十四話 夜の客③
「今日の件は、部下が迷惑をかけ、本当に申し訳なかった」
まず、ゼオンの言葉は謝罪からだった。
騎士団長が来たことは、ゲオルにとっては予想外の出来事だった。そもそも、何故彼がゲオルの部屋の前にいたのか、それを確認したところ、エマが通してくれた、とのことだった。実際に、彼女もその場におり、確認も取った。
曰く、「どうしても二人に話をしたいと聞かなくて」とのこと。何度も断ったが、粘り強さに負けたらしい。どうやら、護衛も一人だけであり、武器も持ち込まないという条件を呑んだ上で、ゼオンはここにいるらしい。
本来なら聞く耳など持たない。だが、騎士団長がわざわざ夜遅くにたった一人の護衛のみでやってきた、というは些か妙な話だった。
何が目的なのか……それを確かめるためにも、ゲオル達は一応、話を聞くことにした。
……したのだが。
「そして、単刀直入に言わせてほしい。お二人に力を貸してもらいたい」
その言葉に、ゲオルはおろか、エレナですら、怪訝な表情を浮かべた。
考えて欲しい。向こうから挑発してきたとはいえ、ゲオル達は騎士団と衝突した。十数人もの剣狼を叩きのめし、屯所へと殴り込み、あまつさえ副団長とやらと一戦交える手前までいったのだ。
そんな相手に手を貸してほしい、と目の前の男は言った。
「……話が見えないのですが……説明してくださってもよろしいでしょうか?」
ヘルの言葉にゼオンは無言で頷き、説明を始める。
「実は今日、皇帝陛下から帝都周辺を襲っている怪物の討伐の命が下されました。かの怪物は、帝都を脅かす存在。故に、我々はこれを何としてでも討伐しなくてはなりません」
「ほう? それで?」
「ご存知かどうか分かりませんが、あの怪物は雲そのもの。故に奴を倒すには魔術師の知識と能力が必要となります。残念ながら、我が騎士団には魔術師は一人もおりません。しかし、話を聞いたところ、ゲオル殿は魔術師であると耳にしました。そこで、どうか我々に力を貸してはもらえないでしょうか」
どこで、それを……と思ったが、ゲオルは瞬時にして、あの御者から聞いたのだと理解する。この街において、団長がゲオルが魔術師である事実を知る経路はそれしかない。
しかし、それを咎めるつもりはない。御者の立場を考えれば、仕方のないことだとは思う。
けれど、それでゼオンの話に乗るかどうかは、また別の話だ。
ここで、魔術師ではないと嘘をつく方法もあるのだろうが、しかしそんな策では、目の前にいる男は騙せない。
ならば、答えは直球あるのみだった。
「断る。何故ワレが、貴様らに手を貸す必要がある? ワレと貴様らは、いざこざがあったばかり。一応は落着したが、納得しているわけではないのは、貴様も理解しているはずだろうに」
「ご指摘ご尤も。しかし、私は敢えて、恥を忍んで頼みたい。この帝都は、発展していると言われますが、一方で魔術師が少ない。そして、その力は怪物を倒す程のものではありません。倒せるのなら、とっくの昔に手を尽くしています。ですから、外から来た魔術師である貴方に頼みたいのです。何か知っていることがあるのなら、是非教えていただきたい」
それは、あまりにも理屈が通らない話だ。
帝都に魔術師が少ないのは分かった。そして、怪物を倒せる実力者がいないのも理解できる。しかし、だからといって外から来た魔術師に頼るのはどうなのだろうか。まるで、外から来たから倒し方を知っている、と決め付けているようなものだった。
(……いや違うか。それだけ、この男は切羽詰っている、ということか……)
外から来た魔術師なら、何か知っているかもしれない……そんなことを考えてしまう程、団長は追い詰められている、ということなのだろう。
