十五話 最高で最強な剣③
話は数日前に遡る。
「―――話は分かりましたわ。確かに、その理屈で言うのなら、この中ではジグルさんがあの魔剣とは相性がいいのでしょう」
ジグルはゲオルの記憶から読み取った情報をまとめ、他の者達に伝えていた。
魔剣の戦い方や弱点。それらを合わせると、剣士であるジグルが一番ダインテイルと戦うに適していること。
「でもよ、相性がいいからって、それだけで勝てるほど、あの男は甘くねぇだろ。青年の実力不足ってわけじゃない。単純にあれの実力は、もう人が手に終える領分を超えてるんじゃねぇのかって話だ」
ロイドの言い分は尤もだった。
戦い方や弱点を把握しているとはいえ、それで勝てれば苦労はしない。何せ、あのゲオルでさえ、敗れたのだから。
しかし、それを重々承知しているジグルは迷うことなく断言する。
「その点についても考えてあります。さっきも言いましたけど、僕はゲオルさんの記憶から、あの魔剣の戦い方を見ました。そして、確信したことがあります」
確かにダインテイルの力は驚異であり、強大だ。危険度で言えば、あの勇者の聖剣よりも遥かに上。それを考慮すれば、やはり一対一の勝負など愚の骨頂と言える。
だが、見た目に騙されてはいけない。
強力な攻撃だけに囚われてはいけない。
……いや、もしかすれば、これは剣士であるジグルだからこそ、分かったことかもしれない。
「確信したこと? それは何ですか?」
エレナの疑問は、他の二人のと同じものだった。
その問いに、ジグルはゆっくりと答えた。
「ああ。それは―――」
*
遮二夢刃。
ダインテイルの奥の手であり、最強の姿。
通常の状態のダインテイルですら強固だというのに、それを限界まで引き上げている。
その一擊は、数キロ先の地面まで抉り、空にある雲ですら切り裂く。
無論、教会内でそんなものを振るえば、崩壊するのは自然の理であった。
「ふんっ―――」
既にダインテイルとジグルは教会の外、廃墟とした街を駆け回っていた。
屋根を、壁を、屋内を。
ありとあらゆる場所で、彼らは斬り合い、刃を交える。今の二人に、建物など、あってないようなものだ。邪魔なら叩き切るだけ。普通ならそんなこと有り得ないのだが、しかしダインテイルとジグルには容易なこと。
「はぁっ!!」
ダインテイルの一擊をジグルは受け止める。だが、あまりにも強力な一擊によって、彼は身体ごと吹っ飛ばされ、家の壁を何枚もぶち破っていく。
その様子を見て、ダインテイルは思う。
ああ、まただ、と。
手応えはある。自信もある。だが、今ので倒したという確信は持てない。
通常、ダインテイルの攻撃を受けた者は、その場で粉砕される。それを剣で受け止めるとなれば、当然剣ごと木っ端微塵になるもの。
しかし、ジグルはそうならない。
剣で受け止める際も、どこの部位をどのタイミングで受ければ最小限になるのか。どの程度の力を入れて剣で受け止めれば効果的か。それを瞬時に判断し、実行に移せている。
これがどれだけの所業であるかなど、素人にだって理解できるというもの。
現に、だ。
吹き飛ばされたジグルは、窓を突き破りながら、ダインテイルに距離を詰め、刃を放ってくる。
「ハハハッ!! そうでなくてはなぁ!!」
楽しそうに笑みを浮かべながら、ダインテイルはジグルの刃を受け止めた。
「流石、流石、流石っ!! ああ、いい。いいぞ。お前の剣は素晴らしいっ!! 俺の主に勝るとも劣らない、熟練された剣だっ!! 強いのではなく、どこまでも巧いっ!! その集中力と判断力、そして実行力。どれもこれも、達人の域を超えていると言えるだろう!!」
ダインテイルは、自分が大げさなことを言っているつもりはなく、ただ事実を述べていた。
言ったように、ジグルの剣は、強い剣ではなく、巧い剣だ。強力な一擊、必殺の一刀、などではなく、無数にある技。それを使い、相手の攻撃に対処していく。そして、防御一辺倒だけではなく、隙を見せれば容赦なく畳かけてくる大胆さも兼ね備えていた。
