十二話 夜の客①
「本っっっ当に、すみませんでしたっ!!」
宿『オーミー』の食堂で、御者ことマーク・スレンザーは深々と頭を下げていた
今回の事件、そして前回の件のことも踏まえて、彼からお礼と謝罪がしたいとのことで、ゲオルとエレナ、そしてヘルの三人はマークにご馳走してもらっていた。
ここに来るまで、彼は何度もその言葉を口にしていた。
その姿にちょっとした既視感を覚えながら、ゲオルは言い放つ。
「もう言うな。その台詞は耳にタコだ」
「いえっ。大事なお客様に助けてもらったばかりか、ご迷惑をかけるなど、御者失格です。本当に申し訳ありませんっ!!」
「気にしないでくださいまし。マークさんこそ、今回は被害者だったのですから」
「そうですよ。マークさんはただ巻き込まれただけなんです。責任を負う必要はないと思います」
今回、ゲオル達が剣狼騎士団に目を付けられたのは、マークと一緒に帝都に入ったから、という理由だ。しかし、それは剣狼騎士団の一方的な理由。ゲオルも分かる。あの副団長達の会話から察するに、マークを反乱分子にしたてあげようとしていたのは、明らか。もしかすれば、彼らの意思ではないかもしれないが、それでもやっていることは同じ。
マークから話を聞くに、どうやら彼を反乱分子にすることで、友人であるサシュト伯爵も反乱分子にし、陥れようとしていた、ということだ。
「サシュト伯爵はお若い年齢ながら、家督を継ぎ、実力や思慮のある方です。その才能は皇帝陛下にも認められている程です。周りの臣下の方々との交流も深く、評価も高い。けれど、一方で気に食わない方もいるようで、今回はその中の誰かが、伯爵様を陥れようと画策したのでは、ということになっています」
「なる程。その伯爵が狙われた理由は分かった。だが、分からないことが一つある。何故、そんな伯爵と貴様が友人という関係になっているのだ?」
こういっては何だが、マークはただの御者。それも駆け出しだ。そんな人間が、皇帝に認められている伯爵と友人になるなど、本来なら有り得ない話。
「それは、ですね……」
「その坊やと、伯爵は幼馴染なんだよ」
ふと第三者の声が耳に入る。
そこにいたのは、栗色の賞初の女だった。年齢は大体三十前半、といったところか。薬指に指輪をつけているその女こそが、この宿『オーミー』の女主人、エマだった。
「エマさんっ!?」
「そんなに驚くことじゃないだろ、マーク。私はここの女主人だよ? いて当然だろうに。それにしても、良かったね、マーク。伯爵様のおかげで、あの連中から解放されて。持つべきものは友ってのは、こういう時の言葉なんだろうさ」
「え、エマさん、そのことはあまり大声で言わなくでくださいよ……!!」
「いいじゃないかい。ここらの人間は皆知っていることさ。実はね、お客さん。サシュト伯爵は子供の頃、身分を偽ってここらで遊んでたんだ。その相手が、このマークなんだよ。で、それからこいつと伯爵は親友同士ってわけ。今でも付き合いはあって、伯爵と許嫁の手紙のやりとりの仲介してるのも、こいつなのさ」
「そうだったんですか……」
「え、ええ。恐縮なことですが。自分のような人間が、伯爵様の友人だ、なんて言うのは、おこがましい限りですけど……」
「何を今更。そういや、伯爵様はどうしたんだい? 今日は一緒に来るって聞いてたけど」
「伯爵様が、ここにいらっしゃるのですか?」
ヘルの言葉はご尤も。自分達は初耳だった。
というか、街でも三本指に入る宿とはいえ、貴族の人間がそんな場所にやってくること自体、異様であることは流石のゲオルもにも分かる。
「そうなる予定だったんですけど、急に会議が開かれることになったとのことで……本当なら皆さんに会って、ご迷惑をかけたことを謝罪したかったと仰っていました。代わりに、ここの代金は自分が支払うから、遠慮しなくていい、と仰っていました」
「そうかい。なら、遠慮することはないね。そら、どんどん料理を持ってきておくれ!」
エマが言うと、近くにいた男の使用人が一礼し、そのまま奥へ行った。
「……随分とご機嫌だな。こちらはさっさと出て行け、と言われるかと思っていたのだが……」
「出て行けだなんて、そんなこというわけないだろう? うちの坊やが世話になったんだ。いや、この場合迷惑かけたってのが正しいか? まぁどっちでも構いやしないさ。それに、あの連中に一泡吹かせてくれたってのが、私は嬉しくてね」
「それは、どういう意味ですか? 剣狼騎士団は、この街を守ってるんじゃ……」
だから、その騎士団に盾突いた自分達は、出ていけと言われる……そう思っていたのは、エレナもだった。
しかし、蓋を開けてみれば、この厚遇。
予想外にも程があるというものだ。
そして、これまた意外なことに、エレナの言葉に、エマは苦笑しながら首を横に振った。
