第10話 紅の後継者
「レ、レベル5クエストでボスクラス2体のチェーンバトルなんて……っ!」
スエゾウが震えた声そう言って息を飲む。確かにもっと下位のクエストなら襲われたことはあるが、このレベルのクエストは俺も経験がない。しかも普通の相手じゃない、レベル6セラフに匹敵する戦闘力を持つ幻のセラフだ。びびるなって方が無理な話だ。
「なかなかヘビィなサプライズだけどぉ、ウォーミングアップも十分なことだし、仕掛けるよシロウっ!」
ララがそう言いながら左の手のひらに右拳を数回ぶつけて気合いを入れ、ふーっと呼吸法を変えて息を吸い込む。体内で気を練るための独特な呼吸法だ。マジで連チャンバトルに挑む気ですかっ!?
「一端エリアを移動して態勢を立て直さないか? 流石にこの連戦は……」
と言いかけた俺にララは即座に言い放った。
「もうちょっとで雷帝狩れたのに今ので経験値パアってどういうこと? そんなの無駄骨じゃん! それにあいつ経験値たんまり貰えるんだもん、これを見逃す手は無いっしょっ!!」
聞いてねぇし……
ララの言うとおり結局罠まで発動して捕縛していたアントニギルスは、フェイサーに噛み殺され仕留めることが出来なかった。どれだけ俺達が痛めつけたとしても、最後でトドメを刺せなかったら経験値は入らない。つまり突然現れたフェイサーにおいしいトコ持って行かれた形になる訳で、フェイサーを狩らないと割に合わないって考えは分かるけど、ちょっとしんどくないか?
「それに金ちゃんもやる気満々みたいだし、きっと簡単に後退させてくれないよ~?」
と言ってララはフェイサーに顎をしゃくった。金ちゃんってオイ…… 『なんでそーなるのっ!?』とかって言っても通じそうにないから!
俺もララの視線の先にいるフェイサーを見ると、大きな口を開いて俺達を威嚇していた。ホントだ、やる気満々どころか殺す気MAXだな。おまけに奴は飛翔セラフだ。こんな何にもない場所じゃ後退したってエリア移動前に補足されるだろう。
くそっ! やるっきゃないってことかよ!!
そう思った瞬間、隣にいたナイトがそのリーチを活かして先制攻撃を仕掛けた。しかし唸りを上げて斬りかかったガリアンハントの刃が、甲高い音と共に弾かれた。
「ちっ、やっぱりか!」
戻ってきた刃の衝撃を肘の関節を引いて殺しつつ、ナイトは舌打ちをして剣を構え直した。
するとフェイサーは喉の奥を鳴らし、そのあぎとを大きく開いてブレスを吐いた。ヒュゥゥゥンっと空気が震えるような音を響かせながら、強力な熱線がまるでロボアニメの粒子ビームのように周囲の地面を薙いだ。俺とナイトは間一髪しゃがみ込み、その攻撃をやり過ごした。奴はそのまま首をゆっくりと横に振り正面の地面をえぐり取っていった。
俺は傍らにあった大きな岩を見て息を飲んだ。奴が口から吐いた熱線の様な物で切り取られた岩の切断面が溶けて硝子化していたからだ。
「レ、レーザーかよマジでっ!?」
思わずそう吐き捨てた。冗談じゃない、相手は一応生物だろっ!? 反則だろこんなの!?
「まさか? 光学兵器じゃないよ。アレは奴の体内で生成される高熱体液なんだ。咽で収束して高圧力で噴射しているんだよ。しっかし岩の切断面がこの有様だ…… 1,500度は軽く超えてるだろうな」
ナイトもその岩の切断面を眺めて呆れるように言った。内容がどうあれ、危険なブレスである事には変わりない。思わず背中に冷たい物が走った。
つーか殆どビームじゃんそれ……!
