九話 剣狼到来③
「正直なところ、意外であった」
ゲオルは、両手で剣狼達の襟元を掴み、ズルズルと引きずりながら、そんな言葉を告げる。
「何がですの?」
同じく、両手で剣狼達の襟元を掴み、ズルズルと引きずりながら、ヘルは小首を傾げた。
「貴様が殴り込みを誘ってきたことだ」
「あら? ご迷惑でしたでしょうか。でしたら、申し訳ありません」
「別にそれは構わん。ワレ自身も剣狼騎士団に乗り込むつもりだったからな。貴様もそれを理解していたからこそ、誘ったのだろう」
あの部屋の惨状と剣狼達の状態。ヘルは、それらの状況からゲオルが自分と同じ様に反乱分子と思われたのだと理解したのだろう。そして、これまた自分と同じ様に、それを叩きのめした、と。
ゲオルとヘルが交わした会話はほんの少し。それだけでゲオルが喧嘩っぱやいと理解できるのは、無理がある……と言いたいところだが、自分は性格がわかり易い、というのは、ゲオルも理解している。認めたくはないが。
だから、ゲオルが意外だと思ったのは別の点。
「ワレが言っているのは、やり方そのものだ。盗賊を見逃す程の女が、まさか殴り込みをしに行くとは思えなかったのでな」
「ふふ。それは違いますわ。ゴリョーさんは特例中の特例、と言うべきでしょうね。わたくしも、自分に危害を加えようとする輩を見過ごす程、善人ではありません。特に、職務と言い張って、女の身体に触ろうとする輩は」
「あの盗賊たちの中にも、貴様の身体に触れようとしていた奴がいたように思えたが?」
「ええ、いましたわね。ただ、あそこまでいくと、返って清々しいと思えましたから。何やら、よくわからない情熱、というものを感じましたわ」
確かに、と心の中で同意する。
「それに、国家反逆罪という謂れもない罪を着させられたままでは、この街での行動に支障がでますわ。だから直接上の方と話をして、誤解を解いてもらおうかと」
「ふん。話し合いなどと。どの口が言うか」
「最初にちょっかいをかけてきたのはあちらの方ですわ。それに応じた……まぁ大人としては間違っているかもしれませんが、わたくし、大人の前に、女ですので」
ヴェールの奥で笑みを浮かべている……のだろう。とはいえ、その瞳が全く笑っていないのは、確認する必要はなさそうだ。
「それより、ゲオルさんこそ、本当によろしいので? わたくしが言うのもなんですが、剣狼と一戦やり合うことになれば、どの道ただでは済まないでしょう。最悪、この帝都そのものを敵に回すかもしれません」
「先程、誤解を解いてもらうと言っていた女の台詞とは思えんな」
「最悪、の場合ですわ。わたくしは一人なので、何とかなるでしょうが、あなたにはエレナさんもいますし……」
心配の言葉を述べるヘルに、ゲオルは弾き飛ばすかのように鼻を鳴らした。
「ふん。それぐらいの覚悟はワレもあの小娘もとっくにできている。それに、ここで逃げれば、自分が罪を認めたことになるからな。そんなもの、御免こうむる」
「そうですか。でも、彼女を置いてきて本当に良かったんです?」
「人質に取られるかもしれない……か? それを考えて、主人に面倒を頼んでいる。いくらか金も積んだ。が、あの主人もこの帝都で商売をしている身の上だ。いつまでも匿ってくれるとは限らん。だから……」
「人質にされる前に、さっさと終わらす……でしょうか」
「そういうことだ」
分かっているのなら、話は早い。
いや、彼女もそのつもりなのだというのは、既に理解していたことだった。
二人は今、街道を進んでいる。
そう、気絶して白目を剥いている剣狼騎士団の連中、その首根っこを掴んだ状態で、白昼堂々、街中を歩いていた。しかも、会話しながら。