「あいつらがこの街を守ってる? 冗談じゃないよ。あんな暴力集団、誰も当てにしちゃいないよ。あいつらがどういう連中なのか、あんた達も身に染みて分かったろ? 自分達の都合の悪いことは、全部力でねじ伏せる。こっちの言い分なんて、聞きゃしない。おかげでここらの店はとんだ迷惑を被ってきたもんさ。うちも何人客を斬られたことか……中には、無実だった奴もいりゃ、巻き込まれて死んだ奴もいる。だっていうのに、あいつらは、自分達は何も悪いことなどしちゃいないって面で街頭を歩いてやがる。全く、腹が立つったらありゃしない」
その言葉に、マークはおろか、近くで飯を食べていた者達も頷いていた。どうやら、剣狼騎士団が異常な状態であることは、この街の周知の事実だったらしい。
「まぁ、団長さんは、話が分かる人なんだが、下の連中がひどくてね。特に副団長のリストン。あいつは手に負えない。まるで狂犬そのものさ。自分達に盾突く連中は問答無用で切り捨てる。内外問わず、ね」
「内外問わず、とはどういうことでしょうか?」
「実は剣狼騎士団内では、何度も反発行為があってね。昔、騎士団を内側から良くしようとした人がいたのさ。その人は、皇帝陛下に騎士団の内情を伝え、変えてもらおうとした。実際、一時的には良くなったように見えた……が、それは反乱行為だってことで、リストンは反乱に加わった中で、一番地位がない人間を処分……ぶっちゃけ言うと、処刑したのさ」
「そんな……!!」
「ひどいですわね……」
「当時、皆そう思った。けど、剣狼騎士団にはちょっとした決まりがあってね。騎士道に背いた者は処分するってもんさ……上に盾突いたことは、騎士として背いている。だから、処分したって話さ。おかげで、反乱を仕切っていた人は責任を感じて、自分も自殺した……ってことになってるが、実際のところは誰もしらない。殺されたって言う奴もいる……全く、聞いて呆れるよ。本当に騎士道を踏み外しているのは、一体どっちだってんだ」
はぁ、と大きなため息を吐くと、エマは続けて言う。
「昔はね、もっと話の通じる人がたくさんいたのさ。だが、その人達も騎士団を抜けたり、処罰されたりして、いなくなってった。ついこの前もそうさ。ゴリョーっていう隊長さんがいてね。馬鹿だけど、陽気で義理堅くて、私達の話もよく聞いてくれてたのさ。だけど、リストンのやり方にとうとう堪忍袋の緒が切れて、出て行っちまった。皆、あの時は残念がってたねぇ」
その名前に、ゲオルはあの盗賊を思い出した。そして、それは、エレナもヘルも同じだったらしい。
どうやら、あの男のバカ正直な義理堅さは、街の人々に伝わっていたらしい。
だが、その一方でゲオルはふと思うことがあった。
「……何故、そんな男の所業を、あの団長は見過ごしているのだ?」
「理由はいくつかあるよ。まぁ大きな理由としては、団長と副団長は幼馴染なのさ。横暴なリストンだが、その横暴さも、団長、ひいては剣狼騎士団を大きくするため、なんだろう。自分達が舐められないようにするために、徹底して鬼になる……そういう理屈だろうさ。自分のためにやってくれている……それを団長さんも分かっているから、切り捨てられないんだろう」
その言葉に、ゲオルは考える。
確かに、心を鬼にして、という言葉があるように、自らを嫌われ者にしてでも目的を達成させる者は多くいる。そういう連中を、ゲオルは何人も見てきた。
が、リストンは違うと、断言できる。あれは、自分が行っていることが、団長のためになっていると思っているのかもしれない。しかし、それがその団長を苦しめていると、理解していない。
つまり、見えてないのと同じだ。
「それと、今の団員は半分以上がリストンを尊敬して入団した連中ばかりなのさ。ああ見えて、ゴロツキには人気なんだよ。それを切り捨てれば、反乱どころの騒ぎじゃない。最悪、騎士団そのものが無くなってしまうかもしれない」
「だから、罷免しない、と。そういうわけか」
一応、理解はできる。確かにリストンの態度は横柄であり、狂犬のようなものだが、しかしだからこそ、それで成功を収めている事実が、ゴロツキ共が惹かれる所以。
要はリストンは、剣狼騎士団の象徴の一つなのだろう。団長のゼオンと副団長のリストン。この二つのどちらかが無くなってしまえば、騎士団は崩壊する。
それをわかっているから、ゼオンはリストンを切り捨てないのだ。
「幼馴染ってのは色々な形があるもんだ。一つは身分が違っても、お互いを助け合ってる。一つは同じ組織にいながら、相手を苦しめ、もう片方は切り捨てられずにいる……こうも違うとは、世の中ってのは、複雑にできてるもんだねぇ」
苦笑しながら、そんな言葉を零す女主人に、ここにいた全員が、同じこと思ったのだった。




