幸せの灯を、絶やさぬために――狐の婿入りの夜に――【最終話】
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――その頃の豊穣神社では。
狐の婿入り行列は、
予定どおり本殿へと到着していた。
月灯りに照らされた本殿は、
どこか現実離れした静けさを湛えている。
澄んだ夜気の中、
神楽の余韻がかすかに残っていた。
ゆっくりと前へ進み出た渚と、そのパートナー。
二人は並び、本殿へと向き合う。
深く、一礼。
そして、
――二礼、二拍手、一礼。
二人は深く頭を下げた。
パン、パン、と乾いた拍手の音が冬の夜空に吸い込まれていく。
渚
(これから先、どんな困難が訪れようとも——航と共に支え合いながら生きていくと誓います……)
心の中で、言葉を紡ぐ。
隣にいる存在を、そっと感じながら。
その想いを、確かに神へと捧げた。
ゆっくりと顔を上げる。
その横顔を見た瞬間――
真白の胸が、わずかに震えた。
真白
(……ああ、やっぱり……)
かつて見た、優しくも強い存在。
秋穂の面影が重なった。
時を超え、
来世で幸せになっていて欲しいと願い続けた真白。
その笑顔が、今ここにある。
その事実に、真白の瞳には熱いものが込み上げる。
言葉にならない、その想いは静かに胸に落ちていく。
渚は航と、もう一度互いに視線を交わし、
静かに頷き合った。
神へ誓い、互いへ誓う。
確かに、ひとつの縁が結ばれた。
――参拝を終え。
全員がほっと息をつく。
そして、大和が記念撮影の準備を始めるが、真白は空の異変を敏感に察知していた。
真白が一歩前へ出る。
真白
「記念撮影の前に……少し時間がありますね」
視線を巡らせ、穏やかに続ける。
真白
「年明けまで、あと十分ほど……よろしければ一度、休憩を挟んではいかがでしょうか」
その提案に、渚は少し考え――
柔らかく微笑んだ。
渚
「……そうですね。少しだけ、お言葉に甘えさせていただきます」
真白は頷き、紡へと視線を向ける。
真白
「紡。渚さんたちを、一度社務所へ」
紡
「かしこまりました!」
そう言って、
紡は渚たちの足元を提灯で照らしながら先導する。
渚たちは、ゆっくりと社務所へと向かっていった。
渚たちが視界から消えた瞬間、真白の表情から温度が消える。
真白
「縁様、菖蒲様、優羽さん……外の様子がおかしい。僕と紡が付与した神気が、限界を迎えたようです」
菖蒲
「……そうですね。嫌な予感がします」
真白
「皆さんのことは信じています。でも、神気が切れてしまったのなら話は別です!」
次の瞬間。
真白は、地を蹴り、景虎のもとへと駆け寄る。
真白
「景虎様、お願いします。僕を結界の外へ」
短く告げる。
景虎は一瞬だけ目を見開き――
そして、頷いた。
景虎
「……承知」
結界が、一人分開き、
その外へと、真白は踏み出した。
――そこには。
かつて最強を誇る眷属たちが、地に膝をつき、肩で息をしている。
空中に浮かぶのは、禍々しいまでの黒い霧を纏った災禍の神の分裂体。
それは、今まさに最後の一撃を放とうと神気を凝縮させていた。
景虎
「くっ……凄まじすぎる! もってくれ!!」
景虎が叫ぶ。
彼が展開した多重結界に、
目に見えるほどの『亀裂』が走った。
――パリンッ!
