幼子は天下人と何を話す
「池田の爺様!こちらの方は?父上ではないと何となく分かりましたが」
「はっはっは。親父の六三郎の顔を知らないのに、何となくと言えど儂を父親でないと分かるか!
しばらく高代と離れていたのに、何と賢い幼子よ!じゃが、自己紹介も無しでは話も進まぬ!
宗六郎よ、ちゃんと聞いて、覚えておけ!儂はお主の父親である柴田六三郎の主家である、織田家の前の当主の織田右府三郎じゃ!」
信長が丁寧に自己紹介をすると、聞いていた宗六郎は
「母上が教えてくださいましたから聞いた事があります!池田の爺様と年齢がさほど変わらないのに、とても精力的に動き回っている爺様だと!」
信長の事も恒興と同じ「爺様」と見て、高代から教えてもらった内容を話していた
初対面の幼子に「爺様」と呼ばれた信長は
「はっはっは!儂の事を爺様と呼ぶか!六三郎の働き者の部分だけでなく、肝の太さまで受け継いでおるのう!」
と、大笑いしていた。しかし、徳川家家臣達は
「初対面とは言え、右府様を「爺様」と呼ぶとは」
「二十年前の六三郎殿も、肝は太かったが親子揃ってとは」
「高代殿は、どの様な子育てをしておったのじゃ?」
「柴田家の男は怖いもの知らずか?」
驚きでざわついていた。そんな家臣達を他所に家康は
「はっはっは、若々しく見える三郎殿も、爺様と呼ばれる歳である事を確認出来た事、改めてですが、時代が進んでいる事、日の本から戦が無くなる日が近い事を実感しますなあ」
少し笑いながら、信長が年寄り扱いされた事で、時代の変化を感じていた。そんな家康は信長に対して
「三郎殿。確か、京へ行く予定でしたな?ならば拙者も同行させてくだされ。勝之尉の官位を主上に申し出る事と、久しぶりに神戸家の料理を食べてみたくなりました」
「上洛するなら、同行させてくれ!」とリクエストを出した。信長は当然
「良かろう!共に京へ行くぞ!じゃが、京への道中で、儂は伊勢国と伊賀国を見ておる三七に会うから、少しばかり遅くなるがそれでも良いか?」
「それでも構いませぬ。関東での戦が終わってから二年、暇で仕方なかったので、たまには身体を動かさないといけませぬからな!」
了承した。そこからは、あっという間に出発準備に取り掛かり、信長の引率する軍勢と家康の護衛の人数の合計が、およそ3000人にもなるので
2日かけて準備を終えると
天正二十三年(1595年)十月二十七日
遠江国 浜松城
「それでは、先ずは伊勢国を目指して出立じゃあ!」
「「「ははっ!」」」
信長と家康は、共に伊勢国を目指して出立した
天正二十三年(1595年)十一月十日
三河国 岡崎城
遠江国を出立して、最初に寄った三河国で家康が信康に勝之尉の官位や子供の事を話す為に立ち寄ると信康は
「それは何ともめでたき事ですな!どうせならば、父上の官位も更に高くなる様に申し出ては如何でしょうか?」
「親父の官位も上げてもらえ」と家康に伝える。信康の言葉に家康は
「ふむ。それもそうじゃな。とりあえず申し出るくらいはやってみよう」と答えた。
一通りのやり取りを終えた後、信康は信長へ
「義父上。岡崎城へ到着した時から気になっておりましたが、その幼子は義父上の新しい子供ですか?それとも孫ですか?」
思わず質問した。その質問に信長は
「こ奴は六三郎の次男坊じゃ!まだ三歳ながら、中々に肝が太くてな!のう、宗六郎よ。お主が怖いのは、今のところ母上くらいじゃろう?」
側に連れて来ていた宗六郎に話を振る。宗六郎は
「右府の爺様、拙者は母上から聞かされた父上も怖いと思っております!」
話で聞いただけの六三郎も怖いと答えた。そのやり取りを聞いた信康は
「義父上を、右府の爺様と呼ぶとは。意味を分かってないとは言え、何と肝の太い」
驚くしかなかった。そんな信康に信長は
「はっはっは!婿殿、三歳の幼子から見たら還暦を超えた儂や勝三郎は爺様なのじゃから仕方ない
まあ、二郎三郎だけは「徳川様」と呼ばれておるのは、まだ五十代で若く見えておるからじゃろうな」
「大殿、こればかりは幼子の感性、それも六三郎殿の子供ですから」
「自分や恒興は年寄りだから仕方ない」と笑って説明していた
その後、家康から
「三郎殿、これから伊勢国へ行く前に長篠城へ寄りませぬか?拙者の長女の亀姫が城主の奥平家に嫁いでおりまして
顔を出す機会が中々無かったので、三郎殿が急いでおるのでしたら、後日にしておきますが」
「長女の亀姫が嫁いでいる奥平家に顔を見せに行きたい」とリクエストがあったが、
家康のリクエストに信長は
「そうじゃな!儂も娘に顔を見せたのじゃから、二郎三郎も娘に顔を見せぬとな!よし、それでは奥平家に行こうではないか」
了承して、信孝の元へ行く前に奥平家に行く事が決まった。こうして、年内には畿内へ到着すると言っていた予定が遅れる事が確定した。