「某は、数百年、剣に打ち込んできた。だが、それでも限界があった。当然だ。某は、あくまで剣。どこまで行っても、剣士にはなれん。こうして剣術を真似ることはできても、追求し、探求し、進化させることはできなかった。できることといえば、他の剣を喰らい、身体をさらに強靭にすることくらいだけだ」
ダインテイルの剣は強い。それは事実だ。だが、そこにはところどころに粗さが伺える。たとえ、数キロ先まで地面を抉る斬撃でも、それがいつ、どこで、どんな風に使われるのか。それを把握してしまえば、回避するのはそう難しい話じゃない。
今まではそれを力押しで通してきたものの、剣の達人が相手になると、その剣筋は読みやすいものとなってしまう。それこそ、今のジグルのように。
はっきり言おう。単純な剣の技量では、ダインテイルはジグルに遠く及ばない。
彼がジグルと対等に戦えているのは、皮肉にも自らの剣としての能力ゆえだった。
「もう一度言う。お前の剣は素晴らしい。某は、お前のような剣士と戦えて光栄に思うぞ」
「それはこちらもです。けど……正直あんまり胸を張って、その言葉を受け取ることはできません。先程もいいましたけど、僕は色々なものを借りている状態ですから」
何度も言うようだが、今のジグルの身体は、ゲオルが作った人工体だ。当然、普通の人間の造りではなく、頑丈だ。それだけではない。身体能力も普通の人間とは比べ物にならない代物となっている。最初は慣れていないがため、動きがぎこちなかったが、それも今では問題なく、自分のものとしていた。
そして、もう一つはゲオルの記憶。これがなければ、ダインテイルの戦い方や弱点を知ることはできず、こうして拮抗しながら刃を交えることはできなかっただろう。
身体と記憶。それらは決して、ジグルが自分で掴んだものではなく、偶然に手に入れたもの。言ってしまえば、ズルでしかない。
「構わんっ!! たとえそれがお前自身が自らの意思で手に入れたものでなくとも、その力に誠意を示し、感謝し、尊敬して使用するのなら、それは全くもって問題ないっ!! むしろ、力を使うとは、そういう姿勢でなければならんのだ。たとえ己の願いに反したものであっても、たとえ偶々与えられたものであっても。それを使い、戦うのならば、覚悟を持たなくてはならん。それが力の行使というものなのだから」
それをジグルはできていると、ダインテイルは言い放つ。
二人の出会いはそこまで長いものではない。出会って間もないにもほどある。しかし、そんな短い間からでも、ダインテイルはジグルという青年がどういう人間なのか、ある程度は理解できていた。
真面目で、実直で、どこまでも律儀。けれど、確固たる芯があり、強い己の意思を持っている。好青年、とは正しく彼のような人間をいうのだろう。
「故に、こちらも相応の力を出さねばなぁ!!
会話をしつつ、攻防を繰り広げる二人。しかし、今の一言とともに、ダインテイルの攻撃は激しさをましていった。
一方、ジグルは対照的にどこまでも冷静に対処していく。いいや、この場合はそうせざるを得ない、と言うべきか。
身体と記憶のおかげで、ジグルはダインテイルと互角にやりあえている。だが、それはあくまでやりあえている、というだけであり、決してダインテイルを超えられているというわけではない。
確かに、ジグルは剣の技量ではダインテイルの上を行っている。故に、対処はできるのだ。だが、それはあくまで対応しているだけ。
結局のところ、ダインテイルの本気の一擊を真っ向から叩き返す力は、ジグルにはない。
圧倒的な力。熟練された技。
その二つがぶつかり合っているのが、今の状態だ。
しかし、ダメだ。このままでは、ダインテイルには勝てない。拮抗、互角、対等……どんな言葉を並べても、今の二人はともに同じ力で戦っているようなものに変わりはなかった。
だが、それでは意味がない。
ジグルは今日、ダインテイルに勝ちに来たのだ。ならば、このある種の膠着状態をどうにかしなければ、彼の勝利は有り得ない。
別に、圧倒的な力が必要というわけではないのだ。
一つの要因。何でもいい。ダインテイルを凌駕する何かがなければならない。
だが、生憎とジグルは既に全力を尽くしている。彼が人生で培ってきた剣術の全てを出し尽くしている最中だ。だというのに、未だダインテイルに傷を負わすことはできても、決定打を与えることはできずにいる。
