第7話 お盆編 4 送り火
お目に留まってもらえて光栄です。
お盆編最終話です。
よければお付き合いください。
翌日。
今日、八月十五日はイタリアでは、
フェッラゴストの日。
勇助は外の夏真っ盛りな蝉時雨を
BGMに、部屋に籠って宿題を進めている。
数学の答えはわかっても、頭の中は別のことでいっぱいだった。
(なんとか……マンマにノンナって言ってもらいたい……)
「はぁー、あとちょっとだったんだけどなぁ……」
勇助は背もたれにのけ反り、大きく息を吐く。
おやしろまんになってから、いくつか不思議な力を経験した。
遠くが見えたり、凄く速く走れたり、怪力だったり、写真に写らなかったり……。
神様は全てを教えてくれたわけじゃない。
まだ何か、知らない力があるのかもしれない。
勇助は小さく、
「はらったま」
と、左耳の神環に触れて呟いた。
マルゲリータへの思いが通じたのか、
おやしろまんに変化した。
変化すると、視界がグニャっと歪む。
(うわぁ……毎回最初、見えづらいんだよねこれ!)
視界に集中すると、瓶底メガネは、
ようやく世界をくっきり見せてくる。
変化はできたものの、母親にどうやってノンナ
って言ってもらうか……考え込んでいると、
目の前にふわりと母親とマルゲリータの姿が現れる。
(?)
次の瞬間、姿は消える。
(⁇)
もう一度、二人のことを考えてみる。
(‼︎)
今度はマルゲリータだけを思い浮かべる。
「え!?」
(浮かんだイメージが現れてる?)
そしてもう一度、マルゲリータを思い浮かべて小声で、
「フフフエルさーん」
と天使を呼ぶと、
一拍間を置いて
「お呼びでしょうかぁ?」
と天使が現れた。
「これ、見てほしいんです」
視線を逸らさずに、そう伝えると天使は、
おやしろまんの姿にも驚く様子はなく、
その視線の先へ目を向けた。
天使は右の人差し指の第一関節を
下唇に当て、ふむふむと見つめると、
「これは幻視という類でしょうか。
シニョーラにそっくりですね。
あ、消えてしまいました」
「……ごめん。
オレのイメージの集中が
切れると消えちゃうみたい。
あまり長くは持たないかも」
天使は首を横に振り、
「とんでもない。素晴らしい」
にこり。
「日本の奇跡は私どもとは一味違いますね」
にこり。
「フフフエルさん、この力、何か使えないかな?」
「そうですね……。
もしかしたら、少しの間だけ
シニョーラを見てもらえるかもしれませんね」
にこり。
天使とおやしろまんは何やら相談し始める。
そして今夜、天使とのコラボ作戦を決行することにした。
夕方。
勇助は地元の友達と祭りの屋台を満喫していた。
両親はというと、本部のテントで町内の人たちと
楽しそうに話し込んでいるのが見えた。
毎年、其道の計らいで、
町内の各家庭に屋台のチケットが十枚ずつ配られる。
そのチケットがあれば、無料で食べたり遊んだりすることができる。
勇助は友達と輪投げや、くじを引き、イカ焼きを食べたり、かき氷を食べてキーーンとなったり、久々に年頃らしい時間を満喫した。
祭りも終わりに近づき、勇助は友達と別れると、
母親を探す。
母親は屋台裏のビールケースに座り、
うちわで涼んでいた。
勇助は、
(今ならチャンスかもしれない)
と思い、遠回りをして屋台裏の植え込みへ隠れる。
「ビスノンナ、フフフエルさん。用意はいい?」
「はい、いつでもどうぞ」
にこり。
その言葉を合図に、勇助は少し息を吐いて
「はらったま!」
と、左耳の神環に触れた。
カンカン!
