六三郎達の出発と一時帰宅の信長
慶長元年(1596年)四月七日
常陸国 水戸城
「それでは佐竹殿、次郎殿。そして各々方!大変、世話になりました!」
皆さんおはようございます。佐竹家の居城の水戸城を出発する前に佐竹家の皆さんに挨拶しております、柴田六三郎です
2日前に佐竹殿の次男の四郎殿の葬儀に出席して、翌日には出発する予定だったのですが、佐竹殿より
「北条家の内乱を鎮圧した話以外の、柴田殿のこれまでの戦の話を、四郎より下の息子達に話してくれないか?」と頼まれたので
佐竹殿の三男の能化丸くん、四男の彦太郎くん、数えで14歳と13歳の2人に話していましたら
「四郎兄上が憧れた理由が分かりました」と言われたりしておりました。そして2人共
「自分が元服する頃には、戦の無い日の本になっているかもしれませんが
出陣する事になりましたら、次郎兄上や柴田様と共に出陣したいです!」と言って来たので
「出陣しても大丈夫な様に、身体と頭を鍛えておきなされ」と、やんわりですが
「脳筋のままだと、戦に出ても無事じゃ済まないよ」と教えておきました。そんなのんなで出発の日になったのです。俺の挨拶を受けて佐竹常陸は
「いやいや柴田殿。我々の方こそ、四郎の為に赤備えの甲冑を作ってもらった事、誠に感謝しかない
それでじゃが柴田殿、実は次郎が件の甲冑の事で、柴田殿の了承を得たらやりたい事があるそうなのじゃ。次郎、自らの口で柴田殿に伝えてよ」
何やら次郎くんが、例の甲冑の事で許可を得たい事があるそうです
「次郎殿、件の甲冑で何かあるのでしょうか?」
俺が話を振ると、次郎くんは
「はい。柴田様が四郎の為にと贈りました赤備えの甲冑ですが、拙者としては
あの甲冑を四郎の息子の孫四郎が元服した際、鎧着初めに使わせていただきたく!」
あの甲冑を孫四郎くんの鎧着初めに使わせてくれと頼んで来ました。別に俺の許可なんて要らないと思うんだけどなあ
まあ、あの甲冑は四郎殿に贈呈したんだから、四郎殿の息子の孫四郎くんに遺産として渡ったと思えば良いか
「次郎殿。そして佐竹殿、孫四郎殿が立派な武士になり、次郎殿や次郎殿の嫡男の勝太郎殿が佐竹家の家督を継いだ時、
見事に補佐出来る若武者に育て、鍛え上げると約束してくれるのであれば、鎧着初めに使って構わぬ!約束出来るか!?」
と、少しばかり格好つけてみましたら、次郎くんは
「はい!孫四郎を四郎に勝るとも劣らない立派な武士にすると、お約束します!」
俺と、そう約束してくれた。次郎くんと佐竹殿なら、大丈夫だろう
「その言葉、信じておりますぞ!それでは我々は出立するとしましょう!陸路で進みますので、それでは!また、いつか!」
「うむ、柴田殿、そして赤備えの皆も達者でな!」
「柴田様!赤備えの皆様、何から何までありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
こうして、俺達は佐竹家の皆さんに見送られて常陸国を出発しました。陸路で進む事に決めたから、
とりあえず常陸国をひたすら南に進みまして、そこからは下総国に入って、上総国に行くか、武蔵国に進むかを決めたいと思います
出来れば、冬になる前、霜月の内には播磨国に到着したいと思っております
※六三郎の願望は間違いなく叶いません。
六三郎一行が、ようやく帰り道をスタートした頃、信長と高代と京六郎と伊達家一同は安土城に来ていたが、その理由は
慶長元年(1596年)四月十日
近江国 安土城
「勘九郎!戻って来て早々じゃが、今から二郎三郎達を連れて播磨国へ行ってくる」
帰って来た信長のいきなりの「ちょっくら播磨国へ行ってくる」発言に信忠は
「いやいやいや父上?およそ三ヶ月も京に居て、やっと戻って来たと思ったら、もう動くのですか?しかも、徳川様を連れて
また、何か重要な事を隠しているのではありませぬか?正直に話してくだされ!話さないのであれば、播磨国へ行かせませぬ」
信長が何かしらの隠し事をしているのだと推測し、信長へ「正直に話せ!」と詰め寄る
織田家の家督を継いで10年以上経過していた信忠は信長の自由人な所に、ある程度強く言える様になっていた
そんな信忠に信長は
「まったく、儂以上に勘が働く様になりおって!まあ良い!儂がこれから播磨国へ行く理由を話すが
