第1話 疾風の聖拳
「なあ、どうすっか? これから俺達」
テーブルの向かい側に座る親友が、さっきからもう何度目か判らない同じ言葉を投げかけてくるが、俺は黙ってビネオワを飲んでいた。つーか、俺に聞くなよ……
「おいシロウ、お前ホントに判ってる?」
ああ判ってる。お前に言われなくてもじゅーぶん理解している。事の重大さを理解してるからこそ、何にも喋る気が起きないんだって事、わからんかな?
「このまま解散か? それともまたイチからメンバー集めか? まさか俺達2人だけでクラスAのフィールドに立つ気なんか?」
レベル3クエスト辺りなら何とかこなせるかな…… ってそう言う事じゃなくてさぁ!
「あのなスエゾウ。そもそも何で2人だけになったか…… 考えたか?」
俺は静かにそう幼なじみに聞いてみた。案の定、鳩が豆鉄砲食らったような顔してやがるよ……
「そりゃお前、クエストが立て続けに2回も不首尾に終わったからだろう? しかもそのうち一回は『ヤハウェイの子』のプリキュア軍団に乱入されたしな」
「ああそうだ。でな? なんで失敗したかな~? って考えたか?」
俺の言葉にまた首を傾げる我が幼なじみ殿…… そうか、やっぱり自覚がない訳ね。
「なんだろ……? 俺、物理苦手だし……」
「物理関係ねぇよっ! お前だ、お前だよスエっ!! お前が『泣きギレ』して味方に『クロノスフォール』や『リディアルコン』とかかけちまったせいだろうがっ!! 大体なんだよ『泣きギレ』って!? 小学校低学年か!? お前いくつなんだよマジでっ!!!」
俺は思わずテーブルを叩いて怒鳴りながら席を立った。ビネオワが少し残ったカップが跳ねてテーブルの上に転がるが知ったこっちゃ無い。すると怒鳴られた相手もテーブルを叩き、立ち上がって目を剥いて反論する。
「そっちこそ何だよっ! あんなに簡単に前衛抜かれやがって! しかも他の前衛2人はお前のこさえた罠に嵌って身動き取れないってどんなコントだっ!? 今時吉本でもやんねーぞ、そんなベタなギャグ!? そもそも『天才トラッパー』なんて言われて天狗になってるからだろ? 『太刀使い』なら太刀で戦え太刀でっ!!」
「俺のトラップはお前の『泣きギレ』と違って緻密な計算で組み立てた物だ! そもそも攻撃前にちゃんと俺の説明聞いてなかったあいつらに問題があるだろうがっ!」
「お前の馬鹿長げー説明聞いてたらクエスト終わっちまうよ! 複雑な上に多すぎんだよお前の罠っ! 憶えきれるかあんなもんっ! 共通一次かっ!?」
「あの程度のトラップ憶えられなくて良く大学受かったな!? だいいち『チビカン』一匹に抜かれたからって何で泣く必要があるんだよ!」
「だってこえーじゃんアイツ! 嘴がベロって剥けんだぞ!? そんでその顔が鼻先30cmに迫って来たんだぞ!? マジで死ぬほどこえーだろがっ!?」
「死ねー、死んでしまえー! お前みたいなヘタレがレベル20台にいちゃダメだ! 此処は勇気が試される場所なんだ! 恐わきゃデッドして帰ってくんな!」
「勇気? どんな勇気だ? 小学校の頃自販機でエロ本買った勇気か? 大した勇気だな~ あん時は俺もすげぇと思ったケドよ~?」
「て、てめぇこの…… あん時暗くなっても結局買えなかった奴が、今じゃ女を取っ替えひっかえか? 変わるもんだな~? え? おい!」
「関係無いだろ! 童貞ヒッキー大学生に言われたかねーよ! そんなこと言うならパソコンのHDにエロ同人画像ため込んでるの言っちまうぞコラ!!」
「すでに言ってんじゃねぇかっ! でっかい声でっ!! その画像をROMに焼いてくれって散々せがんでたのは何処のどいつだ! あぁ!?」
売り言葉に買い言葉で2人同時に馬鹿げた話を周囲にカミングアウト。周りのテーブルの奴らの視線が痛い。オマケにAIコントロールであるはずのNPCですら、俺達2人が座るテーブルを避ける始末……
「と、とりあえず、席に着くか……」
「あ、ああ……」
2人同時に着席。はぁ…… 何やってんだろ、俺達……
