表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
実は狐の眷属です! 真白と紡の神社日誌 ―600年前の巫女の願いから生まれました―  作者: 稲荷寿司
番外編―それぞれの小話―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

168/177

番外編――幼き暴君と、澪斗の小さな敗北

いつもお読みいただきありがとうございます!

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

(*˘︶˘*).。.:*

−−−





――ある日の龍神神社。


この日、澪斗みなとは――


幼き暴君・しずくと対峙していた。


ここ数日。


兄であるあおいとの術の訓練をしようとするたびに、

必ずと言っていいほど邪魔が入る。


原因は、目の前の幼い少女だった。


ある時は『お腹が空いた』と泣きつき、

ある時は『怖い夢を見た』と袖を引く。


その手口は幼子とは思えぬほど巧妙で、

そのたびに葵は困ったように、それでも優しい笑みを浮かべて連れていかれてしまうのだ。


澪斗みなと

「雫様。今日こそは――」


一歩、踏み出す。


澪斗みなと

「僕が兄様と、術の訓練をさせていただきます」


静かに告げる。


だが。



対する雫は、地面に描いていた落書きからひょいと顔を上げると、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、



「だーめ! あおいさまね、いまからおきゃくさまが来て、その人とおはなししてくるって言ってたもん!」



雫は手足をバタつかせ、弾むような声で続ける。


「それが終わったら、また雫とあそんでくれるんだよ! 約束したんだから!」



その言葉に、澪斗の胸の奥が、ちくりと痛む。



それでも澪斗みなとは、

わずかに息を整えると、できるだけ冷静に

雫に言い聞かせるように返す。


澪斗みなと

「……では、僕の訓練が終わった後にしてください。順番というものがあるはずです」



だが、

そんな事は目の前の幼き暴君には通じない。



雫はぷうっと両頬を膨らませると、

地団駄を踏んで澪斗を睨みつけた。



「だめなものはだめ! 葵様は雫のものなの! 澪斗みなとになんて貸してあげないんだから!」


その言葉に、

澪斗の眉がぴくりと動く。



澪斗みなと

「っ!兄様は誰のものでもありません。雫様、我儘が過ぎますよ。順番は守らないと――」



その瞬間。


雫の瞳が細められた。


――そして。


「うわあああああん! 澪斗が、澪斗がいじめるのーっ!」


突然の大号泣。


境内に響き渡る声。


澪斗

「なっ……!?」


完全に予想外の展開に、澪斗は言葉を失う。


そこへ――



えにし

「こらこら」



軽い声とともに現れたえにしが、

澪斗みなとの目の前にたつと、



「こんなに幼い子、いじめちゃ駄目だよ?」



澪斗みなと

「なっ……! 違います、僕はいじめてなんていません! ただ順番を……!」



しかし。



弁明しようとする澪斗みなとの声は、

タイミングよく現れた葵によって遮られた。


葵は泣きじゃくる雫をひょいと抱き上げると、その背中を優しく叩く。


「……事情はわかった。澪斗みなと、今日の訓練はまた別の時にしよう。今は雫を落ち着かせないと」



澪斗みなと

「兄様、でも……っ」


言いかけて、澪斗みなとは息を呑んだ。


葵の肩に顔を埋めていたはずの雫が、

ひょいと顔を出し、葵に見えない角度で、


『ニヤリ』と口角を上げたのだ。


濡れた睫毛の奥で光る、勝ち誇った瞳。

雫はあざとく舌を出し、澪斗をあざ笑った。



澪斗

「……は?」


言葉が漏れる。


胸の奥が、ぐしゃりと歪む。


怒り。悔しさ。

そして――どうしようもない感情。


そのまま、雫をあやしながら去っていく。

葵の背中を――


澪斗は、ただ見ていることしかできなかった。


えにしも葵の後を追う。


取り残された境内の静寂が、澪斗みなとの心を鋭く抉った。


澪斗は一人、拳を握りしめ、堪えきれなかった涙がポタポタと土を濡らす。



洋一

「澪斗……どうしたんだい? そんなところで泣いて」



背後からかけられた穏やかな声。

振り返ると、そこには洋一よういちが立っていた。


その穏やかな問いかけに、


澪斗みなとは、途切れながらもぽつりぽつりと話しだす。


すべてを聞き終えた洋一は――


困ったように眉を下げると、歩み寄って澪斗の頭をそっと撫でた。



洋一

「そうか。辛かったね。……僕の妹が、すまなかった。代わりに僕が謝るよ」



その大きな手の温もりに、

澪斗みなとの視界が揺れる。



澪斗みなと

「僕はいじめてなんか……っ、いじめてなんかいません……っ!」



涙が、頬を伝う。



洋一は澪斗を優しく抱き寄せ、その背中をゆっくりとさすり続けた。



洋一

「わかっているよ。

 澪斗はそんなことをする子じゃない。

 誰よりも優しくて、兄様のことが大好きな子だって、ちゃんと知っているよ」



蛇の眷属である澪斗みなとにとって、人の熱は心地よく、そして少しだけ切ない。



やがて。


 