あれだけ問題を抱えた騎士団なのだ。その長にいるというだけで、頭が痛いというもの。そのことについては、同情する。
しかし、それでもゲオルが手を貸す理由はなかった。
「そっちの言い分は理解した。だが、一つ言わせてもらう。貴様は、それでいいのか? ワレは貴様らと一時的に敵対した身。そんな人間に手を貸してもらいたいと、本気で思っているのか?」
「無論です」
言い切った。
その断言は、逆に清々しさすら感じ取れる。
この男は、他人に手を貸してもらっても、目的が果たされるのなら、それでいいと本気で思っている。騎士団の誇りとか、面子といった余計なことを考えていない。
「……例え貴様が良かったとしても、他の連中はどうする? あの副団長は勿論、他の団員も黙っていないと思うが?」
「それについては、わたくしも聞きたいと思っておりましたわ。そもそも、先程団長さんは、貴方達、と仰いました。それはつまり、わたくしも入っている、と受け取ってよかったのでしょうか?」
「はい。そのつもりです」
「だとすれば、ますますおかしな話ですわ。わたくしは、ただの女。ゲオルさんとは違い、魔術師ではありません。そんな女の手まで借りたいと口にするのは、どうしてでしょう?」
ヘルはゲオルから見ても、普通の人間ではない。それは認める。しかし、それはあくまで人間相手での話。あの巨大な暗雲と間違えるくらいの怪物と戦うとなれば、また話は違ってくる。はっきりいって、戦力にならないかもしれない。
しかし、それは本人も理解している。だからこその問い。
そして、その問いにゼオンは口を開いた。
「だからこそ、です。副団長のリストンは勿論、他の団員の中にも貴方がたを許せないと言っている連中がいます。討伐は私が直々に指揮を執ることにになりました。連中は、私が不在の間、あなた方に手を出すかもしれない……。昼間はああ言いましたが、今の連中は、それでも実行しかねない……それを防ぐために、お二人には討伐に参加してほしいのです」
「つまり、わたくし達の身の安全を保証するため、だと?」
「ええ。連中には、お二人が怪しい動きをしないか監視のために連れて行く、と伝えます。流石に団長の私の前でお二人に危害を加えることはないでしょう」
それは、確かに一応の理屈は通った話だった。
団員には監視と伝えておけば、同行するのに反対する奴もいないだろう。何せ、怪物討伐だ。それなりの人数がいるはず。そして、こちらは二人。実力は置いておくとして、数の上では有利なのだから、と思うはずだ。
けれど、だからこその懸念もある。
「お話は分かりましたわ……けれど、あなたを信用できる、根拠はどこにあるのでしょう? ええ、確かに。団長さんは、他の方々と比べて話の通じるお方。そこは認めます。しかし、あの騎士団の惨状を見て、その長であるあなたを信用できる、とでも?」
これまた包み隠さない言葉が、ゼオンに向けて、言い放たれた。
冷たいヘルの言葉に、ゼオンは目を瞑ったまま、答えた。
「……ヘル殿の意見は、当然だと思います。特に、貴方はクラウディア様の事を知っている。恐らく、『裏の事実』もご存知なのでしょう。だとするのなら、私を信用できないのも当たり前のことだと、分かっています」
「……、」
「厚顔だというのは重々承知です。頼める義理も、立場すらないのも理解しています。ですがどうか、手を貸してはもらえないでしょうか。この騎士団に、終止符を打つためにも……」
「終止符を、打つ……?」
団長の言葉に、疑念を持ったエレナは重複するように、口にした。
それはゲオルも同じである。終止符を打つとは一体どういうことなのか……?
