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金髪碧眼ジト目毒舌悪魔美少年が変態ドMの家に召喚された  作者: 上野衣谷
第一章「逆転シチュはドMにとって最大の敵」
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第5話

 天城あまぎ光霞(みか)は、その名に負けず劣らず天使的な美しさを持つ美青年である。ヤンが目を引かれるのも無理はない。

 だが、それにしても、


「んで、なんでそんなに険しそうな顔してたんだよぉ、ヤンくぅん」

「……きも」


 まともに取りあってくれないが、不都合があるということには変わりないような気がする。

 ちなみに、俺としては、ヤンのことを君付けで呼ぶことを彼に対する呼称として最適解だと考えているのだが、どうやら本人はそれに至極納得がいっていないようで、時々こうして果敢に呼んでみるのだが、その度に強く拒絶される。それがまたいいのだが。む、そう考えると、やはりヤンくんと呼び続けることこそが最適解なのでは……。


「……あいつ、ちょっと邪魔カモ」

「そんな怖い目で見ちゃだめだぞ! その怖い目を向けていいのは俺だけだ!」


 ヤンの視線が俺に戻ったかと思うと、天城に向けられていた怖い眼付きは、ジト目見下し目へと変化する。あぁ、俺に対するデフォルト表情がだいぶ分かってきた気がしないでもない。……姫野さんの目線に近いものがある。もっとも、姫野さんの方は最近俺に目線を送ることさえないため、遠い昔の記憶であるが……。ははは。


「んで、なんか、思い付いたの?」


 どうやら天城については一旦どうでもよくなったようで、ヤンが聞いてくる。

 そうだった、思考を中断されていたのだ。俺は、今すぐに、姫野さんを陥落させる攻城作戦を考えなければいけないのである。

 しかし、残念ながら、俺のIQはたぶん人並み、もしくは、人より低いだろうから、そんな簡単に一発逆転必勝の策を思い付くことなんてできない。

 うーん、うーん、と唸ってみても、誰か助けてくれる訳でもなく、ただ、ただ、時間が過ぎていくだけなのである。賢者でもなければ、天才軍師でもない。賢者になれるのはごくごく限られた時間に限定されるし、多分、知力に変化は起きない。


「ん~、もうな、あれだ、やっぱ、悪魔といえば、姫野さんに何かどでかい不幸でも起こすんだ! そこを俺が助ける!」

「あ~、それは、貧乏神の役割だねぇ~」

「ん~、じゃあ、悪魔といえば……悪魔憑き! ヤン、お前が姫野さんに取り付いて、おかしな挙動をしまくるんだ! そこに俺が近寄る!」

「あ~、それはね、狐とかの役割かなぁ~」

「お前適当に言ってるだろ」

「あ~、そりゃね、ボク、悪魔だし?」


 にへっと笑って目を合わせてくる。可愛い。騙されたい、この笑顔。


「なんだよ、もう。拉致があかんぞ」

「人生はそんなに甘くないゾッ!」


 この悪魔はちょいちょい人に人生アドバイスをしてくる。ためにならないが。

 しかし、この精神攻撃は実は俺を追い詰める罠なのではないか。そうこのクソ悪魔は俺が死ぬことによりノルマを達成できる。つまり、こうして俺に人生のつらさを教えることでその催促をしているのではないか。そんな作戦にひっかかるものかと俺は気を確かに持つ。


「むしろ、お前、何が出来るんだよ。ほんとに物理的なことしか無理なの? もっとこう、ないの? 悪魔パワー。悪魔のくせに」

「いやぁ、だって、契約取るのがボクの仕事だしぃ」

「なんでもいいんだよ! なんでも。もうこの際なんでもいいよ。発動したら何が起きるのか分からない呪文とかでもいいよもう。だってあれ半分くらいメリット効果でしょ? もうギャンブルしかねぇ!」


 自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。

 けれども、こういうやけくそな発言はいわゆる発想の転換的なものに近く、ヤンの反応は俺が思ってもみないものだった。


「あ~、それならあるよ~。効果もなーんも分かんないけど、とりあえず唱えたらなんか起きる、みたいなの」

「おいおい……」


 果たして、それを魔法や呪文、悪魔の力と表現してよいのだろうか。いやぁ、だめだ。だめではあるが、もうこの際何でもいい気がしてきた。旅は道連れ、である。この俺がぼっちウィズ悪魔ライフを送っているのにのうのうと姫ライフを満喫している姫野さんに神の鉄槌を下すことこそ俺の役割、だった気がしてきた。

