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負け組皇子の大逆転  作者: 近藤パーリー
魔物達の章~魔王の呼び声~
18/18

エピローグ

多少女性を見下したような表現が御座います。

「…………何なのだ、これは……」


 不毛地帯であった場所を前にして、隣領を治める壮年の領主は呟いた

 開け放たれている紅色した大門の向こう側には、(おもむき)ある街並みの中を大勢の人間と魔物が賑わい行き交う姿が見て取れる。

 大門の隣へと眼を向ければ、真黒色した木目の外壁が地平の彼方にまで直下(そそり)立ち並んでいる。


 マイン・レイガン辺境伯には、二の句が告げられなかった。






 ~~~~~~~~~~






 東の大陸の最も西に位置するスパンク王国。スパンク王国西の辺境を治めるマイン・レイガン伯爵の元に、ある日耳を疑うような報告が入った。

 聖女を人質に取った魔王が、レイガン領と隣接する不毛地帯より魔物達を引き連れ攻め入って来たというのだ。


 余りにも現実的では無い報告だが、辺境伯でもあるレイガン伯は、直ぐ様正確な情報を得ようと早馬での伝令役を不毛地帯へと走らせた。それと平行して、スパンク王家にも現在調査中と付け加えた同様の報告を走らせた。

 最初の報告から一週間以上が過ぎた頃、レイガン伯の元に不毛地帯へと走らせた伝令役が帰って来る。

 改めて齋された情報は、最初に聞かされた以上に有り得ない内容だった。


 ゾルメディア帝国の元皇太子であり、二代目魔王を自称するガイスト・デンジャラス大公なる人物が、世界の中心地でデンジャラス公国という国を興した。尚且つ魔物達を引き連れ、何処の国の領土でもない不毛地帯を自らの国の領土だと宣言。

 ゾルメディア帝国のアーサー現皇太子の元(きさき)であり、二代目聖女を自称する魔王の妻、ルン・デンジャラス大公妃の持つ聖女の力で、荒野でしかなかった不毛地帯を緑の楽園へと戻したというのだ。


 自称魔王はデンジャラス公国と隣接するレイガン領と国交を結び、スパンク王家とも友好的な関係を結びたいと吹聴しているという。

 彼が率いて来た魔物達は、村には一切足を踏み入れていない。逆に村民達の方が魔物の街として開拓された場所へと足を踏み入れ、今まで見た事も無い商品を買い、経験した事も無い娯楽を魔物達と共に楽しんでいる。


 レイガン伯には理解不能だった。伝説から解釈される一般的な常識では、魔王は人間を滅ぼそうとする者、魔物は己の自我を持たずに人間を襲う化け物。にも関わらず、魔王は人間と友好を結びたいと言っている。魔物が人間である村民達と共に娯楽を楽しんでるなど定説とは真逆過ぎる。

 だが、魔王を名乗るガイストなる人物と、聖女を名乗るルンなる人物には心当たりが有った。


 五年程前、西の大陸を統べるゾルメディア帝国本国の当時男爵令嬢だったルン・ニルス。彼女は聖女の再来だと噂され、当時ゾルメディア帝国の第二皇子だったアーサー・ゾルメディアに見初められた。

 二人が婚姻した翌日、ルン皇子妃と当時ゾルメディア帝国の皇太子だったガイスト・ゾルメディアとの不貞が発覚。即刻、ルン妃は投獄され、たった一日だけの婚姻でアーサー皇子より離縁を叩き付けられた。聖女という称号が毒婦というレッテルに塗り替えられたのだ。

 不貞を責められ追い詰められたガイスト皇太子は、次期皇帝継承権を放棄させられ自暴自棄となり、生母である当時皇后だったエメルダ妃と投獄されていた不貞相手のルン元皇子妃、並びに下位貴族子弟や庶民の取り巻き達を道連れにして、魔物犇めく世界の中心地へ身を投げたと言われている。

 全大陸の各国で、かなり大きなニュースとして当時取り上げられた。

 まさか、誰もがとっくに魔物の餌になったと思っていたガイスト元皇太子とルン元皇子妃が生きていたというのか。


 魔王を名乗るガイスト元皇太子は、アーサー現皇太子の兄である事から公的には大公を名乗っており、ゾルメディア皇帝が正式にデンジャラス公国を大公家が治める国として認めた公文書も揃っている。加えて、魔物を自由に操る魔王の力を使い、不毛地帯に屯する魔物達を排除した事から本物の魔王だという。

 不貞発覚によって聖女から毒婦と呼び変えられたルン元皇子妃は、当初の噂通り本物の聖女だった。加えて、植物を発現させる聖女の力を使い、不毛地帯を緑の楽園へと変えた。

 二人だけでは無い。エメルダ元皇后やガイスト元皇太子の取り巻きだった者達も全員生きており、デンジャラス公国と名を変えた世界の中心地で、無限の資源を活用しながら魔物達と共存しているという。


 (にわか)どころか絶対に信じられない内容だったが、伝令役の者は興奮した様子で、行けば分かると繰り返す。

 内容が全て事実だったとしても、辺境の地を預かる身のレイガン伯としてはそう簡単には動けなかった。


 訳の分からない情報が伝えられた二日後、スパンク王家より、より繊細な情報を求むとの伝令が届く。


 ここで初めて、領主自らが自領と隣接する不毛地帯へと赴く決心をする。











 不毛地帯とレイガン領の最西端に位置する村との間には五百メートル程の空白地帯が存在する。

 その場所には芝生のような雑草が生えているだけ。故に、何も無い不毛地帯を村から遠く一望出来る。


 筈だったのだが――


 レイガン伯と彼の護衛騎士達一行が村に辿り着いた時、普段大して人の往来が無い村が変に賑わっている。

 人通りの多い理由は直ぐに判明した。不毛地帯と村との間を跨ぐ空白地帯に、歩道と車道とに分けられ綺麗に舗装された広い道路が設けられていたのだ。

 その一帯には雑草しか無かった筈なのに、道を取り囲むように樹齢数十年は経っているであろう梅の木の街路樹までもが数多立っているではないか。

 春でもないのに大輪を咲かす華やかな景色は、創成の神が帰ったとされる神の国を連想させるに十分だった。

 村民達も整備された歩道で足を止め、貴族ですら中々お目に掛かれない見事な枝振りを楽しそうに間近で眺めている。

 馬車の中から外の様子を伺うレイガン伯も、初めて目にする楽園の風景に開いた口が塞がらない。騎馬に乗り、馬車と並走する護衛騎士達も同様に驚く。この景色だけでも、農業以外大した名産品の無い村の観光名所になり得るだろう。

 そのまま梅に彩られた通りの終着点、不毛地帯だった筈の場所へと一行は辿り着く。

 其所には、これまたお目に掛かった事の無い様式美を醸し出している紅色した木造の大門。


 培ってきた常識を悉く覆されたレイガン伯には、在り来たりな言葉を一言しか発せられなかった。






 ~~~~~~~~~~






 新たな魔王が魔物達の頂点に立った日から五年後、遂に世界の中心地より飛び出した魔王ガイストと聖女ルン、及び人間と魔物の仲間達一行。待ちに待ったテンロウ領を手に入れる為、東へ向けて珍走団の如く突き進んでいた。

 ガイストの持つ特殊魔法魔物使いで、東の不毛地帯に屯する魔物達に人を襲うな暴れるなとの命令を下し、ルンの持つ特殊魔法豊穣で、東の不毛地帯を緑と木々が芽吹く大地へと変え進む。

 ひたすら爆走していると、一行は東の大陸最西端の村の手前へと辿り着いた。


 村民達にも、何も無い土色の荒野に緑の絨毯が敷かれていく様が見て取れた。

 何事かと思い、不断は近寄らない不毛地帯へ近付いてみると、一瞬にして荒野に草木を芽吹かせながらもの凄い勢いで此方へとやって来る一団を発見した。

 その一団が近付いてくるにつれ、村民達は自身の眼を疑った。

 現れたのは、日の光に照らされ眼も眩むような光を放つ高貴な鎧を身に纏い、ダチョウよりも更に大きい巨大な鳥とおぼしき生き物の背に乗り、緑の野を駆け抜ける騎士の集団だった。

 村民達が初めて眼にする巨大な鳥の正体は、メロカリという名の魔物。乙女ゲーム……ではなく、某有名RPGで例えるところのチョ○ボのような魔物だ。

 魔物らしい魔物を今まで見た事が無かった村民達にしてみれば、鳥の魔物であるメロカリが何なのかが分からなかった。


 メロカリを駆る騎士の集団に囲まれるように、やはりメロカリによって引かれた幾つもの馬車も確認出来る。

 馬車にも、騎士達の纏う鎧に負けず劣らず豪華な装飾が施され、騎士の鎧以上の煌びやかな光を放っている。世界最大規模を誇るゾルメディア帝国の皇帝ですら、これ程の豪華な装いが出来るだろうか。


 何も考えられずポカンとしてる村民達の前へと一団が到着する。だが、不毛地帯の境界線より先へは進まない。

 間近で眺めて、人間と伝説に聞く魔物達とが入り交じっている一団だと村民達が漸く気付いた。

 けれども、人間達も魔物達も皆が穏やかな表情をしている。笑い顔すら迫力の有るゴツイ魔物も居るには居るが、オーガやエルフはイケメン揃い。黄金と白金(プラチナ)で作られ宝石が散りばめられている鎧を纏う姿は、地獄の使者と言うよりも、天上の戦士を連想させる。

 遥か昔より誰も見た事が無く、人間の敵だと認識されている本物の魔物を前にしても、前面にイケメン達が立っているお陰で、村民達は恐れ(おのの)く事を忘れてしてしまった。


 目的地へと辿り着き、メロカリに引かせた馬車から降りたガイストは、一通り村民達に自己紹介を済ませる。すると、いきなり妻であるルンと夫婦漫才を始めた。

 後を引き継ぐように今度はグレンが前に出て、全ての事情を話し、魔王と聖女の復活を告げた。


 この状況が、歪んだ形でレイガン伯の元へ最初の報告として齋された。


 全てを聞かされ後から我に返った村人達は、村全体に不毛地帯の現状を報告。各々の家で家長が絶対に不毛地帯には近寄るなと家族全員に警告した。

 当然だ、人間に危害は加えないと言えども、相手は魔物であり魔王と聖女を自称する者。全てを鵜呑みにする方がどうかしている。


 しかし――


 先に述べた事情は大人の理屈。好奇心旺盛な子供にしてみれば、行くなと言われれば言われる程行きたくなる。

 人間と魔物の一団が姿を現した三日目の早朝、村の子供達は早速親の言い付けを破り、不毛地帯へと足を向けた。


 空白地帯に生えている藪に隠れて遠巻きに不毛地帯を眺める子供達。眼に写ったのは、木材で出来た立派な屋敷やログハウスが建ち並ぶ光景。中には公園とおぼしき敷地も見える。既に不毛地帯は不毛地帯では無く、村を通り越し街として出来上がっていた。

 街の中では、新たなる建物や建造物を建てるべく、魔物達が汗を流して一所懸命働いている。主に、街開発での力仕事は剛力種族の専門分野。

 ハッキリ言って剛力種族の魔物達は、見た目がゴツイし強面なのだが、働いている魔物達を統率しているのはオーガ。

 角が生えているだけで人間と全く容姿の変わらないイケメンに対して、デカイ魔物達がヘコヘコと頭を下げる姿が子供達には滑稽に写った。また、現場監督を務めるオーガが、自分よりデカイ魔物を注意したり、叱ったり、時には気遣かったりする様子も子供達には格好良く写った。


 子供達が面白可笑しく街を眺めていると、聞きなれない男の子の笑い声が耳に飛び込んできた。

 そちらの方へ眼を向けると、其所には公園で真っ黒な人の形をした物体と遊具で楽しそうに遊んでいる自分達と同じ年頃の人間の男の子の姿が見て取れる。

 思わず藪から身を乗り出して公園を見入ってしまうと、男の子が手を振ってくる。


「いっしょにあそぼうよー」


 顔を見合わせる子供達。流石に怖い物知らずであっても、魔物が犇めく街の中へ入るには躊躇ってしまう。

 けれども、何処にでもガキ大将的な子供はいるものだ。テメーらビビッてんじゃねーよ的なお約束台詞を吐き、ビクビクする内心とは裏腹に平静を装ったまま、街へと足を踏み入れ公園へと入っていく。