二郎三郎にもそれなりに関係のある話になるから、お蘭!二郎三郎を大広間に連れて参れ!」
「ははっ!」
信忠の勘の良さに呆れつつ、家康にも関係ある話として、蘭丸に家康を呼びに行かせる。しばらくすると蘭丸が家康を連れて来たが
「三郎殿、何か重要な話なのですかな?」
家康は不思議そうに質問した。家康の質問に信長は
「二郎三郎!急に呼び出して済まぬ!じゃが、これは二郎三郎にも少しばかり関係ある話なのじゃ!良く聞いてくれ!」
真剣な顔で家康に聞いて欲しいと伝える。信長の言葉に家康は
「分かりました。それでは、どの様な話が聞かせてくだされ」
信長と信忠の側に座り、聞く姿勢を取る。そこから信長は話を始める
「さて、二郎三郎も勘九郎も、儂が陸奥国から伊達家の者達を連れて来た事を知っておるじゃろうが
その中に、伊達藤次郎の母の義姫殿の侍女の睦子、そして弟の栄太郎という姉弟が居るのじゃが
その姉弟は、奥州の複雑極まりない血縁関係のせいで立場が複雑なのじゃが
二郎三郎と勘九郎、此処までの話を聞いた上で、気になる事はあるか?」
話を途中で止めて、家康と信忠へ質問するが、信忠は
「父上、仰っている意味が分かりませぬ」
早くも匙を投げていたが、家康は
「三郎殿、もしや件の姉弟は伊達殿と祖父や曽祖父が同じだから、その様に言っておるのですかな?」
何かを察した様だった。家康の言葉に信長は
「二郎三郎、流石じゃな。勘九郎、睦子達の話は織田家にも起きる可能性のある話なのじゃから、しっかり聞いておけ」
そう伝えて、話を再開する
「話を戻すが、二郎三郎の推測がほぼ当たっておる
睦子と栄太郎は母方の名字の「柴田」を名乗っておる
その理由として睦子も栄太郎も父親の名字を知らないのじゃ。そして、この事を儂に教えてくれたのは先程も話に出た義姫殿じゃ
そして、その義姫殿の実家は、出羽国の最上家であるのじゃが」
信長がそこまで言うと、話を遮って信忠が
「お待ちくだされ父上!もしや、睦子と栄太郎の姉弟は、最上出羽守の隠し子と言う事なのですか?」
2人が義光の隠し子なのかと、推測するが信長は
「勘九郎、少しだけ真実に近づいたな。二郎三郎も勘九郎の推測に近い考えを持っておるじゃろうから、このまま続けるが
睦子と栄太郎の父は、最上出羽守の父なのじゃ。義姫殿に教えてもらった内容を大まかに話すが、
出羽守の父が家督を譲って隠居して住んでおった場所に睦子達の伯父と妹で睦子達の母が仕えておったそうじゃが
そこで出羽守の父と子を作った。それが睦子と栄太郎なのじゃ。そして睦子と栄太郎が物心つく前に出羽守の父と二人の母が亡くなり
二人を連れた伯父が、伊達家に嫁いだ出羽守の妹である義姫殿を頼って、伊達家で召し抱えてもらったが、数年前にその伯父も亡くなった事と
これから伊達家が陸奥国を統一する為に戦の日々が続く事で二人の安全を心配した、義姫殿が儂に
「二人の安全の為に、織田家か柴田家に二人の身を置いてもらえないか?」と、頼んで来たのじゃ
此処まで話せば分かるじゃろう。睦子と栄太郎は、出羽守とかなり歳の離れた姉弟なのじゃが
二人の事を出羽守は知らぬのじゃ。と、まあ、これが儂が最初に二郎三郎と勘九郎に伝えたかった事なのじゃ」
此処まで信長の話を聞いた家康は
「三郎殿、二人の身の安全の為に柴田家に連れて行く事、そして最上殿に二人の事を伝える考えなのは分かりました
ですが、それでは拙者は特に何も出来ないと思うのですが?」
「2人と自分は関係が無いのでは?」と伝えるが、信長は
「二郎三郎、それかそうでもないのじゃ。儂は陸奥国から畿内へ戻る際、北条家で世話になったのじゃか、そこで二郎三郎の娘の督姫殿が
「睦子を新次郎の正室にしたい」と息巻いておったぞ。だから儂は二郎三郎に少なからず関係あると伝えておったのじゃが、」
督姫が「睦子を新次郎の正室にしたがっている」と家康に伝えると家康は
「何故、亀も督も、子が幼い頃から婚姻を考えるのじゃ」
天を仰ぎながら、頭を抱えていた。その後何とか立ち直った家康は
「三郎殿。播磨国に行く当初の目的は竹千代達を見るつもりでしたが、睦子達の事を最上殿に伝えるのであれば拙者も同席しましょう」
信長と同じ考えになった。こうして、信長と家康が播磨国へ行く事が決定した。