「まあ2人で此処で罵りあっていてもちっとも事態は好転しない。具体的な方針を決めよう」
俺は向かい合う幼なじみにそう声を掛けた。
「具体策か…… 新メンバーを捜すか、メンバー募集してるチームに入れて貰うか、俺ら2人でクエストこなすか…… 後は傭兵になるとか…… そんなところかな」
その言葉を聞いて、2人して「はぁ~」と深いため息をついた。
俺の名前はシロウ。この世界、仮想体感型ロールプレイングゲーム『セラフィンゲイン』で『戦士』つー階級に属しているレベル24のキャラクターだ。本名は仲御 志朗【ナカミ シロウ】現在大学3年生。
でもってさっきまで、レベルの低い言い争いをしていた相手、この目の前に座る紫のローブを羽織った男はスエゾウ。先日レベル25になったばかりの『ビショップ(僧侶)』つー階級のキャラ。本名は壷浜 婁人【ツボハマ ルヒト】俺と同じく大学3年生で、同じ大学に通っている。と言うか、コイツとは幼稚園から大学までずっと一緒で、しかも家も近く、ガキの頃から兄弟みたいに育ったいわゆる幼なじみだ。
流石に全部同じクラスとまではいかないが、それでも普通高校や大学ぐらいは違う学校に行くだろ? なのに俺達は18年も一緒…… もう此処まで来ると、就職先も一緒にしないと、なんか悪い事が起こりそうな気さえしてくる。ホントに腐れ縁だ。腐れ過ぎて臭いまで出そうな雰囲気だよ。
さて、俺達が今いる場所、この『セラフィンゲイン』という場所は、実は現実世界じゃない。此処はプログラムで出来た仮想空間なのだ。人間の大脳皮質に微弱な低周波を当て、脳神経の直接喚起を促して、その脳内にプログラムで作り出された世界を投影させることによって、『プレイヤー』と呼ばれる俺達被験者が、あたかも現実に体感しているかのような感覚を持たせる画期的な体感システムを使った体感型ゲームなのだ。
実はこのゲーム、俺はスエゾウこと婁人に教えて貰った。「すげー面白いゲームがあるから一緒にやろうぜ」と、半ば強引に連れてこられた。最初は嫌だったが、今ではどっぷり嵌っている。
俺は基本必要以外には家から…… つーか部屋から出たくない。他人と話すのが苦手つーかむしろ嫌なんだ。なんかやたら緊張するし、『コイツ、俺のことどう思ってるのか……』なんて考え出すと消えたくなるんだよマジで…… 大学でも隅っこの方で講義を受けてる。
婁人は俺と正反対。お調子者でアホだけど、イケメンで明るいから女子にも人気がある。会うたびに違う彼女を連れていて、ホント羨ましい……
いや、別に彼女が羨ましい訳じゃ…… いえ、それも羨ましいが、何の抵抗もなく他人と仲良く話せるのが一番羨ましいよ、俺は。
俺はこんなだから友達は居ないけど、婁人だけは別。コイツとだけは何故か昔から普通に喋れたし、正反対なのに不思議と気が合った。今みたいな口喧嘩もしょっちゅうだが、その1時間後には2人して笑ってTVを見てたりする。18年も一緒にいると、もうお互い居るのが当たり前って感じだ。
世間一般にい言う『引きこもり』のこんな俺が、今まで酷いイジメを受けてこなかったり、辛うじて大学に通えているのも婁人が居てくれたからなんだと自覚してる。そう言った意味では、婁人には感謝してるんだ。面と向かってじゃ口が裂けても言えないけどね。
友達…… いや、もうほとんど家族みたいなもんだ。
ちょっと話が横道に逸れたが、そんなわけで婁人に誘われて始めたこの『セラフィンゲイン』はマジで超面白いゲームだった。今までかなりPCネトゲ中毒だった俺だが、今までやったどのゲームよりも新鮮で、リアルで、何より刺激的だった。
『もう一つの現実』
その謳い文句は嘘じゃなかった。此処はまさに『現実』と呼んでも少しもおかしくないリアルなファンタジーワールドだ。ゲームの内容は良くあるRPGのそれと大差ない。個人若しくは集団でクエストを受注し、『セラフ』という怪物を『狩る』事によって経験を積み成長していく。成長して強くなれば、それだけ強力なセラフと戦え、難易度の高いクエストにも挑戦できるという、ごくごく一般的なシステムだ。