 広大な公園は緑に囲まれ、この世界の住人が見た事の無い様々な遊具が据えられている。其所は子供にしてみれば、ちょっとしたパラダイスだった。

 子供達を呼んだ男の子は、女子と見間違うばかりの美少年だった。


「やあ、ぼくはラミーガっていうんだ」

「あっ……ああ、おれはアイージャだ」

「じゃあアイージャ、あれでいっしょにあそぼーよ」


 ラミーガと名乗った美少年が指差した先には、傘の形をした巨大な鉄の遊具が有った。


「ぼくらふたりがあそぶからバギはいつもみたいにまわしてね」

「あー、回転塔かよ。ガキ二人分なんてしんどいぜ」

「えー、いーじゃん、いーじゃん」


 バギと呼んだ黒い物体の手を取り、ラミーガは子供特有の懇願をする。子供には甘いバギも結局は折れてしまう。


 アイージャに回転塔の遊び方を教えると、ぶら下がった二人を確認したバギが傘を回す。

 乙女ゲーム世界の住人であるアイージャにしてみれば、乙女ゲーム外(リアル)の遊具は初めての体験。遠心力によって振り回される。ただそれだけなのに、面白くて仕方が無い。


 公園で遊ぶラミーガとアイージャの笑い声が他の子供達を刺激する。

 そうなると後は早い。一人が状況の打破に成功すると、他の子供達もそれに続けとばかりに公園へと押し寄せる。

 結局は全員が街へと足を踏み入れ、ラミーガとバギの元へと集った。

 子供達は回転塔から始まり、ジャングルジム、滑り台、ブランコ、雲梯(うんてい)、鉄棒、はん登棒、とび箱、シーソー、etc、を心ゆくまで楽しむ。

 例え怪我をしても、バギが懐から超回復薬(ハイポーション)を出してくれるので、怪我と共に体力気力疲労も回復する。そのせいで、子供達のはしゃぎ様は止まらない。

 だが、それに付き合わされるバギの体力気力疲労には限界が有る。


「…………おっ……お前等…………ちょ……ちょっと休憩しよう……」


 全ての子供達が公園内を駆け回り始めて数十分後、黒い影が四つん這いになって、ハァハァ息を切らせているシュールな光景が有った。


「えー、バギー、もうつかれちゃたのー」


 舌ったらずで応えたのは、子供達の中でも最年少の女の子。

 最初こそ不気味なバギの姿に若干引いていたが、一緒に遊んでいる内、あっという間に皆が馴れてしまった。子供ならでわの順能力である。


「ハイポーションつかえばいいんじゃないの?」

「イヤイヤ、俺は魔法が効かない影だから、魔法薬の類いは何の効果も無いんだ」

「ふーん。へんなのー」


 仮にバギが擬態や変身(トランスフォーム)して口を作り、食物や毒を摂取したとしても、全て底無しの影の世界へと飲み込まれていく。

 故に、バギに味覚は有っても、食物の栄養や毒の効果はバギには一切齋さない。体力気力疲労を回復するには、普通に休まなければならないのだ。


「ねーねーバギー、はやくあそぼうよー」


 子供は残酷である。不死身と言えど、フラフラになっているバギの体を揺さぶり、容赦無く遊びに付き合わせようとする。


「あー分かった分かった、ちょっと待て。お前等と遊んでやる代わりに良いモン見せてやるから」

「いいもの?」


 言葉の意味を知っているラミーガが、首を傾げる女の子へ質問する。


「すきなどうぶつってなーに?」

「うーん、うさぎさん!」

「バギ、うさぎだって」

「よっしゃ」


 返事したバギは、転生者であっても年配のかなりマニアな者しか知らないキメ台詞を吐く。


「バーバー・トリック!」


 このキメ台詞は、子供と遊んでいる時限定で擬態や変身(トランスフォーム)をする際に言えとガイストから教えられた言葉だった。

 子供達の前で、人間程の大きさの白い兎へと変化した。

 突然現れた大兎を見て、子供達は眼を丸くする。皆が固まっていると、大兎がバギの声で話し掛けてくる。


「悪ぃな、俺は体を大きくしたり小さくしたりする事が出来ねぇから、こんなサイズの兎になっちまうんだけどよ」

「えっ! もしかしてバギなの!?」

「そうだよー。バギはなんにでもへんしんできるんだよー」


 ラミーガが応えると、一拍置いて子供達から変身リクエストの嵐が沸き起こる。

 擬態や変身(トランスフォーム)によってバギの体の体積は多少変化しても質量は変化しない。蟻や鯨に擬態や変身(トランスフォーム)ようとも、バギは体の質量を増やしたり減らしたり、極端に凝縮させたり拡散させたりは出来ないので、人間の大きさと同じになってしまうのだ。でも、子供達には逆にそれが面白い。


 そのままひたすら付き合わされる羽目になるバギ。クタクタになりながらも漸く昼になって念願の助け舟がやって来る。

 レダを初めとする魔物の侍女達を引き連れたルンが、弁当籠を持って現れたのだ。

 普段質素な食生活を送っている子供達の前に、高級な動物肉がふんだんに盛り込まれたサンドウィッチが山程運ばれて来た。しかも、飲料水として出された物は、貴族ですら中々口に出来ない果汁100%のオレンジジュース。

 この世界の一般的な人間の一日の食事は、朝と夜の二食だけ。食事の献立も、大抵朝はパン一つにスープとポテトと野菜程度。夕食でも精々鳥か魚が限界。豚や羊や馬などの動物肉が食えるのは親の給料日か祭りの時ぐらい。だとしても牛肉など絶対に有り得ない。フルーツジュースは、酒よりも貴重だ。


「好きなだけ食べなさい。子供は一杯遊んで一杯食べて大きくなるのだから」


 遠慮無く食事へと飛び付く子供達。満面の笑みを浮かべてサンドウィッチを頬張る。その隙に、大量の超回復薬(ハイポーション)を侍女達に押し付けて、影隠密(シャドーシーク)でとっととトンズラするバギ。

 食事を終えた子供達に一気に睡魔が襲ってくる。これも致し方無い事だった。育ち盛りにも関わらず一日二食しか食べていないのだから。


 小一時間程、ルンの侍女達に膝枕されて眠った子供達は、眼を覚ますとまた元気に遊び始めた。

 男の子達は、ルンが弁当籠と一緒にゴム製のボールを持ってきたのでラミーガからルールを教わり、サッカーやドッヂボールで楽しむ。男の子にとって、よく弾むゴム製のボールは公園内を駆け回るには最適である。


 本来、中世を模した乙女ゲームの世界にゴム製品は無いのだが、前世の知識を持ち全ての植物を統べる聖女ルンには、天然ゴムの木の樹液からゴムを作り出せると分かっていた。

 後はゴムのざっくりとした説明だけしてゴムの木を大量に生やし、ゴム開発を魔物の職人達へ放り投げた。だが、彼等の苦労の甲斐が有って、この世界にも多種なゴム製品が誕生したのだった。

 ゴムだけに限らず、転生者であるガイストとルンが知り得る植物を原料とした物が、魔法や技術を用いて再現出来るならば無限の資源で量産が可能。

 それ等の品々がデンジャラス公国のオリジナル商品として販売されていたのだ。


 一方、女の子達は、やはり弁当籠と一緒に持ってきた道具を使って、編み物や刺繍等を侍女達から教わった。但し、ルンは編み物が苦手ではあるが。


 そうこうしていると、日も暮れてゆき、公園に最後の来訪者が現れる。

 保護者の姿を見付けたラミーガが、声を掛ける。


「シュドウ!」


 現れたのは、乙女ゲーム外(リアル)で言うところのチャイナスーツで身を包み、従者を引き連れたシュドウ・テンロウ辺境侯その人だった。

 駆け寄って来たラミーガを笑顔で迎えて頭を撫でたシュドウは、ルンへと一礼する。


「大公妃様、本日は子供達の面倒を見て下さり誠に有り難う御座います」

「別に構わないわ。モストの代わりだと思えば」


 この時、まだ幼い勇者モストは今回のテンロウ領開拓には同行せず、公国首都にてエメルダに面倒を見て貰っていた。

 ルンは続けて付け加える。


「私よりも、昼まで付き合わされてたバギの方が死にそうになってたわよ」

「フフフ、俺を倒した魔王の影も、子供達には敵わないというわけか」


 薄く笑い、シュドウはラミーガと同じく自分の元へ寄ってきた子供達へ優しく微笑む。


「皆、ラミーガと仲良くしてくれて有り難う。これはそのお礼だ」


 共に現れた従者達が、その手に持つ籠を子供達一人一人へと手渡す。

 籠の蓋を開けてみると、そこにはこれまた貴族ですら早々口に出来ない豪華な菓子類がふんだんに詰め込まれていた。当然子供達は大喜び。

 ここで、シュドウが子供達へお願いをする。


「その籠の中には、お菓子の他にも白い粒の入った大きな瓶が二つ、砂色した粒の入った小瓶が一つ入っている。それは、君達のお父さんお母さんに渡してくれないか」


 子供達は声を揃えて元気良く返事をする。


「じゃあ今日はもう遅いから、気を付けて帰りなさい」


 これにもまた声を揃えて返事をする。名残惜しそうながらもラミーガに別れを告げ、子供達は自分の親元へと帰って行ったのだった。


 しかし、子供達にとってはその後が大変だった。大量の菓子を詰めた籠を持って実家に戻ると、何の悪気も無く今日一日の出来事を親へ話したのだった。

 聞かされた其々の親は、顔を真っ青にした。

 ガキ大将であるアイージャの父親に至っては、言い付けを守らず勝手に魔物の街へ入った事に激怒。アイージャを張り倒してしまった。

 けれども、シュドウに言われた通り、三つの瓶の事を伝えると状況は一変する。二つの大瓶に入っていた白い粒とは、大量の塩と砂糖だったのだ。


 やはり、中世を模した乙女ゲームの世界では、菓子類と同様、加工食品の原料や調味料ともなる塩と砂糖は高級品。

 それよりも何よりも、小瓶に入っていた砂色の粒とは、高級品の更に上を行く超高級品の胡椒だったのだ。小瓶に入っている量だけで一軒家が立つと言っても過言では無い。


 ここにきて、グレンより伝えられた無限の資源の万能性と、友好的な関係を結びたいと言っていた自称魔王の言葉が大人達の頭に木霊する。


 さて、次の日。仕事をサボった子供達の親は、まるで示し会わせたかのように空白地帯で出会した。皆の考えている事は同じだった。

 先ず彼等は、昨日の子供達のように藪へと隠れる。やはり、子供達と同じく完成しつつある魔物の街に驚く。ただ、その次が違っていた。


 魔物の街と化した不毛地帯と空白地帯との境界線で、イケメンのオーガ達が横一列に列び、惜し気も無く細マッチョな上半身を晒し、額に汗して下水道工事を行っているではないか。

 たったこれだけで母親達の胸の内は、恋の呪文はスキトキメキトキスと化した。


 母親達だけではない。父親達にも福眼が用意されていた。

 オーガに混ざってオーグレスまでもが豊満な胸にサラシを巻き、オーガ同様上半身を晒してスコップ持ち土木工事に勤しんでいるではないか。

 いや、まだだ。薄着をしたエルフの美女達は、街作りに汗を流す魔物達を労う為に水の精霊を呼び、街に大量の水飛沫を飛ばしている。まるでスプリンクラーのように水が霧のように舞い、何時までも虹が消えずに残っている。けれども、注目すべきところはそこではない。

 街中を舞う大量の水飛沫は、当然薄着をしたエルフの美女達にも降り掛かり……

 まだまだ有るぞ。腰辺りからパックリ割れたスリットがえげつないチャイナドレス姿をしたダークエルフ、いや、ダークエ()フの美女達が、何の意味も無く徒党を組んで街中をブラついている。

 そう、ただブラついているだけだが、それで十分。

 一連の美女達の共演を目撃した父親達の胸の内は、ドッキンハートにまばたきショットと化した。


 若い頃に置き忘れた衝動を思い出した大人達の眼が、ひたすら♥となっていると、彼等が隠れる藪へと近付いて来る集団が有った。

 その先頭には、昨日同様チャイナスーツ姿のシュドウ。後ろには、やはりチャイナスーツ姿のイケメンオーガ達と、夜の色気をムンムンに振り撒いているチャイナドレス姿のダークエロフ達。