 悪魔の裁きか。


「よぉし、悪魔の裁きだ~!」

「なんだそれ……じゃ、いきますか。ほーい」


 ……。

 しばらくの時間待ってみる。


「……?」


 俺が、何も起きていませんよね、どうなっているんですか、という視線をヤンに送るものの、ヤンは、ぽけーっとして何も反応してこない。


「おーい」

「あ?」


 せっかく呼びかけたというのにこの有様。返答が「あ?」だとか「は?」だとかいうのは、人を煽るために最も適した一文字だと考えられるが、この悪魔はそれを平気で多用してくるものだから困ったものである。


「何も起きてませんよね!?」


 至って平和である。この国の平和さを思い知る平和である。平和とはいいことである。平和だからこそマゾヒズムを極められるというものだ。平和は尊い文化の発展に必須なのだ。

 文明を発展させるのが戦争という話もあるが、しかし、文化を発展させるのは間違いなく平和。こうして大学の食堂という、本来学業に専念するために通う施設、及び、食事をするために設けられたスペースで完全に目的外のハーレム建造計画みたいなことをぼっちの俺が考えられるというのも平和の象徴の一つである。

 その平和が一糸乱れずに確かにここに在るのだ。

 そのことが問題なのではない。決して、俺は、平和に文句を言いたい戦争主義者という訳ではない。むしろ、平和を愛して止まない平和を望む市民の一人であり、たとえば年明けに神社に初詣に行った時などは、百八の煩悩について祈った後には、ついでに世界平和を祈っちゃったりするくらいには平和を愛するごくごく一般的なこの平和な国の住民である。

 しかしながら、今この時に至っては、少なくとも、ヤンが「ほーい」などと適当な呪文のぶん投げをした瞬間に至っては、何かが起きて欲しかった、そう思っただけなのだ。それだけの実に当たり前なことなのだ。

 長々と思いのたけをぶつけてしまったが、俺がヤンに言いたいのはたった一つ。


「何も起きてませんよね!?」


 二度だ。二度言ってやった。しかも、ものすごい量の今この時のみあえて平和じゃなくしてほしいという主張をした後に、である。

 通常の人間ならば、ここまで大量の思いをぶつけられて、何も反応しない訳にもいかないだろう。怒りをあらわに逆切れするくらいの反応はあっていいものだと思われる。

 しかしながら、本当に残念なことに、ヤンの反応は、次のたった一言であった。


「あらまぁ」


 俺は、これに対してどのように反応するべきなのか迷う。思ったより薄い反応であるのは確かだが、ヤンにしては珍しく、言葉にとげがない。なさすぎる。俺はすかさずそこに注目した。


「ねぇ、ヤンくん、どうなってるのかなぁ?」


 まるで男児に話しかけるように問いかけてみる。途端に、ヤンの目つきが気持ち悪いものを見る目になる。


「あぁ? うるさいなぁ……。もうなんか起きてるんだよ、どっかで。お前はさぁ、自分がどこで何が起きたかすべて分かるくらい万能だと思ってるの? そんな訳ないでショ? ね、わかるかなぁ?」


 逆に、ヤンに男児に話しかけられるようにして問いかけられたため、ちょっとだけゾクゾクしといて、引きさがることにしてみる。


「そっかぁ……どこかで、何か、起きてるのか……。まるで、この世界のようだな」

「この世の中には悪魔の証明って言葉があるのんだヨ~」


 今、この世界のどこかで何か起きているらしい。うん、うん、そんなこと、分かってるよ、俺はにっこりしながら一人で頷く。

 ていうか、これ、俺騙されてないか、ということにようやく気づく。そりゃあ、何か、起きてるさ、いつでも、いつだって……。

 馬鹿らしくなり、俺はもう家に帰ることにした。食堂から出ようと立ち上がって歩く。しかし、ヤンはついてこない。

 気になって振り返ってみると、そこには、ばいばーいと手を振るヤンの姿があった。今日はここで解散、なのだろうか。まぁ、どうせ家にいたらそのうちノルマを達成するために来るだろうから、俺はすたすたとその場を離れ、大学のキャンパス間を移動し、帰路へ着く。


 帰路で、少しだけ何かが起こることを期待していた俺だったが、そんなことも何もなく、無事家へと到着しようとしてたが、とある用事を思い出す。


「水ようかん……」


 そう、俺が楽しみにしていた水ようかん。食べられしまった水ようかん。もう彼らは戻ってこない、水ようかん……。しかし、便利な世の中であるため、水ようかんは代用がきく。代わりを買えばいいじゃない。

 俺は、帰りのスーパーで水ようかんを今度は二本買い足しつつ、つぶやく。


「は~、何もおきなかったな~。悪魔美少年が手に入った今、次は天使美少年とかかと思うし、天使でも降って来るとかでもよかったんだけどな~」


 こんな発言を誰かに聞かれでもしたらおよそ町内に住むことは不可能になるのではないかという言葉を独り言でつぶやきながらスーパー内を歩き回る。この時間は、スーパーにほとんど人なんていないのだ。さながら支配者かのように、我が物顔でスーパーを闊歩することができる。

 何を独り言で呟こうが、店員にさえ気を付ければ聞かれることなどないのだ!


