表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/148

十三話 夜の客②

 夜。

 食堂での食事を済ませた後、ゲオルは「どこにもない店」にやってきていた。

 本来、特的の時間帯でしかこの場所にはこれない。ゲオルの場合は新月の時だけだ。しかし、「店」から呼び出しがあった場合は、例外として「店」の中に入ることができる。

 呼び出しがかかった、ということの意味をゲオルは理解していた。

 しているのだが……どうにもその表情は怪訝なものになっていた。


「なーにをそんなにしかめっ面を晒しておる」

「……ワレが頼んだものは、一日で用意できる量とは思えんのだが」


 この店の扱っている品物、そして店主のウムルの能力を疑っているわけではない。

 だが、それにしても早すぎる。現に以前彼女の口からも二、三日後と言われていた。つまり、それだけの時間はかかるはずだったのだ。

 それがたった一日で呼び出された。ということはつまり、何かしらのトラブルがあったと考えられる。

 ゲオルの表情を見て、ウムルは彼が何を思っているのか、理解した。


「なるほど。そういう心配か。まぁ待て。その前に、ワシの話を聞け」


 と、ウムルはゲオルから渡された瓶を取り出した。


「まず一つ聞くがの……ヌシが調達しようとした品物、あれは魔物退治のものじゃないかの?」

「……何故そう思った」

「何故も何も、これは魔物の毛じゃからの。そう思うのは当然じゃろうて」


 獣の毛、というのは分かっていたが、しかし魔物とは分かっていなかった。

 とはいえ、それは些細なこと……と言いたいところなのだが、そうもいかない。

 あの黒い毛が魔物のものというのは予想できた。が、しかしそれが一体、どんな魔物なのか、あの怪物と何の関係があるのか。そこが重要となってくる。もしかすれば、そこから何か、弱点やらヒントが見つかる可能性もあるのだから。


「この毛から魔力を感じるから間違いない。しかも、残滓の魔力の質からして、そうとうなものじゃ……そして、あの紙に書かれていた材料。ここから推察するに、ヌシが大型の魔物を倒そうとしているのは明白じゃ」


 確かに、その通りだ。しかし、それは半分しか当たっていない。

 何故なら、ゲオルが倒そうとしているのは、あくまで『六体の怪物』の一体・黒のシャーフ。つまり、あの暗雲だ。この毛の持ち主である魔物ではない。

 その関係を知りたいがために、ゲオルはウムルに調べてもらったのだが。


「にしても、ヌシもまた妙な魔物を狙っているものじゃ。雷を帯びた羊とは、珍しい奴もいたものよのう」

「……………………は?」


 思わず、そんな言葉が漏れてしまう。

 あまりにも突拍子もない、予想外な言葉にゲオルは眉を顰めるしかなかった。


「どういうことだ? 雷を帯びた、羊だと?」

「ん? 違うのか? これは羊の毛、その先端じゃ。実際は比べ物にならんくらい長い毛なんじゃろうがな。加えて、毛に含まれいた魔力は雷の属性じゃった。つまり、これは雷の特性を持つ羊じゃ……と思ったんだが……ああそうじゃ。この羊、浮いておりはせんかったか? この毛のもう一つの特性として、浮遊の属性もあったんじゃ。これが大量にあれば、巨大な身体でも宙に浮かんでいると思うのじゃが……」


 言われて、ゲオルは目を丸くさせる。

 ウムルの言葉は、ゲオルが思い描いたものからかけ離れていた。そんなはずはない。そんな馬鹿なことがあるか……そう思いたかったが、しかし、一方でどこか納得しそうな自分がいた。

 黒のシャーフに襲われていた時、雨が一切降っていなかった。あれを暗雲と考えるのなら、それはおかしい。雲ならば、雨くらいは降るはずだ。

 加えて、あの時他に魔物の気配はなかった。だというのに、何故馬車には大量の毛が降っていたのか。

 さらに、黒のシャーフは『六体の怪物』の一体。怪物、そう生き物のはずなのだ。それが災害ならば、まず生き物とは呼ばれないはず。

 それらから考えられる答えは。


「…………あれは、雲じゃなく、ただの巨大な黒羊だっていうのか……?」


 馬鹿馬鹿しい話……しかし、それならば納得がいく。

 あれがただの巨大な黒羊であるとするなら、雨が降らず、雷しか落とさない理由も分かる。そもそも、雲ではないのだから、雨を降らす機能などないのだ。そして、恐らく雷を落とす衝撃か何かで、体毛が落ちて、それが馬車に降りかかったのだろう。

