんなことはどうでもいいの。僕は剣が使えれば、それだけでいいんだ。それが悪人だろうが、善人だろうが、どうだっていい。人を斬る。それさえできれば、あとは言うことはない。反対する連中は切り捨てればいい。それだけ。こっちが間違ってるって思ってるんなら、反抗すればいいだけの話。なのに、何もしてこないあっちが悪い。それだけさ」
言われて、ゲオルは理解する。目の前にいる少年は、嘘偽りを述べていない。本気でそう思って口にしている。
そして、信じられないことではあるが、ここにいる他の騎士団連中も同じ考えなのだろう。
「まぁ、ゼオンさんをここで殺すことは、その人の名誉のためでもあるし」
「名誉?」
「怪物と相討ちとなって死んだ……そうすれば、騎士として死んだってことになる。騎士団を解散させて、不名誉を被って罰を受けるより、よっぽどマシなんじゃないかな? 少なくとも、リストンさんはそう思ってるみたいだけど」
「……では、これはあなたの独断ではない、と?」
ヘルの言葉に、スロットは再び頷いた。
「まぁね。団長と団長を慕う者を討伐に紛れて殺す……そういう命令を貰ってる。リストンさんも、ゼオンさんのやり方にうんざりしてたみたいだから。何せ、無能なくせに、あの人の言うことなすことに一々口出ししてくるんだから、当然だよね。まぁ、リストンさんからしてみれば、幼馴染だし、そこら辺は、名誉の死ってことにしたかったみたいだよ。そういうところは、あの人も……」
「ふざけないでくださいっ!!」
と。
スロットの勝手な言い分に怒りの声が上がった。
しかし、それはゲオルでも、ヘルでも、ましてやゼオンでもない。
ケリィは頬に涙を流しながら、一番隊隊長へと向けて、荒げた言葉を口にしていく。
「何が名誉ですか、何が無能ですか!! あなた達は自分達が何をやっているのか、分かっているんですか!! 団長を……自分達の信じた人を、殺そうとしてるんですよ!! それをちゃんと理解してるんですか!!」
「なに言ってんの? 当たり前だよ。そんなこと、君に言われるまでもない。だから、こうして自分の手で介錯してあげようとしてるんじゃないか」
怒鳴るケリィに、スロットはまるで表情を崩さず、答える。逆に、何を言っているのだか、という表情を浮かべられ、ケリィは渇いた声を出した。
「……そうですか。そういうことですか。今、自分はようやく理解しました。自分がいた組織が、騎士団なんて名前だけの人斬り集団なんてことはとっくの昔に分かっていましたけど、そうじゃないようですね。自分達の長まで殺す、クソったれのどうしようもない、クズの集まりだったってことを、今、はっきり理解しましたよ!!」
その言葉に、周りにいた他の騎士の連中は表情が険しくなる。しかし、彼の中では、その連中も既に騎士とは映っていなかった。
そこにいるのは、ただの下郎。ただの下衆。それだけだった。
だから、最早彼には言葉を抑える理由はなかった。
「何が剣狼だ、何が騎士団だ!! ただのゴロツキの集まり? そんな生易しい言葉も、あんたらにはふさわしくない!! 今まで誰にも叱られたことのない子供、それがあんたらだ!! 自分の思い通りならなかったら、力でどうにかしようとする!! それを咎められれば、それすら無視し続ける!! ああ、くそっ!! こんな連中に憧れて入団した自分が、本当に馬鹿らしくてイライラする!!」
心に溜まった本音がぶちまけられていく。
そう。ケリィも確かに、剣でのし上がろうと思って、剣狼騎士団に入った。それは事実だ。けれど、力で何でも解決しようとは思っていなかったし、誰かを裏切ってまで上に行こうだなんて考えたこともなかった。
甘い? 知るか、そんなこと。甘くて結構。剣の実力云々以前に、自分は街の人を守れる仕事がしたいとも思っていたのだ。それがどうだ。蓋を開けてみれば、騎士団とは名ばかりの人斬り集団。
けれど、それでも良かった。