だが、この『セラフィンゲイン』の凄いところは、それら全てを、実際に自分で体感できるのだ。自分の手で武器を握り、現実としか思えない質感をもった怪物と戦う……
肌に感じる風、鼻をくすぐる臭い、口に含んだ食料の舌先に感じる味。敵から受けるダメージの痛みや、デッド時に受ける『死』の体感……
それら全ては『インナーブレイン』というシステムによって脳内に投影されたイメージなのだが、その体感たるや、プレイヤーにとっては現実と何ら変わりない。まさにもう一つの現実世界。そこで、俺達プレイヤーは、現実世界とは別の人間となって戦いに明け暮れる。知恵と工夫、努力と情熱。そして何よりも勇気によって別の自分になれる場所。人の真の勇気が試される聖域。それがデジタル仮想世界『セラフィンゲイン』
戦場が人を試みる場所なら、この『天使が統べる地』という意味を持つ『セラフィンゲイン』は、人の作り出した『究極の戦場』と言えるだろう。だから俺は常々思う。このシステムを考えた人々、『使徒』と呼ばれる開発者達は紛れもなく『天才』だってね。
俺と婁人はそこでチームを作った。俺達2人の他に4人の気の合う仲間を集め、総勢6人のチームでクエストに挑戦していた。
チーム『クライス・プリースト』
それが俺達のチーム名だ。ああ、馬鹿な名前だと俺も思う。だが、決を取った時に賛成票5、反対票1でそうなった。反対票はもちろん俺。だって『泣く僧侶』っておい……
民主主義の原則に従い、不本意ながらそのままチーム名が決定し、俺達の冒険が始まったのだ。
チームを立ち上げて初めの頃はなかなか上手くいかないことの方が多かった。何しろ俺は初心者だし、他のメンバーもレベルが一桁だったから、フィールドクラスCのクエストレベルの低い物しか受注できなかった。しかし俺達は経験を積み強くなった。フィールドクラスBを難なくこなせるようになり、最近では最上位フィールドであるクラスAの中・上級者向けとされるレベル4クエストも、メンバーを誰も欠けることなく生還できるくらいになっていた。何時しか『目指せ聖櫃!』が俺達の合い言葉になっていた。
『聖櫃』とは、このセラフィンゲインでもっともクリアが難しいとされる最上位クエスト、レベル6のさらに上に設定された高難易度のクエストで、クエストNo66『マビノの聖櫃』の略称だ。
このクエストは、『難攻不落』の代名詞とされるくらいのクエストで、未だかつてたった1チーム、しかも1度だけしかたどり着いた事のない『超』が付くほどの難解クエストだ。クエストをこなしてレベルアップ。そして高経験値を獲得するという基本的なクエスト受注型RPGであるので、明確な最終到達地点というポイントが付けづらいこのセラフィンゲインにあって、唯一最終地点と呼べる場所、それが『聖櫃』だった。
『過剰殺傷』設定で、挑戦するチームをことごとく退かせた『聖櫃』は、一時期『クリア不可能』とまで言われ、挑戦するチームが激減していたのだが、2年ほど前、あるチームが最終地点である聖櫃の内部にたどり着き『クリア可能』が実証され、再び聖櫃挑戦に灯がついた時期があった。しかし聖櫃は、そのたった一度の例外をまるで無かったことにするかのように、再びその門を閉じた。そのチーム以外、未だどのチームも聖櫃にたどり着いたチームは居ない。今ではそのチームは伝説にまでなっている。
そんな伝説のチームにあこがれ、かく言う俺達『クライス・プリースト』も聖櫃を目標に最近まで頑張って来たのだが…… 先日、ある事件が起こった。
いや、事件というと物々しいが、何のことはない。最近では良くある話しだ。俺と婁人ことスエゾウ以外の4人のメンバーが、他のチームに引き抜かれたのだ。
事の発端は些細なことだった。
セラフィンゲインは2年前の大型バージョンアップで、全てのエリアが『オープンフリースタイル』、つまり自分たちの受注したクエストに他のどんなプレイヤーの『割り込み』が可能となった。しかも基本コミニュティーエリアであった『ターミナル』でも、常時他のプレイヤーを攻撃対象に出来る『アクティブコンタクト』というシステムに移行され、フィールドはもちろんターミナルでもプレイヤー同士の戦闘、『プレイヤーバトル』が可能となった訳だ。