その光景を、街の者達は信じられない、と言った風に見ていた。剣狼騎士団は、云わば帝都を守る騎士。それを、まるで気絶させて連行するかのような姿をしていれば、誰だって目を向ける。
そして、同時に危険を察知する。彼らと関われば、確実に厄介事に巻き込まれるはずだ、と。だから、こんなにも注目を浴びているというのに、彼らを止める者は誰もいない。逆に、皆、彼らに道を開けるかの如く、近寄ろうとはせず、離れていった。
それが普通。通常の判断。どう見ても、自分の身に火の粉が降りかかることに、常人は関わりを持とうとは思わない。
それでも、近づこうという者がいれば、それは余程のお節介者か、はたまた、関係者かのどちらか。
だとするのなら。
「貴様らっ! 何をやっている!!」
他の剣狼達がやってくるのは当然のことだった。
「ようやく、餌に食いついたな」
「意外に遅かったですわね。宿からここまで、それなりの距離を歩いたと思いましたのだけれど」
「それだけ、人員が少ない、ということなのだろう。全く、こんなことなら、こいつらの上がどこにいるのか、聞いてから叩きのめすべきたったな」
最初、ゲオルは剣狼騎士団の屯所へと向かっていた。しかし、剣狼の団長がそこにいるとは限らないし、話を聞くと、屯所はいくつかあるという。早めに済ましたい彼らからすれば、それを一つずつ回るよりも、誰かに聞いて居場所を探す方が楽だった。
そして、剣狼騎士団の団長のこと聞くには、やはり剣狼騎士団の者に聞くのが手っ取り早いと思った上での行動だった。
「それは仕方ないかと。突然のことでしたし、それに聞いたところで素直に答えてくれるとは思えませんわ」
「それもそうか。そういうわけで、おい貴様。剣狼騎士団の団長とやらにはどこに行けば会える? 少し、話があるのだが」
「貴様ら―――この状況で、よくもそんなふざけたことを抜かしおって!!」
こんな状況……確かに周りを十数人の剣士に囲まれながら言う台詞ではない。しかも、ゲオル達が持っているのは、彼らの仲間。しかも全員気絶している。その光景を見ただけでも、敵である、と認識してもおかしくはないし、いきり立つのも無理はない。
「怪しい奴らめっ。直ちに我々の仲間を解放し、縛につけ!!」
言いながら、全員が鞘から剣を抜き、そして構えた。同時に、様子を見ていた街の人々が悲鳴を上げながら、その場から走り去っていったり、店や家の中へと隠れていく。
「やはり、こうなりますか」
「当然の結果だ。貴様も分かっていただろうが」
最初、手を出してきたのは剣狼騎士団。故に報復するのは当然の権利。
だが、自分達を取り囲んでいる連中は、ただ仲間を取り戻そうとしているだけ。そして、街にいる怪しい者を取り押さえようとしているだけ。それは、職務を全うしているに過ぎない。それに手を対峙しようとしているのだ。本来ならば、ゲオル達が悪という見方をされてもおかしくはない。
けれども、ゲオル達は別に正義の味方をしているわけではない。自分達がやろうとしていることが、ほとんど犯罪じみたことであると理解もしている。
これはただの自己防衛。そして、我が儘だ。
故に。
「何をごちゃごちゃと……構わん、切り捨てろ――!!」
叫びと共に襲いかかてきた剣狼。
無数の刃が、上から、横から、真正面から向かってくる。
それを―――ゲオルとヘルはひとつ残らず、吹き飛ばした。
「な……に……?」
先程叫んでいた男は、目の前の光景に思わず、言葉を漏らす。
剣が吹き飛んでいった。
仲間が吹き飛んでいった。
そして、自分達が襲いかかった二人は、全くの無傷だった。
有り得ない……十数人の剣士が一斉に襲いかかって、切り傷一つ、血が一滴も流れていないなんて、そんなことがあるはずがない。
そんなことを考えていると、ふと男の声が聞こえた。