「でも問題はブレスじゃない。奴のあの黄金の表皮、アレは刃物による攻撃に高い耐性を持ってる。現に俺の先制攻撃は弾かれた」
ナイトがそう言って苦い顔をした。
「でもあんたの魔法剣なら……」
「いや、そう言う問題じゃない。龍タイプのセラフは総じて剣による物理攻撃が効きにくいが、それは単に防御力が高いとかって問題じゃなく『祝呪的な関係』という設定になっている。五行で言う『相侮』の様な関係みたいなもんだ。ぶっちゃけて言えば剣による攻撃は元々奴ら相手には相性が悪い…… 奴はそれが極端に高いようだ」
ナイトは自分の手に握るガリアンハントに視線を落とした。
「呪術的な処置を施した剣、いわゆる『スレイヤー』の名を冠した剣ならある程度そう言った事を相殺出来るんだがな…… 魔法剣であっても剣による攻撃に変わりはない。素で斬るよりは良いだろうが、どこまで効くか正直自信がない」
「つまり俺達剣タイプの戦士じゃ苦しいって訳か」
「ああ、だが幸い俺達にはメーサがいる。魔法攻撃はピカイチだ。高位魔法を唱える時間を稼げれば狩れる。それにコッチにはララが居る」
ナイトはそう言ってチラッとララを見た。
「モンクの爆拳は無属性、そういった関係を無効にして内部にダメージを与えることが出来る。彼女の攻撃を足がかりに牽制してメーサの魔法で仕留める。これでいこうぜリーダー!」
俺はナイトの言葉に頷いて同意した。それにしてもナイトってすげぇ頭が良い。瞬時にベストな戦術を考えるその回転の速さに目を剥く思いだ。
「ララはスピードを活かして奴の懐に飛び込み爆拳、俺とナイトは左右から挟撃して飛び込むララを援護。ゼロシキは砲撃でカウンターを牽制しつつ攪乱。その隙にガキんちょは高位魔法を唱えて奴にたたき込め! スエゾウ、前衛に『ケイトンド』を掛けてくれ!」
俺の言葉にメンバーが頷いた。メーサは「ガキんちょ言うなっ!」とまた文句を言うが、攻撃法自体は納得したようでふくれっ面のまま身構えた。続いてスエゾウの魔法『ケイトンド』が発動し、俺とナイト、そしてララの体がポワッと光り全身に力がみなぎる。『ケイトンド』は一時的に攻撃力を上げる支援魔法だ。
「よ~し、チームウロボロス、攻撃開始っ!!」
俺のかけ声と共にまずララが俊足で飛び出し、続いてナイトがその後を追う。いやそれにしてもララ速ぇ~っ!! あっという間に間合いを詰めてフェンサーに肉薄しちまった。援護なんて必要ないんじゃないか?
「メガフレイアソードっ!!」
ナイトの叫びと共に右合いから真っ赤な炎を纏った自在刃が、まるで炎蛇のようにフェンサーの前足に飛びかかる。その炎の刃は奴の黄金の鱗を裂き、同時に傷口を炎で焦がした。だが、上がる炎は大きくて派手に見えるが先ほどのアントニギルスの前足を裂いた時よりは明らかに傷口が浅い。やはり奴の表皮は魔法剣でさえ高い抵抗効果を発揮するようだ。フェンサーは鼻を鳴らしてナイトを睨むと例のブレスを吐いた。ナイトはその攻撃をとんぼを切ってかわしながら、空中でガリアンハントを戻し、その反動で体の向きを変えて地面に降り立つと同時に移動に移った。流れるようなその体捌きに思わず魅入って仕舞いそうになる。頭も良いし感も良い。そして何より戦い慣れしている。間違いなくナイトは最強クラスのプレイヤーだと改めて思った。
続いてフェンサーの顔の周りに数回の爆発が起こった。ゼロシキの対鱗榴弾が正確に命中したのだ。しかも1発だけ、恐らく目眩まし用に『ボルトス』の効果を付加した魔法弾が混じっていたようで、奴の眼前に青白い閃光が走った。
ゼロシキの持つ『龍牙零式』は回転式で、ライトキャノン系のようなアタッチメントタイプの弾倉交換式ではない。と言うことは対鱗榴弾から瞬時に魔法弾に切り替えリロードして撃っているって訳だ。そんなことを移動しながら行い、しかもアレだけ正確な射撃を実行できるなんてマジすげーっ!
