1. 夕暮れの出会い
夕焼けは嫌いだった。
空が赤く染まる頃になると、決まって右腕が疼く。
利き腕に残る古傷。
何年経っても消えない傷跡は、俺が"最強の騎士"ではなくなった証でもあった。
昔なら、この程度の痛みなど気にも留めなかった。
だが今は違う。
剣を握るたび、ほんの一瞬だけ力が抜ける。
その一瞬が命取りになることを、俺は誰より知っていた。
だから今日も、古傷をかばいながら剣を振るった。
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「団長!」
盗賊討伐は終わった。
最後の一人を取り押さえた、その瞬間だった。
盗賊が地面に転がった短剣を掴み、最後の悪あがきとばかりに斬りかかってくる。
避けきれない。
咄嗟に右腕で剣を受ける。
ザクッッ――!
鈍い衝撃。
そして。
熱い。
利き腕に鋭い熱が走った。
見るまでもない。
まただ。
古傷の上を、深く裂かれた。
血が黒い手甲を伝い、ぽたり、ぽたりと石畳へ落ちる。
「団長、お怪我を!」
部下たちが駆け寄ってくる。
俺は剣を鞘へ収め、何事もなかったように歩き出した。
「問題ない。」
「しかし!」
「この程度で騒ぐな。」
振り返らずに言う。
「俺に構うな。」
その一言で、部下たちは黙るしかなかった。
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王都へ戻る頃には、日は傾いていた。
人気の少ない裏通り。
右腕は脈打つように痛み続けている。
包帯を巻く前に血が止まればいい。
そんなことを考えながら歩いていると。
「……あの。」
小さな声が聞こえた。
振り向く。
そこには、小柄な女性が立っていた。
薬草の入った籠を抱えている。
栗色の髪を肩で揺らし、こちらを静かに見つめていた。
その瞳に、騒ぎ立てる様子はない。
ただ。
俺の腕から流れる血を見ていた。
「腕から血が出ています。」
「ああ。」
「早く手当てをされた方が……。」
「必要ない。」
言葉を遮る。
「俺に構うな。」
その言葉は、いつものように冷たかった。
誰にも弱みを見せたくない。
心配されることにも慣れていない。
だから自然とそう言ってしまう。
女性は俺をじっと見つめていた。
その視線に、不思議な圧はなかった。
まるで。
俺の心の奥まで見透かしているような静けさだけがあった。
(……何だ、この人は。)
数秒後。
彼女は小さく頷く。
「そうですか。」
その一言だけだった。
「でしたら、出過ぎた事を言いました。」
くるりと踵を返し、本当に歩き出してしまう。
俺は思わず目を見開いた。
(帰るのか……?)
引き止めないのか。
無理にでも手当てをしようとはしないのか。
あまりにも予想外だった。
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数歩先で、彼女は立ち止まった。
振り返らないまま、静かに言う。
「でも。」
夕風が、薬草の優しい香りを運んでくる。
「本当は、とても苦しいですよね。」
胸がどくりと鳴った。
その声には、決めつけも同情もなかった。
ただ、事実を口にしただけのようだった。
「痛くても。
苦しくても。
平気なふりをしている人の顔です。」
思わず息をのむ。
どうして分かった。
顔にも声にも出した覚えはない。
それなのに。
彼女は静かに続ける。
「もし、本当に一人で大丈夫なら、このままお帰りください。」
「でも。」
そこで初めて、彼女はこちらを振り返った。
夕日に照らされた笑顔は、とても穏やかだった。
「少しでも手当てを受けてもいいと思われたら……。」
彼女は一本先の細い路地を指差す。
「私の家は、すぐそこです。」
それだけ言うと、また歩き始めた。
追いかけてください、とは言わない。
助けます、とも言わない。
選ぶのは、俺自身だった。
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(帰れる。)
帰って、自分で包帯を巻けばいい。
今までずっとそうしてきた。
誰にも頼らず。
誰にも弱さを見せず。
それが当たり前だった。
なのに。
右腕の痛みとは違う何かが、胸の奥をちくりと刺す。
あのまま帰ったら。
もう二度と会えない気がした。
理由なんてない。
名前も知らない女性だ。
それでも――
(……もう少しだけ。)
その背中を見ていたい。
気づけば、俺の足は彼女の後を追っていた。
その時の俺は、まだ知らなかった。
この小さな一歩が。
俺の人生を大きく変えることになるなんて。