しかもこのシステムはかなり極悪で、対戦終了後、対戦に勝利したプレイヤーは対戦相手の装備品を奪うことが可能だった。しかしもちろんデッド判定されたプレイヤーは、その装備品ごと消えるので剥ぎ取る事は出来ないが、そこでデット判定をかわして相手を無力化し、その上で装備品を奪い取ると言う方法がとられた。そしてこの方法で装備品を奪うのを目的とする『プレイヤーキラー』なる者が発生し、さらには専門に『キャラ殺し』を請け負う殺し屋まで現れるようになった。
このシステム導入に異を唱えた古参のプレイヤーも多かったが、管理側はルールブックに何ら違反する事無しとして反対意見を黙殺した。
もっとも『プレイヤーキラー』もイチプレイヤーな訳で、セラフィンゲインの物理ルールに乗っ取った形でしか行動できないから、自分よりレベルの高いキャラにちょっかい出すのは希で、基本初・中級者狙いが大半だったが、上級者といえど、大物を倒した後の疲れた状況での不意打ちは十分脅威であった。
そこで純粋に狩りを楽しむ真っ当なプレイヤー達はチーム同士連携し『ギルド』という集団を形成してその対処にあたる事を考え管理側に要請。管理側はこれを承認しシステムに導入した。
この『ギルド』は、チーム同士情報を交換し、『プレイヤーキラー』や『キャラ殺し』などに襲われたら、その情報がギルドに所属している全チームに水平展開され、キラーを捜索し報復するという方法で自分たちの身を守った。その報復は凄惨なリンチであったが、『プレイヤーキラー』というその卑劣な行為に、誰一人それに対して異を唱える者はいなかった。さらに強力なチームを擁する『ギルド』は、それだけで抑止となり大ギルドに所属しているチームにはプレイヤーキラー達も手を出せなくなった。今では大抵のチームがどこかの『ギルド』に所属している。
ところが今度は、この『ギルド』同士がお互いの派閥争いを始めてしまったのだ。仲の悪いギルドに所属したチーム同士でイザコザがあったり、それがキッカケで大規模なチームバトルに発展するケースもあったりした。ギルド間でのチームの引き抜きなども頻繁に行われ、そう言ったギルドの主要チームは、クエストより自分たちのギルドを大きくすることに目標をすげ替えている節もあった。
今じゃもう本気で『聖櫃』を目指しているチームなんてほとんど居ない状態だ。ある意味カオス化してるよ。
おっと、またまた話が逸れてしまった。
と言うわけで俺達のチーム『クライス・プリースト』も大半の例に漏れず、ギルドに所属していたのだが、先日俺達の所属するギルド『失われた楽園』と仲の悪い『ヤハウェイの子』と言うギルドに所属するチームに、クエスト中にも関わらず因縁を付けられ、セラフを交えた三つどもえのバトルとなったわけだ。
しかし俺の仕掛けた罠に、説明をスルーした前衛メンバーが間違って引っかかるわ、チビカンという強面セラフにびびって『泣きギレ』を起こしたスエゾウの暴走で戦線は大混乱の総崩れ。結果俺達のチームは全滅してターミナルに戻ったら、今度は他のメンバーが俺とスエゾウに愛想を尽かし、しかもなんと襲ってきたチームのスカウトに引っこ抜かれてしまったのだ。
でもまあ無理もないか、相手チーム、7人中6人がそこそこ可愛い女子だったし…… 男だけのむさ苦しいチームよりあっちに行きたいって思うよな、誰だってさ……
とまあ、こういう顛末で俺達チーム『クライスプリースト』はあっさり解散。所属ギルドからも除名されてしまい、こうして2人、『沢庵』で途方に暮れながら、今後について考えていたわけだ。
「なあシロウ、掲示板にメンバー募集のカキコでもする?」
スエゾウがため息混じりにそう言った。
「う~ん、どうせ書き込んだって集まってくるのはクラスC辺りの初心者か、良くてティーンズ【レベル10代】だろうな。所属ギルドのないティーンズチームなんて、キラーのカモになるだけだろ」