 歩み寄ってくる魔物の美男美女達が現実の者との区別が付かないまま、大人達は棒立ち状態となってしまった。

 アイージャの父親の前で足を止めたシュドウ。まだ夢から覚めてない相手へと声を掛ける。


「我々がこの地へと到着して以来だな」

「はっ……はいぃ」


 間抜けな返事しか出来なかったが、それを気にする余裕の有る者は一人も居ない。


「改めて名乗らせて貰おう。俺はデンジャラス公国の新たなる領土として、()不毛地帯であるテンロウ領を大公様より賜ったシュドウ・テンロウ辺境侯だ」


 威厳漂うシュドウの(おとこ)っぷりを間近で目にした母親達は、相手が角を持つオーガだと頭の中から空の彼方へフッ飛ばした。


「昨日、俺が世話をしているラミーガという子が、お前達の子供と一緒になって遊んでたんでな。一応、これからは隣近所の街と村になるし、うちの子と遊んでくれた礼を兼ねて塩と砂糖と胡椒をプレゼントさせて貰った」

「……あ……有り難う、御座います」

「お前達も何時でも我が街へ遊びに来てくれ。尤も、気軽に入れるのは、あと数ヶ月までだけどな」


 俄然魔物の街に興味が沸いてきた大人達だったが、意味深な言葉が付け加えた事によって皆の顔が微妙に曇った。


「今はまだ広大な領地の開拓途中なので、誰が街へ入ろうと構わないが、数ヶ月もしたらテンロウ領全域の開拓は全て完了する。そうなると、お前達の村とは隣近所であっても別の国となるわけだ。今現在、デンジャラス公国はスパンク王国どころか、レイガン領とも国交すら持ってないしな」


 そう、ガイストが不毛地帯を自国の領土だと宣言した後、その地で経済活動が行われて初めて元不毛地帯は国際的にデンジャラス公国の領土であると認められる。建設開拓途中のテンロウ領は自称テンロウ領に過ぎず、まだ何処の国の領土でも無いので誰だろうと自由に行き来出来るのだ。

 しかし、テンロウ領が完成して本格的に経済活動が始まれば、デンジャラス公国民以外は一切立ち入れなくなってしまう。


 衝撃の事実を突き付けられた大人達に、更なる衝撃の事実が突き付けられる。


「それに今作ってる下水道が完成すると、次は街を囲む高い外壁と大門の製作に取り掛かる。まぁ、それは大公妃であらせられる聖女ルン様がその御力を御貸し頂ければ数日中には完成するがな」


 高い外壁が立つ事によって、もう外からは街を眺められなくなる。と言う事は、もうイケメンオーガやオーグレス、美女エルフにダークエロフが拝めなくなる。

 原始的な三大欲求であるところの性欲、その更に根幹の部分を刺激された大人達の頭脳はフル回転した。

 世界の中心地に位置するデンジャラス公国首都には、塩も砂糖も胡椒すら簡単に産み出してしまう無限の資源が存在する。尚且つ、文献や伝説では、魔物は己の自我無く人間を襲うとされているが、実際に見た限りでは定説とは余りにも内容が真逆すぎる。

 現に、この地へと赴いて来たのは、魔物達だけではなく人間の仲間達も居るのだから。なんなら魔物達から大公様と呼ばれている魔王も人間だし聖女様も居る。ゾルメディア皇帝も公文書で全て認めている。魔物達と接するに何の問題が有ろうか。


 自分達に都合良く解釈した大人達。もう子供達同様、後は早かった。

 そのまま、母親達はイケメンオーガ達にエスコートされ、父親達はダークエロフ達にエスコートされ、街の観光へと突入した。

 しかも、今回限りという事で、既に街で売られている様々な品物を品数限定でタダでプレゼントするとの大判振る舞いもされた。


 初めて街へと足を踏み入れた大人達は、目玉が裏返る程仰天した。食料品や生活必需品は村での販売価格の半値以下。遠くの街まで行かなければ手に入らない物や見た事も無い物まで超格安スーパーディスカウントで売られている。それなのに品質は最高級。

 昼食として振る舞われた食事は、牛、豚、鶏、羊など肉料理のフルコースで、デザートは多種なフルーツ。こんなのは王家主催の晩餐会並みのメニューだ。

 そして夕暮れ時、父親達は大量の酒類と最新型の仕事道具と日用品と子供用のオモチャを、母親達は、数点の宝石と化粧品と余所行き庶民服と食料品等々を。それ等の品々を与えられたリヤカーに詰め込む。

 昨日まで魔物に怯えていた大人達は、ホクホク顔で夕陽射す魔物の街を後にする。

 夜、大人である親達は久しぶりに燃えた。


 次の日からは言わずもがな。老若男女関係無く村民達が魔物の街へと押し掛ける。村からの噂は噂を呼び、更に最寄りの街や村の者達すらもが押し掛けて来る。

 人の往来が激しくなった事も有り、最西端の村と魔物の街とを繋ぐ空白地帯にも大きな道路が作られた。また、ルンが特殊魔法豊穣を使い、街路樹として、又は観賞用にと大量の梅の木を大勢の人間達が見守る前で出現させた。

 伝説の聖女のネームバリューとルンの美貌は半端では無い。またままた噂が噂を呼び、またまたどっと人が押し寄せて来る。

 レイガン伯より遣わされた伝令役も、魔物の街のフィーバーぶりを勿論体験している。と言うか、今後ともずっと街と付き合いたい村民達と、魔王夫婦とシュドウ自らが盛大にもてなした。


 実は、大人達が街へ入る切っ掛けとなった子供達の行動から、街が賑わうまでの一連の展開は、全てガイストの思惑通りだった。

 好奇心旺盛な子供は絶対に魔物達の前に姿を現すと踏でいたガイスト。子供達をラミーガに誘わせ公園で一緒遊んだ後、大人用の土産を渡す。土産を渡された大人達は、魔物の街に興味を持つ。そこで美男美女の魔物達を使ったハニートラップを仕掛ける。

 まんまと罠に引っ掛かった大人達が、街の凄さを勝手に広めてくれると、勝手に人間達が押し寄せて来る。後は伝令役にも熱烈歓迎すれば良いだけ。


 そんなこんながあった上で、門前での遅れて来た領主の呟きだった。











 紅色した大門の前で、何時までも呆然とするレイガン伯と彼を護衛する騎士達の前に、お決まりのチャイナスーツ姿をしたシュドウと魔物の従者達が現れる。


「失礼、一見させて頂くと、貴方は最寄りの地を治められている領主殿ではないだろうか?」

「あ……ああ……」


 マトモな返事すら出来ずにいるレイガン伯であったが、同行してきた伝令役の男が急に体を乗り出して来た。


「いや~テンロウ侯、お久し振りです!」

「おお、オネス殿か、久しいな」


 オネスと呼ばれた伝令役の男は、主であるレイガン伯を差し置いて、笑顔でシュドウと握手を交わす。


「大公様と大公妃様もお元気にされてますか?」

「フッ、あの御二方が一番元気だよ」

「でしょうね~」


 一見すると人間と見分けが付かない。けれども、間違いなく頭部から生えている二本の角は人外の証。なのに、人間であるオネスは旧知の者に会ったかのような馴れ馴れしさで接している。寧ろ、テンロウと呼ばれた魔物の方が口調も態度も紳士(ジェントルメン)だ。

 レイガン伯と護衛騎士達の頭の中は、まだ状況に対する整理が追い付かなかった。


「オ……オネス、お前」

「ああ、レイガン様、この方がこの辺り一帯を統治されるシュドウ・テンロウ辺境侯様ですよ。こう見えて最強の魔物、オーガなんですよ。いや~男前だし線は細いし全く見えないですよね~。でも、やっぱり脱いだら凄いんですよ」


 聞いてもいないのに勝手に話を進めるオネス。しかし、彼の調子の良さが上手く仲介役となった。

 おっなかなびっくりのまま、オネスに促されレイガン伯もシュドウと握手を交わし、お互いが自己紹介する。

 オネスのお陰で幾分魔物への恐怖が和らいだところで、二つ程質問をぶつけてみた。


 Q1、己の自我無く人間を襲う魔物の筈なのに、何故人間と仲良くしているのか?

 A1、元々魔物達には自我が有る。ただ、魔王ゲイザー最後の命令が魔物達へ染み付いているので人間を発見した瞬間、無条件で人間を襲う。この行為が人間の眼には自我無く人間を襲うと写るのだろう。

 最後の命令が新たなる魔王によって解除された今、人間の前でも魔物は自我を保てる。元々人間と敵対していた魔物であっても、忠誠を誓った二代目魔王の言と国の法は絶対。魔王の力を使われずとも魔王の望む通りに行動する。

 現に、人間と交流が出来るほど知能の高い魔物達は、人間と仲良くする事を魔王の力で強制されている訳では無い。


 Q2、自分達が此所へ来る三週間程の間に、材料も道具も何も無い不毛地帯で何故これだけの街と大門と外壁を作れたのか?

 A2、デンジャラス公国には、龍騎隊(ドラゴンライダーズ)なる精鋭部隊が存在し、必要な材料や道具は全て無限の資源を所有するデンジャラス公国首都よりひとっ飛びで持って来てくれる。

 大本の材料として使用されている木材は、全てデンジャラス大公妃である聖女ルンが聖女の力によって現地で与えてくれる。空白地帯に何本も立つ梅の木が良い例。

 更に、魔物達が持つの力や魔法や技術を用いれば、街一つを作るぐらい三週間も必要としない。

 因みに、ドラゴンを操縦する龍騎(ドラゴンライダー)は全員人間で、大門と外壁に使用されている木材は、リグナムバイタという世界一固い木を燃えないよう魔法でコーティングしている。


 レイガン伯は戦慄する。普通に考えれば国家機密に類する内容をペラペラとバラしてるように見えるが、それは違う。

 魔王の力、聖女の力、そして人間と魔物が協力して得た力は、現在何処の国も持ち合わせていない。知ったとて、真似する事も盗む事も出来ない。なら、何を暴露しようと何の問題も無い。


 何時の間にか悩まし気な表情となってしまったレイガン伯は、取り合えず大公であるガイストと謁見してくれとシュドウに促される。

 その時、街へ入る際、二つの注意点と一つのお願い事をされる。


 注意点1、例え今は開拓中であって何処の国の領土では無いにしても、街中で犯罪を犯さない。

 これは当たり前の事なので、誰もが素直に納得出来た。


 注意点2、人間と魔物を差別する及び、デンジャラス公国、デンジャラス大公家、並びに魔王ゲイザーへ対する不敬な発言や態度は絶対禁止。

 二代目魔王であるガイストは、永きに渡って魔物達が敬愛してきた初代魔王であるゲイザー尊重している。それにより、魔物達も魔王ガイストと大公家を認め敬愛しているからだ。

 これにもレイガン伯一行は了承する。


 そして、お願い事とは……


「我が主である大公家の方々、特に魔王である大公様と聖女である大公妃様は、かなり庶民的な方です。なので、多少の無礼な態度や言葉使いは御許し願いたいのですが」


 頭を掻いて苦笑いするシュドウだったが、国主たるもの、臣下に対して無礼は当たり前とレイガン伯も心得ている。

 全てを納得した上で、いよいよ一行は街へと足を踏み入れる。

 自分一人がガイストの元へと案内する、馬車や騎馬は従者達が預かるので、皆はゆっくりと街を見学してくれとシュドウは提案する。

 村民達とここまで信頼関係を築いているし、人目も多い街中で今更罠の危険性は薄いだろう。襲われたとしても相手は一人と判断され、一行は歩いてガイストの元へと向かう事となる。

 オネスだけは、そのまま街を楽しむと言って何処かへ行ってしまったが。


 魔物の街に入り、人間達と魔物達で賑わう街の様子を注意深く観察するレイガン伯。彼と同行している護衛騎士達の中に一人の女騎士の姿が有った。

 男を全く歯牙にも掛けず、美人だが女だてらに剣を振り回して勿体無いと皆から言われ続けていた彼女は、所謂男装の麗人だ。

 然して、麗人の瞳はシュドウが苦笑いした瞬間から、ずっと♥と化していた。

 常日頃接するムサい同僚のドヤ顔より、護衛対象として接する貴公子達の笑顔より、ワイルド系イケメンの爽やかな苦笑いを見た途端、麗人の思考回路はショート寸前、いや、完全にショートしてしまったのだ。まさに、ハートは万華鏡の女騎士だった。