「天使美少年とか陳列されてないかなァ~」


 俺のそんな悪魔のような呟きは、当然誰にも反応されないはずだった。しかし、


「ウーン、それは無理だろ~」


 返答。それは聞き覚えのあるような、男性でありながら高めの、おそらく低身長な男から発せられた声。

 後ろからの返答である。店員に聞かれた!? いや、そんなことはない、店員がこんな気さくに客に話しかけてくるはずがないし、第一、仮に聞かれていたとしても、こんな危ない呟きに返答してくる店員は、それはそれで問題だ。最悪でも、警察に黙って電話をする、くらいのもんである。

 では、一体後ろにいるのは、誰か。

 ヤン? いやいや、違う。何より、声が違う。ヤンの声は確かに高いが、もっと、こう、妖艶である。じゃあ一体誰なんだ──!

 俺は、意を決して振り向く。

 そこにいたのは、黒髪ぱっつんの女の子──に一見見える男の子。俺はこいつを知っている。知っているどころか、それはもう、深い深い知りあいだ。とはいっても、仲が良いという訳の深いという意味ではない。


「姫野さん!?」

「や! 天使美少年はいないけど、僕みたいなカワイー男の子ならここにいるよ?」


 俺の頭はたちまち混乱する。

 姫野さんの服は、親衛隊たちに囲まれるあまり最近見ていなかったが、こうして改めて見ると、そこまで女性的という訳でもない。確かに、姫野さんはヒメであるが、服のセンスは黒を基調とした中性的なものだ。うん、ひさびさに見た。いつも、囲われていることと、目が合おうものならどんな目にあうか分かったものではないということから、見れ無かったのだ。やっぱりかわいいじゃないか。可愛いが、中性的。これこそ、彼がオタサーで生き残ってきた秘訣なのかもしれない。

 いや、違う違う。俺は思考を呼び戻す。今は姫野さんの可愛さに感心している場合ではないのだ。

 今、判断するべきなのは、この状況である。

 その一、俺は、スーパーで水ようかんを買おうとしていた。

 その二、姫野さんが、俺に話しかけてきた。

 問題は、間違いなくその二であろう。では、何故話しかけてきたのか──俺がそこまで考えた時、姫野さんはいよいよ我慢できなくなったのか、返答のない俺に代わって口を開く。


「ねぇ? 聞いてるぅ~? どしたの?」


 その口調は、女の子のようでいて、やはり、男。いや、俺的ポリシーにのっとって表現するならば、男の子、と表するのが正しいだろうか。可愛らしくもあり、けれども、女性っぽさはほとんどない。それが、男の子の可愛さというやつである……。

 しかし、そんなことを考え続けている訳にもいかない。俺はとにかく思ったことを返答してみることにする。


「い、いや、その、水ようかん、買おうと……」


 い、いかん。この頃まともに人間とコミュニケーションを取っていなかったからか、今抱いている最大の疑問である、何故姫野さんが自分に話しかけてくるのか、という点について微塵も疑問として尋ねられなかった……。


「あっはは、変なの。昔から思ってたけど、変わってるよね、明くんって」


 明くん!? な、なんだ、その呼び方は!? 俺がつい数時間前、不本意ながらヤンから聞かされた情報によれば、姫野さんの俺に対する呼称はゴミだったはずだが……。

 とにかく、今は考える時間が必要。俺はそう考える。


「え、そうかな……あー、じゃあ、俺、もう行くわ」


 逃げるのだ。今は、まず。何が起きているのか分からないから逃げるのだ。俺は姫野さんから逃げるようにして、その場を離れ、会計を済ませながら、ただ一つの事実があるということに気がつく。

 これまで俺は姫野さんから蔑まれ、手ひどい仕打ちを受けていた。

 その状況が逆転しつつある……。もしや、ツンデレというやつか? だが、しかし、俺は、一つだけ言いたかった。


「逆転シチュはドMにとって最大の敵だぞ!」


 ということを。

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