いずれ、自分が上にいった時に、もっと良い組織にすればいい……そんな考えすら、スロットの言葉によって、全て水の泡になった。
ああ、そもそもだ。
ケリィは許せなかったのだ。
自分を拾ってくれた大恩人を裏切り、そして殺そうとしている目の前の屑共が。
たとえ、その人が組織を無くそうとしていたとしても、関係ない。彼がそうすべきだと思ったのなら、それが正しいことだ。それを否定するつもりは、ケリィにはなかった。
だから、彼は声を上げるのをやめない。
「団長が無能? ざけんじゃねぇ!! 頭足りてねぇのは、お前らの方だ!! 責任の取り方もしらねぇクソガキ共が、『俺』の恩人けなしてんじゃねぇ!! この人をこれ以上傷つけようとしてみやがれ、俺がその足りない脳天に剣をぶっさしてやるぞ!!」
その怒声に、周りの騎士達は、一歩後ろへと下がった。
ただの門番。ただの下っ端。そう思っていた彼の怒りに対し、騎士連中は、一瞬ではあるが、恐怖したのだ。それだけ、今の彼には殺気が満ち溢れ、戦えば殺されるかもしれない……そう思わす、何かが、あったのだ。
しかし、残念ながら、それは経験を積んでいないゴロツキだからこそ。
逆に言えば、経験を積んでいる者ならば、いかに彼の覇気が強かろうと、それをものともしない。
そして、スロットは剣狼騎士団一の剣士であり、故に彼にケリィの殺気は通用しない。
結果。
「―――うっさいよ。耳障りなんだよ、雑魚が」
十メートル離れていたはずの距離を一気に詰めると、スロットは己の剣を振り下ろした。その先にいるのは、無論ケリィ。彼は、剣すら抜いておらず、先程まで熱に冒されたように怒りを露わにしていたせいで、隙だらけの状態だった。
振り下ろされる瞬間、ケリィはスロットの存在に気づく。だが、今、ここからでは剣を抜いて防ぐことも、身体を捻って回避することもできないことを悟った。
回避不可。防御不能。
結論。ケリィという一人の剣士の命は、ここで尽きる。
だが、彼は自分の言ったことに後悔はない。言いたいことを全て言った。言わなければ、死んでも死にきれなかったから。誰が何と言おうと、ゼオンという男は、彼にとっては恩人なのだ。だから、その人の命を、尊厳を穢した連中に一言申さねば、気が晴れなかったのだ。
例え、それが剣狼騎士団一の剣士であっても。
例え、それが周りを他の連中に囲まれた状態であったとしても。
ケリィに後悔はなかった。
そして、スロットの剣は、彼の首元に辿りつき―――
「―――口を開くな。雑魚はどちらだ、下郎」
刹那。
ゲオルの拳が、スロットの顔面に直撃し、そのまま吹っ飛んでいく。
そして、首元寸前で剣が離れたケリィは無傷のままだった。
「ゲオルさん……!?」
「下がっていろ、門番。未だ、言いたいことはあるだろうが、ここは黙って貴様の恩人の手当でもしていろ」
言われ、ケリィはゼオンの方を見る。ヘルが包帯を巻いている姿があり、ケリィはゲオルに一礼すると、すぐ様駆け寄っていった。
その姿に「ふんっ」と鼻を鳴らしつつ、ゲオルは立ち上がってくるスロットに視線を戻した。
「あーあーあーあー……やってくれたね。ほんと、人に殴られたのなんか、久しぶりだよ」
「口を開くな、と言ったはずだ」
「いいじゃないか。僕は、少なくともあんたと、そこの女の人の実力は認めてるつもり―――」
しゃべり続けるスロットに、ゲオルは再び、拳を叩き入れる。
そして、面白いように、吹っ飛んでいき、木に激突した。
その光景に、他の騎士達は唖然としているだけだった。
「なっ、人が、しゃべっているのに……」
「何度も言わせるな、黙れ」
今度は、その腹部に叩き入れ、木ごと吹き飛ばした。
倒れ伏す少年剣士に、魔術師は言い放った。
「貴様には、教育の何たるかを教えてやる―――故に、さっさと立て。クソガキ」
そうして、ゲオルは拳を握る。
その瞳に、冷たい怒りを灯しながら。




