第8話 特訓開始
今日も昨日と同じような実戦訓練となった。
昨日の失態を繰り返してはいけないと、今日は昨日以上に冷静に戦闘に臨んでみたけど、やはりモンスターの動きについて行けない。
これはステータスのせいでは無く、僕の戦闘センスがあまりにも無さ過ぎて、身体能力が空回りしているということなんだろうか? それとも、心のどこかで怯えがあって、身体が萎縮してしまっているのだろうか……。
「おりゃーーーーっ」
すぐ近くで、大声を出しながら無防備にモンスターに突進していく女子が居た。確か『超感覚』の猪熊さんだ。
昨日は近くに居なかったみたいで気付かなかったが、騎士達から教えて貰ったこととは全く違う動きでモンスターに挑み掛かっている。
「凄い動きだなあ」
他人のことは全く言えた義理の無い僕ではあるが、その闇雲に突進しているだけの猪熊さんには少々驚かされた。あれは僕と同じくらい危なそうだ。
しかし、戦闘力は別に低くないようで、剣が当たればモンスターは倒せている。そこが僕とは大違いだ。
何せジャイアントスラグ以外、まだ1匹も倒せてないからね。
猪熊さんは1ヶ月前に転校してきたばかりなのに、いきなりこんな異世界に飛ばされてしまって、本当に災難に思う。まあ全員立場は一緒ではあるけど。
◇◇◇
結局今日もモンスターは倒せなかった。一応、パーティーとして戦っているので、パーティー内の誰が倒しても経験値は僕にも入ってきている。なので、レベルは8に上がってはいるのだが……。
このままではやはりダメだ。なんとかしなくてはいけない。
肩を落としながら帰路に付く僕に、小鳥遊さんが話し掛けてきた。
「勇木君、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。同じクラスの仲間なんだから、みんなで力を合わせれば良いことなんだし」
いつか僕が小鳥遊さんに掛けた言葉を、お返しに貰ったような感じになった。あの時は僕が小鳥遊さんを励ますつもりで言ったんだけど、今となっては肩身が狭い思いでいっぱいだ。
「待て小鳥遊、君のクラスメイトを気遣うやさしい気持ちは分かるが、もうそんな状況じゃ無くなっているぞ」
僕たちの会話に割って入ったのは、ギフト序列1位『剣聖』の十六夜君。スラリとした長身に均整の取れた体つきで、ずば抜けた運動能力のイケメンだ。中学の時、バスケで全国ベスト5プレーヤーにも選ばれたとか。バスケだけじゃ無く、どんなスポーツでも完璧にこなす。発言力も強く、クラスの中心人物になっている。
授かった能力も「チート」とまで言われるほどのギフトで、成長すれば剣で劣ることは無いという。さらに言うなら、『剣聖』のギフトは身体も強化していて、通常よりステータスもかなり高いらしい。彼の戦いをちらりと見たが、すでに熟練の動きだった。
「小鳥遊、全員で無事帰るというのは当たり前の目標だが、1人でも多く生き延びるために、残酷な判断が必要になってくる可能性もあるんだ。1人のために全員が犠牲になる愚は、絶対に避けなくてはならない」
彼の言うことは正しい。
「もう日本に居た頃の状況とは違う。勇木の無能が周りを危険にするようなら、心を鬼にすることも必要だぞ、それを覚えておいて欲しい」
何も言い返せなかった。全て正論だからだ。
ここは一生懸命やっていれば評価してくれるとか、そんな甘い世界じゃ無い。
無能が自分をわきまえずに居ると、周りを不幸にするだけだ。
「勇木君……」
「いいんだ、僕の頑張りが足らないだけだ。気を遣ってくれてありがとう」
僕は自らの厳しい修練を決意した。
◇◇◇
「オルドルさん、ちょっと頼み事があるんですが……僕に稽古を付けて頂けないでしょうか?」
宮殿に帰ってから、僕は騎士団長のオルドルさんに自主的な訓練を願い出た。
「む、君か。君の申し出には応えてあげたいが、オレにもやらなくてはならないことがあってな。合同訓練ならいざ知らず、これ以上時間を割くことは難しいな」
そうですよね……。
仕方ない、ほかの騎士さんにもお願いしてみよう。