「だよな~」
俺の言葉にスエゾウはそう言ってテーブルに突っ伏した。
「やっぱり…… しばらく傭兵やってどっかにスカウトされるのを待つしかないんかな……」
「傭兵かぁ……」
何となく、リアルの不況下の就職浪人みたいだな、俺ら……
とそんな俺達に声を掛けてきた人物が居た。
「おうぅ! 久しぶりだな2人とも」
見ると大きな撃滅砲を抱えた中年親父が立っていた。
「ああ、オウルさん。久しぶりだネ~」
と俺も軽く手を挙げて挨拶した。この人はオウルという古参プレイヤー。貴重な『サーティーオーバー』【レベル30越え】のガンナーで、いま話題に上がっていた『傭兵』だ。
この『傭兵』というのは、何処のチームにも所属しない基本フリーのキャラで、ギルドも『マークスギルド』と言う傭兵の専門ギルドに所属している。個人やチームと期間を決めて契約しクエストに参加する特殊な職業だ。
元々セラフィンゲインには『傭兵』と言う階級は正式には存在せず、半ば成り行き上発生した職業だ。聞いた話しに依れば、傭兵は全員元々真っ当なプレイヤーだったが、今回の俺達の様に解散したり、様々なしがらみでチームから抜けた高レベルなプレイヤー達が寄り集まって始めた物らしい。このレストラン『沢庵』がある裏通り、通称『寝床通り』沿いの、ここから2ブロック先にある『ネスト』と呼ばれる施設にその居を構えていて、傭兵を雇いたいプレイヤーはそこに赴いて直接契約で雇うこととなる。
まあ、契約と言っても正式な手続きがある訳じゃなく、その全ての契約行為が口約束なのだが、『マークスギルド』はシステムがギルド制に移行する前から自然発生していた組織でその影響力や発言力は大きく、正式にギルド化してからはその力もより強固になっていて、理不尽な理由で契約を反故にするプレイヤーは皆無だった。『マークスギルド』は基本的にギルド間の揉め事などには完全に中立な立場を貫いているのでなんとも言えないが、もしかしたらセラフィンゲインで最強のギルドって傭兵ギルドなのかもしれないな。
「聞いたぜ~ メンバー引き抜かれたんだって? しかも『ヤハウェイの子』所属の『ハニー・ビー』だろ? 最近あのスカウターの娘達、頻繁にアッチコッチで引き抜き掛けてるみたいだぜ?」
オウルはそう言いながら俺達が座るテーブルの空いている席に座った。
「え? あの娘達スカウターなの? マジで?」
スエゾウが起きあがってオウルに聞いた。俺も気が付かなかった。
「知らなかったのか? 結構有名だぜ?」
「って事はなんだ? 初めから引き抜き目的で喧嘩売ってきたって訳か?」
スエゾウが驚いて声を荒げる。
「てか、引き抜きに応じたその4人も事前に話し聞いてるはずだぜ? 『ノキア』とビーの魔導士が会ってるところ見たって情報、俺の所にも入ってたよ」
「マジかよっ!? くっそ~ あいつら~っ!!」
スエゾウがバンバンとテーブルを叩いて悔しがった。
『ノキア』とは俺達のチームの魔導士の名前だった。そいつが今回の相手『ハニー・ビー』の魔導士と事前に会っていたと言うことは、つまり端から仕組まれてたと言うわけだった。確かに俺も腹が立つが、でも今更言っても仕方がない事だ。そもそもそんな連中とフィールドに立ってもまともに戦えるわけがない。別れて正解だったと思うよ。
「よ~し、こうなったらリベンジだ! コッチも逆にあいつらの、あのムッチリ巨乳女魔導士を引き抜いてやろうぜ、シロウ!」
「アホか…… そもそもどんな材料で釣るんだ? メンバー居なくて所属ギルドからも除名され、クエスト受注もままならない寝カフェ難民のような状態なんだぞ俺ら。スカウト話し持ちかけた瞬間に『フレイストーム』で灰にされるのがオチだ」
「だって悔しいじゃん! 俺ら2人だけこんなところでやさぐれてるのに、あいつら巨乳ギャルに囲まれて……っ シロウは悔しくないのかよ!」
そこカヨっ! 『悔しい』じゃなくて『羨ましい』だろそれ!!
