拡散される悪意と、それを楽しむ人間たち
いつもお読みいただきありがとうございます!
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
(*˘︶˘*).。.:*
−−−
――夕刻。
豊穣神社の境内は、
冬の長い影に、ゆっくりと飲み込まれようとしていた。
御神木の根元。
そこに、淡く光る『門』が開く。
次の瞬間――
すうっと、その光の中から
縁が姿を現した。
だが、その足取りは、
いつもよりわずかに重い。
そして何より――
その表情は、
天界へ発つ前よりも、
さらに険しく、苦渋に満ちていた。
縁は真白たちを見渡し、
静かに豊穣神の言葉を伝えた。
縁
「……豊穣神様も、今回の事態は大変心配されていたよ」
その言葉に、
空気がわずかに引き締まる。
縁
「『次からは、昨日のような事態が起きたら、
すぐに使いを送りなさい』
『僕たちだけで解決しようと、無理をしてはいけません』……とのことだ」
少しだけ視線を伏せる。
縁
「どんなに些細なことでもいいから……もっと頼りなさい、だって」
真白は、その言葉を
胸の奥へと刻み込むように頷いた。
それから――
真白は、ゆっくりと顔を上げた。
真白
「……縁様」
その声には、
わずかな戸惑いが滲んでいる。
真白
「実は今日……
昨日までとは、別の意味で」
一瞬、言葉を選ぶように間を置く。
真白
「……参拝客たちの様子がおかしいのです。あの……呪いの絵馬を、楽しみに来ているようなのです」
縁の眉が、ぴくりと動く。
縁は驚きに目を見開き、
不信感を露わにした。
縁
「何それ……どういうこと?」
神域の穢れを「楽しむ」――
その感覚だけは、どうしても理解できなかった。
明確な驚きと――理解できないものへの警戒が浮かぶ。
真白は、少しだけ視線を落とした。
真白
「僕たちは、人の文化には馴染みがないので……断言はできませんが」
真白
「皆さん、“スマートフォン”という板のようなもので」
真白
「絵馬の写真を撮って……笑いながら、帰っていくのです」
その光景を思い出したのか、
紡も顔を曇らせる。
紡
「しかも、すっごく楽しそうに、ですよ……」
紡が眉を寄せる。
縁は腕を組み、
しばし考え込んだ。
縁
「……うーん」
小さく唸る。
縁
「僕たちじゃ、今の時代の感性は分からないね」
縁
「今度、大和くんに詳しく聞いてみようか」
結局――
その場では、
答えは出なかった。
夕闇が、
境内を包み込んでいく。
だが――
その静けさの奥には、
まだ正体の見えない“歪み”が、
確かに潜んでいた。
――そして、
事態の正体が掴めぬまま、
翌日――日曜日。
朝から境内は、
昨日を上回る数の若者たちで溢れかえっていた。
彼らは拝殿に目もくれず、
真っ直ぐに封印された絵馬掛けへと群がる。
使用禁止の光景がかえって彼らの興奮を煽っているようだった。
紡
「……またです」
紡がうんざりしたように呟いた後、
注意しようと近づくが、
彼らは「やべっ、逃げろ!」と
蜘蛛の子を散らすように去っていき、また別の場所でスマホを掲げる。
紡
「注意しようとすると、すぐ逃げちゃうんですよ……」
近づけば離れる。
まるで“見つかってはいけない遊び”でもしているかのように。
――その時だった。
優
「真白さーん! 紡くーん! こんにちはー!」
ぱっと空気が変わる。
紡
「優くん!」
紡がパッと顔を輝かせ、
大きく手を振った。
そこには、かつて反抗期で悩み、真白たちが心を繋ぐ手助けをした少年、
優くんの姿があった。
紡
「こんにちはー!」
真白も、柔らかく微笑んだ。
真白
「優くん、こんにちは。今日は一人ですか?」
真白の問いに、優くんは嬉しそうに首を横に振り、後ろを振り返った。
優
「ううん! 今日はお父さんと一緒に来たんだ! これ、真白さんたちにあげたくて!」
優くんが掲げた袋からは
食欲をそそる香ばしい匂いが微かに漂っていた。
少し遅れて歩み寄ってきた優くんの父親が、申し訳なさそうに、けれど温かい笑みを浮かべて頭を下げた。
優君の父
「すみません、突然。優が、どうしても真白さんと紡くんに直接渡したいと言うもので」
真白
「優くん、これは……?」
優
「僕とお父さんで作った『手作り餃子』だよ! 前にいただいた飴のお礼です!」
優くんが誇らしげに胸を張る。
真白は一瞬、目を丸くしたが、
すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
真白
「そんな、気を使わなくても良いのに……。ありがとうございます、ありがたく頂戴いたしますね」
優の父
「お口に合うか心配ですが、ご迷惑でなければ」
父親の謙虚な言葉に、真白は
真白
「いえ、とても嬉しいです、
ここでは寒いですし……よろしければ、お茶でもいかがですか?」
優
「お父さん! 僕、もう少し真白さんとお話したい!」
紡
「そうですよ! みんなでお話しましょう!」
優の父親は少しだけ笑い、
優の父親
「では……お言葉に甘えて」