しかし、ヘルだけは理解したようで、息を吐き、言葉を漏らす。
「そうですか……団長さんは、今回の任務が終わり次第、騎士団を解散するおつもりなのですわね?」
その言葉に、エレナは目を丸くさせ、ゲオルは逆に目を細めた。
どういうことなのか……その言葉が出る前に、ゼオンが説明していく。
「……皆さんもご存知だとは思いますが、剣狼騎士団は、既に街の治安を守るに値しない存在になっています。横行する暴力と身勝手な言い分。自分達の手柄のために、何人もの無実の人々が傷つけられ、時に殺められてきた。街の人々は、それに逆らえず、恐怖する人さえいる始末。そんな者達に騎士団を名乗る資格などありません。そして、それを改善できなかった私にはもっとない。故に、今回の件が片付き次第、騎士団は解散するつもりです」
それは、自分達を説得させるための虚言ともとれる言葉。
自分が長を務める組織を無くす、と言っているのだ。信じられないという方が自然というものだろう。
だが、ゼオンから感じる空気や視線は、まっすぐであり、嘘偽りがないように思えるのだった。
「……元々、私には誰かを導いていく器などなかった。それは随分と前から理解していたのに、今の今まで解散しなかったのは、私なんかを慕い、認めてくれる人達がいたからでした。しかし、その人達も騎士団の在り方に異議を唱え、一人、また一人と消えていった……そして、少し前、ゴリョーという者が出て行った時に、踏ん切りがついたのです。もうこの騎士団は無くなるべきなのだ、と」
ゼオン自身も、騎士団を無くしたくはなかった。
本当なら、内側から変えていくようにすればよかった。だが、それも自分の力不足で、どうにもできなくなり、今に至る、というわけだ。
「今日まで解散させなかったのは、色々と手続きがあったためですが、それも今朝まで。サシュト伯爵のおかげで、手はずは整っていました。本当なら、今日の時点で陛下に解散を願い出るつもりでしたが……」
「怪物退治の下知がくだされたため、言い出せなくなった、と」
エレナの言葉に、ゼオンは頷き、言葉を続ける。
「この任務が終われば、陛下に任務完了のご報告と共に、解散を願い出ることも叶うでしょう」
「それを、皇帝は承諾すると思うのか?」
「ええ。世間ではお気に入りだの何だの言われてますが、今のあの方に我々は不要ですから」
言葉と共に、悲しい表情を浮かべた。
自分が守ってきた人は、既に自分達を必要としていない……そんな言葉を、彼は淡々と口にしたのだ。
「……他の連中が、納得すると思うか?」
「納得せざるを得ない状況にします。連中も、陛下直々の命令ならば、聞かざるを得ません。もしもの場合は、全員、近衛隊に逮捕してもらう手はずになっています……その場合は、上官である私も責任を負って、処罰を受けるつもりです」
「副団長はどうするつもりだ? あの男が、そう簡単に引き下がるとは思えんが」
「説得します、命を懸けてでも。……そもそも、あれがあんな風になってしまったのは、自分のせいですから。私が淡い希望を見せてしまったから、あいつはあんな風に壊れてしまった。ならば、それを止めるのが、私の役目だと思ってします」
だから。
「どうか、最後の務めを果たすためにも、協力していただきたい」
頭を深々と下げ、ゼオンは言う。
そして思う。
ゲオルにとって、騎士団のことや街のこと、そしてゼオン達のことなど、正直関係がない事柄だ。むしろ、迷惑をかけられた身としては、力を貸してやりたいとはとても思えなかった。それはエレナやヘルも同じだろう。
いくら真摯に願ったところで、目の前の男が信用できるかどうかなど、分かるものではない。今の話も本当に全てが事実なのか、証拠などどこにもないのだから。もしかすれば、全てが虚言で、ゲオル達を討伐の折りに殺す手はずを整えているのかもしれない。
しかし、だ。今回の相手は、『六体の怪物』の一体。しかも空中に浮かんでいる存在だ。流石のゲオルも一人でどうにかなる……かもしれないが、しかし人手は多いに越したことはない。だとするのなら、騎士団の連中を使う、と考えればいいかもしれない。それに、もしも連中が襲いかかってきたとしても、その時はその時。返り討ちにすればいいだけの話。
だから。
「―――いいだろう。貴様の提案、呑んでやる」
ゲオルがその言葉を口にしたのは、ゼオンの真摯な言葉、そして長として責任を取ろうとする姿勢に、僅かに心打たれたとか、そういうことは、断じてなかった。




