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十八話 黒のシャーフ④

 想像して欲しい。

 ここに一つの丸い粘土があるとする。その下に、棒を突き刺し、地面に立てようとする。しかし、恐らく立たないだろう。だが、これが三本、四本と増えていけばどうだろうか。恐らく、重心さえ考えれば、立つかもしれない。さらに、その数が十本以上になれば、棒がやわでなかったり、刺す位置が極端に隔たっていないかぎり、立つはずだ。

 けれど、それも条件が変われば、結果も変わってくる。

 例えば、棒を突き刺している粘土が重くなれば、どうだろうか。少しだけならまだしも、十倍、二十倍となれば、棒は支えきれなくなるのは必至だろう。それによって、一本の棒が折れれば、一本、また一本と折れていき、最後は全てが折れ、粘土は地面に落ちる。

 つまり、今、ゲオル達が目にしているのは、それだった。


「ちぃっ……!!」


 完全に見誤った、とゲオルは内心、己の馬鹿さ加減に辟易していた。

 今回の作戦は、黒のシャーフの身動きを取れないようにし、且つ血を抜き取り、倒すこと。そのためにも、的確な位置に木々を刺す必要があった。逃がさないため、というのも無論あるが、殺した際、落下しないようにするためでもある。そして、それは成功した……はずだった。

 ここで、ゲオルが読み間違えたのは、黒のシャーフのもう一つの特性。雷以外に、奴は浮遊の力を持っている。

 浮遊。そう、飛行ではない。奴は鳥のように翼を利用するのではなく、毛の力によって、自分を浮かせていたのだ。いわば、一種の無重力状態。自分の体重を無に等しくするものだ。それが浮遊というもの。

 そして、ここでもう一度考えて欲しい。

 黒のシャーフの力は雷と浮遊の二つ。その命を削れば、どちらの力も使えなくなる。

 ならば、だ。

 浮遊の力が無くなれば、一体どうなるのだろうか。


「ゲオル殿、これはどういう……!!」

「力を失ったせいで、元の身体の重さが戻ってきたのだろう……」


 黒のシャーフの大きさは、大体、今いる森の半分程の巨大さだ。何せ、雲と見間違える程の代物だ。それくらいの大きさはあると見ている。それだけの巨体なら、確かにかなり重いはず。

 しかし、だ。だとしてもこの現象はおかしい。


(何故だっ。奴が死ねば、確かに浮遊の力は失われる。だから、そうなっても落下しないよう、位置は確認した。そして、それは成功した。だというのに、何故耐えられなかった!?)


 計算が甘かった? いや、それはない。一度、黒のシャーフの大きさはその目で確認しており、どれくらいの重さなのかは、それで理解できた。

 木々の耐久性を誤った? それもない。重さの計算が甘かったとしても、耐えられる程の強度にしていたはずなのだ。

 ならば、どうして奴が落ちてきている?

 考えれる可能性があるとすれば……。


「……まさか……奴は、雷と浮遊以外に、能力を持っている……?」


 今の奴は瀕死だから雷と浮遊を使わないのではなく、そのもう一つの能力を使用しているため、他の二つを使っていない……そう考えれば、辻褄は一応あう。

 ゲオルが知らなかった第三の能力。それは恐らく、奴の毛ではなく、本体そのものに付随したもの。体毛の能力ならば、ウムルが調べた時に分かったはずだ。

 その能力とは。


「くっ! そういうことかっ!!」

「ゲオル殿、何か分かったのですかっ!!

「ああ、推測だが、奴は今、自分にかかる重力を増やしている。でなければ、ワレが作った木々が耐えられんはずがないっ!!」


 それは、あまりにも不遜な言い分だったかもしれない。だが、それ以外に、この状況は有り得ない。奴が激しく動き回って木々から逃れようとしているわけではなく、ただ真下に落下している。折れていく木々も、何かしらの体液などによって腐っているわけでもない。

 そこから考え出される答えは、ゲオルが考えられることは、それくらいだった。


「すぐに退避の命令を出せっ!! このままだと、全員押しつぶされるぞっ!!」


 何せ、相手は森の半分程の大きさだ。体毛でいくらか身体の大きさを誤魔化してはいるのだろうが、それでもあれだけの巨大が落ちてくれば、真下にいた者は、押しつぶされてしまうのは目に見えている。

 ゲオルの言葉に、ゼオンは大きく頷き、撤退の合図を出させる。

 大笛の音が、森の中に再び鳴り響く。これで、他の者は退避行動に移るだろう。

 しかし。


(間に合わない、か……)


 全員死亡、というわけではないだろうが、今のままでは、半分は押しつぶされてしまうだろう。いいや、それだけではない。速度から考えて、押しつぶされることはまぬがれても、その後に生じる粉塵やら風によって吹き飛ばされる者もいるはずだ。

