プロローグ
その夜は、深い深い海の底まで嵐が荒れ狂う夜でした。
海の王は、決して城の外へ出てはいけないと人魚の姫達に言い聞かせ、城中の窓という窓を閉じました。
そのなかで、ひとり。
言いつけを守らない人魚の姫がおりました。
名前はパール。
地上の世界に憧れている、長い金髪の、昼の海を映し出したかのような瞳を持った、美しい末姫です。
嵐の海は沢山のものが海底に落ちてくる日。
パールはこっそりと荒れ狂う海をすいすいと泳いで、海面へ顔を出しました……
海面では豪華な船が荒れ狂う海に翻弄され、行先を間違えていました。
おまけに、ひとり、誰か海に落ちた!
大変!パールは慌ててその人影を追います。
……美しい青年でした。
深い黒髪は夜の吸い込まれそうな海のよう……
パールは一目で彼に恋をしてしまいました。
ですが彼は人間。海のなかでは生きていけないのです。ごぼりと苦しそうに口から泡を吐きます。
パールは慌てて青年を一番近くの海岸まで連れていきました……
しかし、困ったことに、そこには先客がいたのです!険しい瞳で嵐の海の向こうを見つめる、美しい修道女……
パールは慌ててそっと彼を流されたように見せかけて、海岸へ運びました。
ふと修道女は視線をそらし、その先で青年を見つけます。
慌てて青年に救命活動を施す修道女。
胸を叩いたり、身体を横にしたり、挙句の果てには、く、口づけまで……!?
青年は目を覚まし、修道女を見つめました。
パールは、その光景を見ていたくなくて……深い海の底へ戻りました……。
「と、いうわけなんですお父様。」
「パール。ワシは抜け出した反省をしろと言ったのだ。なぜ急にお前の惚れた腫れたを聞かねばならん。」
「そこはほら、運命の恋に感動するとか、うちの娘はやらんと怒るとか……」
「第7王女が嫁に行ったあたりからそんな気持ちは擦り切れたわい……」
「これだからお父様ったら、老け込みようがはやいんですのよ!」
パールの頭にげんこつが降りました。
「女の子を殴るとかお父様サイテー!いいわ!叔母様に悩みを聞いてもらうから!」
「こら!パール!!!叔母といっても相手は海の魔女様、失礼は……行ってしまったか……まったくあのおてんばは。誰に似たのやら。」
海の王は玉座で深い深いため息をつきました。
「と、いうわけで叔母様〜!人間化薬、くださいな!」
「コラッ!パール!あんたまた余計な事考え出したね!」
海の魔女はお怒りです。
「私、人間の方に恋をしてしまったの!人間化薬が欲しいんです!」
「まーた思いつきで突っ走る……いいかいパール、人間化薬は副作用が呪いじみていて、とてもじゃないけどおすすめできないよ!」
パールはゴクリと息を呑みました。
「た、例えば……?」
「まず、声が出せなくなるね。私たち海のものと陸のものは発声器官がちがうのさ。次に、1年以内に、真実の愛を手に入れられなければ、お前は海の泡になって死んでしまう。だから、あきらめな。人間化薬はあげられないよ……あれ?パール?どこいったんだい!?」
机のうえには書き置きがありました。
(叔母様へ。
人間化薬、見つけたのでもらっていきますね!大丈夫!私ほどの美少女ならあの人をメロメロにさせるなんて朝飯前!)
「パーーール!!!」
海の魔女は真っ青になりました。
(ええと、海の上に出て。彼を助けた砂浜で、私薬を飲んだんだわ。
それから私……どうなったんだっけ……)
パールは燦々と太陽の照りつける浜辺で倒れていた。
昆布は巻いているけれど、全裸である。
(喉が痛い……動けないわ……き、きっつい……叔母様ったら、このことも説明してくれたらよかったのに……!)
勝手に取っていったのは自分なのに、ずいぶんな物言いである。声に出していないが。
そこへ……男の声がした。
「おい、君……!大丈夫か!?怪我は!」
……灰色の髪と、赤い目を持つ、見知らぬ青年でした。パールはあの日出会った一目惚れの君ではない事にがっかりしながらも、これで助けてもらえる!と喜びました。なんだかんだ、甘えん坊の15番目の末姫なのです。世の中をナメています。
「王子、申し訳ありません、今日の散策は中止させていただいてよろしいでしょうか?要救助者を見つけてしまっては、放っておけません!」
王子様……?
パールがふとそちらを見た時……
「いや、構わない。私は愛しの君に会いに来ただけだから。護衛は大丈夫、他にもいるし……ナッシュはそのお嬢さんを早く病院へ。」
あの日の一目惚れの君が居たのです!
ですが、パールは声が出せません。修道院に向かって行く彼に、声をかけることすらできず、ナッシュと呼ばれた護衛の青年に、しっかりと抱きかかえられました。
「少しの間、我慢してくれ。病院へ連れて行くから。」
顔はいいけど貴方じゃないのよ!パールは心のなかで大声で叫びました……




