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十一話 剣狼到来⑤

 ゲオル達の後ろにいたのは、少し老けた、長身の男。その風格からは、ずっしりとした雰囲気が漂っている。そして、先程リストンを呼び捨てにしていたことで、この男の正体が何なのか、ゲオルは何となく、理解した。

 黒髪の大柄男は、答えないリストンに対し、もう一度同じ言葉を吐く。


「リストン。これは、どういうことかと聞いている」


 先ほどよりも少し低い声音の言葉に、リストンは眉をひそめ、やれやれと言わんばかりな口調で答えた。


「……見ての通りだ。反乱分子らしき怪しい連中を見つけた、だからしょっぴいた。それだけだ」

「その証拠はあるのか」

「これから見つける。いつものことだろ? 団長」


 その言葉に、ゲオルはやはり、と心の中で納得する。副団長と対等に言葉を交わしていることから、この男が剣狼騎士団の団長であることは察していたが、これではっきりとした。

 団長は二人を見ながら、呟いた。


「……それは、お前が昨日捕らえた御者に関係していることか?」

「ああ。そうだが?」

「だとしたら、すぐにその剣を下ろせ。その人達は無実だ」


 その言葉に、リストンはさらに顔を険しくさせた。


「何言ってんだ、団長。何で昨日の件が関わってたら、こいつらが無実になるんだ? あの御者がこの街に来てすぐに俺達は捕らえた。だが、書状は見つからなかった。だとしたら、こいつらに渡したとしか考えられない」

「その御者は、先程私が釈放した」


 団長の言葉はどうやらリストンには寝耳に水だったらしく、思わず、ヘルに向けていた剣が揺れ、空を斬った。


「どういうことだっ。何故釈放なんか……っ」

「そのままの意味だ。無実の者をいつまでも捕らえていることはできん。今朝方、サシュト伯爵から連絡があった。昨日、うちに来るはずだった知り合いの御者が行方がわからなくなっているのだが、知らないか、と。どうやら彼は、サシュト伯爵に書状を届けるはずだったらしい。内容は、伯爵の許嫁殿からの恋文だ。彼が持っていた書状とは、つまりそれのことだ」

「それがどうしたっ。奴が持っていた書状がその恋文以外にあるかもしれねぇだろっ! 大体、伯爵が嘘をついてるかもしれねぇだろうがっ」

「口を慎めっ。伯爵は陛下が信頼する家臣の一人。それを証拠もなく、愚弄するというのか。分をわきまえろっ」


 雷の如き怒声が、部屋を包み込む。

 圧倒的な言葉に、リストンは口を噤み、奥歯を噛み締めていた。


「これ以上、我が友人を証拠もなく捕らえ、挙句拷問するというのなら、陛下に直訴する、と。そこまで申し立ててきた。故にあの御者は無罪放免とした」

「馬鹿を言うなっ。そんな理由で、反乱分子をみすみす放置したっていうのかっ」

「これは決定事項だ。団長命令として聞き入れろ。そして、即刻、そのお二人も解放しろ。無論、丁重にな」


 団長の言葉に、リストンは怒りを抑えきれずにいた。

 苦虫を噛むような表情を浮かべ、二人に睨みを利かせる。しかし、それは既にただの負け犬の瞳。彼自身も理解していたのだ。今日、この時点では、自分はこの二人を斬るどころか、危害を加えることができない、と。つまり、自分が負けたことを自覚したのだ。

 しかし、それでも彼は剣をそのまま鞘に収めたのは、僅かばかりに残っていた剣士としての誇りがあったからか。

 息を吐き、怒りを落ち着かせながら、リストンは言う。


「……分かった。団長命令なら、仕方ねぇ。そら、さっさと―――」

「あら? 何を仰っているのでしょうか? 勝手に話を終わらせないでくださいまし」


 と。

 もう少しで丸く収まりそうだったものを、ヘルは自らぶち壊しにいった。


「何やら一件落着のように持って行っていますが、まさかこれで何もかもが終わったと、思っていませんわよね? 人を犯罪者扱いし、部下に襲わせたというのに、自分は何の誠意も見せない……それは、あんまりだとは思いませんこと? 団長さん」

「てめぇ、クソ女。調子に乗ってんじゃ……」

「やめろリストン」


 先程、鎮まりかかっていた怒りが爆発しようになったリストンを、団長は言葉で制する。

 そして、ヘルの方を向き直し、その強面な顔を下げた。


「お嬢さん。今回は部下が失礼を働き、申し訳なかった。心から、謝罪させてもらう」

「いいえ、構いませんわ。そんな言葉の上でなら、人は何とでも言えますもの。誠意を見せるのなら、目に見える確かなものでないと、意味がありませんわ。そう……例えば、片目を抉り取る、とか」