 しかし手足のようなものはなかった。そういう言葉が出てきそうだが、雲と間違う程の体毛だ。手足など、見えないくらいに飲み込んだ状態になっていると考えるのが自然だ。

 それにしても、羊と雲を間違えるとは。

 ゲオルは自分の目利きの無さに、呆れ果てていた。

 だが、収穫があったのは、事実だ。

 相手が雲ではなく、羊であり、生物というのなら、あとは簡単である。


「……ヌシ、今自分の拳でどうにかできる、とか考えてはおらぬか?」

「無論、そうだが?」

「阿呆」


 しかし、ゲオルの考えはウムルには筒抜けだったらしく、そして一刀両断された。


「よく考えよ。ワシはその魔物を見てはおらぬが、ヌシはその羊を雲と見間違えた。それは合っとるな?」

「ああ、そうだ」

「だとするのなら、それだけ体毛が身体の周りに生えているということじゃ。恐らく、とんでもない量で、分厚い。そして、その体毛全てに雷が纏っている。これが、どういう意味か、分かるな?」


 雷を守った分厚い体毛。それは一種の魔術の壁だ。

 ゲオルの本気の一擊は大地を割る。だから、分厚い体毛そのものは、何ら問題ではない。しかし、問題はそこではない。

 考えてみて欲しい。もしも、目の前に毛が大量にある羊がいたとしよう。それを指一本でつつこうとするにはどうなるか。無論、指は毛の中に入る。

 つまり、空中に浮かんでいる羊を殴る蹴るするということは、直接体毛の中に突っ込まなければならない。しかし、それは雷雲の中に飛び込むのと同じこと。

 いくら耐久力があるゲオルの身体でも、雷地獄を浴び続けて平気だとは限らない。


「ヌシが強いのは理解しておる。じゃが、だとしても今の状態で特攻をしかけるのは、あまりに無謀じゃ……とは言っても、ヌシのことじゃから、どうせ最後には拳だ何だということになるのは目に見えとる。だからまぁ……」


 言いながら、ウムルは机の下に置いてあったものを取り出す。

 それは、服だった。

 黒く、少し光が反射しているようなもの。それだけで、その服が普通の代物ではないと分かる。


「こういうのを作ってみた。これは防雷服じゃ。雷が直撃しようと、無効にできる代物じゃ。これを着ていれば、少なくとも雷を喰らって一擊で死ぬことはないじゃろうな……とはいえ、ダメージを完全に遮断するものではない。故に、連続的に喰らえば、この服自体が壊れるがの」

「つまり、結局は特攻をしかけても、やられる可能性がある、と……」

「なんじゃ、その使えないな的な視線はっ! 大体のうぉ、魔力を全く使わず、魔道具を使おうとするのがそもそもの間違いじゃろうがっ。魔道具は魔力を素にして扱うもの。ヌシは、その魔力を全く利用しない状態で使おうとしておるのじゃ。改造して使おうと思えば、限界があるのは当然じゃろうがっ」


 そう。ウムルの言い分は尤もだった。

 いくら、魔術が進化し、魔道具も改良されていっているとはいえ、その根本は変わらない。魔道具は本来、魔力を用いて使用するもの。無論、魔力を用いなくても使えるものもある。以前ゲオルが使用した『爆石』がその一つであり、今回の防雷服もそうだ。

 とはいえ、それでも限度はある。魔力が使えるか使えないか、その差は大きい。言うならば、炎を薪の量が圧倒的に違う。威力を数値化して表すのなら、魔力がいらない魔道具を一とすれば、魔力を必要とする魔道具は十、といったところか。

 ゲオルの場合、それをさらに改造し、出力を向上させてはいるものの、やはり魔力を使う魔道具に劣ってしまうのは事実だ。


「逆に言えば、魔力が使えれば、魔道具など使わずともヌシなら倒せるのだろうが、今のヌシにはそれは不可能。故に、あんな物騒なモノを用意しろ、なんてこと言ったのじゃろうが……まだ、同じものを注文するのか?」

「……いや」


 言いながら、ゲオルは首を横に振る。

 ゲオルは初め、相手が暗雲そのものだと思い、気象そのものに影響を及ぼす程の魔道具を作ろうとしていた。しかし、それには莫大な時間と労力がかかり、さらには発動させる場所や時間をも考えなければならない代物だった。成功する確率も、よくて三割、といったもの。