乾いた音を立てて、
一枚目の結界が砕け散る。
続けざまに、二枚目、三枚目。
まるで、暴風のような穢れの圧力が、境内へと迫る。
最後の四枚目にも、今まさに蜘蛛の巣状のヒビが入り始めていた。
その刹那――
――渚の笑顔。
――協力してくれた笑成とユッキー。
――ここにいる、皆の想い。
すべてが、脳裏に浮かぶ。
そして。
真白
(……渚さんの明日を、壊させはしない)
真白は、傍らにいた小雲雀を見上げた。
真白
「小雲雀様! お願いです、天馬で僕を、あの分裂体のところまで連れて行ってください!」
小雲雀が真白へと視線を向ける。
一瞬、空気が止まる。
小雲雀
「……それでは、年明けに間に合いません」
だが――
真白は、微かに笑った。
脳裏に浮かぶ。
あの時の、渚と航の幸せそうな表情。
そして、重なった秋穂の面影。
真白
「……一番見たかったものは、もう見られました」
静かに、しかし揺るがない声。
真白
「だから――後は……渚さんの想いを、皆さんを守り通せればいい」
小雲雀はその瞳に宿る覚悟を認め、深く頷いた。
小雲雀
「……分かりました。天馬よ、来なさい!!」
天高くから白銀の天馬が舞い降りる。
小雲雀
「彼を連れて行け」
小雲雀が命じると、天馬は一度、天を突くような嘶きを上げた。
それから真白を背に乗せた天馬は、
流星のごとき速さで災禍の神へと駆ける。
疾風
「待て! 真白様!」
後を追おうとする疾風だが、
白凪の手がその肩を制した。
白凪
「もはや我々にできることはない。……せめて足手まといにならぬよう、ここで見守れ」
疾風
「くそっ……!!」
疾風は悔しさに地面を殴りつけた。
その拳から血が滲む。
楓
「若様、信じて待つことも、次期長には必要なことです。……今は、彼を信じましょう」
楓が優しく、
震える手で疾風の肩に手を置いた。
その言葉に、疾風は目を閉じ――
ゆっくりと、息を吐いた。
隣で三国もまた、自身の無力さを呪うように強く拳を握りしめている。
三国
(……もっと、強くならねば)
その想いを、胸に刻む。
そして。
みなが見つめるのは――
夜空を駆ける、ひとつの影。
天馬と共に
ただ一人、災禍の神の元へ向かう。
真白の背中だった。
――その背は。
決して、大きくはない。
けれど、誰よりも強く。
誰よりも、まっすぐに。
“守る者”の覚悟を、背負っていた。
遠くで、再び鐘の音が響く。
……ゴォン……。
百八つのうち、いくつ目かは分からない。
だが確実に。
新しい年は、すぐそこまで来ていた。
――そして。
その瞬間が訪れる前に。
すべてを、終わらせるために。
真白は、空を駆ける。
災禍の神――かつてそう呼ばれ、
理不尽に棄てられた神の怨嗟が、
天を覆いつくすような穢れの瘴気となって、渦を巻いていた。
黒雲を裂くように、災禍の神がゆっくりとその腕を持ち上げた。
その瞬間、瘴気が収束する。
それはまるで世界の穢れそのものを凝縮したかのような、禍々しい黒の槍だった。
空気が軋む。
空を駆ける天馬の背で、真白はその異様な圧力を真正面から受け止める。
真白
「――来る!」
放たれた槍は、一直線に真白へと迫った。
だが――
真白の胸元で、強く光が瞬く。
豊穣神より与えられたお守りが、まるで意志を持つかのように輝きを増し、透明な結界を展開した。
次の瞬間、結界に阻まれて、
カァァァンッ!
硬質な音が響き渡り黒槍が弾け飛ぶ。
災禍の神
「……なんでだッ!!」
苛立ちを露わにした蛭子の叫びが響く。
災禍の神
「なぜ効かぬ!? なぜお前には通用しない!?」
驚愕に顔を歪める蛭子。
真白は、白い軌跡を残しながら一直線に蛭子へと迫る。
そして――
災禍の神の目の前に辿り着くと、真白はその手を伸ばした。
溢れ出す神気が、透き通った冬の空気のよう
に広がる。
それが触れる端から、ドロドロとした黒い霧を白銀の粒子へと浄化していく。
災禍の神
「……やめろ」
低く、唸るような声。
だが真白は止まらない。
光と闇が激しくぶつかり合う。
一進一退。
押し合うように、互いの力をぶつけ合う。
やがて――
災禍の神の周囲に、異様な圧縮が生まれた。
瘴気が、内へと引き込まれていく。
真白
「っ……!」
爆発の前兆。
それを理解した瞬間、真白は躊躇わなかった。
天馬の背から飛び出し、そのまま災禍の神へと抱きつく。
災禍の神
「やめろッ!! 離せッ!!」
暴れる災禍の神。
だが真白は離れない。
真白
「離しませんっ!」
静かに、しかし確かな声。
その瞬間。
制御を失った神気が、限界を迎えた。
――爆発。
音が消える。
光だけが、世界を満たした。
気づけば、そこは無音の空間だった。
白でも黒でもない、ただ“在る”だけの場所。
真白
「……ここは?」
災禍の神
「我の神域だ」
災禍の神が、そこにいた。
先ほどまでの荒々しさはなく、ただ静かに立っている。
真白は一歩、近づいた。
真白
「蛭子様……なぜそんなにも、全てを憎むのですか?」
