第19話 牙を剝く女
「紗紀子さんはあ、無防備すぎるんですよ。わかってないっしょ」
「そうかなあ?」
おさかなメニューが豊富な海鮮居酒屋で、由希ちゃんはまたビール一杯で管を巻き始めてしまった。
「自分はいつも襲う側だって思ってるでしょ?」
そりゃあ、まあ、大抵がそうだからなあ。
「自分を捕食者だと思ってる驕りがあるから、足元をすくわれるんですよ」
難しいこと言うな、この子。
「もうちょっと身持ちを固くした方がいいと思います」
確かにそこは反省したところだしさあ、もう反省したから許してよ。
「しょんぼりしてる紗紀子さん見ててもつまらないからいいんですけど」
良い子だなあ、この子。
「由希ちゃんはさ、やりたいこととかないの?」
「やりたいことだらけですよお。私は我慢しないですからね、虎視眈々と狙ってるとこです」
「野心家なんだねえ」
羨ましいな、そういうの。
「私も目標が欲しいな」
自由に好きにやる。それがポリシーではあるけど目的じゃない。結局そこなんだよなあ。自分に自信がないわけじゃないけど、私は底が浅い。
また落ち込みそうになって私は自分を押し留める。ぐいっとグラスを開けてお替りしようとしたけど、由希ちゃんがうとうとしてしまっている。
「由希ちゃーん。もう帰る?」
「ううん……」
あーダメだ。落ちちゃう前に帰らなきゃ。
お会計をすませ、由希ちゃんの体を支えて外に出る。
由希ちゃんの体はどんどん重くなっていく。意識が途切れかけてるんだ。
「そんなに眠いの?」
「紗紀子さぁん。眠いです……」
しょうがない子だなあ。
仕方なく私は近くのホテルに向かう。女同士だもん、別にいいでしょ。
部屋に入って、よいしょとベッドに由希ちゃんを寝かせてあげる。
胸元をくつろげてあげようと思って手を延ばすと、むんずと手首を掴まれた。
「紗紀子さぁん。んもう、無防備すぎるって言ったでしょう?」
へ? と思う間もなくぽてっと押し倒された。私の顔の横に手をついて由希ちゃんが覗き込んでくる。
「紗紀子さんはあ、ダメダメです。お仕置きです」
ぱふっと胸に抱き着かれる。
「ちょっとちょっと、由希ちゃん」
「紗紀子さんのおっぱい、大きくて柔らかい」
どんだけ酔ってるんですか、この子。まあ、女同士だしいいけど。
「やじゃないですかあ?」
「んー。別にそれほど……」
「ああ。紗紀子さん、女子高出身ですもんね。ハードルが低いんですよね」
なんのハードル?
首を傾げていたら、由希ちゃんの手がスカートをたくし上げて私の膝下から内ももをなぞり上げた。
なんですか。コトの前戯のような指使いに私の体は固まる。
「ゆ、由希ちゃん……」
絶句する私を見下ろして由希ちゃんはふふっと笑う。
「わたし本気なんですよぉ。本気で紗紀子さんが好きなんです」
だめだ。頭がなんにも回らない。
「え、と。えーと……」
「カン違いしないで下さいね。わたしどっちもいけるんです。どっちも好きになっちゃうだけで、今は紗紀子さんが大好きなんです」
うーわー。なんて胸熱な告白。野郎どもからはこんなこと言ってもらったことないよ。
危うく感動しそうになって私は踏み止まる。
「や、だって、そんな急に……」
「大丈夫です。わたしどっちも経験ありますから。優しくしてあげます」
ちーがーうーと答える間もなく、由希ちゃんの可愛らしいくちびるに口をふさがれる。
ああ、女の子のくちびる柔らかくて気持ちいい。クセになりそう。
昔酔っ払ってふざけて女の子同士でキスしたことを思い出す。そう、キスぐらい大したことじゃないけど、これ以上は~。
「待って、待って。お願いっ」
どうにかこうにか顔を背けて由希ちゃんを押し返す。
「んもう、紗紀子さん。生娘じゃあるまいし」
「だって、だって。見持ちを固くしろって怒ってたじゃん」
「良いんですよう。奔放で自由な紗紀子さんが好きなんですから、わたしは気にしません」
あなたそんなカワイイ顔して、男前なっ。
「ほらもう、黙って」
「いや、だって。ちょっと……」
「よいではないか、よいではないか」
カットソーをめくり上げて剝かれそうになりながら私は泣きそうになる。「あ~れ~」って心境だ。こうなったら観念しちゃう? なんて思っちゃう。
ああ。私の明日はどっちだ。