四人は縁側でお茶を囲むことになった。
暖かいお茶(優くんはジュース)を啜りながら、話題は自然と最近の境内の騒動になった。
紡
「実は……最近、絵馬掛けを撮影する人が増えて困っているんです。注意しようとしても、すぐに逃げられてしまって」
紡が溜息混じりに愚痴をこぼすと、
優くんが
優
「やっぱり……」
と、表情を曇らせた。
真白
「優くん。やっぱり、とは?」
真白が聞き返すと、優くんはお父さんと顔を見合わせた。
優
「実は今日来たのは、餃子のお裾分けの他に、心配なことがあったからなんです。……これ、見て」
優くんはポケットからスマートフォンを取り出し、
画面を真白たちに向けた。
そこには、真白たちが初めて目にする「YouTube」という動画サイトが開かれていた。
優
「今、学校の同級生の間ですごく流行ってる『心霊スポット凸』っていう動画があって……。そこに、この神社が出てるんだ」
再生された動画には、
夜の境内に無断侵入した若者たちが、ライトで絵馬掛けを照らし出し、
配信者
「うわ、これマジで呪われてんじゃね?」
配信者
「縁切り通り越して殺意だろこれ」
嘲笑う様子が映し出されていた。
真白
「いつの間に、夜の境内に入ったのでしょう?」
そして、次に再生された動画には、
若者A
「うわ、マジだ! 本当に使用禁止になってんじゃん!」
若者B
「やばー! マジでホラーじゃん! 超映えるんだけど!」
スマートフォンの画面越しに、
無遠慮な笑い声が重なる。
若者C
「ねえ見て! この絵馬、『不倫相手の奥さんが消えますように』だって! 怖すぎっしょ!」
若者A
「ヤバいヤバい! こっちは『自分をクビにした上司が事故に遭いますように』だ。マジで呪いの神社じゃん!」
紡
「真白様! この人たち、この間の……!」
軽薄な笑い声が、
スマホから響いた。
紡が画面を指差して絶句する。
動画のコメント欄には、『怖すぎ』『行ってみた』といった言葉が、
雪崩のように書き込まれていた。
横で見ていた父親の表情が、
一気に鋭いものに変わった。
優の父親
「これは……明らかに迷惑行為です。
しかも、夜間にも侵入している可能性があります」
優の父親
「もしよろしければ……見回りのルートに組み込みましょうか」
真白
「見回り……ですか?」
優
「僕のお父さん、警察官なんだよ!」
紡
「えぇっ!? そうなんですか!?」
紡が縁側から落ちそうになるほど驚いた。
優くんの父親は、
柔和で優しそうな顔立ちをしており、
およそ強面な警察官のイメージとはかけ離れていたからだ。
優の父親は少し苦笑する。
優の父親
「よくそう見えないと言われます」
その穏やかさの奥に、
確かな“守る側”の強さがあった。
優の父親
「今の動画を見た限り、許可なく立ち入っている者が多すぎます。無断侵入の可能性がある以上、対策は必要です」
優の父親
「駐在所の仲間とも共有して、夜間の見回りを強化しましょう。神職の皆さんの安全のためにも」
真白
「……ありがとうございます。本当に、助かります」
真白は深く頭を下げた。
優くんは、少し悔しそうに画面を見つめながら呟いた。
優
「SNSでも変な噂が広がってて、僕、悔しかったんだ。真白さんたちの神社は、こんなに温かくて素敵な場所なのに……」
その言葉に、
真白は、ほんの少しだけ目を細めた。
真白
「……優くん、君のように信じてくれる人がいることが、何よりの励みになります。ありがとう」
紡も、大きく頷く。
紡
「優くんみたいに思ってくれる人がいると……すごく嬉しいです」
その後は、
餃子の作り方の話や、
他愛もない会話が続き、
時間は穏やかに過ぎていった。
やがて、別れの時。
優の父親
「今日から巡回に入れるよう調整します」
優の父親
「何かあれば、すぐにこちらへ」
駐在所の番号が記された紙を渡す。
そして、
少しだけ真剣な声で続けた。
優の父親
「……動画を撮る人の中には、危険な人物もいます」
優の父親
「くれぐれも、気をつけてください」
その背中が、
境内の外へと消えていく。
見えなくなるまで見送ったあと――
紡
「……縁様に報告、ですね」
真白
「はい」
二人は社務所へと歩き出す。
その時。
ふと――
真白は、足を止めた。
胸の奥に、引っかかるものがあった。
真白
(……もしかしたら、
本当に恐ろしいのは――)
穢れではない。
人の“不幸”を――
楽しんでしまう、
その心なのかもしれない。
空気が、
わずかに揺らいだ。
それは、
昨夜の穢れの余波などではない。
もっと――
根の深い“何か”が、
確かに、この場所に入り込んでいる。
気づかぬまま、
それに触れ、笑い、
広めていく人々。
――だが。
まだ誰も、
その正体に気づいていない。
気づいた時には――
もう、遅い。
最後までお付き合いいただき、
ほんとうにありがとうございます!
次回もお付き合いいただけたら幸いです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜




