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十話 剣狼到来④

 屯所に着いたゲオルとヘルはそのまま剣狼騎士団と全面対決……かと思いきや、そんなことにはならなかった。

 無害そうな門番に責任者を出せと言って、かなり待たされた。

 そして、中から大量の剣狼がやってきた……のだが、そのまま戦闘になることはなく、先程の門番がゲオル達に言う。


「すみません、団長は現在留守にしてまして……代わりに、副団長が面会すると言っていますが、どうします?」


 それはこちらを挑発しているもの……ではなく、本当にどうするのか、判断を仰いでいるものだった。他の連中はともかく、この門番は少なくともゲオル達の意思をちゃんと聞いているようだった。

 ゲオル達は団長がいるところを案内してもらったはずなのだが、どうやら行き違いがあったのかもしれない。

 しかし、副団長とはいえ、組織の上の者と話ができることには違いない。


「ワレはそれで構わん。貴様はどうする?」

「ええ……わたくしも、それで構いませんわ」

「分かりました……あと、案内をする前に、うちの仲間を中に運んでもいいですか? 屯所の前で縄で縛られているのはちょっと……」


 剣狼騎士団の信頼にかかわる……なる程、確かにそうだろう。こんな情けない姿を晒してしまっては、面子もなにもないのだから。

 正直なところ、その提案はある種厚顔な申し入れとも言える。そちらが先に手を出してきたというのに、面子を保とうとするのは、いかがなものなのか、と。

 しかし、ゲオルやヘルは、別段、彼らの面子を潰しに来たわけではない。ただ、殴り込み……という名の話し合いに来ただけ。その場が設けられるというのなら、問題なかった。

 ゲオルとヘルが了承すると、門番の後ろにいた剣狼達がゲオルの後ろにいる仲間達を次々に屯所内へと運んでいく。


「それじゃあ、副団長のところまで、案内しますね」


 と言って、中へ案内された。

 門をくぐり、庭園を抜け、屯所の屋敷内へと入ってく。その間、何人もの剣狼とすれ違った。ゴリョーがゴロツキの集まり、と揶揄していたが、それは真実だった。まるでこちらを敵視するかのような視線。いや、実際に敵視しているのだろう。何せ、仲間をボコボコにしたのだ。警戒しない方が無理というもの。

 彼らがここで襲ってこないのは、恐らく副団長と面会する、というのを理解しているからだろう。

 そして、長い長い廊下を歩いた先に、行き当たりの扉があった。


「こちらです。中で副団長達が待ってます」

「ご丁寧に、ありがとうございます」

「い、いえ……」


 どこか緊張したように答えるケリィ。それは、ゲオルやヘルに対してか、それとも中にいる副団長とやらに対してか、はたまはその両方か。

 大きく深呼吸した後、ケリィが扉を小さくノックすると「入れ」と中から男の声がした。


「失礼します。ケリィ・ハイラット、入ります」


 言うと、ケリィはそのまま扉を開いた。

 中は応接間ではなく、書斎らしき場所だった。整理された本棚、壁には剣や盾が飾られており、中央には机とソファがある。

 そして、その向こう。部屋の奥で座っている男が、この部屋の主なのだろう。

 長い藍色の髪を後ろで縛っているだけ。加えて目付きがつり上がっており、怒っている、という印象を受ける。が、顔立ちは整っており、恐らく女からの受けはいいのだろう、と勝手に予想してしまう。

 その隣には、笑みを浮かべた緑髪の少年がいた。そう、少年。年齢は十五、六……もっと高く見ても、せいぜいが十七といったところか。こちらは藍色の髪の男とは打って変わって、身長は低く、中性的な雰囲気を醸し出している。