澪斗みなとの荒れていた呼吸が、

少しずつ落ち着いていく。



澪斗

「洋一様……ありがとうございます」



洋一は、柔らかく笑った。



洋一

「どういたしまして」


そして、ふと思い出したように言う。


洋一

「母様がな、珍しい菓子をもらったらしい」


澪斗みなとが顔を上げる。


洋一

「一緒に食べに行こう」



差し出された手。


澪斗は、少しだけ迷って――


その手を取った。


洋一は柔らかく微笑むと、

澪斗みなとの小さな手を取り、歩き出した。


その手の温かさが、

当時の澪斗みなとにとって唯一の救いだった。



それから――


時は流れ。


目の前には、いつの間にか自分よりも大きく、成長した雫が立っていた。


澪斗みなとあの時は……ごめんなさい」


真っ直ぐに、頭を下げる。


澪斗みなとは、一瞬だけ目を見開き――


やがて、柔らかく微笑んだ。


澪斗みなと

「……幼い頃のことですから」


静かな声。


澪斗みなと

「気にしないでください」


その言葉に、

雫の表情がぱっと明るくなる。


そのまま、葵の元へ駆けていく。


葵の隣に並んだ雫は、

心底幸せそうに笑っている。


そして葵もまた、

かつてないほど幸せに満ちた表情で彼女を見つめ、その頭を撫でていた。


二人の姿を遠目に見つめながら、澪斗は静かに目を伏せる。


澪斗みなと

(兄様のあんな笑顔を見せられたら……許せないなんて言えるわけないじゃないですか)



それでも、



澪斗みなと

(まぁ、許すかどうかは――僕の中の話ですけどね。)



ほんの少しだけ、口元が歪む。



それは蛇特有の執念深さか、

それとも兄を慕うがゆえの独占欲か。


遠くで。


雫の弾んだ声。



「葵様ー! 澪斗が許してくれましたー!」



それを聞いて、

嬉しそうに振り返る葵。



この世の宝物を見つめるような眼差し。


……まあ、兄様が幸せそうなら、それでいいか。


澪斗みなとは自嘲気味に、けれどどこか吹っ切れたような笑みを浮かべながら、小さく呟いた。


澪斗みなと

「……仕方ないですね」



だけど、

その表情はどこか優しかった。


――その時。



「――なと――澪斗さん!」



不意に名前を呼ばれ、視界が揺れる。

意識が急速に現実へと浮上した。



澪斗みなと

「……ん……紡?」



紡が心配そうに覗き込んでいた。



「こんなところで寝ていたら、

 体調を崩してしまいますよ?」



澪斗みなとはゆっくりと起き上がる。



ぼんやりした頭で周囲を見渡す。

そこは豊穣神社の縁側で、冬の入り口の冷たい風が頬を撫でていた。



「ここでそのまま寝ちゃうと、体調を崩しちゃいますよ。顔色も少し悪いですし……」



澪斗みなと

「……ああ。いつの間にか寝てしまっていたみたいだね……ごめん、蛇の眷属は寒さに弱いから、少し鈍くなっていたみたいだ」


澪斗が力なく笑うと、紡は何かを思い出したように顔を上げた。


「ちょっとお待ちください! すぐ戻りますから!」



慌ただしく駆けていく後ろ姿を、

澪斗は目を細めて眺めていた。

胸の奥に残る、先ほどの夢の余韻。



澪斗みなと

(懐かしい夢を見たな……。あの頃は、兄様にとって一番幸せな時だったのかもしれない……)



失われた時間、変わってしまった関係。


そんな感傷に浸っていると、

バタバタという足音と共に紡が戻ってきた。


その手には、分厚い毛布が抱えられている。



「お待たせしました!

寒さに弱いって仰るから、

これを持ってきました。失礼します!」



紡は手際よく澪斗の肩に毛布をかけると、



「これで寒くないはずです!」



その優しさが、澪斗の胸にじんわりと広がった。



澪斗

「……ふふ、ありがとう。暖かいよ」



「あ、真白ましろ様も来ましたよ」



後ろから、湯気を立てる茶碗を盆に乗せた真白が歩いてきた。


真白は静かに縁側に腰を下ろすと、澪斗に抹茶を差し出す。



真白

「色々ありましたから、お疲れもあるんでしょう。少し休みましょうか」



澪斗みなと

「……そうですね。いただきます」



三人で並んで座り、温かい抹茶を啜る。

苦味の後に広がる柔らかな甘みが、凍えかけていた芯を解かしていく。


ふと隣を見ると、

真白の佇まいやお茶を飲む仕草が、洋一に重なった。



澪斗みなと

(やっぱり、真白様は洋一様に似ているな……)



激動の日々を越え、失ったものも少なくない。


けれど、今こうして温かな茶を飲み、

自分を案じてくれる者たちが隣にいる。


澪斗は毛布の端を握りしめ、誰にともなく小さく呟いた。



澪斗みなと

「……こんな時間が、一番幸せなのかもしれないね」


冬のやわらかな陽光が、

静かに境内を照らしていた。


過去の痛みは消えずとも、

今この手の中にある温もりは、確かだった。


蛇の眷属の瞳に映る世界は、

ただ静かに、穏やかに凪いでいた。

最後までお付き合いいただき、

ほんとうにありがとうございます!

ブクマや評価などいただけたら大変嬉しいです

(*´ω`*)

次回もお付き合いいただけたら幸いです。

(人´∀`).☆.。.:*・゜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