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『2085年の売れっ子作家』

 2075年。

 

 世界大戦勃発により、地図の地形は大きく変わってしまった。


 そして、世界人口は約一万人を下回った。

 

 人類はほぼ滅び、文明もまた崩壊した。

 

 これにより、当時の技術のほとんどがロストテクノロジーと化したのである。


 2085年――

 

「先生!最新刊の売り上げが好調です!」

 

 息を切らした青年が、吾輩の家に駆け込んできた。

 

 出版社の社長、タケル君である。

 

 社長と言っても、従業員は一人。つまり、タケル君だけである。

 

「おお!何冊売れた?」

 

 彼がもったいぶって口角を上げる。

 

「なんと…。10冊も売れました!」

 

「な、なんと! ま、まあ。あがって、ゆっくりしたまえよ」

 

 吾輩は飛び上がるのをこらえて、タケル君を応接室に招いた。

 

 一杯の水が入ったコップをタケル君の前に置く。

 

 タケル君はまじまじとそれを見つめる。

 

「流石は売れっ子作家ですね。水が透明だ。しかもガラスのコップ」

 

「うふふ」と、内心ほくそ笑む吾輩。

 

 水は15回も濾過した。三日がかりである。

 

 珍しいガラスのコップは、なんとあの『DAISO』製である。

 

 タケル君はゴクゴクと喉を鳴らして水を飲んだ。


 思わず吾輩も生唾を飲む。

 

「ぷはぁ~。生き返ります」

 

「して、評判はどうかね?」

 

 吾輩は上目遣いで、両手指をコネ繰り返してたずねた。

 

「好評です!ロボットが反乱を起こすなんて設定。ノン先生にしか書けませんよ。正直、当初は売れるのかどうか不安でしたが、いやはや、おみそれしました」

 

「そうかね、そうかね。初めてのSF小説のチャレンジだったが、良かった良かった」

 

「前回の恋愛小説の売り上げがイマイチでしたからね。あっ、いやいや、僕は面白いと思ってますよ。もちろん」

 

「いや、あれは吾輩も失敗だったと思っとるよ。参考にした文献自体がよく分からんかったからな」

 

「19歳で余命半年ってところですね」

 

「うむ。19年も生きれば大往生とは言わんが、充分生きてるよな。しかも、死ぬ時期がピンポイントで分かってる。好きなら好きとさっさと言えばよいものを、なにをしとるんだこのカップルは」

 

 これにはタケル君は頬を赤らめて俯いてしまった。


 吾輩、なにかおかしなことを言ったのだろうか。


 


 

 この時代の平均寿命は20歳前後である。

 

 ノンは10歳の女の子。

 

 タケルは11歳の男の子。

 

 この世界では「成人」とみなされる年齢である。

 

 そして、この時代の人類の八割は、デザイナーベビーである。


 デザイナーベビーとは――ゲノム編集技術によって、外見や知能、身体能力までも設計された子供のことだ。

 

 今ではロストテクノロジーと化したゲノム編集技術。


 そんな超人類をもってしても、汚染されたこの世界では、平均して20歳前後までしか生きられない。

 

 しかし、超人ゆえに、学習能力が高く、十年で一般人類の五十年分の知識を習得できるのであった。

 

 ちなみに、この世界では本が10冊売れればベストセラー作家である。


 

 


 料亭『アカサカ』にて。

 

「あら。ノン先生、お久しぶりですこと」

 

「やあ、女将さん。繁盛してるね。今日は三人も客がいるじゃないか」

 

「ええ、今日はイモムシが多めに入荷しましたの。何に致しましょう?」

 

「とりあえず、純水ふたつと、子イモムシの干物で」

 

 タケル君と乾杯する。

 

 喉を充分うるおしてから、一息ついて、女将を呼ぶ吾輩。

 

「あ〜…。今日は良いことがあったからね〜…。カップラーメンでも頂こうか、な」

 

 まわりの客がザワつく。

 

 女将が目を見開いて確認する。

 

「カ、カップラーメンですか?本当によろしいんですか?」

 

「まあ、吾輩はしょっちゅう食べているので、飽き飽きしているのだがね。タケル君に食べさせてあげようと思ってね。なーに、新刊の売り上げが思ったより好調だったから今日は特別にね。あ、特別と言っても、吾輩はしょっちゅう食べてるんだがね」

 

「お味は何に致しましょう?」

 

「え?味?。あっ…。そうだね。マイナーなやつにしとこうかな。タケル君は初めて食べる訳だしね。あはは」

 

「それでしたら醤油ですかね。おふたつでよろしいかしら?」

 

「う、うむ。やはり醤油がマイナーかのぉ…。タケル君はそれでよいかね?」

 

「食べたことないので、おまかせします!」

 

 タケル君は膝に両手を当て、キラキラした瞳で答えた。

 

 女将が倉庫からカップラーメン2個を持って来た。


 まわりの客は興味津々である。


 女将がカップラーメンにお湯を注ぐところをタケル君とじっと見つめる吾輩。


 女将が二人の目の前にそっと置く。

 

「こちら、カップラーメン醤油味となります」

 

「さて。頂こうかな」

 