よし、俺も何とかがんばらないと……
俺はそんなことを思いながら背中に背負っている太刀の柄を握り、布撒きにされている太刀を手に持った。
とその時、スキを見て懐に飛び込んだララがフェンサーの胴に数発の蹴りとパンチをヒットさせた。その後ララは地面に横っ飛びに転がり、立ち上がると同時に後方へジャンプし離脱を図った。一方攻撃されたフェンサーの胴はまるで腹の内側で爆弾が爆発したかのようにその金色の皮膚が裂けて唸り声を上げた。
その声の中、俺は國綱を握り奴の左側から接近した。久々のずっしりとした國綱の感触。鞘を持つ左手の親指で鍔を持ち上げると、カチリと小さな音がした。全力疾走中なのに、何故かその音は俺の鼓膜にはっきりと響いた。なんかいつもより感覚が鋭くなっている気がするのは気のせいかな?
「行くよみんなぁ!」
とそこにメーサの声が響いた。
あ、あれ? お、俺って完全に攻撃のタイミング見失ってる――――っ!?
ちょっと待て! このまま行ったら俺は味方の攻撃モロに食らうじゃんっ!?
俺は慌てて攻撃を中止し急制動を掛け、心の中で悲鳴を上げながら地面を蹴って後退した。そして次の瞬間、メーサの声が響き渡った。
「メテオバースト―――――――っ!!」
メーサの声が終わると同時に正面で唸り声を上げるフェンサーの頭上に馬鹿でかい火球が出現した。ぐるぐると幾筋もの炎の帯を巻きながら回転するその火球が、やがて勢いを付けて逆落としに金龍に直撃した。
衝撃と地響き、鼓膜が裂けそうな轟音と熱風が周囲を席巻し、大地と空気が抉られる。凝縮された濃密な熱エネルギーの一点爆発。メーサの声に慌てて後退し、そこそこ距離を取ったにもかかわらず吹き荒れる熱風で煽られ体がもみくちゃにされる。
爆炎系最上位魔法『メテオバースト』
レベル30を越えた魔導士の特権とも言える最強魔法の発動だった。この世界で、1回の攻撃で与える威力としては恐らく最も高いダメージとして換算される最大級の『暴力』だ。
俺も過去に1度だけ見たことがあるが、まさかこんな至近で見ることになるとは思わなかったぜ!