「もしかすれば……貴様らは、何も関係がないのかもしれない。ただ、職務を全うする剣士に過ぎないのかもしれない。いや、もっと言うのなら、仲間を助けようとする、善良な者なのかもしれない。だとするのなら、同情せざるを得ないが」
しかし、だ。
「―‐―貴様らは剣を抜いた。そして、それを向けてワレらに襲いかかってきた。人を殺す凶器を振りかざしたのだ。ならば……」
「それ相応の返しを受けることになっても、文句はありませんわよね?」
男はその場で、ただ拳を握った。
女は何もせず、そこに立っている。
それだけだというのに……剣狼達は二人に対し、恐怖を感じ取ってしまった。
そこまではいい。問題はそこからだった。
通常、生物は恐怖を感じれば、逃げるのが普通だ。それは、生物の本能のようなもの。
だが、彼らはある誤解をしてしまった。
恐怖を感じた。それは事実だ。だが、相手は素手で、自分達には武器がある……ならば、排除できるのではないだろうか、と。
人は恐怖を排除できるのなら、排除しようと考える。
そして、彼らは己が武器を持っているということで、勘違いを起こしてしまった。
「ぜ、全員……か、かかれぇえええええっ!!」
震えながらの言葉に、その場にいる全員が従い、各々の剣を振りかざしてきた。
あまりに愚か。あまりに稚拙。
その光景に、ゲオルはおろか、ヘルまですら大きなため息を吐く。
そして―‐―その後が、どうなったかは、語るまでもないだろう。
*
剣狼騎士団東側屯所。
帝都の東に建てられている屯所、その門番をしていたケリィは情けないため息を吐いていた。
「……はぁ」
彼は、剣狼になって、まだ間もなく、一年も経っていない。それ故に下っ端として扱われている。
それは別にいい。剣狼になった時に、どんな理不尽でも耐えてみせると心に決めたのだ。それは、剣狼で手柄を立て、成り上がるため。
しかし、その手柄を立てる場所に、彼はそもそも行けない立場だった。
ケリィは門番担当である。普通、剣狼の門番というのは交代制なのだが、ケリィは入隊してからずっとである。おかげで、現場に出ることはできず、手柄を立てることもできない。
「俺、そんなに使えないと思われてるのかなぁ」
剣狼の入隊試験で、彼は確かにあまりいい成績を残せなかった。何せ、試合であと一歩のところで負けたのだから。それでも彼が入隊できたのは、団長が目をかけてくれた、というのがある。
それもあってか、剣狼の中で彼はあまりいい扱いを受けていない。同僚からも「お情けで入った奴」などと揶揄されていた。
このままでは、本当に自分は門番のままで終わってしまう。
それでいいのだろうか。
「……いいや、悪い方に考えるな。門番だって、れっきとした仕事だ。それをきちんとこなせば、いつか皆も認めてくれるはずだ。そしたら、現場にだっていけるはず」
よしっ、と気合を入れながら、彼は自分の両頬を叩いた。
「さぁ仕事仕事。もしかすれば、怪しい奴がやってくるかもしれないんだから。って、怪しい奴がこんな真昼間から、しかも屯所の前にやってくるわけ、が……」
ない、と言い切ろうとしたケリィだが、そうもいかなくなった。
それもそのはず。何せ、今まさに、怪しい連中が、こちらに向かってやってきていたのだから。
相手は二人。妙な男……というより青年か。もう一人は喪服の女だ。
そんな二人組が、剣狼の仲間を縄で縛って、その先端を持ち、ずるずると引きずりながら、こちらへとやってきていた。
そして、ケリィの前へとやってくると。
「貴様が門番か? 悪いが、責任者を出してくれ。色々と話があるのでな」
その言葉に、ケリィは従う他なかった。
しかし、別段彼は職務を放棄したわけではない。
怪しい者がやってきた……それを報告するのもまた、立派な門番の仕事なのだから。