 この後、レイガン領並びにスパンク王国がデンジャラス公国と国交を結び移民政策が開始されると、彼女はいの一番でオネスと共にテンロウ領の住人となる。そのまま、シュドウの元へと騎士志願名目で押し掛け、最終的にはシュドウの妻、テンロウ辺境侯夫人となってしまう。

 しかも、シュドウと彼女との間に産まれる後の二代目テンロウ辺境侯と、後にガイストとルンの子として産まれるデンジャラス大公家の三女、クラウ・デンジャラスは将来恋愛結婚する事となる。


 このように、デンジャラス公国とレイガン領との国交樹立を皮切りに、年頃の女子、又は婚活が失敗続きの行き遅れ女子がテンロウ領へと殺到する。

 ここ数百年、人間はオーガを見た事が無かったが、伝説や文献によると凶悪な魔物の代名詞として記されていた。それが実際に眼にすると、細マッチョのイケメン揃いで尚且つ優しい上に、オーガという種は大多数が男なので万年嫁不足。産まれた子供は絶対に美男美女として育つ。女子達が大挙して訪れるのも自明の理であった。

 オーガ達にしても、世界人口の半数以上を占める人間の嫁がわんさかと来てくれたお陰で、世界の中心値だけでは限界が有った種の保存問題が解消された。

 更には、ドSでダイナマイトバディなオーグレスの噂を聞き付けた数少ない貴重なドM男子も女子以上に押し寄せた。

 彼等は実際婚姻したにも関わらず、何故か自分の嫁オーグレスを「(オーガ)嫁」ではなく「女王様」と呼んでいるという。

 何も無かったテンロウ領最西端の村も“梅の門”とも呼ばれるデンジャラス公国への最初の導線として人で賑わい、村から街へと様変わりしていく。


 また、美男美女が多く集っている事から、テンロウ領では演劇や歌謡に加えて、脳筋も多い事からプロレスといった格闘技やスポーツも盛んに行われ、公国一のエンターテインメントの都市として発展していく事となる。

 今日より十数年先の話ではあるが。


 レイガン伯一行が魔物の街へと入ってどの位歩いただろうか。辿り着いたのは、街の繁華街から離れた閑静な場所に立つ小さなログハウスだった。

 近くには小川も流れてるし自然豊かで景観も良い。確かに住み易そうな場所だが、仮にも魔物達から大公様だの魔王様だのと呼ばれている者がこんな所に住んでいるのかと疑問に思ってしまう。ログハウスの周りには護衛の姿すら見えないのに。

 もしかして何処かに伏兵が潜んでいるのかも知れない。やはり罠だったのかと、訝しげにしているレイガン伯の心を読んだかのようにシュドウが答える。


「この辺りは、後々沢山のログハウスを立てて宿泊施設にしようかと思っています。大公様もテンロウ領全域の開拓が終了するまでの仮住まいだからこの程度で良いと仰って」

「本当に庶民的な方なのですね……」

「そうなんですよ。我々としても、その変が良くもあり悪くもある所なんです。既に完成している領館へ移ってくれた方が逆に気が楽なんですけど」


 自分の置かれた状況と真逆の人物像を聞かされたレイガン伯の肩から幾分力が抜けた。

 玄関扉の前に立ったシュドウから最後の言葉が掛けられる。


「では参りますよ」

「はい」


 コンコンと扉をノックする。


「大公様、隣領を治めるマイン・レイガン伯爵殿がお越し下さいました」

「おーそうか、鍵は掛かってねぇから遠慮無く入ってくれ」


 一行の脳裏に?が浮かんだ。扉の中から聞こえて来た返事は、どう考えても魔王どころか貴族と言うにも程遠い言葉使いだったからだ。仮にも元皇太子だったというのに、庶民的と言うよりも庶民そのものだ。


 訪れた者達の思考を置き去りにしまままログハウスの扉が開かれる。

 先ず、一行の眼に飛び込んできたのは、寝間着姿の金髪碧眼イケメンがソファーに座っている姿。その向かって左隣にはピンクブロンドの髪色をした絶世の美女が座っており、向かって右隣には十歳ぐらいのこれまた絶世の美少年ちょこんと座っている。


 かなり前に幼い姿を肖像画でしか確認した事が無いが、恐らく、いや、間違いなく寝間着姿のイケメンは、五年前ゾルメディア帝国より追放されたガイスト元皇太子。

 魔王を名乗るぐらいなら影武者の可能性も否めないが、元皇太子のダメダメっぷりは微かにレイガン伯の耳にも届いていた。寝間着姿やド下町の庶民言葉を使っている事から本物だろうと判断出来る。

 ならば、左に座る有り得ない程の美女はルン元皇子妃。確かに、これ程の美貌の持ち主なら聖女の再来だと噂されるのも納得出来る。

 問題は右に鎮座する女の子と見間違うばかりの美少年だ。美男美女であるガイストとルンの子、公子ではないかと推測した。


「もうお互いの素性は分かってんだろうから、堅苦しい挨拶は後にして、取り合えず中入って座ってくれや」


 ガイストに促されるままレイガン伯は室内へと入り、対面のソファーへと腰を下ろす。

 続いて同行している護衛騎士騎士達も中へと入り、主の座るソファーの後ろに並ぶ。

 最後に入ったシュドウもガイストの後ろへと立た……ずに、適当に設置されている椅子へと腰を下ろし腕と脚を組んだ。

 主の側で腕と脚を組む。貴族の態度として考えたら有り得ない態度を取っていが、ガイストもルンも気にしている様子は全く無い。さもそれが当然のように涼しげだ。

 一行が面食らっていると、ガイストが侍女とおぼしき者の名を呼ぶ。


「おーい、レダー、護衛騎士達の椅子を持って来てくれー」

「はーい」


 隣の部屋から大量の折り畳み式の椅子を抱えて美人オーグレスが侍女姿で現れた。


「立ってるのも何ですから、椅子を用意したんで座って下さい」

「えっ、ああ、はあ……」


 護衛騎士達が返答に困っていると、軽く振り向いたレイガン伯が少し首を縦に振る。

 主の許可が下りた事で、護衛騎士達は出された椅子へと座るが、腕や脚を組むといった真似はしない。


 再び顔を前に戻したレイガン伯は、対面に座る三人を観察する。

 真剣な眼差しの相手とは対照的な表情をしているガイスト。すると、いきなりサラッと一方的に捲し立てて来た。


「自己紹介はいらねぇよ。おたくがスパンク王国のマイン・レイガン伯爵なんだろ。俺がデンジャラス公国の国主をやってる魔王のガイスト・デンジャラス大公だ。んで、此方に座ってんのが嫁のルン・デンジャラス大公妃。一応、本当(マジ)の聖女なんだぜ。そんで、これがゾルメディア皇帝(親父殿)を嵌めて手に入れた公文書だ。お互い忙しい身なんだからチャッチャと済ませようぜ」


 有無を言わさずテーブルへと差し出された羊皮紙に思わず眼が向くと、先にゾルメディア皇帝スレインのサインが飛び込んで来る。

 無意識に羊皮紙を手に取ってしまい、中の文面を事細かに読んでいくと、内容の恐ろしさと狡猾さにレイガン伯の表情が呆れた風に崩れていく。


「そのサイン、パチモンじゃなくてマジモンだぜ。何なら、適当な紙に複製魔法を掛けてコピーしたヤツを持って、おたく等の方で鑑定してくれても良いんだぜ。寧ろとっとと鑑定して複製品を東の大陸中にバラ撒いて欲しいくらいだ。あーでも、鑑定するにしてもバラ撒くにしても帝国には内緒にしといてくれ。此方にも色々と準備が有るんでな」


 準備とは、現在一部の者意外に存在を隠している勇者モストを、ここぞという時にゾルメディア帝国へ知らしめ、連中の逃げ道を完全に塞ぐ為の準備。今はまだ、ざまぁへの潜伏期間だった。

 自信満々に言い放つガイストが続けて畳み掛ける。


「おーい、レダー。あれを持って来てくれ―」

「はいはい~」


 またレダと呼ばれたオーグレスの侍女が現れる。今度は、大きな鉄製の重そうな箱を軽々と担いで持って来た。

 そのまま箱をドスンとテーブルへと下ろす。


「まぁ、こいつはつまらねぇモンだけどお近づきの印だ」


 ガイスト自身が箱の上蓋を開けると、箱の正体は玉手箱だと皆が知る。

 中からは大量の黄金や白金(プラチナ)に、稀少金属であるオリハルコンにミスリル製の道具、各種宝石や貴金属がぎっしりと詰められていた。


「いや~、ホントにつまらねぇだろ? 俺の国は、無限の資源を所有してるんで、こんなの簡単に手に入るから、そっこら中にゴロゴロ転がってんだよ。ハッキリ言ってガキの遊び道具だな」


 実際に、オリハンコンやミスリル製の玩具は、勇者モストの遊び道具ではあった


「んで、どう? 公国(うち)と付き合うの付き合わないの?」


 ログハウスに入ってからこの間、レイガン伯は一言も喋っていない。


「……あ」

「ん?」

「今、一概には決められない」


 この台詞がやっとだった。


「だよな~。じゃあ、しゃあねぇか。今度は、南の大陸の国と交渉してみるか~」


 諦めた台詞のガイストが箱の蓋を閉じようとした時。


「まっ、待て!」

「はぁ?」


 直ぐ様、取り繕う。


「わっ、私個人としては、大公様の国、デンジャラス公国と国交を結ぶのは吝かでは無い。だが、なにぶん前例の無い事だし、王家とも相談をせねば。暫し時間を貰えないか?」

「ん~、それもそうだな。じゃあ」

「じゃあ?」

「後でテンロウ様から此方側の要求やらなんやら記した紙を貰ってってよ。そんで、次話し合う日取りを指定しといて。それまでにもし、公国(うち)と付き合うんなら、王家との話をそれなりに煮詰めといてくれよ。つーか、街で遊ぶだけなら何時来てくれても良いぜ」


 ガイストが発した言葉は、表では『お互いまだどうなるか分からない』と受け取れるが、裏を返せば『お前の腹は決まってるんだろ?』と言っているに等しかった。

 レイガン伯としても、街で売られている商品の品質と安さから、本当に無限の資源を所有していると気付かざるを得ない。眼の前に置かれた金銀財宝(賄賂)だけでもレイガン領の年間予算を遥かに凌駕しているのだから。

 相手に畳み掛けられ、いきなり目前に金銀財宝(賄賂)を積まれた事で呆然となってしまったが、他の国と交渉するという脅しを辛うじてはね除けられた。

 因みに、自分の家臣に“様”を付けている事も気になったが、何故か聞いてはいけない気がした。


 ガイストが交渉という名の一方的な決断をレイガン伯へと伝えたところで、再びレダが前へ出て山吹色の菓子類(賄賂)が詰まった箱を持ち上げた。


「安心しな。あんな重いのアンタ等にゃ運べねぇだろ。馬車まで運んどいてやるよ」


 そのまま箱は、勝手口からヘカトンケイルの従者へと渡される。

 護衛騎士達が名残惜しそうに眺めていたが、レイガン伯だけは真正面を捉えていた。


「一応その書類、原本なんで返してくんねーか」


 ずっと手に持っていた羊皮紙を言われるまま返すと、レイガン伯の脳裏に今後起こるであろう様々な面倒事が予想される。

 中でも、魔王が治める魔物の国と国交を結ぶには、確実とも言える一番厄介な壁が立ちはだかる。


「いやはや、いきなりで驚きましたが、大公様の交渉力と決断力には感服致しました」

「タイム・イズ・マネーだ。此方もやんなきゃならねぇ事が山程有るからな」

「時は金なりとは上手い事仰る。あれだけの物を見せられたら誰でも心が揺らぎますからな。ですが……私としても話を煮詰めた後、全部クリアにしたい……だがやはり、王家への説得は難しい。何よりも一番の問題は、教会が何と言うか……」


