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「あー……。じゃあ……。『おっとり癒し系、でも実はバツイチの美人保険医、白鳥先生。彼女の、ちょっと人には言えない趣味とは?』」
適当に、アドリブで考えたお題を読み上げる。
すぐさま、累がマーカーを走らせ、手を挙げた。
「はい、累」
ホワイトボードを裏返す累。
『リストカット』
「……趣味かそれ?……心病んじゃってる人に健康語ってほしくないなぁ」
なるほど、自信満々だっただけあって、確かにツッコミやすいボケを放り込んでくる。
一方、涼子はマーカーを中に浮かせたまま瞑目して固まっている。
その間に累はホワイトボードを消し、更に回答を書き込む。
「……はい、もっかい累」
ホワイトボードを裏返す累。
『リベンジポルノ』
「犯罪だよ!趣味だっつーの」
累の回答は続く。
『グロ画像収集』
「……そういうの見たくて保険医になったのかな?突き指くらいで保健室行ったら舌打ちされたりしてね」
『つまみ食い』
「詳細をぼかすなー想像膨らんじゃうだろー」
『自分よりブスを三人連れて合コン』
「はっきり言っちゃダメだろ……。相手の男達のためにも……」
『そこらへんのガードレールに花束を置く』
「うん、悪趣味。あと全体的に病んでる」
テンポよく回答を出してくる累に対して、涼子はまだ一文字も書けていない。
題材が良くなかったかと、正和は次のお題を出す。
「次。……『学校の七不思議。一つだけ、”別の意味で怖い”エピソードが紛れ込んでいる。その内容とは?』」
すかさず累が手を挙げる。
『たまに校庭にサッカーボールっぽくペイントされたボーリング玉が転がってる』
「……確かに別の意味で怖い。大怪我しそう」
続けて累が回答を重ねる。
『当直の用務員が夜中に女装する』
「……そのエピソードが生徒の間で語り継がれてるとしたら、その用務員って歳いくつなんだろな……」
畳み掛ける累。
『夜中だけ十三段になる階段が、ローションまみれ』
「段数の増減関係ない!でも確かに怖い!」
『四時四十四分に三階の女子トイレの一番奥の個室に行くと、ゴキブリがいる』
「怖い人は怖いだろうけど……前フリ関係なくない?」
『夜中の職員室に忍び込むと、留年する』
「それはもう不思議じゃねぇ。自業自得だ」
『応接室のお茶菓子が、まんじゅう』
「しょーもない!でも怖いって言いたくなる!」
やっと、涼子がおずおずと手を挙げた。
正和は祈るような思いで指名する。
『校長が重度のロリコン』
ホワイトボードの文字を目の当たりにして、正和が固まる。
「…………う……ん……。七不思議関係ない、かな」
なんとか絞り出したコメントは、ただの感想めいていた。
何とも言いようのない沈黙のあと、隣で累が小さくため息をついた。
「それが、面白いと思ったのね、涼子は」
傷口に塩を塗るような一言を突き刺す累。
涼子の顔が耳まで赤くなる。
「う……うるさいっ!まだまだっ、これからよ!」
がしがしとホワイトボードをかき消す涼子。
累が涼子を試す意味で出した課題は、いわゆる大喜利だった。
普段累と接していて麻痺していたが、普通の女生徒は矢継ぎ早にボケをひねり出すことなど出来ない。
だというのに、累が涼子の負けず嫌いのツボを巧みに刺激して、彼女を躍起にさせる。
「杉田!次のお題お願い!」
「お、おう……」
涼子が必死になっている理由が自分にあると知っているだけに、やめようとは言い出せなかった。
「えーっと……『こんな学級委員長は嫌だ!どんな委員長?』」
せめてものハンディのつもりで、内容を涼子の立場に寄せる。
しかし、先にペンを走らせるのはやはり累だった。
『ほぼ保健室登校』
