【巫女編】・神と人の架け橋として
こんにちは、稲荷寿司です。(*´∀`*)
本日もお読みいただきありがとうございます。
村に広がる病が勢いを増し、社殿には次々と人々が運び込まれていました。
祈りと看病が入り乱れる中、巫女と繋もまた、必死に奔走することになります。
祈りの場が、命をつなぐ場所へと変わっていく——
そんな混乱の中で、巫女たちはそれぞれの想いと向き合うこととなるお話です。
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社殿の前には、いつの間にか多くの人が集まっていた。
苦しげにうめく者を背負い、支え、運び込む姿が次々と続く。
「こちらへ! 息が荒い、急いで横に!」
「水を少しでも、口に含ませて!」
神主たちも必死だった。
袖を濡らし、額に汗を滲ませ、病人の体を支えながら声を張りあげている。
「薬湯を温め直してください!」
「布団を増やせ! まだ足りない!」
祈りの場だった社殿は、いまや命を繋ぐための急造の病床となっていた。
灯りの炎が揺れ、影が忙しなく走り回る。
——その光景を見た瞬間、巫女は息を飲み、胸に手を当てた。
「……状況は、想像以上ですね」
繋は駆け回る神主たちの姿を見つめ、苦しげに唇を噛んだ。
「姉様……!
これでは、稲人様たちの元へ人を送ることは難しいです……!」
巫女は短く息を吸い、強く頷いた。
「……そうですね。
ならば——こちらへ移っていただきましょう。
御子社も解放します。
病に伏す者は、すべて社殿で受け入れましょう」
繋は驚いたように目を開いたが、すぐに力強く頷いた。
「……はい、姉様!
すぐに若者衆へ伝えます!」
巫女は周囲へ向き直り、声を張り上げた。
「若者衆に告げてください!
病床を増やし、稲人様を含め、病に伏す者をこちらにお運びするように!
急ぎなさい——時間がありません!」
その号令と同時に、社殿がさらにざわめき立つ。
灯りの炎が激しく揺れ、影が走り回る。
「病床の人数を確認してください!」
「薬草と湯の準備を急いでください!」
「看病に回れる者は、すぐに向かってください!」
巫女は声が枯れるほど指示を出し、繋と共に駆け回った。
誰もが限界ぎりぎりで動いていた。
止まれば誰かが死ぬ——
その緊迫が、社殿全体を震わせていた。
——希望をつなぐための戦いが、いま始まった。
巫女と繋が指示を出し続ける中——
社殿の片隅で、布を握りしめたまま崩れ落ちる人々の姿が目に入った。
幼い子を抱き締めながら泣き叫ぶ母。
夫の名を呼び続ける妻。
震える手で必死に水を口へ運ぶ老人。
その全てが、巫女の胸を締めつけた。
(……これ以上、誰も……失いたくない)
その時——
「巫女様……!」
巫女の袖を掴む手があった。
振り向くと、年長の神主が、顔面を蒼白にし、肩で荒く息をしていた。
「神主様……?」
返事をするより早く、神主の身体が折れるように傾き、
そのまま床に崩れ落ちた。
巫女と繋が慌てて支えようと身を寄せるが、
神主は巫女の衣を掴んだまま、必死に顔を上げた。
その瞳からは、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
「巫女様……っ……!
どうか……お救いください……!」
声はかすれ、震え、言葉は途切れ途切れになっていた。
「薬湯を煎じていた者が……次々と倒れ……
看病の手も……祈祷の声も……途絶えようとしております……
このままでは……村は……滅びます……」
神主は涙で濡れた額を床に押し当てるようにして、深く頭を下げた。
「……ひとつ……古き祈祷の儀が……ございます……
祠にこもり、断食・断水を捧げ……
命を賭して神に願いを届ける——
“人柱の祈祷”……!」
その言葉に、繋がはっと息を呑み、震える声で叫んだ。
「神主様! そのような……!
姉様に命を捧げさせるなど——!」
しかし神主は、ひざを崩したまま、
巫女に縋りつくようにしてさらに額を床につけた。
「巫女様……!
どうか……この村を……我らを……お救いください……!
他に……道がないのです……!
お願い申し上げます……!」
嗚咽交じりの哀願は、社殿の空気を震わせた。
ざわめきは止まり——
ただ静寂だけが落ちた。
灯りの炎がかすかに揺れ、
涙に濡れた光の粒が巫女の頬を照らした。
巫女は静かに目を閉じ、胸に手を当てた。
(守りたい……
稲人様を……
この村を……
繋を……
私にとって大切な、すべてを——)
長く、深く息を吸う。
そして、ゆっくりと目を開いた。
揺れはなかった。
「……承知いたしました」
神主の言葉が終わった瞬間、社殿の空気が重く沈み込んだ。
灯明の小さな火が震えながら影を揺らす。
その光の中で——繋が叫んだ。
「嫌です、姉様!!」
息が詰まったような声だった。
「ご祈祷を続ければ……きっと……きっと救えます……!
命を賭すなんて……そんなこと、絶対に……!!」
涙が頬を伝い落ち、拳が震えていた。
巫女は静かに繋へ向き直り、そっとその肩に手を置いた。
「繋。今の状況を、よく見てください」
指先が震えていたが、声は決して揺れなかった。
「皆、もう限界ぎりぎりです。
看病の手も祈りの声も……途切れようとしています。
ですが——古来より伝わる祈祷が一つあります。
命を賭して願いを届ける祈りなら……
きっと神様に届くはずです」
繋は首を激しく振った。
「ならば……ならば私も姉様と共に向かいます!
一人でなんて行かせません!!
私も、一緒に——」
巫女はその手をそっと包み込み、
静かに、しかし揺るぎない声で遮った。
「行けません、繋」
その言葉は、鋭い刃のように空気を裂いた。
「この病が治まった後……
村には、次代の巫女が必要です。
その役目を——繋、あなたにお願いしたいのです」
繋の身体がびくりと震えた。
巫女は、涙をこらえながら微笑んだ。
「あなたは立派になりました。
私が心折れかけた時も、
あなたは真っ直ぐに導いてくれた。
もう新米ではありません——
一人前の、立派な巫女です」
繋の瞳から、大粒の涙が勢いよく落ちた。
巫女はそっと視線を落とし、
小さく、しかし確かに言葉を続けた。
「だから……
私の愛したこの村を……
そして——」
ひと呼吸、胸の奥にこみ上げるものを押し殺す。
「……あの方のことも、見守ってください」
その一言は、震える祈りのようだった。
繋は唇を震わせ、声にならない声を漏らした。
「……っ……ぁ……っ……」
言葉は形にならず、ただ涙だけが止めどなく溢れる。
耐えきれず、繋は巫女にしがみついた。
巫女はその背に手を回し、静かに抱きしめる。
二人の影が揺れ、灯りの炎が震える。
止めたい。
行かないで。
そう叫びたいはずなのに——
繋は、苦渋の中で、震える手を巫女の背からそっと離した。
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ここまで読んでくださり、心より感謝申し上げます。
混乱する社殿、崩れ落ちる人々、
その中心で揺れながらも立とうとする巫女と繋を通じて、
「祈り」と「覚悟」の重さを少しでも感じていただけたなら幸いです。
この先の物語も、丁寧に紡いでいきます。
続きも読んでいただけると、とても励みになります。
(*´∀`*)