「それで、これからどうするつもりなんだ? 2人とも」
オウルのその言葉に、俺達はまたため息を吐いた。
「今それを2人で話していたんです。新しいメンバー集めて再出発するか、それとも傭兵になるか……」
俺はオウルにそう答えて頬杖を付いた。
「傭兵かぁ…… でも傭兵も結構大変だぞ? 名前が売れるまでは稼ぎにならんし」
オウルはそう言って近くに来たNPCの店員にビネオワを注文した。
「そうッスよね…… やっぱダメ元でコミ板にメンバー募集のカキコして、ティーンズ相手にちまちま上を目指すのが一番現実的かな~」
俺もビネオワを追加して天井を見上げた。
「お前達、まだ目指すのか? 聖櫃を」
オウルがそうポツリと呟いた。俺はすぐさまその言葉に答えた。
「もちろんです! かつて1チームだけだったとしても、たどり着いたチームがいるんだ。絶対行けるはずです! 俺は今までどんなゲームでも途中で投げたりしなかったのが、こんな俺の唯一の自慢なんです。いつか絶対辿り着いてみせる…… たとえ何年掛かっても」
俺は思わず声に力を込めた。いつか必ず聖櫃にたどり着く。あの伝説のチームの様に…… それは俺が引きこもりであるにもかかわらず、秋葉原の『ウサギの巣』に通う理由なんだ。
「今時そこまで『聖櫃』にこだわるプレイヤーなんて、きっとお前ぐらいだよ、シロウ。昔は一杯いたんだけどなぁ…… 此処も変わっちまったよ」
オウルはそう言って運ばれてきたビネオワを煽った。そして続いてその細い目で俺の目を覗き込んだ。俺は少し戸惑いながらその視線を見返した。
「なあシロウ。お前が本気で聖櫃を目指すなら、新メンバーを紹介してやろう。と言っても一人だけだが…… きっとお前達なら彼女も快く引き受けるだろう」
彼女? 女のプレイヤーか…… う~ん、女子は苦手なんだけどなぁ……
「マジ? マジッスか!? 彼女って事はギャルだろ? うほ~いやった~! さっすがオウルさん。顔広~い! 伊達に歳食ってないね」
スエゾウが興奮してそう言った。もう踊り出しそうな雰囲気だ。いや、五月蠅いからちょっと黙ってて。
「ただな、強さもハンパじゃないが、相当なじゃじゃ馬だぞ?」
オウルは探るような目で俺を見た後、またビネオワを煽った。
「俺の古い友人でな、バイトも紹介してやっている。キャラ名はララってんだが……」
ララ…… あれ? 不思議と聞いたことがあるような……?
「職業とレベルは? まあオウルさんが紹介してくれるプレイヤーなら腕も良いんでしょうけど……」
俺は一番気になる部分をオウルに聞いた。
「お前なぁ、腕が良いも何も…… 職業はモンク【武道家】 レベルは…… ククッ 聞いて驚けよ、32だ」
「レベル32のモンク!? そんな奴いるのかよマジでっ!?」
オウルの言葉にスエゾウが真っ先に反応した。いや、俺も正直驚いた。モンクは元々選ぶプレイヤーが極めて少ない職業で、しかもレベル30を越えるモンクなど、今までお目に掛かった事がない。
モンク【武道家】は俺達戦士系の職業と違い、寸鉄を帯びず、無手でセラフを攻撃する特殊な職業だ。己の肉体を極限まで鍛え抜き、まさにその四技を武器と化して戦うキャラである。さらにその体内で練り上げた『気』を相手にたたき込む技で、レベルが上がれば『内気功』という技を体得し、独自でダメージを回復したりする一種の万能キャラになるという。もちろん『内気功』を体得出来るほどレベルを上げたモンクは見たことがない。レベル30を越えているなら間違いなく使えるだろうから、恐らく秋葉の端末では、そのララというキャラ1人だけだろう。
何故人気が無い職業なのかは至って簡単な理由。ゲームとはいえ、此処まで現実に酷似した世界で、化け物相手に素手で挑もうなんて考える人が少ないからだ。ある意味モンクの上級者が、もっともこの世界に相応しい勇気の持ち主なのかもしれないな。
「で、でっ! その娘どうなの? イケてるの? ねえ?」
とスエゾウが興奮してオウルに聞いた。お前は盛りの付いたイヌか!?
