『レールの外を走ってるつもり』
「オレはこんな社会に縛られねー」
夕焼けに染まった歩道橋の上で、哲夫は吐き捨てるように言った。
金網越しに見える道路では、車が規則正しく流れている。
まるで、見えない何かに操られているみたいに。
「オトナのルールなんか知るかっ」
「親の敷いたレールなんかクソくらえだ!」
胸の奥に溜まった何かを振り払うように、拳を強く握る。
——だから、決めた。
オレは“そっち側”には行かない。
あんな大人には、絶対ならない。
哲夫はその日、暴走族になることを決めた。
だが、まず必要なのは、バイクだった。
「免許、取らなきゃな……」
数日後、哲夫は教習所の受付に立っていた。
他の受付で揉めている外国人を横目に、哲夫が差し出した身分証は問題なく受理され、手続きは驚くほどあっさり進んだ。
「では、こちらにサインを」
事務的な声。
受講料は、親が支払っている。
——別に、頼んだわけじゃねえ。
そう思いながら、哲夫はペンを走らせた。
次は金だ。
バイクを買うため、哲夫はアルバイトを始めた。
レジ打ち、品出し、単純作業の繰り返し。
それでも、給与はきちんと振り込まれる。
哲夫は「そんなの当然だ」と気にもとめず、同じ日に入った中年の男を睨んでいた。
動きが遅い。要領も悪い。簡単な文字さえ読めない。
(こんなこともできねーのかよ)
舌打ちが漏れる。
「……あの人な、夜間中学行ってるんだよ」
先輩がぽつりと言った。
「え?」
「昼は働いて、夜に勉強。昔、いろいろあったらしい」
(……ダセェ)
そう思ったはずなのに、なぜか少しだけ引っかかるものが残った。
哲夫はそれを振り払うように、レジのボタンを強く叩いた。
数ヶ月後。
ようやく手に入れたバイクを前に、哲夫は小さく笑った。
「次は……特攻服だな」
向かったのは、近所の服飾工房『仕立屋ワタナベ』。
古びた看板と、途切れないミシンの音。
「おう、哲夫か。久しぶりだな」
出迎えた職人、渡辺一郎は、どこか懐かしそうに目を細めた。
「派手なの、作ってくれよ。おっちゃん!」
「いいねえ。その歳はそうでなきゃな」
一郎はそう言って、笑った。
細かい採寸。デザインの相談。
哲夫は好き勝手にイメージを伝える。
まるで、自分が何かを作り出しているような気分だった。
「……ま、サービスしとくよ」
提示された金額は、思ったよりも高かった。
(チッ……どこがサービスなんだよ)
価値の分からない哲夫には、それの手間暇は理解できない。
「よし! 次は、髪型だ」
『バーバー馬場』のドアを押す。
「いらっしゃい、哲夫くん。今日はどうする?」
「派手にしてくれ」
「いいねぇ……昔の俺みたいだ」
店主の馬場は、楽しそうにハサミを動かす。
鏡の中で、“それらしい自分”が出来上がっていく。
「こんなもんでどうだ?」
「……上等だ」
哲夫は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
すべてが揃った夜。
エンジンをかけると、低い振動が身体を貫く。
「行くか」
アクセルを回す。
舗装された道路。
整備された標識。
律儀にルールを守る車。
そのすべてを蹴り飛ばすつもりで、哲夫は走り出す。
——オレは自由だ。
自分の力だけで走っている。
オレ、カッコイイ!
そう信じて。
その背中を、両親も、一郎も、馬場も、誰も止めなかった。
ただ少しだけ、懐かしそうに笑いながら、見送っていた。
まるで、自分たちも、かつて同じ道を走ったことがあるかのように。
そして——
その道が、どこへ続いているのかも、知っているかのように。
○≡□≡○卍
数年後——
きれいに舗装された歩道を、ベビーカーが静かに進んでいく。
哲夫は、その取っ手を当たり前のように握っていた。
遠くから、爆音が近づいてくる。
暴走族が、車道を駆け抜けていった。
「ほんっと迷惑! なんなのあいつら」
隣で、妻がため息をつく。
哲夫は、驚いた息子をあやしながら、「そうだな」とだけ答えた。
遠ざかっていくエンジン音。
哲夫は、振り返らなかった。
◯おわり◯
【あとがき】
良いか悪いかは置いといて。
「なにかを主張する」ということは、結局は「誰かに主張する」ということになり、最終的には、その主張は「自分を認めてほしい」「自分を見て!」に行きつきます。
たとえ「自分は誰からの評価も気にせず、好きなことをやっているだけ」とトガッてみても、「好きなこと」が出来るのは、誰かのおかげだったりします。
若い頃は気づかなかったという人もいれば、一生気づかない人もいます。
哲夫は気づいた大人になれたのでしょうか。
「人はひとりでは生きていない」というテーマのショートショート作品でした。
読んで頂きありがとうございました。
私自身、読んで下さっている方がいることに、感謝を忘れないための戒めの作品となりました。
私の作品を読んで頂いている方には、心から感謝しております。皆様の幸せを願っています。