俺は顔に当たる熱風で咽せ返りそうになるのを堪えながら爆心地を睨むと、未だに赤黒い炎がまるで竜巻の様に渦を巻いていた。周囲の空間が時々ノイズのように明滅しているのは恐らく今のメテオバーストの影響でプログラムに負荷が掛かり、システムの処理が一時的に追いついていないのだろう。俺はその光景に驚愕しながらゆっくりと立ち上がった。するとナイトが駆け寄ってきた。
「大丈夫かシロウ?」
「ああ……」
俺は体の砂埃を払いながらナイトに答えた。
「危うくバターになるところだった…… 奴はやったかな?」
俺のその問いに、ナイトが「どうかな?」と答えた瞬間、爆心地から大気を振るわすほどの咆吼が轟き、爆炎の中からフェンサーが首を出した。
そしてビィィィンと言った耳障りの音が響き、奴の体の回りに巻き付いていた炎がぱっとはじけ飛んだ。
「マジかよ……っ!?」
思わずそう呟いて続く言葉を飲み込んだ。口の中がやけに乾いてツバを飲み込むことも出来ない。
「奴め…… 『波動』が使えるようだな」
ナイトがフェンサーを睨みながらそう言った。
『波動』とはセラフが体得している特殊能力の一つで、その効果は魔法攻撃のダメージを50%緩和すると言う物。先ほどスエゾウが俺達に使った『プロテクション』と同じ効果を持つものだった。なるほど、その効果でメテオバーストの熱核爆発を耐えたって訳か……
しかしさしもの奴もアレだけの威力の5割を食らったわけである。頭にある豪奢な2本の角のウチ1本は完全に折れて吹き飛び、残ったもう1本も半分ほどの長さのところまで溶け落ちていた。
さらに背中にある翼の皮膜のその殆どが熔解しており、関節の部分に黒いゴゲかすを残すのみとなっていた。金色に光り輝いていた全身を覆う美しい鱗は煤で汚れ、所々に無惨に焼けただれた痕が見て取れた。
すると突然奴の体が光り出した。薄汚れた全身に青白いスパークが走る。
俺とナイトはその姿を見て「マズイっ!!」と同時に叫んだがその瞬間、視界が真っ白に消失した。
至近距離で大玉花火が爆発したような音に鼓膜がその役割を放棄し、内臓が焼けるような熱と全身の血液が沸騰したような痛みに声のない悲鳴を上げ、俺は数メートル地面を転げ飛んだ。
一瞬の意識の喪失の後、痺れた舌先に土の味を感じ、朦朧とした意識の中で目を開く。網膜に焼き付いたように鬱陶しく飛び回る光の玉に視界を占領されて映像がぼやけるのを必死に補正しようとするが、上手く言うことを聞いてくれない自分の瞳に舌打ちしながら、痺れる腕を踏ん張って状態を起こし、口の中に入った砂を血の混じったツバと一緒に吐き出した。
「な、ななな、なにが……」
舌が痺れて上手く喋れない。鼓膜はさっきから情けないほど悲鳴を上げ周囲の音さえ拾えない。ようやく回復しかけてきた目を凝らし、ぼやけた視界で辺りを見回した。すると俺の右手の6,7メートル離れた場所に、赤い何かが動いているのが見えた。俺はさらに目を凝らすと、それはどうやら人のようだ。
「な、な、ナイト、ぶ、ぶぶ、無事か?」
痺れて回らない舌で必死にそう聞いた。
「ああ…… 結構ダメージ食らったけどな……」
ようやくうっすらと聞こえるようになった鼓膜が、そう言うナイトの声を拾った。
「この威力、ボルトバインだな」
雷撃系最上級呪文『ボルトバイン』
最大級の落雷を軽く凌ぐ高電圧の雷を対象にたたき込む最強クラスの魔法だ。普通のアントニギルスが使ってくる『ギガボルトン』の数倍の威力がある。デッドしてないのが不思議なくらいだよ。さっきのプロテクションの効果がまだ持続していたんだろう。辛うじて生きてます俺……
しかしダメージは深刻だ。五体満足だが全身が痺れて関節に力が入らない。今の一撃で相当体力を持って行かれたようだ。俺は震える手でポーチから携帯回復液を取り出し、一気に飲み込んだ。う~、苦げぇ!