 何処の世界、何時の世でも魔に対する最大の敵は教会であり宗教だ。国境を越えた世界一の巨大組織が持つ権威と数の暴力にはどんな大国でも兵器でも敵わない。

 西の大陸を統べるゾルメディア帝国ですら、次期皇帝への戴冠は教会の法王が行うのだから。

 一気に、レイガン伯の双肩に難問が降り掛かったが、ガイストの余裕は崩れない。


「あー、そんな事か」

「そんな事ですと?」


 険しい表情をガイストへと向けた。


「教会を甘く見てはいけません。考えようによっては彼等は一国の命運さえ左右しかねない」

「まぁ待て、取り合えず俺の話を聞いてくれ」


 元々ゾルメディア帝国の皇太子だったガイストは、皇室と密着な関係だった教会事情に明るかった。


「俺は難しい事は分からねぇし、おたく等が信仰してるのが何なのかも知らねぇ。しかしな、宗教関係には多少詳しくてな」

「と、申されますと?」

「この世界に数多存在する枝分かれした信仰の根は、全て一つに繋がっているんだぜ」

「全て一つ……ですか?」

「そうだ。この世界の原始、新興、全ての宗教は、世界の中心地で初めて王権神授した世界創成の創造神から発祥されている」

「……言われてみれば、確かに」

「その創造神が認めたってか、本当は認めてねぇけど、勝手に宗教家が聖人や神人だと認定した事に共通する歴史上の人物は?」

「それは勿論、初代ゾルメディア国王と勇者バーンと――」


 自身の発した言葉の途中で、目が見開かれる。と同時に、ガイストがニヤリと笑う


「俺の嫁は何だ?」

「……聖女」


 呟くと、ずっとガイストの隣で微笑んでいたルンが右手を前に差し出した。


「奥様へのプレゼントにでもなさって下さい」


 差し出されたルンの掌から七色をした薔薇が大量に現れた。しかも、薔薇の茎には棘が一本も無い。

 手品にしては派手過ぎる演出に、レイガン伯一行が声を上げる。


「その……薔薇の色と棘は!」

「あら、お気付きになりました?」

「そんな薔薇見た事が無い!」

「私は全ての植物を統べる聖女です。既存の植物に手を加えて実現可能な物ならば、新種の植物など幾らでも取り出せますよ」


 まだこの世界に存在しない薔薇の束をレイガン伯へと差し出す。指の触覚で確かめようと花弁や葉を触ってみるが、やはり本物の薔薇だ。インクで七色に塗られた形跡は見られない。

 眼を白黒させるレイガン伯へとレダが近付く。


「お預かりします。後で花瓶に入れてお渡ししますね」

「ど……どうも」


 薔薇を預けたレイガン伯は、ガイストとルンを交互に見る。


「なっ、聖女だろ」


 今の今まで多少疑っていたが、間違いなく魔王の妻は聖女だった。


「聖女シェラは、その掌からあらゆる大地の恵みを発現させて万人を飢えから救い、焼け野原になった大地すらも再び作物が育つ豊穣の大地へと戻した。聖女の力ってのは、植物を任意であらゆる場所へ発現させるだけじゃなく、植物が育つ土壌すら統べる大地の力なんだぜ。つってもルンからの受け売りだけどな」


 特殊魔法豊穣は、石の上だろうが鉄の上だろうが任意で植物を発現させる事が出来る。同時に、土の中に植物を発現させた場合、魔法の及ぼす副産物が、土すらも栄養分の豊富な生きた土壌へと変化させてしまう。

 故に、聖女が植物を芽吹かせた土地は永い年月災害に強く、大きく実った作物は栄養価が高い。

 これこそが、聖女が全世界の恩人とも呼ばれている由縁。


 今居る場所が、緑豊か且つ人々で賑わっているのでコロッと忘れていたが、此所は元々不毛地帯だったと思い出すレイガン伯。

 それでも、聖女の夫が魔王という点が引っ掛かる。


「確かに、大公様の妻、大公妃様は文句無く聖女様で御座います。ですが、魔王が聖女様を拐って人質としていると都合良く曲解するのではないでしょうか。現に私も最初はそのように聞かされましたからな」


 悪である魔王は善なる聖女と敵対するという構図が人間側の当たり前の図式である。教会も数百年と培ってきた教義の辻褄が合うように現状を当て嵌めようとするだろう。


「逆だよ」

「逆?」


 一言のみ発したガイスト。続く内容は、そんな教義を逆手に取った企みだった。


「寧ろ、聖女が魔王と魔物達を捩じ伏せたって事にすれば良い」

「はぁ?」

「哀れ、魔王によって魔物犇めく世界の中心地へと拐われた聖女様だったが、聖女様の愛の力によって魔王と魔物達は改心。更に、聖女様の愛の力は魔物達に人間以上の知恵と文化を授け、世界の中心地にどちらが上でも下でも無い人間と魔物が共存する理想郷(ユートピア)を作りました。その結果、神のお告げにより人間側の代表として聖女様が、魔物側の代表として魔王が、二人は婚姻して何時までも仲睦ままじく暮らしましたとさってな」


 つまり、魔王が聖女を人質に取ったのではなく、聖女が魔王を調伏して従えているという図式に摩り替えろと言っているのだ。

 魔物達が温厚になったのも全て聖女様のお陰。平等や平和や正義を詠う神よりの使者である聖女様の(しもべ)となった魔物達を攻撃するは神への冒涜。

 魔王と聖女が夫婦であるのも神からの使命だと言ってしまえば良い。


「それ等の文言を吹聴すれば良いんじゃねぇの。教会様のお陰で魔物達は人間の友人になれましたってぐらい大袈裟に言えば尚の事。それで駄目ならルン自らが、認めねぇ連中を神敵扱いすりゃ良い」

「洗脳されていると言われるのでは?」

「この街の現状を良く見ろ。魔王が聖女様を洗脳したら、魔物が人間を襲わなくなったとでものたまうのか?」


 反論の余地など無かった。最後の〆がレイガン伯を襲う。


「つーか、教会の一番の泣き所、且つ最も欲しい物ってのは何だ?」

「それは……」


 直ぐ様頭に浮かんだが、口に出す事を憚られた。ガイストもいやらしくがネチネチと説明する。


「権力ってのもあるが、そんなもんはもう権威ってので満たされてるだろう。まぁ、連中の権力だ権威だっつっても、テメー個人が持たないプライドや人望を教会という名を使って力ずくで持ってるように見せてるだけのモンだがな。言わば、死んだ偉人のフリして偉ぶってるだけだ。まるで詐欺師だな」


 教会、そして権力を持つ者達に対しての痛烈な批判だった。ガイストも権力の必要性を知っていたが、転生前に権力者から受けた仕打ちが忘れられずにいたのだ。

 だからこそ、権力の頂点の代名詞である“王”や“上太王”を公的には名乗らず、生涯“大公”である事を貫いた。

 あくまでも“魔王ガイスト”という呼び名は、二つ名、ニックネームの類いなのだ。


「権力が悪いとは言わねぇ、けどピンキリだし不安定、滅ぶ時は一瞬だ。権力や政治すらも凌駕する最大の武器であり泣き所。これさえあれば、色んな意味で無敵だぜ。もう分かってんだろ?」


 観念したのか、一つ溜め息を吐き答える。


「……金か」

「やっぱ分かってんじゃねぇか」


 分かっていたが、答えられなかった。


「金は最強の力だ。俺達は無限の資源を持ってるんだぜ。現に、おたくとの交渉もスムーズに済んだだろ?」

「……ですが」

「何がですがだ? 教会を生かすも殺すも俺達次第だ。教会や信仰が無くなると困る人が大勢が居る? 知った事か。俺達の邪魔する奴はどんな手を使おうと叩き潰す。例え、第二次世界大戦を引き起こそうともな。悪ぃが俺は和平に応じた魔王ゲイザーみたいに優しくねぇぞ。殺る時はどちらかが破滅するまで徹底的に殺る。聖女ルンが俺の手中に有る限り、勇者は人間に味方しねーからな」


 椅子に座って二人の会話を聞いていたシュドウが、ニヤリと笑う。ガイストがゲイザー以上の魔王である狂気の片鱗を覗かせた事で脳筋が刺激されたのだ。

 護衛騎士達も、ガイストから発散される覇気を確かに感じ取り、体が硬直してしまう。

 威圧を込めて魔王ガイストが静かに告げる。


「教会が聖戦だと叫ぼうとも関係無ぇ。此方にとっても聖戦だ。老害共を駆逐した後、人間だろうが魔物だろうが俺達に味方した新しい者達だけでこの世界に理想郷(ユートピア)黄金郷(エルドラド)千年王国(ミレニアム)を築いてやる。覚えとけ、テメー等が神の名の元に宣戦布告した瞬間、速攻で教会と城()()を落としてやるからな」


 権力と信仰と国の象徴とも言える教会と城を叩き潰すという事は、それだけで相手国の敗北が決定したと同義。


「デンジャラス公国魔王軍陸軍大将のテンロウ様が出張(でば)る前に、龍騎隊(ドラゴンライダーズ)で何もかもを終わらせてやる」


 最も軍隊の要である陸軍を、オネス曰く最強オーガであるシュドウが従えていると初めて知る。確かに、魔物の国と人間の国を繋ぐ地を治めるに、これ程の肩書きを持つ者は最適と言えるだろう。

 レイガン伯としても、自領と隣接する地の領主が陸軍のトップというだけでも考えものなのだが、何より魔王は何処の国も持ち得ない龍騎隊(ドラゴンライダーズ)を持っている。

 辺境どころの話では無い、狡猾な人間が操るドラゴンが空から攻め込んで来れば誰も手の出しようも無く、敵国の敗北による戦争の早期決着は眼に見えている。


 それでも一国の国境線を預かるレイガン辺境伯。瞳を凝らし、ガイストの威圧と脅しを真正面から受け止める。

 お互い、臣民と責任を持つ大公と辺境伯が睨み合う。


 その時――


 パァン!!


「アンタ! 何お客さん脅してんのよ!!」


 聖女が真横から魔王の顔を思いっきりひっぱたいた。


「あいた~! 手は出すな!」

「喧しい! 喧嘩なら私が買ってやるわよ!」

「何でオメーと喧嘩しなきゃならねぇんだ!」

「アンタが、魔王に聖女は拐われたって言ったから思い出したのよ! 無理矢理世界の中心地に連れて来られた時の事をね!」

「俺何にもやってねぇじゃねぇか!」

「何言ってんの! 最初の頃は毎日生きた心地がしなかったわよ!」

「はぁ? 俺がキッチリ魔物達と(ナシ)付けたのにオメーが勝手にビビッてただけじゃねーか!」

「そりゃビビるわよ! 連れて来られた初日からリアルなスプラッターを見せられたらね! それにアンタ、お客さんが来るって分かってたのに何でまだ寝間着姿のままなのよ!」

「そりゃオメー、さっきまで寝室で――」

「それ以上言うな――――!!」


 先程までの睨み合いをほっぽらかして、魔王夫婦は夫婦漫才ならぬドツキ漫才……ではなく、夫婦喧嘩を始めた。

 展開に付いていけずにいるレイガン伯が周りを見渡すと、レダはニコニコ顔で怒鳴り合う二人を眺めているだけ。シュドウはまた苦笑いを浮かべていた。


 何時終わるとも知れない二人の掛け合いだったが、止めたのは、ガイストの右隣にチョコンと座っていた美少年だった。


「ちょっと、まおーさま。けんかしてるばあいじゃないでしょ」


 小さな手でペシペシと肩を叩かれたガイストは漸く正気に戻り、再びレイガン伯へと向き直る。

 ガイスト同様ルンも正気に戻り、自分の口に手を添えて、今更遅いが、オホホと笑って誤魔化す。

 レイガン伯の中に『マジで魔王は聖女に調伏されたんじゃないのか?』という思いが浮き上がり、試しに一つ聞いてみた。


「まぁ、私もたま~に夫婦喧嘩をしますが、大公様も夫婦喧嘩をなされるのですね」

「つーか毎度毎度、俺が一方的にやられてるだけだよ。アンタも結婚してんなら分かんだろ? (オーガ)嫁は敵に廻しちゃいけねぇってさ。(オーガ)嫁と真正面から戦うぐらいなら俺はスッ裸でサラマンダーの巣に突っ込んだ方がマシだね」