認めなければならないだろう。
今のジグルの技術だけでは、ダインテイルを倒すことはできない、と。
そして同時に理解する。
自分が取るべき手段、残された方法は一つしかないと。
「カァァァツッ!!」
距離を一気に詰めてから、剣を振り下ろす。
単純な、けれども驚異的なまでの威力の一擊。まともに喰らえば、即死は免れない必殺のひと振り。
既に間合いはダインテイルのもの。故に、ジグルにはそれを回避する余裕はない。
……はずだった。
「―――っ!!」
刹那、無言の一撃が、ダインテイルの胴体に叩き込まれた。
「かっ、は……!!」
思わず、そんな言葉を漏らしながら、ダインテイルは後ろへと吹き飛ばされ、壁に激突した。胴体には確かに刃が当たっていたにも拘らず、彼の身体は真っ二つにはなっていない。
今のダインテイルは、先ほどよりもより強固な状態になっている。故に、ジグルの一擊でも攻撃が通りにくくなっている。そのおかげで、吹っ飛ばされただけに終わっていた。
しかし、だ。
その表情は驚愕で埋め尽くされていた。
「今、の、は……」
ダインテイルは、今、何が起こったのか、理解はできていた。
自分の一擊を刃で斜めで受け流し、途中で回転させ、勢いを殺したのだ。そして、がら空きになった胴体に一擊を叩きこんだ。その理屈は分かるし、納得している。
だが、問題なのは、今の技、そしてジグルの動きだ。
この技を、ダインテイルはよく知っている。
あの動きを、ダインテイルは見たことがある。
知らないはずがない。見たことないはずがない。何故なら、ダインテイルの記憶には、先程の技が、動きが、強烈なまでに残っているのだから。
しかし、だとしても、ジグルにそれができたのはおかしな話であり、不可能なはず。
「……まさか」
そんな言葉を口にするダインテイルの脳裏には、一つの可能性がよぎっていた。けれど、すぐさま否定の言葉が出てくる。そんなはずはない。たとえ、そうだとしても、可能なわけがない。
けれど、ダインテイルは実際に自分の目で見て、そして身体で体感している。
その事実によって、ダインテイルは認めざるを得なくなった。
しかし、それでも信じれない彼は、敢えて問いを投げかける。
「まさか、お前は……お前は、そこまで至ったというのか。そこまで……そこまでっ!!」
有り得ないと言わんばかりのダインテイルの言葉に、ジグルは静かに返す。
「……僕は、ゲオルさんの記憶を見ました。無論、全てではない。むしろ、あの人のことで、未だに知らないことは多いです」
それは恐らく、ゲオルが無意識下で自分の過去を見せないようにしているためだろう。結局、ジグルはゲオルと融合しかけ、記憶を垣間見たとはいっても、その全貌を知っているわけではないのだ。
「でも、逆にあの人が乗っ取った人達の記憶はほとんど見ることができました。中でも、僕は一人の剣士の記憶を鮮明に覚えています」
それは、ジグル自身が剣士であったから、というのが大きな要因なのだろう。
「僕の剣は我流です。多くの剣士から見よう見真似で自分のものにしたのが多かった。勿論、自分の使いやすいようにはします。けど、一番大変なのは、その剣を覚えることでした。何度も見て、感じて、戦って。ようやく自分のものにすることができる。けれど……逆に言ってしまえば、その剣を覚えているのなら、自分の剣にするのはそこまで不可能なことではなかった」
無論、そのためにもある程度の修練は必要不可欠だ。だが、幸運なことに、ここにくるまで、ジグルはヘルに付き合ってもらっていた。
それは、身体を自分のモノにするためだけではない。
自分の記憶にある剣を、己のものにするため。
そして、それはなんとか形にすることができた。
即ち。
「つまり―――今の僕は、『剣師』ザイリードの剣も使えるということです」
ジグルは思った。今の自分だけの力では、ダインテイルには勝てない。
ならば……自分以外の剣術を使う他ない。
それは『剣師』と呼ばれた男の最高の剣術。
彼の技量を自分の技量と組み合わせること。
それが、ジグルが見出した、ダインテイルを超えるための策だった。