「他の連中は!?」
とやっとまともに喋れるようになり、俺はそう叫んで周囲を見回す。するとララがフェンサーの周りを駆け回り、断続的に攻撃を仕掛けていた。フェンサーの体に時折爆発が見えるのは恐らくゼロシキの砲撃による物だろう。ボルトバインの直撃を食らったのは俺とナイトだけのようだ。
「ララが上手く注意を引きつけてくれている。ゼロシキの攻撃も効果的だ。だが絶え間なく移動してるせいでメーサが高位魔法を唱えられない。俺達も戦線に復帰しないとヤバイが…… 行けるか、シロウ?」
ナイトがそう聞いてきた。俺は震える膝に鞭を入れ、ヨロヨロと立ち上がった。
「ちょっと待て……」
ナイトはそう言ってぼそぼそっとなにやら言葉を繋いだあと、呪文を行使した。
「ケアっ!」
すると俺の体が一瞬ポワっと光、続いて臍の下あたりから心地よい熱が全身に広がった。回復魔法は回復液と違って気持ちがいい。
「ホントならディケアを掛けてやりたいところだが、さっき魔法剣を連発したせいで魔法力が心許ない。悪いがこれで我慢してくれ」
ナイトはそう言って地面に突き刺した剣を引き抜いた。とその時、メーサの叫び声が聞こえてきた。
「ララ――――っ!!」
見るとララがフェンサーの尻尾にはじき飛ばされていた。ララは受け身を取りながら数回地面を転がり体勢を整えた後、地面を蹴って後退した。
「いった~っ!」
ララはそう言いながら右手の甲で血の滲んだ唇を拭った後、口の中のツバを血と一緒に吐き捨てて構えを取る。その姿はおよそ女の子の仕草じゃないが、その美貌と相まって何故か美しかった。
それにしてもララはタフだ。あのフェンサーの攻撃食らってピンピンしてる。だが、流石にララも一人では手に余るようだ。上手く捌いてはいるものの決め手になる攻撃である『奥義』の発動には若干のタイムラグがあるだけに、クリティカルを狙えないようだった。
「もう大丈夫だ、いくらララでも奴相手に一人じゃ無理だ。早く援護に回ろう!」
俺の言葉を合図に俺とナイトは全力疾走に移った。
「メーサ、もう一度メテオバーストだ。俺達が時間を稼ぐからメーサはスキを見て詠唱に入れ!」
ナイトが立て続けにガリアンハントを振るいフェンサーに攻撃しながらそう叫ぶと、メーサは「うんわかった!」と答えて走り出した。
とその時、ナイトの攻撃とゼロシキの魔法弾を食らったフェンサーが一際大きな咆吼を放った。
火山の噴火のような大音響に、再び鼓膜が悲鳴を上げる。だが、それだけじゃなかった。装備している鎧がビリビリと振動し、体中の細胞が、まるで石になったかのように硬直する。上位セラフの持つ特殊能力『ハウリング』特有の『竦み』という現象だった。
このハウリングという特殊能力はレベル5以上のボス級セラフは大抵持っていて、レベル6セラフはその効果も強力だ。
このハウリングから引き起こされる『竦み』という状態異常を軽減若しくは相殺する方法は2つ、1つはターミナルのショップに売っている『耳栓』というアイテムを装備する方法だ。この耳栓には数種類あり値段に応じてその効果が変わってくる。レベル6セラフの強力なハウリングでは安物の耳栓では全く役に立たない。
もう1つの方法は、キャラスキルの一つ『虚勢スキル』のスキル値をアップさせる方法だ。このスキルはレベル上昇の折に経験値をパラメーターに振り分けて段階的に上げていくのが一番なのだが、皆ついつい体力や腕力などの基本ステータスを上げることに必死になり上げずに来てしまうことが多い。しかしこのスキルを高レベルで発動させるとハウリングを完全に相殺することが出来るのだった。
因みにショップで売っている耳栓の中で最も値の張る『スーパーイヤー』でも、レベル6セラフの強力なハウリングは80%減が最高だ。
「くっ、ハウリングも強烈だな……」
俺は思わずそう呟いた。俺は一応『虚勢』を体得しているが、発動レベルはまだまだ低く、レベル6セラフのハウリングを完全中和する事は出来ない。そこでスーパーイヤーを併用しているのだが、それでもレベル6セラフの放つハウリングの硬直時間は6秒を越える。レベル6セラフと対峙したことは無いが、正直これほど強力なハウリングは初めてだ。
フェンサーは再度ハウリング効果を付加させた咆吼を放ち、長い尾をバタバタと地面に叩き付け俺達を威嚇し始めた。どうやら怒り始めたらしい。
殆どのボスセラフはある程度攻撃を食らい続けると『怒り状態』になる。この怒り状態になったときの攻撃力は通常時の30%増しになると言われている。
ひとしきり吠え終わったフェンサーは再び口からブレスを吐き、周囲をなぎ払った。地面がめくれ上がり、岩がまるで豆腐のように切断されていく。
俺はその攻撃をかわしつつ後退した。不意に横に視線を走らせると、視界に黄色いローブ姿のメーサが見えた。
あれ? あいつ何で後退しねぇんだよ!?
そのうちに奴のブレス攻撃で跳ね上がる土砂によろけ、メーサはしゃがみ込んでしまった。立ち上がろうとするが、体が上手く動かないようだ。
ま、まさか…… まさかあいつ!?
俺がそう思った瞬間、ナイトが地面を蹴ってメーサに向かった。しかしそこにフェンサーの尻尾が襲いかかり、避け損なったナイトは後方に吹っ飛ばされた。ララもメーサの異変に気付いたようだが奴のブレス攻撃が激しくて近寄れないようだった。
「ガキんちょ、逃げろ馬鹿っ!!」
俺はメーサに向かってそう叫んだ。その声に反応してメーサも俺の方を向いて何かを叫ぼうとするが声が出ない様子だ。
間違いない、あいつ竦み上がってるっ!?
なんて事だ! サーティーオーバーのキャラが竦み上がるなんて聞いたことねえよっ!?
メーサは本来管理AIとしての基本設定のままここにいる。俺達プレイヤーのように戦闘経験によって培ったレベルではない。基本パラメータそのものは高いが、恐らく本来獲得経験値を振り分けて上げていくはずのサブパラメータに付随するスキルは初心者のそれと変わらないのだろう。これは完全な誤算だ! あのお子さまランチめ、どんだけデタラメなんだよっ!?
ひとしきりブレスを吹き終わると、フェンサーは硬直するメーサを睨んだ。口をパクパクさせながらメーサはフェンサーを見上げる。
「メーサ、逃げろっ!!」
奴の尻尾に吹っ飛ばされたナイトが体勢を立て直して奴の右側から斬り掛かるが、フェンサーはまたも尾を回してナイトに叩き付けた。ナイトは今度はその一撃を驚異的な反応でガリアンハントで受けたが、後方に押し返されてしまった。
「メーサこっちーっ!!」
とララが叫びながら、俊足でメーサに向かってダッシュする。しかしフェンサーはそのララに向かってブレスを吐いた。
「―――――っ!?」
間一髪で身を逸らしその攻撃をかわしたララだったが、次の瞬間彼女の左肩から鮮血が上がった。ララは左肩を押さえながら横に飛び退き、地面を数回転がって膝を突きフェンサーを睨んだ。
一方フェンサーはそんなララを一瞥し、もう一度高らかに咆吼を上げた。するとメーサはがっくりとその場に倒れ込んでしまった。
俺はそのメーサの姿を見て、反射的に左手に握る國綱を鞘から引き抜き、柄に巻いた布をそのままに正眼に構えた。
何故だろう、妙に心がざわつく。ナイトですら届かないフェンサーの妨害。ましてやナイトの剣技より数段劣る俺の太刀捌きだ。何よりこの距離で俺がメーサに何が出来る?
そう自問しつつ手にした國綱を見る。風にそよぐ布の隙間から覗く二尺五寸八分の赤い刀身が日の光を受け濡れたような光沢を放つ。何故か耳の奥で耳鳴りがする。何だか心なし頭も痛くなってきた。そして國綱の刃先がわずかに震えている……
俺、びびってるのかな……
けど…… んナロっ! 考えてる暇無えじゃんよっ!!
