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幼馴染はツッコミ待ち  作者: けいぞう
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「恐らく、ラグビーという競技の特性を利用したんでしょう」


 スマホのライトで行く先を照らしながら、玲は淡々と説明する。


「力を誇示する。相手を威嚇する。そして、逃げるものは追う。選手なら体に染み付いている習慣でしょうから、暗示で操るのも容易だったんだと思います」

「はぁ……」

「ただ、学校のガラスやドアを壊してまで追いかけるよう強いることはできなかった。そういうのは、子供の頃からの躾とかが強く働いて、心理的なブレーキがかかる行為ですからね」


 そこまで言って、はたと立ち止まる玲。


「?……どうしたんですか?」

「…………正和くん、涼子さん、ちょっとそこに並んで下さい」

「え?」


 真意を測りかねながら、玲の前に横並びに立つ。

 ライトを灯したままのスマホを一旦地面に置いて、玲は両手のひらを二人の眼前に差し出した。

 累が松田に暗示をかけたときと同じように、指でボールレースのような動きを再現してみせる。


「……はい、OKです」

「……?」


 何かの暗示をかけようとしたのは理解できたが、特に体に異変はない。


「一応、二人が累ちゃんの暗示に操られないようにするための予防措置をしておきました」

「そんなこと、可能なんですか?」

「累ちゃんの能力の強さ次第では、気休めにしかならないかもしれませんが……何もしないよりはマシになるはずです」


 正和達凡人には理解できない世界の話だが、今は縋れるものなら何でも有り難い。

 正和と涼子のお礼を聞くと、玲はスマホを拾って、また廊下を歩き始めた。


「……何より、暗示にかけられまいという心を強く持って下さい。確かな意志を持って拒むことができれば、基本的に暗示は効果を発揮できないはずです」

「分かりました」


 教室三つ分ほど進むと、やがて突き当たりにぶつかり、右側に廊下が続く。

 正面昇降口、空き教室の前を通り過ぎると、正和たちの一年三組の教室が見えてくる。


「……明かりが、ついてる?」


 先程外から見たときには校舎内はほとんど真っ暗闇だったはずだが、今は廊下に一年三組から一組まで、全てのドアの窓から光が漏れ出している。

 嫌な予感に顔を顰める二人を他所に、玲はスタスタと三組の教室へ近づいていく。


 教壇側の引き違い戸に近づき、戸板の窓から中を覗き込む。

 中から、くぐもった声が響いてきた。


「えー、いいかね。将来においてはクソの役にも立たんが、この公式は丸暗記しなさい。語呂合わせの覚え方とかは虫酸が走るので使わないこと。重ねて言っておくが、この問題と導き出す値にはゴミクズほどの意味もない。単純に決められたルールに則って物事を進められる部品になるための訓練だ。個性だとか性格だとかいうバリみたいなものは一秒でも早く削り落として使いやすい形になっておくこと」


 教壇の上でパイプ椅子に座りふんぞり返って説明をしているのは、数学の小山教諭だ。

 教育者的タブーにまみれた言にも関わらず、最前列に座る六人の生徒たちは真剣な顔で傾聴し、時折メモを取るためにペンを走らせたりしている。


「世の中は使い勝手の良い歯車を求めている。メンテナンスフリーで約四十年間、あわよくばそれ以上の時間、摩耗せず、文句も言わず、ただ淡々と回り続ける歯車だ。お前たちは将来、労力に見合わない最小限の報酬で自分自身を幸せだと錯覚し、自分たちの下にいる連中を眺めて心の慰めにしながら、自らの惨めさの中にしょうもない美学を見出して生きていくんだ。そうしてお前らが成し遂げる仕事は、九割九分誰の役にも立たない。それどころか認識すらされない。だというのにミスをすれば罰則はしっかりと用意されている。お前たちの進む未来とは、反吐が出るような理不尽にまみれて汚水を啜りながら進むクソまみれの道だ。今のうちから覚悟して、無駄な作業に対する耐性を作っておけ」