「イケてるも何も…… あれ? なんだお前達知らないのか? モンクのララつったら結構有名だぞ?」
そのオウルの言葉に、俺とスエゾウは顔を向かい合わせて首を傾げた。そうそう、なんかどっかで聞いたことがあるような気がするんだよね、その名前……
「オイオイなんだよまったく…… じゃあ彼女の異名ぐらいは聞いたことあるだろう? 『疾風の聖拳』だよ」
オウルの言葉に俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
そうだ…… 確かに聞いたことがある。目が追いつかないほどのスピードで敵を翻弄し、一瞬で敵の懐に入り、モンク特有の打撃技『爆拳』をたたき込む、超が付くほど強くて美人な女拳士がいるって噂を。
「疾風の聖拳…… 俺、聞いたことがあるよ。めちゃくちゃ強くて超美人なモンクなんだって」
スエゾウもどうやら知っているらしい。
「ああ、俺もだよスエゾウ。嘘かホントか妖しいけど、レベル6の代表セラフ『バルンガモーフ』を素手でぶっ飛ばしたって聞いたことがあるよ……」
「ま、マジで? こ、恐……っ!」
そう言うスエゾウの目が微かに潤んでいた。もうホントにコイツはよぅ……
「ははは、そりゃ強いはずだよ。何せ彼女は一度『聖櫃』に行ったプレイヤーだからなぁ」
ええっ!!?
「ま、マジですかそれっ!?」
俺は思わず席を立ってオウルに詰め寄った。オウルはそんな俺を面白そうに眺めながら静かに続けた。
「ああ、おおマジだ。彼女はこのセラフィンゲインで唯一『聖櫃』の扉の向こうに足を踏み入れた伝説のチーム…… あの『ラグナロク』の最後の生き残りなんだよ」
オウルはそう答えて、ビネオワを飲み干した。俺は立ったままその場で呆然としていた。
あの伝説のチーム『ラグナロク』のメンバーの一人。もうとっくに全員引退したものだとばかり思っていたけど、まさかまだ生き残りがいたとは思わなかった。
疾風の聖拳、モンクのララ……
モンクという職業からして恐らく前衛を勤めていたハズだ。ならばあの伝説の太刀使い、英雄と呼ばれた『漆黒の鴉』
そしてその後のプレイヤーバトルでたった一人で10チームを相手に戦い、その全てを全滅させ、しかもそのうち15人をロストに追い込み『死神シャドウ』の異名残してこの世界から姿を消したあの人と一緒に戦った戦友……
「何処に行けば会えますか? 疾風の聖拳に」
俺のその言葉に、オウルはその細い目をさらに細くしてニンマリと微笑んだ。
初めましての方は初めまして
おなじみの方は毎度どうも。鋏屋でございます。
セラフィンゲインAct2『Angel's desire』の第1話を投稿します。このお話は前作からの続きですが、主人公が違います。前作から2年が経過していて、前作から引き続きメンバー入りするのはマリアことララだけです。『ラグナロク』のメンバーもララ以外は全員引退していると言う設定です。
いや、もう一つのサイドストーリーに行き詰まり、なかなか書く気力が沸いてこないので心機一転のつもりで書いているのですが、まだ2話分しか書けてないのがスランプ真っ盛りと言った感じです。モチベーションを保つために頑張って書き続けよう……
鋏屋でした。
次回予告
メンバーの引き抜きでチームが解散し、途方に暮れるシロウとスエゾウは、傭兵ガンナーオウルの紹介で、伝説のチーム『ラグナロク』の一人だった『疾風の聖拳』の異名を取るモンクのララを紹介される。しかしララは気まぐれで、不定期にアクセスしているらしくセラフィンゲイン内での補足は難しい。そこでオウルはリアルで必ず現れる彼女のバイト先に2人を誘った。シロウとスエゾウはそこで伝説のモンク『疾風の聖拳』ララとのファーストコンタクトに望んだ……
次回 エンジェルデザイア第2話 『秋葉の戦女神』 こうご期待!