六三郎の影響は毛利家にも
「それでは、準備に取り掛かり」
元春からそう言って、大広間から出ようとすると
「叔父上!お待ちくだされ!拙者も連れて行ってくだされ!」
輝元の嫡男の幸鶴丸が、「自分も行きたい!」と言いながら現れた。いきなりの登場に輝元は
「これ!幸鶴丸!武芸の稽古をせずに盗み聞きとは」
幸鶴丸を実績した。しかし、幸鶴丸は
「父上!お叱りは後で幾らでも聞きます!ですが、拙者も今年で十八歳になりました!父上の跡を継ぐ為に色々な事を学んでおりますが、
それならば他家がどの様な内政を行なっているのか、自身の目で見たいのです!幼い頃の拙者に美味い飯を食わせていただいた柴田六三郎様は、
元服前の八歳で初陣を経験して、十一歳で元服して出陣して、それ以降は複数の国の財政を改善させただけではなく、織田家の重要な戦に出陣して、武功を挙げております
今の拙者にそれが出来るとは言いませぬ!ですが、柴田六三郎様の様に、軍事でも内政でも働ける男になりたいので、羽柴様の領地に行ってみたく存じます!」
これまで出て来た若武者達の様に、六三郎の「ありえへんストーリー」を聞いて、「自分も同じ様に働きたい!」と思っている旨を輝元に伝えた
幸鶴丸の言葉に輝元は
「幸鶴丸よ。お主の言う事も、分からんではない。じゃが、此度叔父上が羽柴家に行くのはあくまで安芸乃の嫁入り候補者が、「どの様な為人なのか」を聞きに行くだけなのじゃぞ?
お主が叔父上に同行したとしても、羽柴殿や家臣の方々に、内政の事を教えてもらう為の時間を作る事は、殆ど無いかもしれぬぞ?それでも良いのか?」
「羽柴家の人間は、お前の為に時間を割く事は無いかもしれないけど、それでも良いのか?」と幸鶴丸に聞く
輝元の言葉に幸鶴丸は
「此度はきっかけで構いませぬ!顔と名を覚えてもらうくらいで良いのです!それに、父上の新たな嫁になる女子を見つけられるかもしれませぬぞ?」
元服直後の六三郎と同じ様な事を輝元に返した。幸鶴丸の言葉に輝元は
「こ、これ!幸鶴丸!儂の嫁探しで行くのであれば、お主は行かせぬぞ!此度は、安芸乃の」
慌てふためいて、「俺の嫁探しが目的なら行かせないぞ」と幸鶴丸に返す。2人のやり取りを見ていた元春は
「はっはっは。殿、流石に殿の新しい嫁は、織田家から貰った方が良いでしょうから、若君が嫁探しをする事は無いでしょう
それに若君も遊びに行くのではなく、姉君の安芸乃姫に関する事と分かっております。だから大丈夫でしょう。そうですな若君?」
輝元と幸鶴丸の2人に、それぞれフォローを入れていた。元春の言葉に輝元は
「叔父上が側に居るのであれば大丈夫だとは思いますが、、、分かりました。幸鶴丸!叔父上と羽柴殿のやり取りや領地を見て、色々と学んで来い!」
悩みに悩んで、最終的に同行させる決断を下す。輝元の言葉に幸鶴丸は
「父上!ありがとうございます!」
平伏しながら感謝を述べた。そこで輝元は
「叔父上。倅が同行するのですから、拙者が羽柴殿へ此度の件の文を書いて送ります。なので、叔父上はいつでも出立出来る準備をしておいてくだされ」
「ははっ!」
「重要度合いが増したから、自分が文を書く」と言って、元春にいつでも出立出来る様に準備しておく事を伝えて、この日はお開きになった
その後、輝元は急いで文を書いて、早馬で秀吉の居城の備中高松城に使者を送った
天正二十三年(1595年)四月二十八日
備中国 備中高松城
輝元が文を書いてから8日後、使者はかなり頑張った様で8日で安芸国と備後国を抜けて備中国へ到着した
「殿!毛利安芸守様から、早馬で文が届きました!」
「安芸守殿からとは、何とも珍しい。まあ良い、とりあえず見てみよう」
秀吉はそう言いながら、文を受け取り読み出す
「どれ。「羽柴弾正殿へ、毛利安芸守にございます。いきなりの文で驚かれたと思いますが、実は羽柴殿へ知っておられる範囲で教えてもらいたい事があるので文を書いて送った次第です
それでは本題に入りますが、実は卯月に入ってから安土城の内府様より、拙者の娘の安芸乃の嫁ぎ先について、内府様の御舎弟二人と、
内府様の叔父にあたる御仁が内府様が推挙している候補だと教えてもらったのですが、その三人の為人が全くもって分からぬので、
織田家古参の家臣である羽柴殿に、知っておられる範囲で構わないので、教えていただきたく、文を取りました。教えて構わないと思われましたら
了承の文をいただきたく存じます。また、了承していただいた場合、拙者の名代として叔父の吉川少輔次郎と、拙者の倅の幸鶴丸が羽柴殿の元へ向かいます」とあるが、
小一郎!恐らくじゃが、「内府様の叔父」とは尾張国を治めておる三十郎様の事と見て良いじゃろう。じゃが、「御舎弟二人」に関しては、儂は勿論、お主も知らぬよな?」
文を読み終えた秀吉は、文の中の「叔父」が信包の事だと直ぐに判断した。しかし、弟2人に関しては、分からないので、秀長に聞く。しかし、その秀長も
「兄上。織田家直臣の兄上が分からないのですから、陪臣にあたる拙者は、更に分かりませぬぞ?
それこそ、兄上よりも織田家に長く仕えておる方しか知らぬと思いますが」
「兄貴が知らない人を、俺が知る訳ないだろ」と最もな意見で返した。秀長の意見を聞いた秀吉は
「むう。確かに、それもそうじゃな。儂より長く織田家に仕えておる方となると、、、居るではないか!」
自分より長く織田家に仕えている人物を思い出した様で、秀長に対して
「小一郎!親父殿が居るぞ!しかもじゃ、次三郎様と吉の見合いの際、勘九郎様の御舎弟の長丸様と三吉様が、数年前まで利兵衛殿に理財を教わっていたと教えていただいた!
つまり、お二人の為人を知っておると言う事じゃ!これは、吉川殿と毛利殿の倅を柴田家に連れて行けば話は早い!小一郎!毛利殿への文と、親父殿への文を急いで書こうではないか!
来年還暦の儂が、戦と内政以外で働けると示す事が出来るのは、新たな挑戦でもある!気合いが漲って来たぞ!」
こうして、秀吉は毛利家からの使者達を柴田家に連れて行って勝家から説明してもらおうと決断した。
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