問いかけ。
災禍の神は、ゆっくりと目を細める。
災禍の神
「生まれてすぐ捨てられ、親神に見放され、藁船で何百年、何千年と流され続ければお前にもわかる」
低く、淡々とした声。
視線の先に、かつての記憶が滲む。
災禍の神
「人の子は争い、妬み、奪い合う……あれは、この世界の害悪だ」
だが真白は、首を横に振った。
真白
「それでも」
真白が災禍の神に向かって一歩近づく。
真白
「あなたは本気で人の子を滅ぼそうとはしていません」
災禍の神の神気が僅かに揺れる。
真白
「あなたは知っているのではないのですか?愚かではない人の子もいると」
その言葉に、災禍の神の瞳が揺れた。
脳裏に浮かぶのは――
自分を拾い、育ててくれた家族の姿。
優しかった手。
温かな食卓。
笑い声。
災禍の神
「……」
真白は静かに、手を差し出した。
真白
「一番苦しんでいるのは、あなたなのではありませんか?」
柔らかな声。
真白
「どうかお話を聞かせてください……
その胸の内の苦しみを――僕に」
そっと伸ばされた真白の手。
災禍の神は、それを見つめる。
触れれば、何かが変わる気がした。
だが――
次の瞬間。
脳裏に血の記憶が蘇る。
家族が、他の人間に殺された光景。
その手が、止まる。
災禍の神
「……黙れ。お前に何が救えるというのだ」
災禍の神は、真白を突き放すように空間から弾き飛ばした。
せめてもの慈悲か、
それとも揺らぎの現れか。
彼は自身の分裂体だけを暴走させ、
自爆する道を選んだ。
次の瞬間、弾かれるように、
真白の意識が現実へと押し出された。
空からの――落下。
「真白ッ!!」
誰かの叫びが響く。
だが、身体が動かない。
みな神気は限界だった。
小雲雀が天馬を再び呼び寄せようとするも、
(っ!そんな!神気が足りないっ!)
白凪も焦る、疾風飛べるか?!
疾風
「無理です……神気がっ!くそ!」
災禍の神との戦いで全員が神気を使い果たしていた。
絶望が走る中、落下する真白は、先ほどの災禍の神とのやり取りを思い出しながら、
覚悟を決め、目を閉じる。
真白
(救えた、かもしれないのに……)
その瞬間。
火の童子
「なに諦めとんねん!!!このどあほー!!」
鼓膜を震わす怒鳴り声とともに、
ガクンッ、と襟元に強い衝撃が走った。
真白
「っ!」
蒼
「真白、しっかり!」
火の童子と蒼だった。
火の童子と蒼が必死に真白の着物を掴んで空を飛ぶ。
二人は小さな体で、自分たちの何倍もある真白の体重を支えようと、必死に足掻く。
だが、落下の勢いは止まらない。
地面が刻一刻と迫る。
火の童子
「真白! 狐になれ!!」
真白
「……!」
言われた瞬間、ポンッと軽い音と共に、
重たい人間の体から、ふわりと軽くなる。
火の童子
「……っし、これならいける!」
重さが消えた真白を抱え、そのまま、二人は地面すれすれで、勢いを殺し――
間一髪のところで地面へと降り立った。
静寂のあとに、
白凪たちが駆け寄る。
白凪
「真白!」
疾風
「無事か!」
安堵の空気が広がった。
真白
「火の童子様、蒼さん、
ほんとうに、ありがとうございます……」
火の童子
「……当たり前や!」
蒼
「……間に合って良かった」
真白
「あの爆発の被害は……?」
真白は辺りを確認しながら、
白凪
「ない。災禍の神の分裂体はあの爆発のあと消えていた……でも――」
誰かが空を見上げる。
白凪
「年が、明けちまったな」
その言葉に、少しだけ残念な空気が流れた。
そのとき。
雪兎
「おやおや〜?
僕たちをお忘れですか〜?」
軽やかな声とともに現れた雪兎と月糸
雪兎
「まだ、最後の鐘は鳴っていませんよ?」
「……え?」
彼らが扇を広げると、周囲の景色が微かに歪んでいるのが見えた。
雪兎
「御名答! 真白様、急いで神社へお戻りください。今、『時』は我らの術で止めてございます!」
二人の言葉に、全員がハッとして目を見開く。
雪兎
「災禍の神の分裂体も消え、邪気も浄化されました。ですが、我らの術も長くは持ちません。さあ、早く!」
月糸
「今この時も、時間は止まっております、
我らの術も、もうすぐ解けますゆえ、急いでください、真白様」
その言葉に、真白は頷いた。
真白
「っ!ありがとうございます!」
真白は本殿へと駆け出す。
その背中を、眷属たちが見送る。
そして――
ゴォォォォォン……。
百七つ目の鐘の音。
それは、過ぎ去りし災いを祓い、新たな希望を告げる導きの音だった。
その音が、静かに夜空へと溶けていく。
新しい年の、訪れを告げるように。
真白の走る先に、
一歩、また一歩と、
輝かしい新年と未来の夜明けが近づいていく。
最後までお付き合いいただき、
ほんとうにありがとうございます!
次回もお付き合いいただけたら幸いです。
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(人´∀`).☆.。.:*・゜