 ガイストの自虐ネタを耳にしたルンの体から、

 第七感(セブンセ○ンシズ)に匹敵する程の壮大な攻撃的小○宙(コ○モ)が溢れ出す。

 魔王夫婦の現状をまざまざと見せ付けられ、改めてレイガン伯が悟る。


 間違いなく魔王は聖女の尻に敷かれていると。


 そうこうしてる間にもガイストから発せられる自虐ネタは留まるところを知らず、ルンから溢れ出す殺意の小○宙(コ○モ)はログハウス全体を飲み込もうとしていた。


「まおーさまもせーじょさまもおちついて」


 再び美少年によって魔王夫婦は現実世界へと呼び戻された。

 シュドウすら止めに入れない魔王と聖女の夫婦喧嘩を、ずっと諌めている美少年。公子だと思われるが、気になったので尋ねてみる。


「そちらの利発そうな御子様は、御二方の御子様で御座いますか?」

「ラミーガか? この子は俺達のボディーガードだよ」

「イヤイヤ、御冗談を」

「冗談に聞こえるか?」


 次の言葉が思い付かないレイガン伯へ、平然と告げられる。


「こう見えてラミーガは、世界の中心地最強の魔物だぜ」

「ほう、最強の魔物とはテンロウ候、即ちオーガでは無いのですか? しかしながら、ラミーガ……でしたかな。そちらの御子様には角が生えておりませんが?」

「何か勘違いしてるみてぇだが、最強の魔物はオーガでもドラゴンでも無ぇぜ」

「では?」


 顔色一つ変えずガイストが答える。


「ラミーガの正体は狼男(ワーウルフ)だ」


 一瞬にしてレイガン伯と護衛騎士達に緊張が走った。


 この世界には、乙女ゲームのプロローグで吟われる“聖女と勇者と魔王の伝説”だけしか(うた)が無い訳ではない。

 その中の1つに“勇者バーン叙事詩”という物もあり、“満月の夜は戦うな”と呼ばれる章がある。


 物語は、勇者バーンがまだ戦い初めの頃に遡る。

 当時、まだ新人戦士であった勇者バーン。そう、新人であっても魔物達は彼には敵わなかった。

 彼が己の力を過信し始めた時、皆に無断で世界の中心地へたった一人で殴り込みを掛けようとした。

 その時は満月の夜、月光が照らす中、世界の中心地へと続く道で魔物達が束になって襲い掛かって来る。それでも、魔物達は彼には敵わなかった。

 魔物達の屍を踏み越えながら世界の中心地へと近付く彼の前に、人狼の姿をした魔物が単体で現れた。

 たった一匹、余裕で倒せると思った彼は、人狼へと襲い掛かる。

 けれども人狼は、彼と互角の戦いを繰り広げる。

 満月の夜、人狼の魔法を帯びた剛毛は、鋼の鱗のドラゴンすら一刀両断にする彼でも貫けず、傷を付けるのがやっと。

 満月の夜、人狼の身体能力と攻撃力は極限まで勇者に近く、逆に未熟な彼を翻弄する程だった。

 しまいには、彼がその身に纏う鎧を切り裂き、魔法を帯びたミスリルの剣すらも叩き折った。

 いくら彼が人狼に攻撃を当てても、その傷は瞬く間に癒えてしまう。その反面、いくら勇者と言えども受けたダメージは蓄積されてしまう。

 彼の最終目標は、魔王ゲイザー打倒と世界の中心地の奪還。それなのに、こんなところで丸裸にされてしまっては、打倒や奪還どころか命の危険すら有る。

 初めて死ぬかもしれないと思い至った彼は、人狼の足を攻撃した後、傷が癒える前に勇者としての恥も外聞も捨てて全速力で逃げ帰った。

 けれども、一つの戦いから色々な事を学んだ彼は傲りを改めた。

 そして、満月の夜だけは個人でも集団でも絶対に戦闘を避けたという。


 人狼、狼男(ワーウルフ)こそが、勇者バーンが戦った中で唯一勝てなかった最強の魔物。


 護衛騎士達が椅子から立ち上がり、腰の剣に手を掛ける。

 緊迫した状況を知ってか知らずか、ルンが普通に突っ込みを入れた。


「何がボディーガードよ。ラミーガは満月の夜にしか力を出せないじゃないの」


 確かに狼男(ワーウルフ)は、満月の夜以外は何もかもが普通の人間と同じ。今は夜でも満月でもない。ならば、魔王の隣で座っている子供は今はただの子供でしかない。

 護衛騎士達の緊張が幾分和らいだとはいえ、まだ鞘に収められている剣に手を掛けたまま座ろうとしなかった。

 何を思っているのか、主に剣を向けられようとしているのに、涼しい顔をしているシュドウは腕と脚を組んだままで椅子から立ち上がる気配すら見せない。仮に、この状態で騎士達がガイストに飛び掛かったら、間違いなく首を取れるだろう。


「おう、悪ぃな。つー訳だからオメー等もそんなビビってねぇで安心して座ってくれ」


 とは言われても、護衛騎士達は戦闘準備の姿勢を崩さない。


「オイオイ、この家に入った時点で、オメー等が何をしようと無駄なんだぜ」


 ガイストがパチンと指を鳴らした瞬間、護衛騎士達全員の首筋にヒヤリとしたナイフが当てられていた。

 何時の間にか、彼等の後ろにナイフを構えたダークエルフ達が居るではないか。

 ダークエルフだけではない。レイガン伯の左右から、相手を見下すようにレイピアを突き付ける二人のエルフも現れた。

 エルフとダークエルフ達は同化の魔法により、室内の景色と一体化していたのだ。


「因みに、オメー等には見えてないだけで、このログハウス周辺にもわんさか居るぜ」


 蹂躙劇が開始されそうな局面であっても、聖女ルンは平然としている。彼女もこの五年で、魔王の妻として様々な経験を潜り抜け、エメルダから様々な手解きを受け、かなり肝が大きくなっていた。

 レイガン伯も護衛騎士達も、一切身動きが取れない状況だった。

 皆が今漸く確信が持てた。目の前のスッ惚けた口調で喋る男は、自称ではなく間違い無く魔王(化け物)だと。


「魔王であるこの俺が、丸腰なわけ無ぇじゃねぇか」


 一番早く反応したのはレイガン伯だった。魔王を見据えたまま無言で首を縦に振る。確認した護衛騎士達も剣から手を離し、元の椅子へと座った。

 途端に、皆の視界からエルフとダークエルフ達の姿が消えた。


「カッカッカッ、まさかオメー等がラミーガにこれほど反応するとは思わなかったぜ。俺達はこの五年間、魔物達の中で生活してたから何とも思わねぇんだけどよ」


 余りにも状況の高低差が激し過ぎて、レイガン伯の耳はキーンとなりそうだった。

 しかし、勇気を振り絞り、ラミーガの事を尋ねる。


「その……そちらの御子様は、本当に勇者バーンすら退けた最強の狼男(ワーウルフ)なんでしょうか?」


 この疑問は尤もだった。オーガすら凌ぐ最強の魔物の正体が、こんな小さな子供だとは想像が付かないからだ。今からでも冗談だと言われた方がしっくりくる。


「ああ、ラミーガは満月の夜だけ体もデカくなって狼男(ワーウルフ)へと変身する。でも、見た通り今はまだチビッ子だからオーガと互角程度の力しか持って無いけどな。勇者バーンを叩きのめしたのは大人の狼男(ワーウルフ)だよ」

「で、では、大人になればその子も」

「間違い無く、どの魔物も敵わない勇者すら手を焼く最強の魔物になる。つっても満月の夜限定だけどな」


 ゴクリと喉を鳴らしながらも、辺境伯としての質問をする。


「そ……その子の他にも狼男(ワーウルフ)は存在するのですか?」

「いや、今この世に存在する狼男(ワーウルフ)は、ラミーガだけだ」


 胸の内でホッと溜め息を付いたレイガン伯に、狼男(ワーウルフ)の生態が語られる。


狼男(ワーウルフ)ってのは確かに戦えば最強だが、本来は情に厚く温厚、尚且つかなりデリケートな魔物でな。一目惚れした相手のみを生涯の伴侶とするし、最初に設けた子が成人して親元から巣立つまで次の子を作らねぇんだ。その間、嫁が死んじまったら、初恋の相手だけを愛するが故に、もう二人目の子は産まれねぇし、身内が死ぬと衰弱死してしまう程の家族思いだから然程長命でもいられねぇんだよ。それに、産まれた子が男の子なら父親と同じ狼男(ワーウルフ)として成長するが、女の子だった場合は母親と同じ種族になっちまう。そうなると、自然と狼男(ワーウルフ)自体の数は減ってくる」


 ガイストはラミーガの頭を優しく撫でる。


「この子の母親はバンシーでな、産後の日取りが悪くて寝た切りだったけど、ラミーガがまだ物心付く前にあの世へ行っちまった。それから間もなく、狼男(ワーウルフ)の父親も衰弱死して嫁の後を追った。今はテンロウ様とオーガやオーグレス達がこの子の親代わりだよ」


 幼い狼美少年の生い立ちを聞かされた年配の護衛騎士隊長が、産まれたばかりの我が孫と重ね合わせて伴○太(巨○の星)のような涙を流している。隣に座る若い護衛騎士は、ジト目で隊長を見ているが。


「つーこって、狼男(ワーウルフ)最後の生き残りであるラミーガは、既にデンジャラス公国の侯爵様なんだぜ」


 何がつーこってなのか分からないが、今までの感動話を吹き飛ばす発言に、本日何度目かの口をポカンと開けるレイガン伯と護衛騎士達。

 ルンがラミーガへ指示する。


「ほら、ラミーガ、レイガン伯へ挨拶して」

「はい、せーじょさま」


 座っていたソファーから立ち上がり、己の身分を明かす。


「デンジャラスこうこくのラミーガ・イオール()()()()()()()です。よろしくおねがいします」

「つっても、今はまだ名前だけで、ラミーガに与えた全ての権限はテンロウ様が預かってるけどな」


 実は、このラミーガ、第一次反抗期に差し掛かり、調子に乗って暴れ回る勇者モストをフルボッコする事となる。それ以来、勇者モストやグレンの息子であるセブンからは兄者と呼ばれるようになる。

 図らずとも、勇者バーンと勇者モストは同じ魔物に打ちのめされるのだ。


 また、大人へと成長したラミーガは、その人気をズールと二分する程の美男子となる。それ故に各国の姫との縁談が山のように舞い込むが、全てを断り誰とも婚約すらしなかった。

 しかし、二十歳を越えた時、遂に一目惚れにより見初めた相手が現れた。その相手とは、元婚約者(フィアンセ)である男爵子息に犯罪の濡れ衣を着せられた上に婚約破棄され、商会を経営する元実家からも追い出されて国外追放となり、追放された初日にイオール領内の裏路地で泣きながら震えていた平凡な顔の庶民の娘だった。

 全ての事情を聞いたラミーガは、惚れた相手への有り得ない仕打ちに大激怒。直ぐ様娘を保護して、追放元である国の王家へデンジャラス公国辺境候の名を使い、再度徹底調査を依頼。

 晴れて娘は冤罪だと証明され、逆に黒幕である男爵子息の方が西の大陸最果ての小島へと、グレンより笑って貸し出された龍騎(ドラゴンライダー)によって即日追放された。

 その後、徹底調査の副産物として、子息の実家の男爵家が、娘の実家の商会へと便宜を謀る為の賄賂を何度も受け取っていたというズブズブの癒着も判明。

 二家共仲良く裁かれた末に、二家共仲良く没落する。


 またまた更に、狼男(ワーウルフ)の生態を色々調べ上げたガイストが、商会の元娘だった夫人に狼男(ワーウルフ)の生態と事情を詳しく説明して、ラミーガとの間に産まれた子供を物心付く前に取り上げた。

 すると、死んではいないが居なくなったと判断した狼男(ワーウルフ)の本能が刺激され、直ぐに夫人との間に次の子が産まれた。もう一度同じ事をするとまた次の子も産まれた。

 三人目が産まれたところで、先に産まれた二人の子を返すと、狼男(ワーウルフ)の本能がバグを起こし、我が子の姿が見えなくなっただけで子作りOKと体が判断してしまい、子育てによる狼男(ワーウルフ)の精力減退が無くなった。こうして、子供が巣立たないと次の子作りをしないという狼男(ワーウルフ)ならでわの夜の夫婦生活問題が解消された。