俺は國綱の柄を握り直し地面を蹴って全力疾走に移った。その間にもフェンサーは息を吸い込み、へたり込むメーサに向け必殺のブレスを吐こうと口を開けた。
くそったれ、間に合えコノヤロウ――――っ!!
「メーサぁぁぁ―――――――――っ!!」
そう叫んだ瞬間、耳鳴りが一際大きくなり、まるで脳みそを針で刺すような激痛が走った後、俺の体が風になった。
自分でも信じられないスピードで一瞬の内にメーサの前に躍り出ると、一直線に照射されたフェンサーのブレスを國綱の刀身で『切り裂いた』!!
高圧力で放出される超高熱の体液ビームが國綱の一撃で裂かれ拡散する。細切れになった破片が俺の鎧に無数の小さな焦げアトを作り、國綱を巻いていた布に燃え移って炎が上がった。
フェンサーはグルルっと咽を鳴らして今度は鋭い爪のある前足で俺を蹴りに掛かった。俺は國綱の刃を逆に捻り、下段からすくい上げるように斬り上げ、その前足を迎え撃った。奴の黄金の表皮に弾かれるのを覚悟で振るった一撃だったが、まるで小枝を凪ぐ様な手応えでその表皮を切り裂いた。その信じられない切れ味と、まるで太刀が自分の一部になったような一体感に思わず息を飲む。
「シ…… ロウ……っ!」
背後でメーサの呻くような声がした。反射的に振り向いた俺は、左腕でメーサを抱きかかえて怒鳴る。
「掴まってろっ!!」
その言葉と同時にメーサが俺の首にしがみつき、俺は地面を蹴って跳躍した。その瞬間フェンサーが再び放ったブレスでメーサの居た場所の地面がえぐれた。そのまま奴の高熱ブレスが跳躍する俺達を追うが、俺は空中で体を捻りながらその攻撃をことごとくかわしていった。その体捌きもそうだが、メーサを抱えてのその動きに、自分自身信じられない思いだった。
すっげぇっ! どうしちゃったんだよ俺っ!?
着地した俺はすぐさまメーサを降ろし、國綱を地面に突き立て自分の耳からスーパーイヤーを引っこ抜くとメーサの両耳に押し込んだ。
「い、痛たた、な、何するんだよ!」
「やかましい! サーティーオーバーで竦むなんて聞いたことがねぇ!! つべこべ言わずにコレ突っ込んどけ!」
俺は文句を言うメーサを制してそう言った。
「コイツはハウリング対策アイテムのスーパーイヤーだ。常時装備してても周囲の音は聞こえる優れものでレベル6挑戦の必需品なんだ。高いんだぞ?」
「で、でもそれじゃシロウはどうするのさっ?」
メーサの子猫のような瞳が俺を覗き込む。むむっ、結構可愛いじゃねぇか!
「俺は多少『虚勢スキル』がある。なんとかなるだろ」
「シロウ……」
そう呟くメーサは心配そうな目を向ける。や、やめろ! そんな目で見るんじゃねぇっ! つーか目ぇ潤むなっ! 俺にはロリ属性もなければ人間外の属性もねぇっ!!
「スキル値ゼロのくせに人の心配してる場合か、このガキんちょ!」
俺は心の中の動揺を隠すようにそう憎まれ口を叩いた。ふう、もう少しで人外ロリ萌えつー新しいジャンルを開拓するところだった。危ないったらありゃしないよマジで。
「な、なんだとーっ!」
俺のその言葉にメーサは大きな瞳を三角にして怒った。その表情がころころ変わる様はAIということを感じさせないほど人間めいていた。
「そうそう、お前はそうじゃないとコッチが調子狂うだろ」
俺はそう言ってメーサの頭をポンポンと叩いた。メーサは「叩くな!」と俺の手を払いのけた。
「耳にそれ突っ込んでりゃ『竦み』は何とかなるだろ、さっさと魔法ぶちかませよ」
「ふんっ! 言われなくてもそうするさ、シロウこそ僕の魔法の巻き添えで消し炭にならないように気を付けなよっ!!」
メーサはそう言って俺の背中をポカポカ叩きながら押した。俺は「言ってろ!」と吐き捨て地面に刺さった國綱を抜きフェンサーを睨んだ。すると背中から「シロウ!」とまたメーサの声が飛んできた。
「何だよ?」
「その…… あり…… 」
声がやたらと小さくて良く聞き取れない。
「あぁ、なんだって?」
「―――何でもないよっ! 早く行っちゃえ馬鹿!」
メーサはローブのフードを引っ張って深めに被り、俯きながら左手でシッシッと追い払うような仕草をした。
くぅ~、全く可愛い毛のないガキんちょだぜ!