 しかし、それが、羊、つまり生物ならば、もっと別の方法がある。

 ここに来て、ようやくウムルがゲオルを呼び出した理由が分かった。

 彼女は、ゲオルの相手が羊の魔物だと分かり、それにしては用意した代物が異様だと思って、確認のために呼び出したのだ。そして、その判断は正しかった。


「……別のものを、今らか注文しても構わんか?」

「無論じゃ。そうなると思って、呼び出したのじゃからの。ただし、納期については、少し待ってもらうことになるが、よいかの」

「大丈夫だ」


 先程、ウムルが言っていたように、防雷服を来たところで、黒のシャーフに特攻を仕掛けるのは、流石のゲオルでもまずい。

 が、相手が羊の魔物と分かれば、それ相応の魔道具を使用すればいいだけの話。

 別段、魔力を伴う魔道具よりも劣っていようが、使い方と改造次第ではどうとでもなる。

 そう思い、ゲオルは新たに頼む品物を紙に書こうとした時、ふとその手が止まった。


「…………ウムル。一つ、別件で頼みがある。道具の調達、というわけではないのだが……」

「? 珍しいのう、ヌシから品物の調達以外で頼みごとをされるとは。何じゃ言うてみ」

「ああ、実はな―――」


 *


 店から帰ってくると、エレナがベッドの上で座った状態で待っていた。


「あっ。おかえりなさい」


 こちらに気づいた彼女は、そんな言葉をゲオルにかけた。

 一方のゲオルはということ、どこか難しそうな顔をしながら、呟く。


「……どうして、その女がここにいる?」


 その女、というのはエレナの隣に座って、こちらに顔を向けているであろう、ヘルのことだった。


「えっと、ゲオルさんが出て行った後に部屋にいらっしゃったんです」

「お邪魔しておりますわ」


 小首を少し傾け、挨拶をしてくるヘル。


「少し、暇をしていましたので、エレナさんにお話の相手をしてもらっていたんですの」

「こんな夜遅くにか? ふん、不謹慎というか、無用心というか……」


 というより、常識知らずにも程があるだろう……。そう言いたいところは山々だが、そもそも常識外れなことばかりやっているゲオルが言えた義理ではないと思い、言葉を飲み込んだ。

 そうだ。この女も大概、普通とはかけ離れたところにいる奴なのだ。街を守る騎士団に殴り込みをかけるなど、その最たるもの。

 そのヘルを部屋に入れたエレナは、どこか申し訳なさそうな顔をしながら、口を開く。


「あの……すみません。勝手な事をして……でも、ヘルさんを責めないでください。私もヘルさんと話がしたいなって思ってしまって……」

「……阿呆。別に責めるつもりはないわ。貴様が気にすることではない」


 ゲオルとエレナの旅は危険なものだ。しかも、今は剣狼騎士団に目をつけられている状態。殺しはしない、とは言っていたが、しかしだからといって、手を出してこないとは限らない。そんな状態で気を抜くな……と言うべきなのだろうが、エレナはまだ少女。年頃の娘なら、同じ女と話をしてみたい、と思うことくらいある。それを制限するつもりは、ゲオルにはない。

 ……いいや、そんな資格はない、と言うべきか。

 ゲオルは扉の方へと身体の向きを変えた。


「あら? またどちらへ?」

「少し、外の空気を吸ってくるだけだ。女同士の会話を聞く趣味はない。貴様は気が済むまで、小娘と愚痴でも言い合っていろ」


 そんな言葉を吐き捨てるものの、ヘルがふふっ、と微笑を零したのが聞こえた。


「ゲオルさんは、やはりお優しいのですね」

「……意味が分からんことを言うな」


 言いながら、ドアノブに手をかけ、そして開く。

 だが、ゲオルは部屋から出ていこうとしなかった。

 いや、正確に言うのなら、出て行くことができなかった。

 何故なら。


「―――貴様は」


 ドアを開けた部屋の前。そこに、一人の男がまるで出てくるのを待ち構えていたかのように、佇んでいたせいだった。

 ゲオルはその男を知っていた。ゲオルだけではない、ヘルもその人物を見て「貴方は……」と思わずそんな言葉を口にしていた。

 そう。ゲオル達の部屋の前にいたのは。


「夜分遅くに失礼する……少し、話を聞いてもらえないだろうか」


 剣狼騎士団団長、ゼオンその人だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