表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の騎士と秘密の薬草師―想いを感じる少女は、傷ついた騎士を癒す―  作者: 橙華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/31

1. 夕暮れの出会い


夕焼けは嫌いだった。


空が赤く染まる頃になると、決まって右腕が疼く。


利き腕に残る古傷。


何年経っても消えない傷跡は、俺が"最強の騎士"ではなくなった証でもあった。


昔なら、この程度の痛みなど気にも留めなかった。


だが今は違う。


剣を握るたび、ほんの一瞬だけ力が抜ける。


その一瞬が命取りになることを、俺は誰より知っていた。


だから今日も、古傷をかばいながら剣を振るった。


---


「団長!」


盗賊討伐は終わった。


最後の一人を取り押さえた、その瞬間だった。


盗賊が地面に転がった短剣を掴み、最後の悪あがきとばかりに斬りかかってくる。


避けきれない。


咄嗟に右腕で剣を受ける。


ザクッッ――!


鈍い衝撃。


そして。


熱い。


利き腕に鋭い熱が走った。


見るまでもない。


まただ。


古傷の上を、深く裂かれた。


血が黒い手甲を伝い、ぽたり、ぽたりと石畳へ落ちる。


「団長、お怪我を!」


部下たちが駆け寄ってくる。


俺は剣を鞘へ収め、何事もなかったように歩き出した。


「問題ない。」


「しかし!」


「この程度で騒ぐな。」


振り返らずに言う。


「俺に構うな。」


その一言で、部下たちは黙るしかなかった。


---


王都へ戻る頃には、日は傾いていた。


人気の少ない裏通り。


右腕は脈打つように痛み続けている。


包帯を巻く前に血が止まればいい。


そんなことを考えながら歩いていると。


「……あの。」


小さな声が聞こえた。


振り向く。


そこには、小柄な女性が立っていた。


薬草の入った籠を抱えている。


栗色の髪を肩で揺らし、こちらを静かに見つめていた。


その瞳に、騒ぎ立てる様子はない。


ただ。


俺の腕から流れる血を見ていた。


「腕から血が出ています。」


「ああ。」


「早く手当てをされた方が……。」


「必要ない。」


言葉を遮る。


「俺に構うな。」


その言葉は、いつものように冷たかった。




誰にも弱みを見せたくない。


心配されることにも慣れていない。


だから自然とそう言ってしまう。


女性は俺をじっと見つめていた。


その視線に、不思議な圧はなかった。


まるで。


俺の心の奥まで見透かしているような静けさだけがあった。


(……何だ、この人は。)




数秒後。


彼女は小さく頷く。


「そうですか。」


その一言だけだった。


「でしたら、出過ぎた事を言いました。」


くるりと踵を返し、本当に歩き出してしまう。


俺は思わず目を見開いた。


(帰るのか……?)


引き止めないのか。


無理にでも手当てをしようとはしないのか。


あまりにも予想外だった。


---


数歩先で、彼女は立ち止まった。


振り返らないまま、静かに言う。


「でも。」


夕風が、薬草の優しい香りを運んでくる。


「本当は、とても苦しいですよね。」




胸がどくりと鳴った。


その声には、決めつけも同情もなかった。


ただ、事実を口にしただけのようだった。


「痛くても。


 苦しくても。


 平気なふりをしている人の顔です。」


思わず息をのむ。


どうして分かった。


顔にも声にも出した覚えはない。


それなのに。


彼女は静かに続ける。


「もし、本当に一人で大丈夫なら、このままお帰りください。」


「でも。」


そこで初めて、彼女はこちらを振り返った。


夕日に照らされた笑顔は、とても穏やかだった。


「少しでも手当てを受けてもいいと思われたら……。」


彼女は一本先の細い路地を指差す。


「私の家は、すぐそこです。」


それだけ言うと、また歩き始めた。


追いかけてください、とは言わない。


助けます、とも言わない。


選ぶのは、俺自身だった。


---


(帰れる。)


帰って、自分で包帯を巻けばいい。


今までずっとそうしてきた。


誰にも頼らず。


誰にも弱さを見せず。


それが当たり前だった。


なのに。


右腕の痛みとは違う何かが、胸の奥をちくりと刺す。


あのまま帰ったら。


もう二度と会えない気がした。


理由なんてない。


名前も知らない女性だ。


それでも――


(……もう少しだけ。)


その背中を見ていたい。


気づけば、俺の足は彼女の後を追っていた。






その時の俺は、まだ知らなかった。


この小さな一歩が。


俺の人生を大きく変えることになるなんて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