「そいつらが?」

「はい。副団長と話がしたいと申している二人です」

「ふーん、そう。その二人がねぇ……」


 ジロジロとこちらを観察してくる少年。その態度に「やめろ」と窘めながら、ケリィに向かって言い放つ。


「そうか。ならいい。お前はもう下がれ」


 はっ、と返事をしながら、ケリィは部屋を出て行く。その際、ゲオルやヘルにも一礼していく姿は、どこか律儀さを感じさせた。

 そんなケリィが出て行ってから数拍。

 無言の空気を破ったのは、藍色の男だった。


「……どうやら、うちの連中が大層世話になったそうだな」


 言葉と同時に放たれたのは、射殺さんと言わんばかりの眼光だった。

 しかし、ゲオルもヘルも、まるで気にしていないかのように、平然な態度を保っていた。


「別に世話を焼くほどのことはしておりませんわ。ああ、自己紹介がまだでしたわね。わたくしは、ヘルと申します。こちらは……」

「ゲオルだ」


 本当なら、偽名であっても名前など名乗りたくはないが、話の流れを切らないためにも、ゲオルは己の名前を名乗った。


「そちらのお名前を聞かせてもらっても、よろしいでしょうか?」

「……剣狼騎士団、副団長。リストンだ」

「剣狼騎士団、一番隊隊長のスロットです」


 リストンは不機嫌に、スロットは表情を変えず、笑みを浮かべながら名乗りを上げる。

 そして、はぁ、と大きなため息を吐きながら、リストンは続けて言う。


「自分達が殴り込みをかけた上の名前すら知らないとは。どうやら、お前たちはとんでもなく、世間知らずのようだな」

「部下の躾もできていない愚か者よりはマシだと思うが?」


 リストンの言葉に、ゲオルは煽るように答えた。


「一応言っておくが、俺達は何も違法なことなどしていない。むしろ、お前たちの方が、立場がないと自覚しているか? 帝都の騎士を相手にするなど、それこそ馬鹿の所業だ」

「証拠も不十分。ただ、状況が怪しいというだけで、人を国家反逆罪で捕らえようとする……違法以外の何だというのだ?」

「証拠なら、これから見つける。それと、お前らは知らないことが二つあるらしいから、教えといてやる。この帝都ではな、怪しいだけで、もう犯罪なんだよ。そして、それを裁くのは俺達、剣狼騎士団。お前らは怪しい。そして、俺達はこの街を守る騎士団。だから捕らえる。理由なんて、そんなもんで十分だ」


 淡々と述べるリストン。その言い分は、かなり強引且つ滅茶苦茶だ。しかし、その顔に笑みはない。冗談で言っているわけではない。彼は本気でそれが正しいと思っているのだ。

 彼は別にこちらを陥れて楽しむような輩ではないのだろう。ただ、自分が正しいと思っていることをやっている。それだけだ。


「ワレらが素直に応じるとでも?」

「でなきゃ斬る。それだけだ」

「できる、と?」


 刹那、剣に手をかけたのは、スロットだった。

 笑みを浮かべ、目を細めた状態で、彼はいつでも剣を抜ける状態になっていた。ここは室内。剣を抜くのはバカの所業……と言いたいところだが、どうやらスロットは別らしい。

 彼から感じる殺気は、となりにいる男よりも鋭利なものだ。立っている姿勢や左手の微妙な構え、そして、こちらを見据える細い瞳。あれはどうみても獲物を狩る、獣のそれだ。

 強い……少なくとも、あの勇者よりは。無論、破滅の光や聖剣などの加護はないだろうが、しかしそれを踏まえても剣士としては、スロットの方が上なのは言うまでもない。

 再び訪れた沈黙……どちらかが、何かしらの仕草をしただけで、剣は抜かれ、拳が放たれる。

 そして、戦いが始まろうとしたその時。


「―――分かりました。なら、従いましょう」


 ヘルのその一言で、場の空気が一変した。


「……女。貴様、何のつもりだ」

「そんなに睨まないでくださいまし、ゲオルさん。何のつもりもなにも、わたくしは最初から誤解を解いてもらうために、ここに来たのだと仰ったはずです。そして、この方々は申しました。証拠は見つける、と……つまり、まだ見つかっていないということです。そして、そのまま見つけられなければ、わたくし達の疑惑も晴れる。そうでしょう?」

「……、」


 ヘルの言葉に、リストンは無言のままだった。


「調べるのなら、徹底的に調べてくださいまし。わたくしが泊まっている部屋でも、荷物の中でも、何でしたら、服だって脱いで、裸になっても構いませんわ。ただ―――」


 刹那、部屋の空気が再び変わる。

 唐突な寒波が、リストンとスロットへと向けられた。


「ただ、もしも見つけられなかった場合、そしてわたくし達が無実だと証明された時は――あなた方の身体の一部を貰いましょう」

「身体の一部、だと……?」

「そうです。まず、わたくし達を襲った方々は、小指を切ってもらいましょう。それから、上司であるあなた方には、自分達の見る目がなかったという証拠に、片目を抉ってもらいます。ああ、左か右かはそちらが選んでもらって構いませんわ」


