日常の中の面倒事
片倉トーリ。十七才。県立高校二年生。出席番号九番。顔はそこそこいけているが、モテたことはない。
周囲からの評価も良くはなくかと云って悪くもなく。
何処にでもいる普通で平凡な一般人。
特出した才能や特技を持ち合わせていることもなく、常に平凡な日々を送っている。
それを本人は悪いとも思っていない。寧ろ、幸せをだとさえ思っている。
どうしてか、厄介な物事に巻き込まれて人生を狂わせされるのは嫌だからと、本人が周囲に語っている。
だからそういった出来事は見て見ぬふりを決め込んで、自ら関わらないようにしている。
まあ、回避できないのなら対処するが。
そうしてその日の始まりも、いつもの様に早朝の目覚ましが鳴る前に停めて、直ぐに着替えて軽くジョギングを。その後には朝食を家族分作って弁当も用意して涼しい内に学校へ。
始業開始のチャイムまで一時間以上あり、その時間を使って教室の小さなゴミを拾ったり、花を活け直したりして時間を潰していく。
始業三十分前には少しずつ生徒が登校してきて(実際には早朝連とかで早く登校する生徒や教員も複数居るのだが。)、トーリはそれを教室から眺めているのが好きだった。
「今日も平和でありますように」
そう呟きながら眺めている。
これが学校生活のトーリが決めている幾つかある日課の1つだった。
一日があっという間に過ぎ去って、放課後には部活動や友達と喋りながら寄り道をして親交を深めたり。そういうのが当たり前なのだろう。
でも、トーリはその生徒に紛れずに一人校内を歩き回る事が幾つもある日課の一つになっている。
教師とすれ違い、軽く会釈しながら見て回ると屋上へと続く階段に人影を見つけても気にせず、息を吐いて階段を降りながら呟く。
その後、各教室を見回り、その日の平和を噛み締めて帰宅の準備のために自分の教室に向かう。
しかしその途中で呼び止められた。
「あ、はい。何でしょうか風紀委員長」
振り返るとそこには窓からは差し込む夕陽に照らされた生徒が三人。
優しく微笑みながら言葉を。
「少し、時間を貸してもらえるかな。あ、それほど取らせる気はないからね」
思案する素振りを一応して、
「別に構いませんよ。もう帰るつもりでしたから。行きましょうか」
「ふふ。どんな理由が有っても、その首根っこを引きずって連れていきますが」
「ああ。それは怖いですね。大人しく付いていきますよ」
さしてトーリは帰る時間を押して、風紀委員長に連れられて風紀委員室に行くことになった。
「時間を取らせて済まないね。此方も時間が余り無くてね。」
「風紀委員長だけじゃなく、部長さん達まで揃っているなんて只事、じゃ無いですね。」
「察してくれて助かります。はい。今回は此方になります」
トーリの前に出された紙の束が、複数も。
「これは、今年度最初の重要行事。各校合同新入生部活紹介に関する書類です。」
「それって去年と同じで構わないんじゃ無いですかね。順序や各部活の所要時間とか人数とかはそれで、あとは同じようにあの共同会館を使って」
この時、横槍が入った。
「確かに去年と同じで進めようとしていたんだけど、問題が数日前に有ってね。それが」
言葉を濁すように歯切れ悪く、「その、これを見て」と一枚の紙を更に出してきた。
「これは、何々。」
暫しの無言で紙を読み進めて突如机を叩く。当然皆は驚く。
「あ、ご免なさい。虫がいて」
見せた手のひらには小さな潰れた虫が。
ポツリと言葉を紡いでティッシュで拭いゴミ箱へ。
外れて縁に当たって、床に乾いた音をたて、止まる。
「それで、何でこんな事に成ったのか知りませんけど。」
「それなら判明している」
新聞の記事を見せられてそこには、『共同会館でボヤ!!犯人は依然不明。』と見出しが。
「記事の内容を要約すると数日前にボヤがあって、当初は合同には支障はないと。そう先生方も判断したのですけどその後に大変な事態が判明して。」
「そのボヤ騒ぎの犯人は」
「あ、それは捕まって、取り調べをしている最中です」
「で、それ以外ですか」