 加えて、バグを起こした本能は、身内の死と巣立ちの判別が出来なくなった為、妻や子が先に死んでも狼男(ワーウルフ)が衰弱死する事も無くなった。

 ガイストにより齋されたこれ等の方法は“魔王の慈悲”と呼ばれ、ラミーガを祖とする子孫達にも継承されていくのだった。


 ラミーガ・イオール辺境候は、後に三男三女を儲けて妻子や孫と共に円満な家庭を築き、長命による天寿を全うし、狼男(ワーウルフ)の定説を初めて覆す事となる。

 十数年先より始まる未来の話ではあるが。


 だが、今は予想すら出来ない十数年先よりも、ラミーガの持つ爵位の方に驚かされたレイガン伯だった。


()()……()と、申されましたか……?」

「おう、大人になったラミーガに与える予定の領地は、ゾルメディア帝国と隣接する西の不毛地帯だからな」


 ラミーガが最強の魔物へと変貌を遂げた数年後、デンジャラス公国は千年王国(ミレニアム)への第一歩を遂に踏み出す。


 アンデットが腐り難い寒冷地を守る北のゾディアック・ズール伯爵領


 妖精種族が好む温暖な気候で自然の多い地を守る南のリット・ディード伯爵領


 春夏秋冬あらゆる気候に対応出来る剛力種族が守る東のシュドウ・テンロウ侯爵領


 やや南寄りではあるが、妖精、妖魔、剛力、人間といった全ての種族が好む地を守る西のラミーガ・イオール侯爵領


 東西南北に最強の魔物達が治める辺境領が布陣される事により、世界の中心地に位置するデンジャラス公国、後のデンジャラス王国は難攻不落、鉄壁の地と化すのだ。


 レイガン伯が返事を出来ないまま、挨拶を終えたラミーガは、再びちょこんとソファーへと座る

 最初から最後まで常識を覆えさっぱなしのレイガン伯へ、国交を持つに当たっての提案が出される。


「今まで話した限りだと、アンタは()()は出来る。そこでだ、まだアンタの中に多少なりとも燻っている魔物に対する不信感と、スパンク王国王家や()を持つ連中を黙らさせる事は出来るぜ。俺に任せとけ」


 ガイストは何時も通り不適な笑みを浮かべた。


 全ての話し合い(悪巧み)が終了した後、レイガン伯一行は、それはもう盛大な持て成しを受けた。











 ガイストから持ち出された提案は、レイガン伯一行が自領の領館へと戻ったその日に実行された。レイガン領で服役している囚人十数人をデンジャラス公国首都へと派遣したのだ。

 一応表向きは、用心深く話半分ぐらいに思っているであろうレイガン伯へデンジャラス公国と無限の資源の持つ力を知らしめる事が目的。

 また、公国首都へと送り込まれた囚人達と平行して、本来国境線から早々は動けない辺境伯自らが王都へと出向き、王家への説得を試みる。

 レイガン伯は極秘裏にスパンク国王と謁見した際、己の体験談を語り、複製されたゾルメディア皇帝認定の公文書とシュドウから預かった要望書を提出する。直ぐ様公文書に印されているサインが本物なのか鑑定されるも、絶対に帝国には知らせるなとも受けていたので、王国が持つ過去の書類と照らし合わせた結果、サインは間違いなくスレイン皇帝のものであると判明。デンジャラス公国がゾルメディア帝国の属国でありながらも、一切の口出しが出来ない完全なる独立国であると現皇帝自らが御墨付きを与えていたのだ。だが、一番王家を驚かせたのは、要望書に記されていた友好関係樹立に与する軍事同盟締結に関するの内容だった。

 国交樹立から次期デンジャラス公国国主が誕生するまでの間、公国に敵が攻め入っても一切の軍事的援助は無用。逆に、スパンク王国に敵が攻め入った場合は、全面的に魔王軍がバックアップする。スパンク王国内で飢饉や災害等が起こった場合も、軍事同盟の一貫として無償で必要な物資を全て提供する旨が記されていたいたのだ。

 但し、公国の国主を殺害すれば、魔王軍が全面報復に乗り出すとも記されていたが、こんなものは何処の国も同じ。同じだが、絶対魔王軍には勝てないという違いが有る。それでも、友好国国主の殺害がバレた時点で殺害に関与した全ての者は、国際的にも国内的にも終わったと言える。命を掛けて寝た子を無理矢理起こさなければ何の問題も無い。

 それとは別に、人間と交流出来る魔物や無害で大人しい魔物も王国内では法の元、人間若しくは動物と同じ扱いをせよ、差別や区別は許さないとあった。

 二つの書類とガイストから友好の標として差し出された宝の山(賄賂)を見たスパンク国王は、レイガン伯からの()()説得により、王家との友好関係とレイガン領との国交樹立を了承。


 この世界では、王家が友好や国交を結ぶと国の全ての領主とも同様の関係を結んだとみなされ、各地を治める領主達も友好や国交に準じた自領での法改正を行わなければならない。領主が関係を拒否する事も出来るが、余程相手を憎んでいる限りは態々王家の決断に否を唱える家臣はまず居ない。

 ガイストもそれを分かっていたからこそ、現時点ではスパンク王家とは友好のみで、レイガン領限定での国交樹立だった。

 国交こそレイガン領限定だが、スパンク王家がガイストの求めに応じて魔物に対応出来る法へと改正すれば、事実上スパンク王国全土は、足を踏み入れないだけで魔物を受け入れたとも言えるのだ。

 改正予定の法は、ガイストの認可を受けた後、友好と国交の樹立と同時に発布される予定となった。


 次に、デンジャラス公国首都へ送り出された囚人達が戻って来る。レイガン伯の屋敷へと通された彼等は、誰が見ても分かる超高級衣類と宝石を散りばめた貴金属で身を包み、自身に満ち溢れた面持ちをしていた。

 公国首都から帰って来たら、もう服役しなくて構わない言われていた彼等だが、赴く前は「死にたくない! 助けてくれー!」と喚いていたのにも関わらずだ。

 余りの変わりように呆然とするレイガン伯へ元囚人達は一様に「デンジャラス公国に戻りたい。ずっとあの国の国民でいたい。魔王様と聖女様万々歳だ」と、真逆の台詞を吐き続ける。

 詳しく話を聞いたところ、先ず公国首都に着いた彼等は、取り合えず大きな建物に連れらる。そこでホブゴブリンから面接を受けた後、紹介された仕事場で各々が魔物達に怯えながら働き始めた。

 すると、どんどんと彼等の仕事っぷりが認めれ、日当で貰える賃金が倍、また更に倍の繰り返し。働いている内に魔物の同僚達とも打ち解け始めて仲良くなる。

 最初に受けた面接は、彼等が得意とする仕事を見極める為のもので、連れて来られた建物とは所謂職安だったのだ。

 自分の得意とする分野で苦も無く普通に働けば、どんどんと懐が暖かくなる。彼等は物価の安い娯楽都市であり、無限の資源を持つ公国首都にて、魔物達と共に毎夜毎夜無礼講なパーリーパーリーの連続となり笑いが止まらなくなる。


 パーリーを楽しむ魔物達は「一昔前は世界の中心地も殺伐としていたが、今こんな生活が送れてるのも魔王である大公様、大公様を尻に敷いている聖女の大公妃様、全部大公家のお陰だ。なんせ大公様は魔王として目覚めたその日に俺達魔物に向かってずっと面白可笑しく暮らせと命じたからな」とブランデーグラスを傾けながら染々と語る。

 実際に公国首都へ派遣という名の強制連行をされた彼等は毎日が楽しい。女が欲しけりゃ風俗店には美人のサキュバスも居る。結婚するにしても、サキュバスに拘らず相手を選らばなければ、人型の魔物女子はわんさかと居る。病気や怪我をすれば病院代はタダ。仕事はやり甲斐が有る。老後や職場の福利厚生もしっかりしている。これ程のパラダイスが何処に有ろうか。

 彼等全員が魔物達と同じく大公家様々だと思い始め、このまま此所で面白可笑しく一生暮らしたいとも思う。

 だが、残念ながらタイムリミットが訪れる。あくまでも彼等は貸し出されただけ。一応もう服役免除となるのだが、哀れ、デンジャラス公国を恋い焦がれる元囚人達は、レイガン領へと逆強制連行されるのだった。


 元囚人達からの話を聞き、彼等のキラキラする眼とは対称的にレイガン伯の眼からは鱗が落ちた。話の真偽を確める為に自身も公国首都へと赴くと、宰相でありラース公爵であるミジィや、人間と魔物の貴族達から熱烈歓迎を受ける。すると元囚人達と同じく人間と魔物が入り交じった無礼講なパーリーパーリーの連続となり笑いが止まらなくなるが、数日後には断腸の思いで自領へと帰って行く。


 実は、元囚人達の話には、レイガン伯の知らない続きが有った。逆強制連行を目前に控え、失意のどん底にあった彼等の前にミジィが現れたのだ。


「大公妃様が大公様を尻に敷いている事、無限の資源のお陰で、囚人であった貴殿方が公国首都でどんな暮らしを送れていたかをスパンク王国で吹聴して下さい。もしかすると、様々な商会が貴殿方へ接触するかも知れませんが、その場合はこれを商会の方へ預けて下さい」


 百科事典のようなぶ厚い書物を彼等一人一人へと手渡す。中を見てみると、世界中の色々な珍しくもあり稀少な商品と、その激安値段ウルトラディスカウントが記載された目録だった。


「この目録一冊に、渡された貴方御一人だけの名前を書いて下さい。さて、我がデンジャラス公国は、人間達の国との国交が樹立され次第、不遇な者達や正式な審査を通った亡命希望者達()()での移民政策を開始します。貴殿方へ渡されたこの目録が商会の方の手から再び私の手へと戻った時、目録に記されている名前の方を()()()にデンジャラス公国民として迎えるよう取り計らいましょう。尤も、国交が樹立されないと、私の手には届きませんが……」


 元囚人達の眼がカッと見開かれた。要は、吹聴された噂を耳にした者達然り、又は咽から手が出る程欲しい貴重な商品をちらつかせて、商会や商人達を国交樹立賛成派にしてしまおうという腹なのだ。

 更にこの(はかりごと)には裏が有った。教会最大の資金源は商会。教会が公国との国交樹立を拒否するなら、教会の資金源を元から断ってしまおうという企み。デンジャラス公国を恋い焦がれる元囚人達を、その計画の尖兵にしようと言う作戦なのだ

 ご丁寧に目録には『教会が貴殿方商会を神敵認定したとしても、公国がスパンク王国以外に国交を樹立出来た国へと商会が移る手筈を全面的に協力致します。それまでは、この世の理想郷(ユートピア)であるデンジャラス公国をごゆるとりとお楽しみ下さい』とも付け加えられていた。


 レイガン領へと戻った元囚人達は、レイガン伯との謁見後、各地へと散らばりミジィに言われたままに吹聴する。商会とも接触した彼等は当然目録を渡す。

 商会の商人達は、まだ秘匿されいる国交樹立の話を彼等から聞かされ目録を眼にして驚く。確認の為、目録を持ってテンロウ領を訪れる。ガイストとルンとの謁見後、そのまま公国首都へと移動して、ミジィや人間と魔物の貴族達に熱烈歓迎を受ける。人間と魔物が入り交じった無礼講なパーリーパーリーの連続で笑いが止まらなくなる商人達は、元囚人達の話が全て真実だったと身を持って体験する。

 結果、数多くの商会が国交樹立に賛成する。


 商会は教会だけでなく貴族達の資金源でもある。商会が潤えば貴族達も潤う。

 吹聴された噂を耳にした当初、御伽話のような内容を馬鹿にしていた貴族達も、御用達の商会から実体験による真実を聞かされる。

 魔物を嫌って公国との関係を拒否しようとする貴族達に対して商会は「国交樹立すると儲かるよ。逆に反対するなら出ていくよ」と脅す。

 結果、数多くの貴族達も国交樹立に賛成する。


 ここまで来れば教会は手も足も出ない。魔物は神敵だ洗脳だ何だと喚こうとも、王家も貴族達も賛成しているのだ。

 良く舌の回る商人が「おや、聖女様は教会のお陰で、魔王や魔物達が改心したと仰ってましたよ。聖女様が魔王に洗脳されたら魔物達は大人しくなるのですか? 寧ろ聖女様の仰る内容と真逆の内容を仰る貴殿方こそ神敵なのでは? それ以前に国交樹立すると儲かるよ。逆に反対するなら出ていくよ」とガイストに教えられた屁理屈を唱えると、グウの根も出なくなる。