「先生。まだ三分たってませんよ」

 

 女将の指摘に戸惑う吾輩。

 

 カップラーメンの蓋を見ると、確かに「お湯をいれて三分」と記載されている。

 

「あっ…。そうね。いつもは三分たってからのヤツを出されるから、ついクセで」

 

 三分が経ち、二人で蓋を開ける。

 

「わぁー」

 

 と思わず吾輩も声を出してしまったが、タケル君の声の大きさでかき消された。

 

「ス、スゴイ。いい匂い…。なんか、色々入ってますね」

 

「かやくという具だね。前世代の乾燥技術というやつだ。乾燥技術とは、熱や減圧を利用して物質中の水分を蒸発除去して、目的の品質を得る技術であって…」

 

「ズゾゾゾッ」

 

 吾輩のスマートな解説をスルーして、タケル君がフォークでラーメンをすすっている。


 吾輩も負けじとラーメンを口に運ぶのだが、猫舌ゆえに進まない。

 

 気づけば、客の全員が吾輩の後ろでラーメンを見つめていた。


 物欲しそうな目つきで、すごく食べにくい。

 

「えぇいっ!仕方ない。みんなにも分けてあげよう」

 

「よっ!流石は売れっ子作家!」

 

 みんなから拍手喝采を受ける吾輩。


 気分は悪くない。

 

 と言っても、実は店にはカップラーメンは二つしか無く、味も醤油だけだったことを女将から聞かされた。


 女将め。見栄をはっておったな。

 

 しぶしぶ、吾輩のカップラーメンを分けることにした。

 

 女将に人数分のおわんを頼み、取り分けてもらうことにした。

 

 あれ?


 女将も食うの?


 女将の量多くない?

 

 吾輩の目の前には、お猪口に入ったラーメンが置かれた。


 目が点になる吾輩。

 

 タケル君を見ると、ゴクゴクと美味しそうにスープをすすっていた。


  



 数日後――。

 

 タケル君の体調が悪いという知らせを受けて、吾輩はすぐに彼の家へ向かった。

 

 扉を叩くと、返事はない。

 

 静かに押し開けると、室内はひどく薄暗く、空気は重かった。

 

「タケル君……?」

 

 ベッドの上で、彼は小さく身体を丸めていた。

 

 あの日、カップラーメンを嬉しそうにすすっていた面影はなく、頬はこけ、呼吸も浅い。

 

「……来て、くれたんですね」

 

 かすれた声が、かろうじて耳に届く。

 

「何をしている。こんなになるまで放っておくとは……!」

 

 吾輩は思わず声を荒げるが、彼はゆっくりと首を振った。

 

「大丈夫です……ちょっと、無理しすぎただけで……」

 

 吾輩はベッドの傍らに膝をつき、強く言った。

 

「タケル君。しっかりしたまえ」

 

 彼はうつむいたまま、何も答えない。

 

「出版社『タケノン』は、これからじゃないか」

 

 吾輩の声が、少し震える。

 

「もっと、もっと素晴らしい作品を世に出して、世界一の出版社を作るのだろう?」

 

 沈黙。

 

「しっかりしろ!」

 

 思わず、強く言い放つ。

 

 タケル君の肩が、かすかに震えた。

 

 やがて、彼はゆっくりと顔を上げる。

 

 その目は、どこか遠くを見ていた。

 

「……先生」

 

 微笑んでいる。

 

 だが、目の焦点があっていない。

 

「僕……やくにたてましたかね?」

 

「当たり前だ!」

 

 即答する。

 

「たった一人で出版社を立ち上げた。たった一人で、本を売った。それがどれだけ凄いことか、分からんのか!」

 

 タケル君は、少しだけ目を細めた。

 

「……よかった」

 

 その一言に、すべてが込められているようだった。

 

 しばらく沈黙が続く。

 

 やがて彼は、かすかな声で言った。

 

「ノン先生……」

 

「なんだね」

 

「先生のおかげで……とっても楽しかったです」

 

 呼吸が、一度乱れる。

 

「ありがとう……」

 

 そして、ほんの少しだけ、声の調子が変わる。

 

「ありがとう……ノンちゃん」

 

 吾輩の時間が、止まる。 

 

 次の瞬間。

 

 彼の胸の上下が、ゆっくりと止まる。

 

「……タケル君?」

 

 返事はない。

 

 静寂だけが、部屋を満たす。

 

 吾輩は、しばらくその場から動けなかった。 


 

 

 

 デザイナーベビーが世界の八割を占める中で、タケルは一般人類だった。

 

 デザイナーベビーがいなかった時代であれば、稀有な天才であったタケル。

 

 しかし、才能だけでは、五十年分の知識量を持つノンの話にはついていけない。


 ひとえに、彼自身の「努力」であった。

 

 その努力の理由が「愛情」であったことに、タケルは死ぬ間際に悟って息を引き取ったのだ。


 このわずか三十年後、デザイナーベビー世代は、一気に世界大戦時代と同等の技術を手にすることになる。

 

 果たして、第二世代の超人類は、初期人類と同じ過ちを繰り返すのか?

 

 ——それを知る者は、もう誰もいない。




◇おわり◇

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