「はい。此方がそのボヤの火元なんですけど、その思ったより被害範囲が広く、その修復に時間が掛かると」
「で、急いで代わりの会場を探そうにもその規模が収まる場所が無いと、そう言う事ですか」
その場の全員が頷く。
「あ、ならば。僕にそれをどうにかして欲しいと。確かに僕は高等部から編入して此処に在籍してますけど、それから幾つか危機を解決しましたけど。僕にも出来ない事は有る。と言いましたよね何度も。」
「そうだね。それでも君はそれらを悉く解決してくれた。」
「只の偶然で、片付けられないでしょうね。貴殿方には僕に対する認識を改めてほしいですけど、それは今さらですし。」
「我々も手を込まねてじっとしていた訳じゃない。先生方とも話し合ってそれでも、見つからなかった。この言い方だと失礼とは思うが、本当は君の事を頼りにしたくはなかった。」
「で、何時までに確保すれば」
「受けて、くれるの」
「しょうがないでしょう、僕がこのまま断れば僕自身の学校生活に支障を来すかもしれないですし。なにより受けるまでどんな事をしてくるか。」
その場にいる人達が一斉に歓喜した。
「で、結局、何時までに」
「それなんだが、綾乃さん」
「はい。」
凛とした声を部屋に響かせるようなその女生徒は、腕に持っていた紙の束から一枚抜き取り、トーリの前に置いた。
「時間はありません。これは、開催日を記したプリントです。」
「え、これ本当ですか」
綾乃が頷く。
「明後日、ですか」
そう、合同部活紹介の開催までは時間が無かったのである。
翌日。
トーリの姿は河川敷、その橋の陰に居た。目の前には閉じていく宙に浮く裂け目がある。
裂け目が閉じきって、頭を掻きながら何処からか声が聞こえてきたので取り敢えず、そこへ行き持っていたチョークで壁に落書きをしてその場を去っていった。
後に残ったのは。川のせせらぎと吹き抜ける風に揺れる草花と虫と何かが落ちる音。
世界は平和だ。とトーリは思うのだった。
トーリは鞄から取り出した携帯を操作して何処かに連絡を入れると、相手からの呆れるやら怒鳴るやらの声に軽く謝りながら話を進めていく。
「うん。はい。それでお願いします。あ、報酬は何時もの様に何時もの形で入れておきますね。それじゃまたお願いします」
歩きながら切り、学校の門を通過すると軽く肩を叩かれた。
「やあ、おはよう。渚君。」
「今日はどうした、何時もはもう教室で生徒達の登校風景を眺めているのが」
「あ、うん。早朝に用事が重なってね。それに時間を取っていたらこんな時間に」
頷くと、あっけらかんとして何度も背を叩く。
「そうかい。それじゃまあ、時間も無いし行くか」
「ああ。そうだね」
二人の姿は他の生徒と共に校舎の中へと消えていく。
教室に近づくと皆が不貞腐れていた。
理由は簡単。それは、何時もより教室が汚れているから。
それをどうしてかトーリに詰め寄って文句を言っている。
この時、教室を見ていないトーリと渚は分からず取り敢えず皆を掻き分けて件の教室をその視界に入れると言葉が漏れた。
もちろん驚愕のだが。
その惨状は余りに酷く、どう考えても一日で終わらせられる範囲を越えていた。
騒ぎを聞き付けて教師が駆けつけた。
教師がトーリの襟首を引っ張りながら教室へと入っていく。
ドアの鍵を閉め、廊下側の窓には大きな板を立て掛け、反対側の窓には鍵とカーテンをして、隙間から覗き込めないように押しピンで止めておく。
「さて、片倉。これは、どういう事かな。」
「ああ。これはですね。今日の用事が幾つも重なりまして。気がつくと遅くなっていて」
「それは、仕方がないかもしれないが、それでも何とかしているのが」
「ああ。ですからほら」
トーリは黒板の上に設置しているアナログ時計を差し、
「彼処に誰がやったかの証拠が映っているでしょうから、それで多分犯人が分かるかと」
数時間後。犯人は割れ、トーリの許に詳細な報告がなされた。
だが、この事で犯人に対するお咎めはなく、それは誰にも知られずに終わった事として有耶無耶に処理された。