「役立たねぇ……」
『口癖が「ズバリ」』
「きわどい回答すんなよ……」
『SNSで友達になると、「友達かも?」の欄に担任が出てくるようになる』
「うははは……。それはホントに嫌だわ!」
『趣味がリスカ』
「被せてくんな!」
累と四回回答の応酬を終えたところで、涼子が挙手した。
若干の心配を抑えながら、正和が涼子を指名する。
『「御用達」を自信満々にゴヨウタツって読む』
「……あーーー、そういうの地味に嫌だわ。指摘し辛い」
委員長という条件を今一活かせていないという面で、及第点とは言えない回答だった。
しかし、最初の回答よりはいくらか進歩していた。
微かに手応えがあったのか、すぐに回答を消して新しい回答を書き込み始める。
「はい!」
「ん、じゃあ、桑島」
『おばあちゃんの遺言で、多数決は絶対にしない』
「何も決まんなさそー。帰るの遅くなるわ……」
涼子の順応の早さに、正和は舌を巻く。
たった三問目の回答で、それらしい内容を叩き出してきた。
鬼気迫る表情で次の回答を捻り出そうとしている姿に、正和は助け舟を出さずにはいられなかった。
「……次。『累のプロフィール欄。それぞれの項目に対して回答して下さい。まずは、好きな食べ物』」
友人として、またライバルとして累を見ていた涼子には、答えやすい内容だと思えた。
逆に、自分自身に関するお題となると、累には少しトリッキーな問題になる。
涼子の回答。
『ちんすこう』
累の回答。
『マスカルポーネチーズクリーム』
「……やっぱりどっちもなんだか卑猥だな……。次、『好きな音楽』」
涼子の回答。
『モーツァルトの『俺の尻をなめろ』」
累の回答。
『ドビュッシーの『牧歌』」
「どっちもクラシックなのがちょっとおもしろいね……。次、『特技』」
涼子の回答。
『栗の皮むき』
累の回答。
『リップサービス』
「ダメだ、ただのエロっぽい言葉合戦になってきた」
累と同じレベルの回答を連発している涼子の顔が、恥辱に耐えるように真っ赤になっているのを見て、正和は何故か少しドキドキした。
「……どう……?その気になれば、私だってこれくらいはできるのよ!」
軽く息切れしながら、誇らしげに胸を張る涼子。
それだけ消耗して、出した回答がほぼ下ネタというのが、なんとも複雑そうではあった。
「……思ったより悪くないわね。正くんも、私以外の女子から卑猥っぽい言葉が聞ける新鮮さで軽く興奮しているようだし」
「してまへん!」
「噛んだわね」
「噛んだわ」
「くっ……!」
何故か二人がかりになった正和いじりはともあれ、累の表情は満足げに綻んでいた。
「そういう意味も含めて、良いと思うわ。合格よ」
「……え?もういいの?」
拍子抜けといった様子で、涼子は目を丸くする。
正和も同感だった。
ラスボス戦が変身なしで終わったような肩透かしっぷりだった。
「正くんのために恥もプライドも捨てて頑張ってくれると分かっただけで、充分よ。……貴女はいい子だわ、涼子」
「累……」
涼子の目が潤む。
内容はどうあれ、絶対に敵わないと思っていた強敵から認めてもらえたことに対して、感激しているらしい。
「……累。ありがとう……」
「……馬鹿ね。何をお礼を言うことがあるのよ」
「だって……私……」
「……泣かないで」
正和の目の前で、累の胸に縋り付いて涙する涼子と、その頭を撫でてやる累。
あらいいですねーと言わんばかりの緩み顔で二人を眺めていた正和を、やおら累が視線で貫いた。
「で。これでやっと半分な訳だけど……」
「……はい?半分?」
突然水を向けられて、正和が動揺する。
「涼子の気持ちははっきりしていて、私も涼子を認めた。あとはそれを、正くんが受け止めるかどうかよ」
その言葉に、正和の体は銅像のように固まった。