 あまりの内容に、涼子の顔が露骨に引きつる。


「……小山先生……何言ってるの……?」


 普段の温厚そうな笑顔はなく、死んだ魚の目でお経のように怨言を垂れ流す。

 それを聞いた生徒たちは、またしかつめらしく頷いてみせる。

 よく見れば生徒たちは、真面目な成績上位者ばかりだった。


「……とりあえず、こちらに危害は加えてこないようですね」


 冷静な声で言って、玲は先に進む。

 正和と涼子は見聞きしてしまったものが信じられないという顔で、おずおずと玲の後に続いた。


 二組の教室。

 同じように窓から中の様子を伺う。


 こちらでは保健体育の檜山教諭が壇上に立っていた。


「ショーツ型のブルマーを廃止されて久しい。思春期女子が着用に難色を示して反対運動を起こしたことが発端であるが、私はこれに対し声を大にして言いたい。あれは着用する女子のために設計されたものではない。思春期男子の行き場のない性欲を慰めるためにデザインされた、趣深きエロスのアイテムだ。異性に対する興味の薄い男子に開眼を促す役割もある。また、忘れてはいけないのは指導者の目の保養の責務だ。ストレスフルな教育の現場に咲く、癒やしの花だったのだ。我々からそれを奪い取った連中の罪は果てしなく重い」


 先程の小山教諭よりも露骨なタブーを連発しているにも関わらず、席に座る十人前後の生徒たちは前のめりになって聞き入っている。

 それもそのはず、生徒は全員が男だった。


「うわぁぁ……檜山きも……。やっぱりそういうこと考えてたんだ……。あいつ体育の授業中累のことガン見してたのよね……」


 またしても涼子の顔が歪む。

 正和は苦笑いを噛み殺して、玲に尋ねる。


「…………玲さん、これって、何だと思いますか?これも、累が暗示でやらせてることですかね?」

「目的は分からないけど、多分そうだと思います。普段抑圧されている本音をぶちまけさせるのは、とても簡単です。本当はみんな、思ったことを素直に口に出したいですから」

「檜山はともかく、小山先生のアレも本音なのか……。ちょっとショックだな……」


 続いて、一組の教室の前へ。

 屋上を目指す上で障害にならないのであれば無視して進んでも構わないのだが、正和も涼子も素通りは出来なかった。


 そこにいたのは、英語の種田教諭だった。

 この春からの新任教師で、見た目は清純そのもの、真面目でやる気に満ち溢れ、生徒の立場に理解を示すスタンスが男子たちに人気を博している。

 はずだったのだが。


「ってか、キホンウザいんだよねぇ、盛りの付いたサルみたいじゃん、コーコーセーのガキどもって」


 今度は正和の顔が痙攣した。

 信じられないことに、種田は教卓の上に足を組んで腰掛け、紫煙をくゆらせていた。


「この前なんかさ、校舎裏に呼び出して告ってきたバカがいたのよ?仕事んときは地味めのカッコとメイクしてっからさぁ、女に幻想抱いちゃってるオタクっぽいのが頼みもしねぇのによく釣れるんだわ。つーか、ワンチャンあるとでも思われてたらマジしつれーだよね。アタシのカレシ、イタリア人なんだけど。ドーテーが敵うと思ってんのかね?イカくせーから寄んなって言いたかったわ」


 教室内にクスクスと陰湿な笑いが巻き起こる。

 席に座っているのは、全員女生徒だった。


「アンタらも気をつけなよー?ガキのうちは色恋に免疫ねーからしょーもないのと付き合ったりするのもいいけど、ハタチ超えたら実益考えな。24までにいい物件みつけてツバつけとくといいわ。あ、この学校の男子とかマジないからね。女は若いだけで市場価値があるんだから、死んでも安売りはすんなよー?金持ちと結婚して他のイケメンと子供作ってからの離婚ってのも手だかんね。慰謝料と養育費でニートできるし。ま、アタシはガキとかウザすぎてギャクタイ死させそうだから死んでもイラネーけど」


 またしても教室内を満たす笑い声。

 今の内容を聞いて、笑える人間がいるということがあまりに衝撃的だった。

 涼子を見ると、前の二つの時よりも強烈な嫌悪の表情を浮かべていた。

 そのことに、正和は何故か少しだけ癒やされたような気がした。


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