 故に、誰かが残って、足止めをする必要がある。

 ゲオルは幾許か、考えた後、大きなため息を吐いた。そして、仕方ながない、と思いつつ、ゼオンに向かって言い放つ。


「貴様らも早く逃げろっ」

「ゲオル殿は、どうするのですっ!!」

「ワレは残って、あれが落ちてくる速度を落とす」

「そんな……お一人でやるつもりですかっ!! それはなりません、我々も一緒に……」

「ええい、喧しい!! 貴様らがいると、邪魔で迷惑だから、さっさと行けと言っているのだっ!! 足手まといになる者を庇う余裕など、今のワレにはない!! さっさと消え失せろ!!」


 ゲオルの言葉に、ゼオンは目を見開く。

 そして、奥歯を噛み締めた後、「ご武運をっ!!」と言いながら、部下と共に離脱していく。

 その背中が見えなくなるのを確認すると、ゲオルは頭上に迫る怪物を見た。


「ふん。何がご武運をだ。この程度の危機など、今までいくらでもあったわ」


 故に、死ぬつもりなどは毛頭なく、負けるつもりもさらさらなかった。

 ゲオルは懐から鉄の棒を取り出す。それは、両方の先端に紫色の刃がついており、そのままそれを地面に突き刺した。

 同時、それは、一瞬にして、巨大化し、地面と迫り来る怪物に突き刺さった。

 怪物の泣き叫ぶ声を聞きながら、ゲオルは呟く。


「巨大化の機能が付いた槍だ。木々が折れた時の補助として持ってきていたが、まさかこんな形で使用するとは思っていなかったぞ」


 木々が折れるかもしれない、という考えがなかったわけではない。そのための備えがこれだ。木々よりも頑丈であり、折れにくい。現に、シャーフの落下速度がかなり落ちた。

 とはいえ、材料がそんなになかったために、持ち合わせはこれ一本。折れにくいとはいえ、流石にこの巨体をいつまでも支えられる程、頑丈ではない。

 そもそも、この槍の本来の使い方は、別にあるのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 バキバキバキバキ……と、木々が次々に折れていく。最初は十三本あったものも、今ではたったの三本。それらとゲオルの槍で、今は何とか耐えている状態だ。

 しかし、これも長くは続かないだろう。

 既にシャーフは致命傷を受けているのも同然だ。そして、先程、槍で一擊を与えた際、シャーフの死は確定した。

 故に、時間が経てば、この怪物は息絶える。

 だが、息絶えたところで、この状況はどうしようもない。

 恐らくだが、今、シャーフは重力の力を、そこまで発揮できていない。それを使用したのは、木々の半数を折るためだろう。半数以下になってしまえば、元のシャーフの重さでも、木々は耐えられない。

 つまり、この怪物は、自分の死体で相手を殺そうとしているわけだ。


「くっ……往生際の悪い奴めっ!!」


 生きることに関してなら、確かに往生際が悪い、というのは理解できる。それは生物として、当然の本能なのだから。

 しかし、この怪物は、自分の死を利用しようとしている。それほど、敵を殺したいと願っているのだ。それは、人を襲い、喰らう魔物の考えではなく、まるで人間の思考そのもの。

 やはり、『六体の怪物』は魔物以上の思考を持っている、という考えは正しいのだろう。

 などと思っていると、また一本、合成樹が折れていった。


「ちっ……!!」


 これで、残りは槍を含めて三本。

 まだだ……まだ、逃げきれていないはず。全員が逃げきれるまで、時間稼ぎをしなければ、自分がここに残った意味がない。

 助ける義理などないかもしれない。守る意味などないのかもしれない。

 けれど……自分の考えた作戦に関わった連中が死ぬのは、やはり後味が悪いというものだ。


「今の内に、飲んでおくか……!!」


 ゲオルは、懐から取り出した瓶の蓋を開け、中にあった赤色の液体を飲み干した。

 すると、また一本、折られていく。

 突き刺さっていた木々が無くなっていく度に、落下の速度が早くなる。

 そして。


「合成樹の最後の一本がやられたか」


 その光景を見ながら、ゲオルは呟く。

 残るはゲオルの傍にある、この槍のみ。

 しかし、巨大化した槍も、すでに限界が来ており、先程からみしみし、と悲鳴をあげている。

 けれど、ゲオルはその場から逃げない。いや、今更逃げたところで、もう遅い。それほどまでに、怪物はそこまでやってきていた。

 ここで第三者が見れば、ゲオルの行動に首を傾げるはずだろう。何故、彼は逃げなかったのか。何故、彼はこの場から離れなかったのか。このままでは死んでしまうというのに。

 けれど、間違ってはいけない。ゲオルはこんなところで死ぬつもりは毛頭なく、故に生きることしか頭にない。

 そんな彼が、限界寸前で、今にも折れそうな槍を見た瞬間、取った行動はというと。


「―――ここまでかっ」


 刹那。

 ゲオルは、巨大化させていた槍を元の姿へと戻した。

 今までシャーフの身体を突き刺していたはずの槍が姿を戻したことによって、シャーフはある意味支えを失った。

 そして、だ。

 今や、怪物に突き刺さる木々も槍ももうない。それは即ち、落下を妨げるものは何一つない、ということ。

 それらから導き出される答えはただ一つ。

 次の瞬間、森の地面に、黒のシャーフは落ちていったのだった。

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