という下駄の音とともに、勇助は母親の目の前にある
植え込みへ飛び出ると、物凄い勢いで回転し、
小さなつむじ風を起こした。
瞬時に少し離れた植え込みへ隠れると、
つむじ風へ視線を集中する。
母親はつむじ風の音に、思わず視線を向けた。
つむじ風がゆっくり収まると、その場所に
とても淡いキラキラした光が差し込み始めた。
そして、懐かしい姿がふわりと現れる。
イボンヌは、
「え、ノ…ノンナ……?」
と呟いた。
その人は、イボンヌに微笑みかけた。
そして、静かに何かを語りかけている。
けれど声は聞こえない。
それでも、その口元ははっきりとこう告げていた。
「Ti voglio bene.(ティ・ヴォリオ・ベーネ)」
イボンヌは、幼い子供のように思わず立ち上がり、
「Anch’io ti voglio bene!」
と叫んだ。
すると、その人はゆっくりと頷き、
微笑みながらキラキラと光となって消えていった。
あっという間の出来事に、
イボンヌは何度も辺りを見渡す。
しかし、もういない。
それでもイボンヌは、しばらくその場に立っていた。
「Nonna…… Grazie, nonna……」
勇助からは、母親がうちわで顔を隠していて、
よくわからなかったが、まるで気持ちが整うのを待っているように見えた。
そして、その姿を隠すように遠くで祭り囃子の音が鳴り響く。
勇助は母親がその場を去るまで、そっと見守った。
次の日。
其道家は慌ただしかった。
祭りの片付けで、朝からバタバタしていた。
余った食材は町内役員で均等に分けるため、
配りやすいように仕分けをする。
勇助もその手伝いをしていた。
母親は昨日の帰り、少ししんみりしていたように見えたが、今朝はいつもと変わらない。
「ネェ、勇助?」
「? 何、マンマ?」
「日本ノ御盆、悪クナイワネ。フフフ」
と話しかけてきた。
「そう? 何かいいことあった?」
「ナイショ。フフフ」
「なになに? 教えてよ!」
「ナイショ!」
親子のたわいもない会話だったが、
母親の幸せそうな様子が伝わってきて、
勇助も嬉しかった。
片付けや、町内会の手伝いを終える頃には、
夕方になっていた。
家に戻ると、カヨさんが庭に準備してくれた
焙烙のオガラに、母親とホームズと
一緒に火をつけ、送り火を焚く。
「日本ノ、迎エ火モ、送リ火モ、優シイ気遣イナンダネ、勇助」
そう言って母親は手を合わせ、
送り火を見つめていた。
家の中から、カヨさんが、
「奥様! このお肉どうします?」
と話しかけてきた。
イボンヌはいつもと変わらず、
「ジュウシーニ、焼キマショウ!」
と大きな声で返事をして家の中へ入っていった。
勇助はその姿を見送り、
(今夜はタリアータかな)と思わず苦笑すると、
送り火の向こう側へ視線を向けた。
そこには、マルゲリータ、フフフエル、ミケがいた。
天使は、
「私どもも、そろそろお暇する時間になりました。名残惜しいですが、ご協力いただき、ありがとうございました」
にこり。
「声までは無理だったけど、
幻視にビスノンナが入れて良かったよ。
こちらこそありがとう!」
と、勇助もお礼を言った。
マルゲリータも、
「勇助、本当にありがとう。
次に会うのは、勇助が大人になって、
どこかですれ違うぐらいかもしれないわね。
それでも私の可愛いひ孫には変わらないわ。
人との出会いを大事にしてね」
と優しく微笑み、抱きしめてくれた。
勇助は少し寂しかったが、
「うん! またねビスノンナ」
と、精一杯の笑顔で答えた。
そして、勇助は抱いているホームズをミケに見せながら、
「大事にするから安心してね」
と伝えるとミケは嬉しそうに
「にゃー♪」
と鳴いた。
天使が、
「あ、言い忘れましたが、今回の家鳴りは、
日本の皆様のご協力でした。
特にクロちゃんさんが頑張ってくれていました」
にこり。
「えぇぇぇぇ‼︎」
クロちゃんは数年前まで其道家で飼われていた黒猫だった。
「皆様は、シニョーラの門出のために、
出現を控えてくれていたようです」
にこり。
「えっ!そう言うのは先に言ってよ!」
「申し訳ありません。来年ご期待ください」
にこり。
三人は同時に笑ってしまった。
そして天使は「では、」と言うと
二人と一匹は、送り火の煙と重なるように、
静かに夏の空へ溶けていった。
星が出始めた空を、勇助はホームズと一緒に、いつまでも見つめていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『おやしろまん』の世界を、少しでも楽しんで
いただけたなら、とても嬉しく思います。
勇助たちの物語は、これからも少しずつ広がっていきます。
また次のお話でお会いできる日を、
心より楽しみにしています。




