信長は家康と話し合う
主上からの征夷大将軍就任の条件を聞いた信長は、御所内は勿論、御所を出ても尚、条件クリアについて頭の中をフル回転させていた
(九州に関しては、遅かれ早かれ出陣する予定であった。だから主上の此度の話は渡りに船と言って良い
それこそ、羽柴家、毛利家、尼子家、黒田家、長宗我部家の出陣は確定として、源三郎と左近も出陣させる
そこに元服した三吉と長丸も出陣させる事も確定として、問題は大和国と六三郎の柴田家じゃ!
主上は「三年の内に両方を成し遂げよ」と仰っていた。名前を挙げた軍勢を藤吉郎と源三郎ではまとめきれぬじゃろう!
恐らく、軍勢を二手に分けて進軍する可能性が高いと見た方が良いか
そうなると、藤吉郎の居る軍勢はどうにかなるじゃろうが、左近が補佐に回っても源三郎が大将を務める軍勢に不安が残る
う〜む。六三郎が戻って来るのが、早くとも今年の葉月か長月であると推測した場合三七と六三郎に大和国の事を解決させてから
六三郎を九州に行かせた方が早いか!大和国に関しては、忠三郎の蒲生家、孫四郎の前田家も参加させるとして
京六郎や二郎三郎の孫も参加してもらうのも良いな。恐らく、九州の様な大規模な戦にならぬ筈じゃ!
他にも畿内に領地を持つ者達も、念の為に大和国に行かせて)
信長としては九州征伐は名目上の総大将は信房にして、前線指揮官として秀吉と六三郎に戦を任せる予定を立てていた
しかし、大和国の状況が分からない為、タイミングが合えば信孝と六三郎を中心とした面々で大和国に集合させ、戦になった場合に備える考えでもあった
色々と考え込んでいたので、周りを見ていなかった信長に
「、、、殿!郎殿!三郎殿!」
信長を呼ぶ声が聞こえたので、顔を上げると
「二郎三郎!済まぬ、考え事をしておって気づくのが遅れた」
家康が3メートル前くらいの距離に立っていた。そんな家康に信長は
「もう官位の申し出は終わったのか?」
「ええ。本来の目的の勝之尉の従五位上信濃守だけでなく、倅の官位も従五位上三河守から新たに従三位右近衛大将になり、
拙者も新たに従三位中納言になりました。まだまだ息子にも孫にも官位を持ってもらいたいですから、働かないといけませぬ」
官位の申し出の事を聞いて、家康も新たな官位を答えていた
そんな家康に信長は
「二郎三郎。済まぬが、どうしても二郎三郎と話し合いたい事がある。三日後、神戸家に来てくれぬか?
貸切にしておく様、高代達に言っておくから、よろしく頼む」
神戸家で話し合いたいと申し出ると、家康も
「何やら、重要な話の様ですな。分かりました。三日後に神戸家に行きましょう」
「無理を聞いてくれて、済まぬ」
家康に神戸家での話し合いを申し出て、家康も了承する。家康に礼を述べた後の信長の行動は早く、神戸家に使者を走らせて
3日後の貸切を伝えた。そこでいつもの神戸家の料理と酒を出す事と、高代と京六郎は残っておく様に伝えられる
そして、3日後
「さて、二郎三郎。京六郎が居る事を不思議に思っておるかもしれぬが、先ずは飯でも食いながら聞いてくれ
実はな、三日前に主上に呼び出されたのじゃが、
その理由が「足利の阿呆が征夷大将軍を返上した事により、名実共に日の本の安寧を任せる事が出来るのは織田家になった
そこで、征夷大将軍に就任しないか?」と言われたのじゃが、主上は儂に二つの条件を提示して来たのじゃ
その条件じゃが、一つ目は九州でキリシタンの信者が増えて伴天連共が好き勝手に暴れておるだけでなく
キリシタンの信者になった大名が民達を伴天連共に売り払い、南蛮の武器を始めとした物を買っているそうじゃ
更には九州各地の昔からある宗教の寺を壊して、キリシタンの為の寺を建てているとの事で、主上はお怒りであった
この者達を征伐する事が、一つ目の条件なのじゃが、二つ目の条件が大まか過ぎて、良く分からぬのじゃ
何でも、大和国の民が隣の伊賀国に大量に逃げておるそうじゃ。その原因を調べて、最終的に大和国に安寧をもたらす様に
との事なのじゃが、二郎三郎。ここ迄聞いて、何か気になった事はあるのであれば、教えてくれ」
信長は家康に来てもらった理由を話すと、家康の意見を求める
求められた家康は
「そうですなあ、拙者としてはキリシタン征伐に出陣する軍勢の総大将を誰が務めるのか、軍勢の数がどれだけの数になるのか
キリシタン征伐では、そこが気になりますが、三郎殿としては大和国の情勢が分からないから、どう動いて良いか分からない、その様なところではないですかな?」
信長の悩みを当ててみせる。家康の言葉を聞いた信長は
「流石、二郎三郎じゃ。歴戦の武将としての経験から、儂の悩みを当てるか
その通りじゃ、キリシタン征伐に関しては儂の四男で讃岐国を中心に四国を見ておる源三郎を名目上の総大将に考えておる
じゃが実際に戦の采を振るのは、羽柴藤吉郎になるじゃろう。しかし儂としては毛利との戦でもやった様に二方面から攻めたい
じゃが、二方面で攻める場合源三郎では経験不足で軍勢をまとめきれぬじゃろう」
そこまで信長が話すと、家康は
「そこで六三郎殿が居た方が軍勢もまとまる。そう考えているわけですな?」
信長の言葉の途中で、そう話す。家康の言葉に信長は
「その通りじゃ。じゃが、二郎三郎よ。それは半分当たっておる。残りの半分として大和国の情勢次第では六三郎と三七を中心とした軍勢を大和国に出陣させる
これは六三郎が葉月か長月に帰ってくるとの予想からじゃ。そこでじゃ二郎三郎よ
お主と儂の孫で一番歳上の竹千代を、大和国の情勢次第になるが、京六郎と共に初陣を経験させぬか?」
竹千代と京六郎に初陣を経験させる事を、家康に提案する。提案を聞いた家康は
「三郎殿。その提案は良いのですが、拙者としては竹千代に初陣を経験させるのであれば、六三郎殿が間違いなく居る事が条件になります
戦になった場合、三七殿は一万以下の軍勢ならば、まとめられるでしょうが、一万を超える軍勢をまとめられるのは
現在の織田家中において、羽柴殿、丹羽殿、そして六三郎殿くらいでしょう?
なので六三郎殿が間違いなく大和国に居るのであれば、竹千代も京六郎殿と共に出陣しましょう」
信長に「六三郎が軍勢に居る事を約束してくれるなら、竹千代を出陣させるけど、そうじゃないなら、出陣させない」
と、伝える。家康のリクエストを聞いて信長は
「分かった。六三郎が陸奥国から帰って来た際、三七の元に居る様、伝えておく
京六郎。卯月になったら播磨国に戻るな?その際親父に此度の事を伝えておけ!良いな!」
「ははっ!」
こうして、主上から言われた事を家康に相談して話し合った信長は、少しだけ胸の中が軽くなった。




