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落ちた勇者たちの贖罪録  作者: 一ノ瀬咲
レオナール編
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scene5 英雄、屍に還る

 

 ――力が欲しいか?


 闇の中で、あの声が響いた。


「……ああ、欲しい」


 すでにレオナールの意志は、黒い力に飲み込まれかけていた。

 それでも構わない。

 すべてを失った今、残るのは”力”だけ。


 ユークを追放し、勇者としての座を奪われ、仲間からも見捨てられた。

 それならば、力だけが自分を証明するものになる。


 ――そう、思っていた。


 だが、それが間違いだったと気づいた時には、すでに遅かった。




 血の匂いが鼻を突いた。


 目の前に転がるのは、肉塊と化したギルドの冒険者たち。


 壁には血飛沫が飛び散り、酒場のカウンターは真っ二つに割れていた。

 その奥にいたはずのバーテンダーは、今や原型すら分からない肉の塊となっている。


 レオナールはゆっくりと自分の手を見た。


 黒く変色した指先。爪は鋭く伸び、まるで獣のようになっている。

 そして、腕は人間のものではなかった。


「……あ?」


 震える声が漏れた。


(俺の……腕が……?)


 顔を触る。皮膚はざらつき、まるで硬い鱗のようになっていた。


 鏡に映ったのは、もはや人間ではなかった。


 角が生え、目は爛々と輝く獣のような黄金色。

 皮膚は黒ずみ、口元には鋭い牙が並んでいる。


「……嘘だろ」


 ギルドマスターの声が響いた。


「お前……そんな力を……代償も知らずに……」


 彼は苦しげに床を這いながら、最後の力で言葉を絞り出した。


「“人”じゃなくなった……ってことだ」


 レオナールは、自分の腕をもう一度見た。


 だが、それはもはや”自分の腕”ではなかった。


「……違う」


 後ずさる。


「違う……俺は、ただ……力を……」


 ギルドマスターが苦しげに笑う。


「はは……“勇者”が……“魔物”に堕ちるとはな……」


「やめろ!!!」


 レオナールは無意識に腕を振るった。


 黒い爪がギルドマスターの喉を裂く。


 血が噴き出し、彼の目から光が消えた。


 だが、何かがおかしい。


 心が震えた。


(何だ……これは……)


 理解できない。


 いや、理解したくなかった。


 俺は、魔物になったのか?


 否定しようとする。

 だが、頭の中に響いたのは、あの黒いローブの男の声だった。


「お前が選んだ道だ。誰のせいでもない」


 その瞬間、レオナールはすべてを悟った。


 ――力が欲しいと願った。

 ――力を得た。

 ――だが、それは”人としての自分”を代償にするものだった。


「……違う、違う、違う……!!!」


 彼は自分の顔を引っ掻いた。


 爪が皮膚を裂く。


 血が流れる。


 だが、それでも人間には戻れない。


 ふと、外の通りに目をやると、人々が自分を見ていた。


 恐怖に震える目で、レオナールを”怪物”として見ていた。


「やめろ……俺を見るな……!」


 足を引きずるようにして逃げる。


 だが、どこに行けばいい?


 もう帰る場所などない。


 仲間は死んだ。


 勇者の称号は失った。


 そして、“人間”でいることすら、許されなくなった。


 全てを失った男が辿り着く先など、一つしかなかった。




 数日後、王都の郊外にて。


 黒き魔物が討伐された。


 元勇者レオナールの成れの果てだった。


 彼を討ち取ったのは、名もなき一人の冒険者。


 かつてレオナールが見下していたような、弱き者。


 “勇者”と呼ばれた男の最期は、あまりにも空虚だった。


(俺は……何のために……)


 最後の思考は、誰の記憶にも残ることなく、ただ闇に沈んでいった。


 レオナール編、完

読んでいただきありがとうごさいます!

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