『朝のトゥモロー・ニュース』
『朝のトゥモロー・ニュース』
午前七時四十二分。
軽快なジングルに合わせ、黄色いロゴが画面いっぱいに飛び出した。
《五里のゴリゴリ! いまコレ!》
ドン、ドン、ドン、と太鼓が鳴り、番組アナウンサーをデフォルメしたイラストが親指を立てる。
「さあ、始まりました。『五里のゴリゴリ! いまコレ!』」
明るい声を響かせたのは、番組アナウンサーの五里夢中だった。
紺色のスーツに、鮮やかなオレンジのネクタイ。
カメラへ向ける笑顔にも、朝から隙がない。
「巷で話題になっている物事を、私、五里がゴリッと掘り下げてお伝えします。略して――」
「ゴリコレ!」
出演者たちが声をそろえた。
「ありがとうございます。では早速まいりましょう」
五里はボードに貼られたシールをめくった。
そこには『ロボット感覚』と書かれていた。
五里が隣の女性へ顔を向ける。
「向田さん。『ロボット感覚』という言葉、ご存じですか?」
「ロボット感覚?」
向田が首をかしげる。
「え〜……なんだろう〜。ロボットみたいな感覚ってことかな?」
「そう思いますよね。ところが、意味はまったく違うんです」
五里がカメラへ向き直る。
「今、ちょっとした社会問題にもなっているということで――」
拳を突き出した。
「五里がゴリッと取材してまいりました」
短い効果音とともに、スタジオが消えた。
◇
《ゴリコレ!》
《広がる“ロボット感覚”》
映ったのは、都内の公園だった。
ベンチに座る女性の顔にはモザイクがかけられている。
白髪交じりの髪を短く整え、膝の上で両手を組んでいた。
「まさか、あんなこと言われるとは思いませんでしたね」
静かな声だった。
『そう話すのは、都内に住む七十二歳のAさん』
女性ナレーターの声が重なる。
『三年前に会社を定年退職。現在は週三日、清掃会社で働いています』
早朝の住宅街。
作業着姿のAさんが送迎車へ乗り込んでいく。
『問題が起きたのは、先月十五日』
映像が切り替わった。
大型ドームの前を、人の波が埋め尽くしている。
頭上を案内用ドローンが行き交い、空中に入場ゲートの番号を映し出していた。
『この日、ドームでは人気アーティストの公演が開催され、およそ五万人が来場』
カメラは施設内へ。
床を滑るように進む清掃機。
ごみを回収する小型ロボット。
洗面台を磨き上げる人型機。
『普段、館内の清掃はほぼすべてロボットが担当しています』
『ところがこの日は、公演前の点検で、このフロアを担当する清掃ロボット三台すべてに不具合が見つかりました』
『来場者が集中する時間帯と重なり、施設側は契約する清掃会社へ、急きょ人員の派遣を要請』
その一人がAさんだった。
再現映像。
混雑した女子トイレで、Aさん役の女性がモップを動かしている。
利用客が絶え間なく横を通り過ぎる。
「すみません。そこ、まだ清掃中でして……」
Aさんが足を止めてもらおうとした、そのときだった。
「はぁ? まだ終わってないの?」
若い女が声を上げる。
「すみません……」
「おそっ」
女は舌打ちした。
後ろにいた別の若者も、濡れた床を避けながらつぶやく。
「ロボなら、とっくに終わってんじゃん」
映像が止まる。
《“ロボなら、とっくに終わってる”》
再び、公園のAさん。
「ロボットと比べられても、同じようなスピードではできませんよ」
少し笑う。
「私、人間なんでね」
視線を落とした。
次に映ったのは、ドームのバックヤードだった。
施設の管理スタッフが五里の取材に答えている。
「通常なら、数台の清掃ロボットで短時間に終わります」
「人が清掃すると、苦情が来ることもあるんですか?」
五里がマイクを向けて尋ねる。
「あります」
スタッフは苦笑した。
「以前は『汚れている』という内容がほとんどでした。でも最近は、『人が掃除していて遅い』という声も珍しくありません」
繁華街へ場面が変わる。
二十代ほどの男性がマイクを向けられていた。
「ロボ感強い人、いますよ」
「ロボ感?」
「人をロボット基準で見る人です。遅いとか、ミスするとかで、すぐイラつく人」
今度は若い女性。
「友達がそうかも。人の店員さんに当たると、『今日ハズレだ』とか言います」
「ハズレ?」
「ボットのほうが早いから」
スマートフォンの投稿画面が映る。
《今日、人間レジだった。最悪》
《ボットに慣れると人接客きつい》
投稿が流れ、中央に大きな文字が現れた。
《ロボット感覚》
『ロボットの速さや正確さを、人にも当然のように求めてしまう――』
『そんな感覚を指す言葉として、今、「ロボット感覚」が広がっています』
スーパーの店内。
ロボットが棚へ商品を並べていく。
一つ置く。
次を取る。
また置く。
動きに迷いはない。
休むこともない。
買い物客は、その横を気にも留めず通り過ぎていった。
映像がAさんへ戻る。
「まあ……人なんでね」
Aさんは照れたように笑った。
「同じ速さでは、できませんよ」
◇
柔らかな効果音。
スタジオへ戻った。
画面右上には、
《あなたは大丈夫? “ロボット感覚”》
という文字が残っている。
「『ロボット感覚』」
五里がゆっくり繰り返した。
「知らないうちに、自分もそうなっているかもしれませんね」
向田がうなずく。
「Aさん、ちゃんと仕事をしているんですもんね。それをロボットより遅いからって責められるのは……ちょっと悲しいですね」
「そうですよね」
五里は正面に座る男性へ視線を移した。
「遠出さん、このあたり、どうご覧になりますか?」
批評家の遠出が腕をほどいた。
四十代半ば。
黒縁眼鏡の奥で目を細める。
「便利さに慣れすぎた、ということでしょうね」
「慣れすぎた?」
「速い。正確。待たされない。それが普通になると、少し時間がかかっただけで不便に感じるようになる」
向田が口を挟む。
「相手が人間だっていうことを忘れちゃうんでしょうか」
「忘れるというより、意識しなくなるんじゃないですかね」
遠出は穏やかに答えた。
「誰かを傷つけようと思っているわけじゃない。でも、いつの間にか基準だけが変わっている」
「なるほど」
五里がうなずく。
「だから、自分では気づきにくい」
「そういうことだと思います」
向田が小さく息をついた。
「便利になるのはありがたいですけど、人には人のペースがあるってことは、忘れたくないですね」
「本当にそうですね」
五里も笑顔でうなずいた。
「相手が人間だということを、ちゃんと考えないといけませんね」
そのとき、カメラの外から若い男性スタッフが駆け寄ってきた。
片手に数枚の原稿を抱えている。
「すみません。天気の原稿、差し替えです」
「はい」
五里が受け取る。
スタッフは息を切らしていた。
「たった今、差し替えが出まして。配信も止まっていたので、プリント室から直接――」
「遅いよ」
五里は原稿を確認しながら言った。
声を荒らげたわけではない。
「次、もう始まるから。こういうの、もう少し早めにお願いね」
「……すみません」
「よろしく」
五里はすでに原稿へ目を落としていた。
スタッフは小さく頭を下げ、その場を離れる。
向田は手元のタブレットへ視線を戻した。
遠出は水を一口飲んだ。
数秒後。
正面カメラの赤いランプが灯る。
五里が顔を上げる。
いつもの笑顔だった。
「それでは続いて――」
明るい声がスタジオに響いた。
「今日のお天気です」