その時、ちょうどそこへフィーリア王女と、専属護衛騎士のアイレ・ヴェーチェルさんが通り掛かった。
「勇木様、自主訓練をお望みなのでしょうか?」
どうやら話を聞いていたようで、僕の目的は分かっているようだった。
「ならば、このアイレに頼まれては如何でしょう。オルドル様に引けを取らぬ剣術の巧者でありますよ」
「王女様、私などまだまだ到底オルドル殿には及びませぬ」
「あなたなら適任でしょう。勇木様、この先にあまり使われていない訓練場がありますので、そちらを是非お使い下さいませ」
渡りに船というか、アイレさんほどの方に指導して貰えるなら、願ったり叶ったりだ。
「是非宜しくお願い致します!」
僕は深く礼をして、アイレさんと共に訓練場へ向かった。
あまり使われていないと言っていたが、訓練場はとても設備の整った状態で、充分な広さもあった。これを貸し切りで使うのは申し訳なく思うくらいだ。
基本的にこの世界では、訓練よりも実戦を重要としている。どんな訓練をするより、実戦で経験値を稼いだ方が、ステータス成長が圧倒的に速いからだ。なので、平均的な強さを比べると、国に所属する剣士、騎士達よりも、冒険者の方が上だったりする。
要するに訓練とは、剣術の型と実戦勘を養うためにするものらしい。訓練で覚えた型などを実戦で使用していくと、『剣術』の技術ランクが上がっていくという仕組みだ。
僕のステータスが低いのは仕方ない。この訓練では、剣術の型や体裁きを覚えて行きたいと思っている。
十六夜君や凶獄君が強いのは、ギフトやステータスも凄いけど、戦闘本能が優れているというのもある。僕も特訓で、少しでも戦闘技術を磨きたい。
「ではヴェーチェルさん、宜しくお願い致します」
「アイレでいいぞ」
挨拶をして稽古が始まった。
僕は足裁きが悪いらしく、まずそこを矯正しようということになった。
訓練場には床に印の書いてある場所があり、それに合わせて動くことによって足捌きを覚える。身体に染みこませるように反復練習するが、我ながらどうにも覚束無いような足取りだ。
それを見て、アイレさんはさすがにちょっと呆れるような仕草を見せた。
言い訳をするわけじゃ無いけど、どうにも力が入らない。頭では全て分かっているのに、いざ身体で実行しようとすると、拙い動きとなってしまう。
疲労しきった身体を動かすかのように、全身が重く感じるんだ。
アイレさんから何度も動きの指導をされたけど、結局目標とする足裁きは出来なかった。
次に剣術の型を教えて貰う。体裁きも含め、実戦で必要な動きを丁寧に説明してくれる。
一通り動きを覚えたあと、それを戦闘でどう使用していくか、模擬戦の形式で指導して貰うことに。
アイレさんの教え方は非常に上手で、状況によってどの型、どの体裁きを使用していくかがとても分かりやすかった。
しかし、その巧みな指導に、残念ながら僕は応えられなかった……。
「ふうー……その訓練に対する姿勢と心意気は非常に評価するのだが、如何せん、あまりに覚えが悪すぎる。しかし、模擬戦をしてみた限りでは、戦闘に対するセンスは悪くない。攻防の駆け引きや反応、判断力も優れているように思えるのだが……」
そうなのだ。
実は模擬戦中、何故かアイレさんの剣裁きはよく見えていた。アイレさんが次にする動きも、ぼんやりとだが分かったりもした。
しかし、身体が動かなくてはどうしようも無い。アイレさんの剣先が見えたところで、それに対処することが出来ないのだ。
「正直、どう指導して良いやら見当も付かぬ。それでも良いなら、また稽古には付き合わせて頂こう」
有り難いことに、こんな僕でもアイレさんは見捨てないでくれるようだ。
基礎的な筋力を付ければ、もうすこし希望が見えてくるのだろうか。
しかし、この世界では、筋トレというものはおよそ意味が無いとされている。ステータスに応じた筋力の補正があるので、下手な筋トレよりも、レベルを上げた方が圧倒的に早いのだ。ましてや僕たち異世界人は、この世界の人たちより成長が早いと言う。筋トレする意味は皆無だろう。
もしこのまま僕の改善が見られないとすると、前途はかなり多難だと言えそうだ……。