 謝罪の言葉を口にする団長に、ヘルはさらなる要求を告げた。それは、先程リストンやスロットに言い放っていた条件そのもの。

 団長は顔を上げ、ヘルに視線を向けながら、確認をする。


「つまり、私にけじめをつけろと」

「組織の長として、当然のことだと思いますけれど?」


 確かに、ヘルの言葉も間違ってはいない。

 部下が問題を起こせば、それは上司が責任を持つ。そして、今回、その上司というのは団長に当たる。その団長が責任を負う、というのは普通に考えれば、筋が通った話だ。

 だが、その責任の取らせ方が問題がある。片目を抉れ……彼女は確かにそう言った。

 ゲオルにも彼女の言い分は分かる。人を犯罪者扱いし、全く反省していないというのに、証拠がないと分かったから帰ってよし……これだけでも一擊を食らわせてやりたいという気持ちはある。だから、目玉を抉れ、というのがやりすぎだ、とは思わない。

 ただ単純に、そんなことをするはずがない、そう考えているだけだ。

 今までの部下達の行動や言動、そして態度。それらから分かるように、この剣狼騎士団は自分達が責任を取る、という気がない。ただ暴れて、違ったとしても別にどうでもいい。それで相手が迷惑を被ろうが、最悪死に至ったとしても、それがどうしたと言い張るだろう。

 そんな騎士団の長をしている男が、自分の身を犠牲にした責任の取り方などするわけがない。

 故に。


「分かりました。それで、貴女の気が晴れるというのなら」


 団長が自分の左目に手をかけ、抉ろうとした際は、リストンやスロットは勿論、ゲオルでさえ、目を見開くしかなかった。

 ただの芝居……そう思ったのは一瞬だけ。何故なら、団長の左目からは血が流れ始め、確実に指が奥へといっている。

 そして、あと少しで完全に使い物にならなくなるところで、リストンがすかさず、抉ろうとしている腕を手で止めた。


「何やってんだ、あんたはっ!!」

「……手を離せ、リストン。これはけじめだ。部下の不始末を団長が請け負う……何もおかしなことではない」

「そういう問題じゃねぇ!! あんたは剣狼騎士団の団長、顔なんだよっ!! それがこんな事で手打ちをしてんじゃねぇよ!! あんたの顔に傷なんてあった日にゃ、街の連中もまた舐めてかかってくるんだぞっ!! 今までの努力を無駄にする気か、あんたは!!」


 こんな事、とリストンは言った。

 人を犯罪者扱いし、それをさも当然の如く言い放ち、こちらのことなど考えていない……そんな考えが丸分かりな発言。

 目を抉る……普通に考えれば、確かにやりすぎなのだろう。しかし、そのやりすぎの行為を向こうはすでにしており、謝罪の言葉すらかけようとしなかった。

 そして、それを団長は理解していた。


「その程度で失墜する信用など、ないにも等しい……いや、そもそも、今の私達に信用などない。だからこそ、お前が言う『こんな事』でも真摯に対応するべきだ。誰もそれをしようとしないのなら、尚更私がする。当然のことだ」

「あんたって人は……!!」


 怒鳴りつけるリストンに、しかし団長は冷静な態度で言葉を返す。今も瞳から血が流れ、痛みがあるはずだというのに、彼は顔色一つ変えず、会話している。それだけ、彼は今、覚悟を決めているということだ。

 そして、それはヘルにも伝わったらしい。


「―‐―はぁ。もう結構ですわ。どうやら、団長さんの想いは、本物のようですし。それが確かめられただけ、良しとしましょう」

「このクソアマッ!!」


 剣の柄に手をかけるリストンを団長は右手で掴み、押さえ込んだ。

 離せっ、と言葉にはしないが、そんな想いを込めて睨むリストンに、団長は無言で首を横に振った。

 そして、もう一度、ヘルに対し、頭を下げる。


「ご理解、感謝する……そちらの方も、ご迷惑をかけてしまい、申し訳ない」

「……ふん。構わん。今後、こちらにちょっかいを出さないというのであれば、文句はない」

「無論です。無意味にこちらから、あなた方に手を加えるつもりはありません」

「と、貴様は言うが、どうやらそっちの男はそうではないようだが? まぁ、別段闇夜に襲われようが、こちらとしては、勝手に対処させてもらうが……」

「心配ありません。もしも、ご両人が死んだ際は、ウチが関わっていようといまいと、ウチの責任とする……そう、部下に言いつけておきます」


 つまり、リストン達が事故に見せかけて殺そうとしたり、別の誰かが殺したようにしたりなどをさせないために、そう言いつけておく、と。

 その言葉を信用できるか、と言われれば、半信半疑だった。

 しかし、団長とやらの態度と言葉は、これまでの剣狼達のものとは明らかに違う。

 それに何より、これ以上ここにいても、埓があかないのも事実だった。


「……そういうことなら、いいだろう。女、貴様もそれでいいか?」

「勿論ですわ。では、ここにも用がなくなったことですので、お暇させていただきましょう」


 言い終わると、ヘルとゲオルは団長の隣を横切り、そして部屋を出て行く。

 その後ろ姿をリストンは、仇を見るような視線を向けていた。

 今にも斬りかかりそうな、そんな男に対し、ヘルは後ろを振り返らないまま。


「―――そうそう。それから、副団長さんに一つだけ忠告を。あなたのそういう態度が、団長さんを苦しめていると、理解なさった方がよろしいかと」


 凛とした声と共に、そんな言葉を残していったのだった。

ここまで書いて気づいた。

これ、どちらかというと、剣狼が到来というより、ゲオルとヘルが襲撃してる。

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