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第一話 始まり

『オヤシロマン』第一話です。


最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。

放課後の帰り道。

六月の夕暮れはまだ明るく、どこか一日の余韻を引きずっていた。

湿気を含んだ風が制服にまとわりつき、少年はネクタイを少し緩める。


金髪碧眼の高校一年生。

その姿は育ちの良さを感じさせ、人目を引くはずなのに、本人は肩を落とし、トボトボと歩いていた。


制服のポケットには、一枚の紙が無造作に突っ込まれている。

少しくしゃくしゃになった進路希望調査票。

高校へ入学してまだ二か月だというのに、将来の夢を書かされた紙だった。


第一希望――警察官


ついさっきの放課後、担任はその紙を見て困ったように笑った。

「うーん……上への進学も考えてみようか。」

その言葉の意味くらい、少年にも分かっている。


家の事情を考えれば当然の反応だ。

そんな自分が警察官になれるとは思っていない。


それでも、胸の奥にある想いだけは消えなかった。

誰かの役に立ちたい。困っている人を助けたい。

身近な人たちの平和を守る。

そんな仕事に、ずっと憧れていた。


「……はぁ……」

ため息をひとつ吐きながら歩いていると、不意に足が止まる。


「……あれ?」

住宅街の片隅。

今まで見た覚えのない、神社がそこにあった。

「あれ? こんなところに神社なんてあったっけ?」

なんとなく気になり、少年はおずおずと石段の前まで歩いていく。

すると、階段下に一匹の三毛猫がちょこんと座っていた。

「……猫だ」


少年に気付くと、三毛猫はその場でこてんと寝転がり、お腹を見せたまま、「にゃー」と鳴く。


「かわいいな」

思わず手を伸ばした、その瞬間だった。

三毛猫は何事もなかったようにひらりと起き上がり、石段を上り始める。

数段上ったところで立ち止まり、こちらを振り返って、

「にゃあ」と鳴いた。


「……来いってこと?」


三毛猫は返事をするようにもう一度鳴き、また石段を上っていく。

途中でも何度も立ち止まり、そのたびに少年を振り返る。

まるで、『こっちだよ』と言ってるようだった。


短いしっぽをぴくぴくと揺らす姿が、なんとも愛らしい。よく見ると、そのしっぽは途中で二つに分かれている。


少年は思わず苦笑いした。

「分かった、分かったよ」


三毛猫の後を追って石段を上っていく。

石段の先には、小さなお社がぽつんと建っていた。

初めて来た場所なのに、不思議と懐かしい。

怖さはまったく感じない。


三毛猫はお社の前まで行くと、ちょこんと座り、静かに少年を見上げていた。


少年は家での癖で自然に柏手を打ち、静かに手を合わせる。

「警察官になれなくてもいい……困っている人の味方になれる大人になりたい」

そう呟いた、その瞬間だった。

「ええじゃろ」

どこからともなく声が響く。

「……え?」

辺りを見回す。

しかし、いるのは三毛猫だけ。

風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが境内に響いていた。


すると、小さなお社がふわりと光を放ち始める。

まばゆい光の中から現れたのは――

猫より少し小さなおじいちゃん。


つるりとした頭。

糸のように細い垂れ目。

胸まで伸びた白い髭。

白い着物に金色の帯。

なんとも福々しい神様だった。


神様は「かっかっかっぁ」と笑う。


「今日は千年に一度のファン感謝デーじゃ。夢をひとつ、後押ししてやろう」


少年は思わず首をかしげる。

「……ファン感謝デー?」

「そうじゃ」

「……オレでいいの?」

「うむ。今回は、お前さんじゃ」


どう考えても現実とは思えない。

(……夢かな。)

夢の中だからか不思議と怖くはなかった。


近所のおじいちゃんと話しているような安心感がある。

だからつい普通に返事をしてしまう。


「……いや、そんな簡単に後押しするとか言われてもさ」


神様は「まぁまぁ、そう言わずにじゃ」と言うと右手を前へ差し出した。


手の中には赤い鳥居を模した耳飾りがひとつあった。

「奉仕の心意気、気に入った。神環じんかんをやろう」


少年は目を丸くする。

「……ピアス?」


神様は人差し指を左右に振り、にこにこと笑う。

「神環じゃ。じ・ん・か・ん。リピートアフターミー!」

少年は思わず吹き出した。


「いや、ファン感謝デーとか言ってたのに、そこはこだわるんだ」


神様は胸を張る。

「そこは大事じゃ! ピアスではない。神環じゃ」


少年は笑いながら耳に触れる。

「……でも、おれピアス開けたら親に怒られるんだよね……」


神様は神環をそっと手の中へ戻した。

「そうかぁ。無理には勧めんよ。決めるのはお前さんじゃからな」

少し間を置いて、優しく続ける。

「わしは背中を押すことしかできんからのぉ」

しばらく静かな時間が流れた。


やがて神様は、いつものように笑う。

「決心がついたら、また来るがよい。それまで神環は、わしが預かっておこう」


少年は小さくうなずいた。

「ありがとうね、おじいちゃん。決心したら、また来るね!」

その言葉を口にした瞬間、辺りの景色がぐらっと揺れた。


思わず目を閉じる。

次に目を開けた時――

少年は家の前に立っていた。

腕の中には、さっきの三毛猫。


「ゴロゴロ……。」


気持ちよさそうに喉を鳴らす三毛猫を見つめながら、少年は思わず笑っていた。

起きた出来事は、まだ整理できない。

夢だったのか……現実だったのか……。


それでも、学校を出た時の重たい気持ちは、いつの間にか少しだけ軽くなっていた。

それは腕の中で気持ちよさそうに喉を鳴らす三毛猫のおかげだったかもしれない。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


オヤシロマンの世界を少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


勇助たちの物語は、これから少しずつ広がっていきます。


また次のお話でお会いできたら幸いです。

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