 平然とした口調で、何ともえげつない提案を口にするヘル。

 ゲオルには分かる。今の彼女は、笑みを浮かべいると。そして今の発言は、彼女にとって全く異常なものではない。常に口にしているものなのだと。


「……馬鹿馬鹿しい。そんな提案を飲むとでも?」

「あら、いいではありませんか。別に首を切れだの、死ねだのとは申してりません。それとも、自信が無いのですか? 証拠を見つけると、先程豪語していたのに?」

「ふざけるな。立場を弁えろ。命令できるのは俺達だけだ。仮にもし、証拠が見つからなかったとしても、それはお前たちの無実を俺達が証明してやったということ。感謝されることはあっても、貴様らに何かをしてやる道理はない」


 それは、あまりにも暴論であり、身勝手な言い分だった。

 自分達が攻め立て、追い込んだ人間に対して、何の責任も負わないと断言した。逆に感謝しろだのと言っている始末。

 これが帝都を守る騎士団。

 これが人々を助ける剣士。

 これを滑稽と言わず、何と言うのか。

 ゲオルが言うのもなんだが、帝都に住む人々が、哀れに思えてくる。


「では、非を認めず、謝罪もせず、誠意も見せない、と。そうですか。よく分かりました―――剣狼という名前は、どうやら間違いで、駄犬、というのが本当の名前だと。間違えた名前で覚えてしまい、申し訳ありません」

「……何だと?」


 ヘルの言葉に、リストンは眉をひそめ、さらにきつい睨みを効かせる。スロットも、殺気がゲオルからヘルの方へと向かった。

 しかし、それを分かっているはずであろうヘルは言葉を止めない。


「信用を持たず、誠意も見せず、ただ力のみを行使し、相手を制する……そんなもの、そこら辺にいる子供にでもできることですわ。いいえ、子供そのものですね。自分のやったことに対して、責任を負わない……騎士団? 笑わせないでくださいまし。ただのごっこ遊びの人斬り集団ではございませんか」


 刹那、剣を抜いたのは、リストンだった。

 ゲオルは拳を構えようとするが、しかし、ヘルに制止される。

 間合いを詰めたリストンは、ヘルの目前で切っ先を止めた。


「―――調子に乗るなよ、女。こっちには面子ってもんがあんだよ。捕まえた奴が違ったくらいで、一々頭下げちまったら、こっちの面目丸つぶれんだよ」

「そして未だ理解していない。不備を認めず、誠意も見せない面目など、無いに等しいというのに」


 剣先を向けられても、ヘルは全く微動だにしなかった。一方のリストンの剣も全く動こうとしない。いや、動けない、といった方がいいか。

 この状況で動けば、やられる……そう感じているのだろう。

 そして、ヘルの言葉はまだ続く。


「しかし、それも仕方なのないことなのかもしれません。何せ、あなた方は無実のクラウディア・フロウレンス令嬢を蹴落として成り上がった身。そして、追放処分となった彼女を、毒殺した方々。元々、誇りだの何だの、持っているわけがありませんものね」


 その言葉に、今度こそリストン、そしてスロットは目を見開いた。

 ここに来て、表情にまで表れた明らかな動揺。

 彼らの顔は言っている。何故、それを知っているのか、と。


「てめぇ―――何を知っている?」

「さぁ? ご想像にお任せしますわ」


 ヘルの態度は一行に変わらない。

 しかし、リストンの剣は小刻みではあるが、震えていた。ヘルの言葉に、心が動かされている。その証拠に、口調も変わっていた。

 けれど、先程の一言でもはや衝突は避けられない。ヘルは彼らにとって何か都合の悪いことを知っている。それを公言した。ならば、消しにかかってくる。そういう連中なのは、ここまでの流れで理解していた。

 故に、だ。

 もしも、この場の雰囲気を変え、押さえられるとするのなら、それは、第三者の介入だろう。

 そして。


「―――これは、一体、どういうことだ」


 幸か不幸か、その第三者が彼らの前にやってきたのだった。

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