俺は「フンっ」と鼻を鳴らして再びフェンサーに目を向けた。
しかし俺のこの動きはどうなっているんだろう? 明らかに普段の俺のパラメータじゃ考えられない動きだ。だがさっきから耳鳴りと鈍い頭痛が続いている。システムエラーか何かか?
不意に俺はフェンサーに攻撃を仕掛けるナイトを見た。自分の『敵』の姿を確認するためだ。
――――――って、あれ?
敵? な、なんでナイトが敵なんだよオイっ? 何考えてるんだ俺?
自分でも良くわからない。耳鳴りがさっきより大きくなったから、考えが良くまとまらないのかもしれない。俺はブンブンと頭を振り、握る國綱に力を込めた。
國綱は先ほどの戦闘で巻いてあった布が殆ど燃え落ちその紅い姿をさらしていた。そしてその切っ先がやはりわずかに震えている。そしてまるで生き血を吸ったような紅い刀身が濡れたような光沢を放ち、その表面に映り込む俺を魅了していた。
『この太刀は主を選ぶ……』
かつてこの太刀を俺に譲った男の声が脳裏に蘇る。信じられない切れ味を示す深紅の太刀。セロシキは言っていた、持つ者によってその攻撃力が跳ね上がるのだと……
この局面ではありがたいその攻撃力に、何故か俺は不吉な物を感じていた。そんな不吉な予感を振り払うように深い息を吐き、眼前で咽を鳴らす黄金の神龍を睨んだのだった。
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第10話更新いたしました。
やっとシロウ君が主人公らしい働きをしてくれてほっとしていますw 彼の持つ太刀、鬼丸國綱を抜きパラメータ以上の機動力を見せ、ナイトを敵と認識してしまう……
何故今までその変化が現れなかったのか?
逆に何故今になって現れ始めているのか?
それには偶然にもある2つの条件が重なっているんですが、前作から読んでいる人はピンと来ることでしょうw
そして『神の代理人』と謳われた七大天使長の名を持つ人工天使『メタトロン』ことメーサに変化が出てきました。セラフィンゲインを利用し何千何万と言った人間の行動心理を解析することで憶えた現在の彼女の感情は『人間の真似』をしているだけに過ぎません。そんな人あらざる彼女が、この先どう変わっていくのかがこの物語のメインになってます。
いや~ようやく物語を動かせそうです。(前置き長すぎだろマジで!)ご、ごもっとも……(汗
またまた厨二臭プンプンなベタ王道ストーリーになるのは明白かもしれませんが、おつき合いのほど……
鋏屋でした。
次回予告
幻の黄金龍、アントニギルス・フェンサーのハウリングで窮地に陥ったメーサを救うべく突撃したシロウは、パラメーター以上の動きを見せる自分の体と、異様な切れ味を見せる深紅の愛刀『鬼丸國綱』に得も言われぬ違和感を覚える。そして何故かナイトを『敵』として意識してしまう自分に戸惑う。一方メーサは自分を救ってくれたシロウに「何かお礼を」と考えシロウに声を掛ける。果たして、メーサがシロウにするお礼とは?
次回 セラフィンゲインAct2 エンジェル・デザイア第11話 『天使のお礼』 こうご期待!