 結果、数多くの教会は、国交樹立に見て見ぬフリをする。











 そして遂に、スパンク王家との友好関係樹立並びに、レイガン領との国交樹立式の日が訪れる。


 スパンク国王とレイガン伯は、デンジャラス大公邸である白亜の旧ゾルメディア王城の前へと立つ。伝説の城が今、人間の国王と人間の辺境伯と人間の随行者達の目前に存在するのだ。

 沿道には、訪れた皆を歓迎する魔物達の歓声が響く。

 今日、デンジャラス大公邸にて、全ての調印が行われる。


 人間の国王としてこの場へと立つという事は、数世紀ぶりの快挙だった。スパンク国王と随行者一行は感動に咽ぶ。

 暫し、デンジャラス大公邸である巨城を眺めるが、事前に公国首都へと訪れた際、何度も入城しているレイガン伯がスパンク国王へと声を掛ける。


「陛下」

「分かっておる」


 レイガン伯より若干若いスパンク国王が応える。既に感動による破顔から一国を治める国王としての顔へと戻っていた。


 二人には企みが有った。レイガン伯がガイストの元へ何時訪ねても、ガイストは何もかもが庶民そのもの。ログハウス内で会えば大抵寝間着姿。街中では普段着としての白い礼服を着用しているが、人目も憚らずにしょっちゅう夫婦漫才に夫婦喧嘩を繰り広げている。

 夫婦水入らずのところを隠れて観察してみると、妻である聖女ルンに甘えられて満更でも無い様子。それなのに、(オーガ)嫁と呼んだかと思ったらツンデレと聞き慣れない言葉で聖女を称す。


 最初こそ色々と驚かされたが付き合っていく内に、ガイストが魔王の力を持ってるだけの多少狡猾で世間知らずな若造にしか見えなくなった。

 ゾルメディア帝国の元皇太子だけあって、何時の間にやら商会を味方に付けた手腕も有るし、自分を脅した時のような覇気も持ってる。成程、身辺警護にも抜け目が無い。

 しかし、壮年の辺境伯の眼には、スパンク王国の傀儡として使えるのではないかとも写った。

 事実、初めて会った時に魔王の中身は一般ピーポーであると見抜き、スパンク国王との謁見の際には、魔王は使えるかもしれないと提言した。この提言が、スパンク王家との友好関係樹立並びに、レイガン領との国交樹立了承の極め手となったのだ。


 スパンク国王とガイスト大公が直接顔を逢わせるのは今日が初めて。デンジャラス公国首都という魔物達の巣の中へ飛び込んだ危険性は有るが、調印の時に難癖を付けて条件をスパンク王国側の有利なものに変えられるかも知れないと考えていた。

 スパンク国王の最も欲する物は無限の資源。その利権を幾らか渡せと企んでいたのだ。


 魔王は人間の国との友好と国交を望んでいる。もし、初めて関係を結ぶスパンク王国との調印式が御破算になれば、今後別の国との関係構築も難しくなるだろう。

 怒り狂って自分達を殺そうとしとら人間の国との友好と国交など二度と望めない。

 人間と魔物を平等に扱うよう改正した法も関係樹立後にスパンク王国が強気に出て、ガイストが傀儡になってからまた元通りに改正すれば良い。魔王と同じく庶民丸出しの聖女も上手く言いくるめれば手に入れられるかも知れない。

 スパンク国王とレイガン伯は、腹に一物も二物も持っていた。


 大公邸の正門前で待つようにと事伝られていたスパンク国王一行の前に、真っ赤なドレス着た見目麗しいダークエルフが現れた。宰相のラース公、ミジィがカーテシーを決める。


「御初に御目に掛かります。私はデンジャラス公国宰相を務めておりますミジィ・ラースと申します」

「態々宰相殿直々のお出迎え御苦労。スパンク王国国王のジョリィ・スパンクだ」

「お久し振りですラース公。改めて御挨拶させて頂きます。スパンク王国伯爵のマイン・レイガンです」


 二人の自己紹介が終わると、ミジィは体を起こした。


「積もる話も御座いますが、何時までも一国の国王陛下と辺境伯殿をこんな所に立たせているわけにも参りません。もう調印の準備は整っております。これより私が皆様を謁見の間へと御案内致します」


 ミジィに導かれスパンク国王一行は、大公邸謁見の間へと案内される。人間達が大公邸内部の美しさと調度品や美術品等に見惚れている間に、巨大な扉の前に辿り着く。

 皆が身なりや準備を整えた後、ミジィの声が扉へと掛かる。


「スパンク国王陛下並びにレイガン伯爵閣下、他随行された方々が御越しになられました」


 謁見の間内部へと続く扉が開く。玉座へと続くレッドカーペットの両脇には、人間と魔物、双方が入り交じった貴族達が列ぶ。中には、リット、ズール、シュドウ、グレンにエメルダまでもが居た。

 全員が一級品の礼服やドレスを纏い、騎士達の鎧は眼も眩むばかりの神々しい光を放つ。

 たまにテンロウ領を訪れていたレイガン伯は、騎士達の鎧を見馴れていたが、スパンク国王は初めて輝かしい鎧を眼にする。スパンク国王一行が公国首都へと辿り着くまでの道中、公国側の護衛騎士は、同化の魔法を用いた姿の見えないエルフ達だったからだ。

 荘厳且つ絢爛豪華な景色を目前に控え、スパンク国王は動揺を必死に抑え込もうとするが、随行者達は動揺を隠しきれていない。


「どうぞ」


 促され、謁見の間へと入るスパンク国王。レイガン伯も後に続き、随行者達も中へと入る。

 既に、二つの玉座にはガイストとルンが座っており、数段低くなっている玉座前の台座には、調印する羊皮紙も置かれていた。


 台座へと歩を進めるレイガン伯は違和感を覚えた。

 スパンク国王が台座の数歩手前で立ち止まった時、違和感の正体が判明した。時既に遅しとはこの事だった。


 玉座に座る魔王ガイストが身に纏うは、漆黒の鎧だったのだ。


 鎧は黒にも関わらず、騎士達が纏う鎧以上の光沢の輝きを放っている。

 玉座より立ち上がった魔王ガイストから、ログハウスで体感したものとは比べ物にならない程の王者の威厳と風格がスパンク国王一行へと放たれる。


「スパンク国王並びにレイガン伯爵。本日、目出度き友好を示す調印式に場に国王御自らがお越し下された事、誠に感謝する。私がデンジャラス公国国主、ガイスト・デンジャラス大公だ。私の隣に鎮座するは我が妻、ルン・デンジャラス大公妃」


 透けるような純白のドレスを纏い、ピンクダイヤを散りばめたティアラを戴くルンも玉座から立ち上がり、貴賓に満ちたカーテシーを決めて微笑む。

 漆黒と純白の派手なコントラストが上座に並んだ。


 スパンク国王もレイガン伯も内心で震えた。何時も見ていた魔王と聖女とは何もかもが真逆の存在。庶民どころか庶民的でも無く、何もかもが大国を支配する王と妃そのもの。寧ろ今の方が魔王と聖女らしいとも言える。


「貴殿方が我が公国と友好や国交を結ばずとも、それは致し方無い事だと考えていた。私は人間と言えども魔王、我が臣民の多くは魔物。だから、貴殿方の国が人間と魔物双方()()な関係を構築している()()、貴殿方には繁栄を与え、構築出来ずとも我々へ()()()()(よこしま)な関与をせぬ限りは貴殿方には一切危害を加えるつもりは無かった」


 この言葉でスパンク国王とレイガン伯の企みは脆くも崩れ去った。言葉の裏を返せば『お前達が魔物を裏切ったら叩き潰してやる。必要以上の要求や下手な企みをしても同じ眼に合わせてやる』と言っていたからだ。


「貴殿方が第二次世界大戦の引き金にならず、本当に良かった」


 魔王ガイストを庶民だ若造だとを甘く見過ぎていた。全て公的な場での発言。本当にデンジャラス公国vs全世界となった場合、解釈次第では世界中から『お前の国が余計な真似をしたせいで第二次世界大戦が始まった』とも言われ兼ねない。

 真なる魔王を体感したスパンク国王も、駆け引き無しの本気で調印式に挑まねばと頭を切り替える。


 スパンク王国だけではなく、今後の全てを見据えていたガイスト故の今回の行動だった。

 ガイストはレイガン伯を信頼はしていたが信用はしていなかった。

 人間は魔物以上に調子に乗りやすく狡猾。王族や貴族なら尚の事。全てを読んだ上で、公的な場である調印式を利用。魔王と聖女には絶対に敵わないと相手へ認識させる為に、姿、態度、身振り、言葉、発言、口調、あらゆる物を駆使して、殺るなら殺ってやるという間接的な脅し、若しくは本気のハッタリという数百本の釘を刺したのだ。


 最早、英雄とも呼ばれる建国王と言っても過言ではない魔王ガイストと、信仰の頂点に立つ聖女ルンを前にして余計な難癖など付けられる者など何処にも居ない。例え一介の国王と辺境伯と言えども。


 一切の滞り無く調印式は無事終了。その後、スパンク国王とレイガン伯一行は晩餐会で丁寧にもてなされ、次の日からは公国首都の観光地巡り。

 オリジナル予言の石碑(モニュメント)や無限の資源へと足を運び、龍騎隊(ドラゴンライダーズ)による空中演舞も観覧する。

 それでも夜は、来訪初日の晩餐会のような丁寧で堅苦しいものではなく人間と魔物が入り交じった無礼講なパーリーパーリーの連続で、やはり笑いが止まらなくなる。

 最後は超回復薬(ハイポーション)や数々の貴重な品々をお土産にと渡されて、麻薬のような楽しさに後ろ髪引かれながらもスパンク国王とレイガン伯一行は再び自国へと帰って行った。


 それから間も無く移民政策も開始され、元囚人達も無事に全員が元の職場へと戻っていく。

 レイガン伯も今回の件で辺境伯から辺境侯へと昇爵するが、ガイストが魔物を皆殺しにしようとした話をシュドウから聞かされ、自分がタイトロープを渡っていたと気付き顔を青ざめさせる。

 レイガン領最西端の村とその近隣の村や街の住人にも、テンロウ領限定での特別入国許可が与えられ、ラミーガはアイージャや村の子供達と共に大人へと成長していく。


 また、移民政策が開始されるとほぼ同時に、スパンク王家とも国交を樹立。


 デンジャラス公国とスパンク王国、後には東の大陸全土で人間と魔物が入り交じっていくのだった。






 ~~~~~~~~~~






 調印式が終了した後、控えの間にて。


 鎧を脱いでルンと二人きりになったガイストは、横長のソファーに寝そべった状態でルンに膝枕されていた。


「はー、慣れねぇ真似するとホント疲れるぜ~」

「フフフ、この後、晩餐会も有るのよ。頑張ってね」

「チッ、スカした晩餐会よりパーリーなら楽なのによー。あ~、メンドくせー」


 ルンの太股へグリグリと顔を擦り付ける。


 その様子を、少し開かれた扉の隙間から、リット、ズール、シュドウ、ミジィ、ついでにグレンが覗いていた。






 初代魔王の血を引き継ぎ、世界の中心地のリーダーだった美貌の魔物が、溜め息を付いて苦笑いで一言。











 やっぱ、魔王じゃなくペテン師よね。

因みにキャラクターネームは


マイン・レイガン→宇宙戦士バル○ィオスのマリン・レ○ガン

メロカリ→カリ○ロ

ラミーガ・イオール→ウル○ガイと大○明を合わせたアナグラム。

アイージャ→ドラ○もんのジャ○アン

オネス→ドラ○もんのス○夫

ジョリィ・スパンク→名犬ジョ○ィとおはよう!スパ○ク


NEXT EPISODE→?


ここまでお付き合い頂き誠に有り難う御座います。

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